12 グリムズ・キャット2
黒い猫をあしらった看板が、往来に突き出るように、ぶら下がっている。恵麻の記憶にあるのと同じ看板だ。改めて本物のを見ると周りの店よりも幾分、洒落ている。
「グリムさん、客だよ」
少年が声をかけて店内に入った。
一般的なバーの営業時間には早いはずだが、グリムズ・キャットの扉は開いていた。
少年を追いかけるように、銀灰色の猫がするりと入る。エマとムーンも後に続いた。
「こんにちは」
バーというから薄暗い店内を想像していたけれど、窓から差し込む光のおかげか、店内は意外なほど明るい。
カウンターの中には、もじゃもじゃとした黒髪の女が一人、咥え煙草をして、グラスを磨いている。
「この店には、似つかわしくない2人組だこと」
あまり歓迎的ではない挨拶が飛んできた。
「もう営業時間ですか?」
ムーンは気にする様子もなく奥まで入って、カウンター席に座った。エマはおずおずと、ムーンの隣のハイチェアに腰掛ける。
店内は全体的に古めかしいが、きちんと掃除が行き届いていて、思ったよりも小綺麗だ。
「バーは、まだだね。宿屋の方は、客がいれば24時間いつでも。でも見たところ、あんたらはどっちの客でもないね。何の用だい? 貴族のお嬢さんまで引き連れて」
街歩きのために比較的地味な格好にしたつもりだけど、グリムにもエリスにも、いとも簡単にバレてしまった。
女はようやくグラスから目を離すと、ムーンとエマを順に見た。
「あたしらみたいな商売をしていると、身を窶していても滲み出てくる匂いを感じるんだ。特にお嬢さん。あんたなら、襤褸を纏っていても貴族だと分かるだろうよ」
女は煙草を口から離すと、今度はムーンの方に鼻面を向けて、わざとらしくクンクンと嗅ぐ真似をした。
「ついでに横の旦那も、そんじょそこらの街人じゃないね? 生業は何だい?」
ムーンは「さぁ、どうでしょう。ただの街人と変わらないと思いますが」と、さらりと受け流した。
「貴女が、こちらのお店の店主ですか?」
「あぁ、そうだよ。皆からはグリムって呼ばれている」
グリム。記憶にある通りの女性だ。
繁華街の裏通りに面したバーを切り盛りする女店主。口調や態度も、全てイメージ通り。
「それで? 旦那は、開店前のバーと安宿に何か御用かい?」
「人を探しているんです」
ムーンは、エル・クラドールの名と背格好を説明した。
「顔の半分以上を覆うような仮面をつけていますので、素顔は知りません。ですが、彼はこの店のマッチを落としていきました。ここにお泊りの方、あるいは出入りしているバーの客に、心当たりはありませんか?」
ムーンの話を聞き終えたグリムは、煙草の煙をプハァと吐いた。大きな雲みたいな煙が浮いて、霧散した。
「馬鹿にしてんのかい、旦那?」
グリムがにこやかに首をかしげる。だが、口調は冷ややかだ。
「こういう店に来る客ってのはね、脛に傷持つ輩も多い。探りは御法度なのさ」
入口をピシャリと閉めるような断固とした言い振りは、荒くれ者の訪れる酒場を切り盛りする女店主だ。
「分かったら、とっとと帰りな」と、とりつく島もなく言って、犬をしっしと追い払うように手を振った。
これでは、せっかく来たのに無駄足になってしまう。
どうすればいいんだろう。何か手があったような。グリムに話を聞くための何か……
「あっ! カードゲームはどうでしょう?」
確かグリムは無類のカードゲーム好きだった。ゲーム内では、彼女とカードゲームをして勝つと、有益な情報を教えてもらえるのだ。
「カードゲームだって?」
グリムの目がギラリと光った。それをムーンも見逃さない。
「私が勝ったら、知っていることを教えてもらえますか?」
グリムは吸っていた煙草の灰を灰皿に落とすと、にやりと笑った。
「いいだろう」
グリムは煙草を置くとカウンターからトランプとグラスを二つ取りだした。グラスに黄色い半透明の液体を注いで、「飲みな」とエマとムーンに差し出す。
「いただきます」
小さな泡がシュワシュワと立ち昇るグラスに入っているのは、炭酸入りのレモネードだった。口当たりが爽やかで、とても美味しい。
グリムがカードをきりながら尋ねた。
