表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/11

第六話 入学式-ファンファーレ-


オレは、一年三組に配属された。


「あっちだよ、いこ」


優世に手を引かれ、『1ねん3くみ』と書かれたプラカードを掲げる先生の列へと並ぶ。


担任の呼びかけに従って、同じクラスの面々がぞろぞろと集まってくる。

先生は慣れた手つきで、新入生を次から次へと整列させていった。


「はーい、五十音順にならんでくださーい! 『あ』から始まる子はこっちー!」


オレの苗字は、天谷あまや

対して優世は、松本まつもと。出席番号はずいぶん離れている。


しばしの別れだな、ゆーくん


少し不安げな優世に声をかけて、オレは列の先頭についた。


背後では、見知った顔が次々と並んでいく。

オレのすぐ後ろ、出席番号二番は、岩瀬真弘いわせ まひろ


当の本人は、ぽけーっと口を開けて、ただ天を仰いでいた。相変わらずだ。


こいつもまた、オレの大事な親友のひとり。出席番号が近かったおかげで、すぐに打ち解けた仲だった。


さらに後方、緊張気味の優世の斜め前に陣取っているのが、坂東矢彦ばんどう やひこ


この、歌舞伎役者みたいな名前の男も、親友だ。

さっそく周りの新入生たちを相手に、身振り手振りでぺらぺらと何かを語り聞かせている。


……入学初日から、ずいぶんと達者なことで。


小次郎、優世、真弘、矢彦。


この凸凹四人で、オレはこれから、二度目の小学校生活を駆け抜けていくこととなる。


かつてそうだったように。


やがて、一組から順に会場へ入場していく。


華々しい音楽が、体育館に高らかに鳴り響いている。


さあ、いよいよ3くみの番だ。


担任の先生を先頭に、オレたち三組の新入生が、ぞろぞろとそれに続く。オレは、我ながら勇ましい足取りで、堂々と歩を進めた。


――が、ここで問題がひとつ。


何度でも言うが、オレは身長百七十センチ超えの、立派な成人男性である。


そして三組の担任は、見るからに若く、小柄な女性の先生。その先生のすぐ後ろに、オレがぴったり付いて歩いているのだ。

どこからどう見ても、これは新入生ではない。よくて副担任。いや、並んだ貫禄でいえば、むしろオレのほうが担任に見えかねない。


うら若き女性教師と、その背後にそびえる大男。

傍から見れば、3くみだけ、明らかに編成のおかしな珍妙な行進だった。


やがて入場を終え、オレたちは席につく。


ほどなくして、校長先生の挨拶が始まった。


ふと横を見ると、真弘が早くも退屈そうな顔で、大きなあくびをしている。


……まあ、分かる。子どもの頃のオレにとっても、校長先生の挨拶といえば、長くて退屈なだけの時間だった。


だが、待てよ。今のオレは中身が大人だ。


校長先生ともあろうお方が、わざわざ壇上で語ってくださるのだ。さぞ含蓄に富んだ、ためになるお話に違いない。子どもの頃には分からなかった深い意味が、今のオレなら受け取れるはず.....


そう思い、オレは襟を正し、真摯に耳を傾けた。


……傾けた、のだが。


うん。

大人になっても、校長先生の挨拶は、やっぱり退屈だった。


続く来賓の紹介。これも、輪をかけて退屈だった。


じわり、と込み上げてくるものがある。あくびだ。

普段なら噛み殺すところだが、いや、待て。

今のオレは小学一年生。あくびくらい、子どもの特権というものだろう。よし。ここはひとつ、遠慮なく、思いっきり―──―。


と、口を開きかけたところで、式は次の式次第へと移っていた。


各クラスの担任の先生の紹介に続いて、新入生たちの名前が、順に読み上げられていく。


名前を呼ばれた子は、それぞれ元気よく「はいっ!」と返事をして、立ち上がっていった。


1くみ、2くみと滞りなく進み、やがて二組の最後のひとりが着席する。


次は、3くみの番だ。


担任の先生の紹介が終わり、いよいよオレの番が回ってきた。


「天谷小次郎くん!」


「はいっ!」


オレは、精いっぱい元気な声で返事をした...つもりだった。


が、大きな声を張り上げるのなんて何年ぶりだろう。すっかり錆びついた喉が、情けなく「はいぃっ!」と裏返る。


うっ……。少々、恥ずかしい。


だが、まあいい。周りから見れば、なんてことはない。緊張した一年生の、微笑ましい失敗だ。気にすることはなかろう。……たぶん。


そうこうしているうちに、点呼はすべて終わり、式は次の式次第へと移っていく。


「続きまして、新入生代表のことば。

一年三組、新入生代表坂東矢彦くん」


名前を呼ばれ、矢彦が一歩前へ出た。マイクの位置が合わず、先生が慌てて高さを下げる。

保護者たちが微笑ましげに目を細めた。可愛らしい新入生の、たどたどしい挨拶。誰もがそれを期待していた。


――が。


「りっしゅんの候、うららかなようきにつつまれ、はるかぜ小学校のいちいんとして、しんしょうひつぎ、かんがいむりょうのしょぞんでございます」


おい待て。

まるで辞書の言葉を無理やり並べ連ねたような、大仰な挨拶。


「われわれは、これよりせっさたくま、かったつむげ、ふんこつさいしんのかくごをもって、がくぎょうにしょうじんするしょぞんであり……」


会場がざわめく。

そりゃそうだ。四字熟語の意味、半分も分かってないだろお前。“豁達無碍”なんて大人でも使わんぞ。


まあ、それも矢彦らしい。


「けつびに。このきっきょうかいどうなる日を生涯わすれることなく、われわれ一同、ゆうしゅうのびをかざるべく、しんしんきえいのこころざしをもって、まいしんするしょぞんでございます。以上、新入生代表、坂東矢彦」


