表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/11

第八話 じこしょうかい!


学校めぐりだ。


先生の後について、校内の施設を案内してもらう、あの行事。


オレも、みんなも、わくわくしていた。


この学校という大きな学舎を、小さな身体で冒険する。

先生を先頭に隊列を組んで進む様子は、まるで子供の頃に熱中した『ドラゴンクエスト』の一行のようだ。

……なんだか、余計に気分が乗ってきた。


次々と、施設が紹介されていく。


「ここがトイレでーす! トイレは、授業の前にすませておこうね!」


階段を下りる。


「ここは三年生の教室です。みんな授業中だから、静かにねー」


「で、こっちが職員室。先生たちがいるお部屋だよ」


職員室か。


……小学生の頃は、聖域だったな。扉の前に立つだけで、妙な緊張感が走ったものだ。


チラッと中を覗いてみる。

ドラマで見るのと、構成は同じ。質素なデスクに、事務椅子がずらりと並んでいる。


だが、決定的に違うものがあった。

机の上の、書類の量だ。


プリント、ファイル、提出物の山。普通なら確実に溢れかえる量を、それぞれの先生が、絶妙なバランスで机に収めきっている。


……先生という仕事は、オレが思っているより、ずっと複雑で大変なものなんだろうな。

社会人を経験した今だからこそ、その机の重みが、なんとなく分かる気がした。


少し歩くと、図書室があった。


中に入ると、さまざまな本が、棚いっぱいに並んでいる。


その瞬間、矢彦がぽつりと呟いた。


「ここは……僕の聖域だ」


言うが早いか、高学年向けの分厚い本を一冊抜き取り、夢中で眺めている。

六歳が読む本じゃないだろ、それは。


そんな矢彦を横目に、ふと見ると、図書室の入り口に小さな水槽が置かれていた。

中では、名前は忘れてしまったが、可愛らしい熱帯魚が泳いでいる。


優世が、興味津々で覗き込んだ。


「おれ、おさかな好きなんだよ。かわいいよな。ほら、みてみて」


その様子に気づいた戸田先生が、本棚からすっと一冊、魚の図鑑を抜いて渡してくれた。


「そのおさかなさん、なんていう名前かな? 図鑑から探してみよっか」


優世は目を輝かせて、ぺらぺらと夢中でページをめくる。オレも、隣で一緒に探した。


図鑑の後ろのほうで、ようやくその魚を見つけた。名前は――「グッピー」。


……オレが子供の頃、ちょっとしたブームになった魚だ。懐かしい響きだった。


図書室を後にする。


優世は、よほど気に入ったらしい。


「おれも、グッピー飼いたいなあ。おかあさんに、きいてみよっかな」


どこもかしこも懐かしく、非常に楽しい時間だった。そうして、ぐるりと巡り終えて、教室へと戻ってくる。


あっという間だった。気づけば、二時間目はとっくに終わっている。


しばしの休憩だ。


オレは、後ろの席の真弘に話しかけてみた。


「どうだった? お気に入りの場所、見つかったか?」


真弘は、きょとんとした顔で答えた。


「わからん。おれ、トイレしかおぼえてない」


「トイレ?」


「おしっこ、いきたすぎて……ほかのこと、ぜんぶわすれた!」


なぜか、少し自慢げだった。


「そ、そうか」


……ダメだこいつは。まったく話にならん。


真弘は、控えめに言ってもバカだ。勉強はからっきしだし、いつも、どこかとぼけたことばかり言っている。


だが、底抜けに明るい。いつだって、オレたちを笑わせてくれる、最高のムードメーカーだった。


思えば、こいつが落ち込んでいるところを、オレは一度も見たことがない。


トイレの話で得意げになっている真弘に、オレは構わず、とりとめのない話を続けた。


ふと、優世のほうに目をやる。


優世は、矢彦と話していた。

というより、矢彦が一方的に、何やら熱心に語り続けている。

さっき図書室で読んだ本の話だろうか。優世は、うんうんと頷くばかりだ。


こちらの視線に気づいたのか、優世がぱっと顔を上げ、ニコッと笑って手を振ってくれた。


オレも、手を振り返す。


ガラガラッ。


教室の扉が開き、戸田先生が入ってきた。


「はーい、それじゃあ今から、三時間目の授業を始めまーす!」


先生にならって、オレたちも声を揃える。


「はじめまーす!」


「みんなには今から、この『じこしょうかいちょう』を書いてもらいまーす! プリント、後ろに回してくださいね」


