13 グリムズ・キャット3
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カウンターの奥にある狭い階段を、ムーン、エマの順に登る。バーの2階は宿屋だ。
部屋は全部で4つ。扉は全て左手に並んでいる。
扉と扉の間隔は狭い。部屋は、安めビジネスホテルよりも小さそうだ。
グリムは、「一番奥の部屋へ行け」と言った。そこがエル・クラドールの借りている部屋なのだろうか。
ムーンが、教えられた扉の前に立ち止まった。
コンコンとゆっくり2回、扉を叩く。だが、返事はない。
「不在でしょうか?」
エマが尋ねた直後、それを否定するかのように部屋の中からコトリと音が鳴った。
「誰かいるようです」
ムーンが試しに開けてみると、扉はすんなりと開いた。覗き込んだエマの肩をトン、と軽く誰かが押した。
ムーンではない。彼はエマより前にいる。
空中で、くるっと回って着地したのは、さっき店に入っていった、あの銀灰色の猫だ。いつの間に盗ったのか、口元にエマのイヤリングを咥えている。
「あっ!? それは大事なのものよ。返して!」
「エマ嬢、ちょっと待って……」
追いかけて部屋の中に踏み込んだ直後、扉がバタンとしまった。次いで、ガチャンと機械音が響く。エマに続いて、ムーンも部屋に入ってしまったらしい。
まさかとムーンを押しのけてドアに駆け寄った。開けようと試みたが、ノブは貼り付いたように固くて、びくともしない。
「ダメです、ムーンさん! 動きません。鍵を締められたのかも」
多分、エル・クラドールは外で待ち構えていたのだろう。エマとムーンが入った瞬間、鍵を締めて閉じ込めた。ひょっとしたら、グリムもグルだろうか。
「そのようですね」
ムーンもドアノブをガチャガチャと触った。サムターンキーがついているが、縦にしても横にしても手応えはなさそうだ。
「内側にある鍵は意味を成していないようですね。ただのお飾りだ」
「外に別の鍵があるんでしょうか?」
「いや、入るときに見た限り、そのような様子はなかった。それよりも、このノブそのものが問題でしょう」
コツンと叩いたドアノブの土台は、この世界で見る一般的なものより分厚い。
「何か仕掛けがあるんでしょうか?」
「おそらくは」
「うーん……ひょっとしたら、自動で閉まるような仕掛けかもしれませんね」
内と外が逆になっているオートロックのようなもの。あちらからは入れるが、扉が閉まると鍵が掛かって、こちら側からは開けられない。
「自動で? 面白いことを考えますね」
オートロックは、この世界にない仕組みだろうか。余計なことを言ってしまったかもしれない。
「そうですか?……それより、どうやって出るのか、考えないと。窓なら内鍵を開けられるかもしれませんよ」
話を逸らして、窓のほうを見た。
「エマ嬢。猫はどこ行きましたか? イヤリングは?」
「あっ?! そうでした」
ムーンの指摘で、猫を追いかけていたことを思い出す。
大事なイヤリングだ。盗られては困る。
幸いにして、猫はすぐに飽きたらしい。さっきの場所に片耳のエメラルドだけがポツンと落ちている。
すぐに回収して耳につけた。
銀灰色の猫はいない。一体どこに行ったのだろう。窓は閉まっているから、部屋から逃げてはないはずだ。
すると、高い位置から「にゃあ」と鳴く声がした。
壁付けされたクローゼットと天井の狭い隙間に、アーモンド型の目が光る。
「おいで」
何気なく手を伸ばすと、するりとエマの懐に飛び込んでくる。さっきはイタズラをしていたのに、今度は甘えるなんて、困った猫だ。
「人懐っこいのね。名前は何かしら」
耳の裏を搔いてやると、気持ちよさそうに目を瞑った。
「とりあえず、窓は開きそうですよ」
窓を調べていたムーンがエマに声をかけた。どうやら、窓には特に仕掛けを施していないらしく、鍵はすんなりと外れた。
上に持ち上げて開ける窓だ。建付けがあまり良くないのか、ムーンが手をかけると、窓枠に引っかかった窓がガタガタと揺れた。
それでも人が通れる程度には開いた。
エマの腕の中にいた猫がぴょんと飛び降り、開いた窓から出ていった。
「猫なら簡単に脱出できそうですが……」
ムーンが悩ましげに呟く。
エマも隣に並んで、下を見た。
真下は、人の往来があるような道ではない。隣に同じくらいの高さの建物が建っており、その建物との間の通用路とでもいうような道がある。ごみ箱が置いてあるから、人が一人通れるくらいの幅は確保されているのだろう。
