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第五話 『再会』

受付を目前にした、その時だった。


「よお!コジ!」


突然、誰かに呼び止められる。

小次郎は反射的に振り返った。

だが、誰もいない。


「……ん?」


辺りを見回す。

後ろにも、横にも、それらしい人物はいない。

聞き間違いだったのだろうか。


そう思った次の瞬間。


ツンツン。


膝のあたりに小さな刺激を感じた。

視線を下へ向ける。

そこには、一人の少年が立っていた。


「あ」


思わず声が漏れる。

そりゃそうだ。

オレと小学一年生じゃ身長が違いすぎる。

普通に振り返ったところで視界に入るわけがない。


少年は不満そうに頬を膨らませた。


「なんだよ、きこえてなかったの?」


その顔を見て、小次郎は目を見開く。


松田優世まつだ ゆうせい


近所に住んでいた幼なじみだ。

物心つく前から一緒に遊び、家族ぐるみの付き合いもあった。


そして何より――


オレの大親友だった。


懐かしい顔だった。

今日ここへ来るまでにも、何人か知っている顔を見かけた。


だが、小次郎の記憶の中の彼らと、子ども時代の顔を結び付けるのは意外と難しかった。


それなのに。

優世だけは違った。


一目で分かった。

優世は昔から童顔だった。


だからだろうか。

小次郎の記憶の中にいる優世と、目の前の優世がすぐに重なった。


思い出が溢れてくる。


良い時も。

悪い時も。

気付けばいつも隣にいた。


大人になってから会うことはなくなった。

それでも、それでも優世は、小次郎の中でずっと“一番の親友”のままだった


再会が、胸の奥をじんと熱くする。名前のつけられない何かがせり上がってきて、それはやがて涙の粒となり、眼の縁でふるえた。


すり減りきっていた感情が、この数日でゆっくりと水をふくむように戻りはじめている。そのせいだろうか。小次郎は、自分でも困惑するほど涙もろくなっていた。


泣いてる場合じゃない。

小次郎はぐっと堪える。


深呼吸を一つ。

そして口を開いた。


「ゆうせ....」

そこまで言いかけて、慌てて飲み込む。


危ない。

今のオレは小学一年生だ。同窓会じゃない。


「ゆーくん!」


咄嗟にこぼれたのは、遠い昔の呼び名だった。

優世は一瞬きょとんとして、それからくしゃりと笑った。


「おう!」


その笑顔を見て、小次郎も思わず笑う。


コジと、ゆーくん。

子どもの頃につけた、お互いのあだ名。


中学生にあがり、高校生になり。

いつしか照れ臭くなって。

自然と呼ばなくなっていた呼び名。


だけど今は違う。

この場所では、それが当たり前だった。


咄嗟に思い出せた自分を、小次郎は少しだけ褒めてやりたくなった。



オレの両親と、優世の両親が挨拶を交わしている。

特に母親同士はよほど気が合うのか、あれやこれやと話に花を咲かせていた。


昔から、この二人はこうだったな、懐かしさに、少し頬がゆるむ。


やがて、両家そろって受付の列に並んだ。


「コジ、おなじクラスになれるかな」


優世が、不安そうに見上げてくる。


「おれ、ぜったいおなじがいい。コジとはなれたらやだもん」


大丈夫だ、ゆーくん。その心配は要らない。


「ぜったい、なれるよ」

「……ほんと? なんでそんなのわかるの」

「なるよ」

「じゃあ、ならなかったらどうする?」


返答に詰まる。質問の意図が読めない。


「ど、どうするって……?」

「じゃあさ、じゃあさ、なれなかったら、あれちょーだい。あのキラの」


ああ、そういうことか。

「キラのアレ」で、すべてを理解した。


ましゅまろくん。オレが子どもだった頃、一世を風靡したマシュマロ菓子だ。付属するキラキラのシールが本体で、男子はこぞって集めていた。


そして優世が言う「アレ」とは、おそらく、シークレットレアの「とげまろくん」のことだ。