プリントが配られていく。オレは自分の一枚を取り、残りを後ろの真弘へ回す。


手元のプリントを見ると、真ん中に可愛らしい宇宙飛行士のイラスト。その周りに、いくつかの吹き出しがついている。


なまえ。たんじょうび。すきなたべもの。すきなあそび。しょうらいのゆめ。みんなにひとこと。


それぞれの吹き出しに、そんな項目が割り振られていた。


オレは、ひとつずつ真面目に書き込んでいく。

久しぶりに握った鉛筆は、意外なほど手に馴染んで、書き心地が良かった。


「みんなー、書けましたかー?」


戸田先生の問いかけに、子供たちが口々に返事をする。


「それでは、後ろの子と、机をくっつけてください!」


オレは、真弘と向かい合わせになった。


「じゃあ、後ろを向いてる人から、自己紹介してみてね!」


どうやら、オレが先らしい。


オレは精一杯、子供らしい喋り方を心がけて読み上げる。


「あまや……こじろうです。すきなたべものは、エビフライ。たんじょうびは、八月六日で……」


真弘は、オレが一項目読み上げるたびに、


「こじろうな! よろしく!」「エビフライ! おれもすき!」


と、いちいち全力で返事をしてくれた。いいやつだ。


……ちなみに、本当に好きな食べ物はビーフシチューだ。

だが、六歳が「ビーフシチュー」は、さすがに大人っぽすぎる。無難に、エビフライにしておいた。


そして――将来の夢。


ここで、少し言葉に詰まった。


オレの、将来の夢。


……そうだ。オレは昔、料理が好きだった。高校生くらいになるまで、本気で、料理人になりたいと思っていた。


だが、大人になるにつれ、現実というものを思い知る。

安定とか、世間体とか、いろんなものを天秤にかけて。結局、その一歩をなかなか踏み出せないまま、いつのまにか、ただのサラリーマンになっていた。


夢を、いつから見なくなったんだったか。


……いや。


今は違う。晴れて小学生に戻ったオレは、無敵だ。

夢なんてものは、デカければデカいほどいい。誰に遠慮することもない。


オレは、ちょっと得意げに、発表してやった。


「しょうらいのゆめは……りょうりにん、です!」


「りょうりにん!? おまえ、すげえんだな! かっこいい!」


真弘が、目を輝かせて食いついてきた。


「こんど、おれにもなんかつくってよ! おれ、おうえんする!」


全力で褒めて、応援してくれる真弘。その屈託のなさが、なんだかくすぐったい。


……よし。約束だ。いつか必ず、こいつに何か作って食わせてやろう。



さて。次は、真弘の番だ。


「いわせ、まひろ! すきなたべものは、からあげ! たんじょうびは、4がつ! すきなあそびは、おにご!」


一項目ずつ、元気いっぱいに読み上げていく。声が大きい。


ふむ。好きな遊びが鬼ごっこ、というのが、いかにも真弘らしい。

元気が有り余っているんだろう。


そして、将来の夢。


オレは、こいつがどんな夢を語るのか、ちょっと楽しみにしていた。料理人と語ったオレに、負けじと何か大きな夢を....


「しょうらいのゆめは……ぼう!」


「…………ぼう?」


聞き間違いかと思った。


「うん! ぼう!」


真弘は、自信満々に頷いている。


棒。


ぼう、とは、いったい。あの、地面に落ちてる、木の棒のことか。それとも何かの略か。職業か。比喩か。


「……まひろ。その、ぼう、ってのは」


「ぼうは、ぼう!」


宇宙飛行士とか、サッカー選手とか。そういう、いかにも子供らしい夢を期待していたオレは、すっかり呆気にとられた。


「なんで、棒なんだ?」


思わず理由を尋ねたオレに、真弘は胸を張って、一言。


「なんか! かっこいいから!」


どうやら、これが真弘の口癖らしい。


棒の、いったいどこがかっこいいのか。オレには、さっぱり理解できない。


……まったく、こいつは。


オレは、思わずふきだしてしまった、料理人だの何だのと、ちょっと格好つけて夢を語った自分が、急に馬鹿らしくなる。


将来の夢にいちいち小難しい理由をつけるなんて無粋だ。


夢が「棒」。

上等じゃないか。それくらい自由でいいんだ、本当は。


なんだか肩の力が抜けて、オレは久しぶりに、腹の底から笑った気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