「飛び降りるのは無理そうですね……」
「死にはしないでしょうが、ご令嬢を無傷で降ろす自信はありません」
「先にムーンさんだけ出てはどうでしょう? それで、外から部屋の扉を開けてください。あの扉は、外側からなら簡単に開くでしょうから」
多分、ムーンは自分一人であれば脱出可能だたと踏んでいるのだ。オートロックの仕組みを考えれば、それが最も確実だと思えた。
「外側からなら簡単に開く? その根拠は?」
「えぇっと………先程ここに入る時には、すぐに開きましたので」
ムーンは、難しい顔で「あまり良案ではありませんね」と言った。
「どうしてですか?」
「反対側からなら簡単に開くというのは、あくまで貴女の予測です。仕組みが分からない以上、確実に開けられるとはいえません。もし開かなかった時、エマ嬢1人がこの部屋に取り残されることになる」
「では、外に出て、グリムさんに助けを求めては、どうでしょう? 許可をいただければ、ドアノブを壊せるのではないですか?」
「グリムさん、ですか?」
弁償は必要だろうが、許可をしないということは、ないだろう。しかしムーンは、それにも難色を示した。
「彼女は私たちにとって、敵とは言えませんが、味方でもありません。助けてはくれるでしょうが、例えば私たちが脱出した、というような情報をエル・クラドールに流す可能性もある」
「エル・クラドールに知られると、何か問題がありますか?」
「抜け出せないほどの場所ではない、この部屋に閉じ込めたということは、単に私たちを足止めしたいのでしょう。目的は、何かのための時間稼ぎだと思われます。エル・クラドールが私たちの動きを知ったら、おそらく対策を講じるでしょう。さらに穿った見方をするのであれば、グリムさんが助けるふりをして、私たちが脱出するための時間稼ぎや調整をするかもしれない」
それはそうかもしれないけれど……でも、グリムはどちらにも与しない中立のキャラクターのはず。そこまで疑う必要があるだろうか。
「それに、もし扉を壊して弁償ということになれば、カロンさんにも話が伝わるかと。そうすると、エマ嬢はいろいろと動きにくくなりませんか?」
「……そ、そうですね」
昨晩、エル・クラドールに襲われたことを理由に、一人で街に出歩くことを止められた。閉じ込められたなどとカロンに知られたら、次は家から出られなくなるかもしれない。
ストーリーを進めて元の世界に帰らないといけないエマとしては、それは困る。それなら、どうしたらいいんだろう。
「ちなみに、ムーンさん一人だったら、どうやって脱出しますか?」
ムーンは開いた窓から軽く半身を乗り出し、下を観察した。それから、パッパとベッドと窓枠を指す。
「そこのシーツをロープのように結んで伝いながら降りる、とかでしょうか。これくらいの高さならベッドと掛け布団のシーツを繋げば何とかなるでしょう」
「あっ! それ、いいですね。じゃあ私もそうします」
確かにこれくらいの高さなら、2枚のシーツで地面から数メートルのところまで近づけそうだ。小さい時に公園で遊具のロープを伝って登り降りしたのと変わらない。登れと言われれば自信はないが、慎重に降りるだけなら、できると思う。
ムーンが驚きに目を見開いて固まっている。多分、令嬢らしくない提案だったからだろう。
でも、この際、構わない。ムーンに少々怪しまれているのは、今更だ。エマとしては、ともかく話を進めたいし、自由に動けなくなるのも困る。
「私なら大丈夫です。時間もありませんし、急ぎましょう」
ムーンからもっと反対されるかと思ったが、「分かりました」と意外なほど簡単に認められた。
話が決まると、ムーンの動きは早い。あっという間にシーツを剥ぐと、ベッドの足に縛って窓から放り投げた。ベッドはちょうど窓際の壁にぴたりと付いて置いてあり、支柱にしても動くことはなさそうだ。
ムーンが手許のシーツをグッグと引っ張り、強度を確かめる。
「地面には少し届きませんが、何とかなるでしょう。私が先に降ります」
「分かりました。お願いします」
ステッキを脇に挟むと、窓枠をパッと越えた。エマが窓から覗き込むと、ムーンは長い足でトントンと壁を蹴りながら、あっという間に降りていく。
「エマ嬢、いいですよ!」
下に着いたムーンが、帽子を直しながらこちらを見上げた。全く問題なさそうだ。
「気をつけて降りてきてください」
「ハイ、行きます」