ふわふわのマシュマロが売りのはずなのに、なぜか全身トゲだらけ。意味は分からないが、とにかくド派手でなキラキラで小学生男子の心を片っ端から撃ち抜いた一枚だった。


オレはそれを持っているというだけで、ちょっとしたヒーローだった。「すげー!」「みせて! みせて!」と、クラス中が群がってきたものだ。


……しかも、これは余談だが。


ましゅまろくんの人気は息が長く、オレが大人になってからも密かなコレクターが存在した。一部のレアシールは、それなりの値で取引されていたほどだ。


何を隠そう、オレもその一人。


しかも、かなり年季の入ったコレクターだ。一時期は、狂ったように集めていた。給料が入るたび、フリマアプリを巡回しては掘り出し物を探す。そんな日々もあった。


つまりとげまろくんは、子ども時代も大人になってからも、ずっとオレの宝物だったわけだ。


そうだ、いいぞ、ゆーくんよくやった。

良いことを思い出せた。


大人の中身で小学校生活を送るうえで、子どもたちの輪にどう入るかは死活問題だ。だが『ましゅまろくん』に誰よりも精通しているオレなら、話の糸口には困らない。

最強の武器を手に入れた気分だった。


 


それを賭けろ、と優世は言う。


だが、この賭け、オレは負けない。

なぜなら、知っているからだ。


優世と別のクラスになるのは、小学校六年間で、三年生のたった一度きり。あとはずっと同じクラスだった。卒業までの大半を、いちばん近くで過ごした親友。


もっとも、彼がそれを知る由はない。


未来を知っている分だけ、この賭けはオレの勝ちが確定している。宝物を手放す気は、さらさらない。


大人げない? いや、言ってくれるな。今のオレは、れっきとした小学一年生なんだ。


「いいよ。同じクラスにならなかったら、とげまろくん、ゆーくんにあげる」


そう告げて、優世に見えないよう、勝利を確信し、小さくガッツポーズをとった。


受付に視線を戻す。


受付係の先生たちが、次々と新入生を捌いていく。見事な仕事っぷりだ。

社会人を経験したオレには、この「先生」という仕事の大変さが、痛いほど分かる。


やがて、オレたちの番が来た。

「入学おめでとうございます! ようこそ、はるかぜ小学校へ」


挨拶もそこそこに、親たちは慣れた様子で書類のやり取りを交わす。それが済むと、案内に従って体育館前のホールへ移動した。


ホールには、でかでかとクラス分けの表が張り出されていた。


優世が、食い入るようにその表を見つめる。


次の瞬間。


「あっ……! あ‼︎‼︎ コジ! おんなじクラス!」

ぐるんと振り向いた優世が、満面の笑みでオレを見上げた。よほど嬉しいのか、今にも踊り出しそうな勢いだ。


とげまろくんの賭けのことなど、もう頭から吹き飛んでいるらしい。


無邪気に飛び跳ねる優世を見ていたら、オレの中の何かも、つられて弾けた。


気づけば二人して、ぴょんぴょんと跳ねながら喜んでいた。三十歳が、何をやっているんだか。


それにしても、子どもというのは無邪気だ。たったこれだけのことで、ここまで全身で喜べる。


優世がたまらなく愛おしくなって、オレはつい口にした。

「やっぱり、とげまろくん、ゆーくんにあげるよ」


優世になら、あげてもいい。本気でそう思った。

だが、優世は首を横に振った。


「いい。コジがもってるほうが、かっこいいもん」


……本当は、喉から手が出るほど欲しいくせに。


オレに気を遣ったのだ。理屈は妙だが、優世なりの優しさが、痛いくらいに伝わってくる。小学生らしい、不器用な断り文句だった。


「おれ、コジとおんなじクラスだったら、それでいいし」


オレは頭をくしゃくしゃに撫でてやりたくなったが、流石にやめておいた。


代わりに、家に帰ったら別のスーパーレアを引っぱり出しておくとしよう。とげまろくんじゃなければ、こいつもきっと、素直に受け取ってくれるはずだ。


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