言い切った。


一語も噛まず、つかえず、最後まで。


意味が通っているかはさておき、とにかく完璧に、堂々と読み上げてみせた。


会場は、しん、と静まり返っている。

拍手をしていいのか、誰も判断がつかないらしい。

保護者も、先生も、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


そんな中、当の矢彦はというと。


実に、余裕綽々だった。


ふっ、と口の端を持ち上げ、片眉をくいと上げる。我ながら名演説であった、とでも言いたげな表情だ。

そして、誰の拍手も待たずに、悠々と壇上の階段を降りていった。


やがて、ぱらぱらと拍手が湧き起こる。次第に大きな喝采へと変わっていく。


「あらあら、面白い子ねぇ」「ふふ、なんだか難しい言葉ばっかり」保護者たちは、口元をゆるめて微笑ましげに手を叩いている。

 


一方で、ざわめき立っていたのは先生たちのほうだった。


「今の、一年生……?」「あんな言葉、どこで覚えたの」と、顔を見合わせて驚いている。

中には、感心を通り越して呆気にとられたような表情の教師もいた。


……いや、たいしたもんだよ。


そもそも六歳児が、新入生代表として大舞台に立つだけでも大したものだろうに、矢彦ときたら、緊張するどころか「どうだ!」と言わんばかりに、堂々とかましてみせた。


末恐ろしいやつだ。


そうだ、思い出した。


これが、後に大人になったオレたちの間で、鉄板ネタとして語り継がれることになる、あの『神童・矢彦伝説』の幕開けだったのだ。


何年経っても、集まればこの話で笑った。


「矢彦さあ、入学式のあれ、マジで一個も意味分かんなかったぞ」と、真弘がからかう。


「失敬な。あれは新入生代表に相応しい、格調高い名演説だ」と、矢彦は今でも胸を張る。

そんな二人のやり取りに、オレもつい吹き出してしまう。


……何度繰り返したか分からない、いつもの光景。

これが、オレたちの鉄板だった。


……ふと、いたずら心が湧く。


今度あいつに会ったら、いや、今のオレは毎日あいつに会えるんだったな。

よし。あの伝説のスピーチ、いつか本人の目の前で、そっくりそのまま再現してやろう。


完璧な口調、完璧などや顔、完璧な片眉。寸分たがわず真似てやれば、さすがの矢彦も、自分のスピーチを客観的に見せられて、きっと耳まで赤くするに違いない。


それはそれで、ちょっと見てみたい気もする。


そんな神童・矢彦の、鮮烈なデビューだった



そんなことを考えているうちに、いよいよ、入学式も佳境に差し掛かっていた。


『プログラムナンバー五番、校歌斉唱』


両翼に配置されたスピーカーから、けたたましく、我が「はるかぜ小学校」の校歌が流れ出した。


子どもの頃は、よく分からない歌詞の、退屈な音楽でしかなかった。


だが、校長先生の挨拶とは対照的に、不思議と耳が引き寄せられた。


音楽というものは、思い出に強く作用するようだ。


大人になってからは、歌詞などほとんど忘れていた。それなのに、イントロが流れ始めると、不思議と少しずつ蘇ってくる。


オレは記憶を頼りに、校歌の歌詞をなぞっていた。


そして気づけば、歌唱に合わせて口ずさんでいた。

それも、割と大きな声で。




よくよく考えてみれば、だ。


斉唱とはいえど、オレの周りはほとんどが新入生。入学したばかりで、校歌なんて歌えるはずがない。斉唱とは名ばかりの、いわば校歌の”お披露目”といったところだろう。


ふと、周りを見回してみると、教員や保護者の視線が、ことごとくオレに向いていた。


……しまった。

思いっきり、聞こえていた。


つまりこれは、突如始まった、天谷小次郎による校歌独唱である。


かくしてオレは、神童・矢彦に並び


入学前に校歌を覚えてきた『神童・小次郎』として、その名を連ねることとなった。


……それはさておき。


校歌というものは、よく作られている。我が「はるかぜ小」の校歌も、なかなかどうして、乙なものだ。


子どもの頃には素通りしていた一節が、今は妙に、胸に残る。


まあ、よい。

ここまで来たら、とことん聞かせてやろうじゃないか。


これは、ただの校歌独唱ではない。

やり直しを赦された三十歳が、今日、もう一度この場所から始める、その幕開けを告げる、オレだけのファンファーレだ。


【はるかぜ小学校 校歌】

東雲しののめの 丘に陽は差し


若葉萌ゆ この学び舎に


迷う日も あさは来たりて


野はふたたび あらたまる


幾度いくたびも 始まりはここに


ああ われらが はるかぜ小學校


ああ われらが はるかぜ小學校



     ─第一章 はるかぜ ─


          完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