エマはシーツをギュッと握ると、慎重に窓枠を乗り越えた。ただのシーツは、公園のロープに比べて握りやすくはない。ブーツが滑らないように気をつけながら、ジリジリと降下していく。
手のひらに痛みを感じ出した頃、エマのブーツの少し下に、シーツの先が見えてきた。そこまでは伝って降りられるとして、思ったよりも地面が遠い。
飛び降りることができるだろうか。
不安に思ったのが、良くなかったのかもしれない。煉瓦の壁を踏んでいた足が、ズルっと滑った。ふいに体重がかかり、手が支えきれなかった。
「エマ嬢!!」
シーツのロープが指先から離れ、あっと言う間に、エマの身体が落下していく。地面に激突するのを覚悟して、目を瞑った。
そのとき、エマの身体が、フワリと浮いた。
「大丈夫ですか?」
エマはムーンの腕に抱きとめられていた。落ちてきたエマをムーンが受け止めてくれたのだ。
「あ…りがとうございます」
ムーンの長いまつ毛と黒い髪が、直ぐ側にある。
大事故にならずによかった。想定外の急降下は、遊園地の絶叫系アトラクションのようで、まだ心臓がバクバクしている。
ムーンの低い声が耳元で尋ねてきた。
「お怪我はありませんか?」
「はい。ムーンさんのおかげです」
ムーンが「よかったです」と、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。
「手のひらは?」
「え?……あ、ちょっと擦り傷に」
言われてみれば、急落下で擦れた手のひらはジンジン痛い。ムーンがエマの両手を握った。少し赤味を帯びて、熱を持っている。
「そう酷くはなさそうですね。良かった」
ムーンは、道に放り出されていたステッキを拾った。帽子を直しながら、「一旦、事務所に戻った方がいいでしょう」と告げる。
狭い通用路から路地に出る。路地は、来た時と変わらず人通りが少なく、酔っ払いが眠っているだけだ。
「ランドールさんを探さなくて良いのですか?」
この辺で他の聞き込みをすると言っていたランドールとは、後で情報交換をしようと約束した。閉じ込められたことも共有しておいたほうがいいよではないか。
だが、ムーンはランドールを探す素振りもなく、裏通りを足早に抜けていく。
「それは、後でいいです。それより、事務所とルシアンが気になります」
「ルシアン?」
なぜルシアンがと疑問を抱いたが、ムーンの顔は険しく、尋ねられるような雰囲気ではなかった。ムーンが考える『足止めさせられた理由』に関係しているのだろうか。
帰路を急いでいたはずのムーンが、突然足を止めた。
「申し訳ありませんが、少し寄り道をしていきます」
道に溶け込むように並んだ一角の、小さな扉を開ける。
扉に何か店名のような字が書いてあった気がするけれど、見損ねたままムーンの後に続いて入店した。
「ハイ、いらっしゃい」
左目にモノクルをかけた白髪の男が顔をだした。
「トマスはいるかい?」
「これは、ムーンさん。お久しふりです。トマスは奥におりますよ」
「ありがとう」
ムーンは男に断ると、エマをその場に待たせて、カウンターの中へと入っていく。
店の内装は質素だ。商品らしきものは何もなく、小さなカウンターだけの店。客のいるスペースよりもカウンターの奥の方が棚がたくさんあって広い。
「あの……失礼ですが、ここは何屋さんですか?」
エマがカウンターに座った老人に尋ねる。老人は気が良さそうに、ハハと笑った。
「何も失礼ではないさ、お嬢さん。ここは時計工房ですよ」
そう言われると、老人は絵に描いたような時計職人にみえた。
作中に、時計工房なんて出てきただろうか。ひょっとしたら、街中で聞き込みをする過程で入ったことがあるかもしれない。すでにゲーム内で知らない場所や状況は、次々出てきているのだ。
ムーンは何の用事で、ここにやってきたのか。トマスとは誰なのか。老人にあれこれ尋ねる間もなく、ムーンが戻ってきた。
「お待たせしました。急いで事務所に戻りましょう」
ムーンは老人に軽い会釈をして、入店した時と同じように早足で店を出た。
今、進行している出来事がムーンにとって、想定内なのか、それとも想定外なのか。その表情からは読み取ることが出来なかった。
いろいろとエマのことを試してるムーン。
キリの良いところで、まとめてムーン視点を書く予定です。
「恋愛要素あり」というタグをいつ付けようか、悩んでいます。(期待されて読んで、ガッカリされたくないチキンなので。。。)