「さぁ、何で勝負する? 好みはあるかい?」
「グリムさんのお好きな方法で」
「そうかい。それなら一つ、旦那の目を試そうか」
グリムはカードの山の頭から4枚取って、エマとムーンに並べて見せる。
ハートのクイーン、クラブのキング、スペードのジャック、そしてハートの3。絵札が3枚と数字が1枚だ。
それをひっくり返し、テーブル上でくるくると混ぜた。伏せたままのカードを順に4枚、横に並べていく。
カードの背には、赤一色で獅子と剣と蛇が描かれていた。絵は真ん中で斜めにきり替わり、上と下は反転した同じ絵になっている。よくあるトランプだ。
「さぁ、この中からハートのクイーンを当ててみな」
グリムは手のひらを向けてカートを指し示す。
「確率は四分の一。運試しといこうじゃないか」
ニヤリと笑っていった。
4枚の中から指定された1枚を引き当てるだけの単純な運試し。一見すると、そうだろう。だが、おそらく、これは違う。
グリムは、初めにムーンに「目を試す」と言った。彼女がそう言ったときは、カードゲームではなく、間違い探しが出題されていた。
それなら、この精緻な絵柄は、よく見ると、どこかに違いがあるはず。それを見つければ、確実に勝てる。………多分。
「勝負は1回だけだよ。3分のうちに見つけてみな」
グリムが砂時計をひっくり返す。白い砂がサラサラと落下を始めた。
どこが違うのか。エマは目を皿のようにして獅子と剣と、それにまきつく蛇を観察した。一色だけで描かれた細かい絵は、難易度の高い間違い探しだ。
「なるほど。限られた時間に、一発勝負」
ムーンはグリムの意図に気づいていないのだろう。カードを軽く一瞥すると、目の前のグリムを観察するように眺めた。
「それなら、少しヒントをください」
「ヒントだって?」
「僕が質問を…そうですね、3つするので、グリムさんが『Yes』か『No』で答える、というのはどうでしょう?」
グリムは少し考える様子を見せてから、「いいだろう」と、申し出を受け入れた。
「ただし、ハートのクイーンの位置は教えられないよ」
「えぇ、勿論」
ムーンは何を考えているのだろう。
いや、何を考えているのかなんて、関係ない。ともかく、エマはエマでこの問題を解けばいいのだ。
必死にカードに目を凝らしている横で、ムーンが落ち着き払った様子で、グリムに質問を投げた。
「確か、伏せられているカードはハートのクイーン、クラブのキング、スペードのジャック、そしてハートの3、でしたね?」
「そうさ」
「では、まさかクイーンとキングとジャックの会合を邪魔する、無粋なナンバーズはいませんよね?」
ムーンの質問に、思わずエマは顔を上げた。
グリムも面食らっているようだった。だが、すぐに意図を掴んだようで、「当たり前だろう?」とムーンの質問に乗った。
「ハートの3は、そんなことをするほど無分別ではないさ」
面白がって「次の質問は何だい?」と尋ねるグリムに、ムーンは冷静に問うた。
「クイーンは、ハートの従者も連れずに出歩くような、軽率な女性ではありませんよね?」
今度はグリムは「従者……ね」と呟いた。
「そうだね。クイーンと3はいつも一緒さ。ハートの絆は強いんだ」
グリムは答えると、「さぁ、次が最後の質問だよ」と、先を促した。
これまで2つの質問の答えは、どちらも『Yes』。ムーンは3つの質問でカードの位置を特定するつもりだ。
するとムーンが、右側の2枚をトン、トンと指差した。
「この2枚は、キングとジャックですか?」
確かに「クイーンの位置については答えない」という約束は守られている。
この2枚のカードのうち、どちらかがジャックで、もう一方がキングなら、グリムの答えは『Yes』だ。 両方とも違う場合は、勿論『No』。
だけど……
「どちらか1枚でも、旦那の言うカードと違ったら、答えは『No』でいいのかい?」
ムーンは確信があるのか、「構いませんよ」と、あっさり言った。
「初めの約束通り、『Yes』または『No』でお答えください」
ムーンがグリムに答えを求めると、グリムはフンと鼻白んだ。
「答えは『Yes』、だ」
これでムーンの質問は全て出揃った。ムーンはクイーンの位置を特定できたのだろうか。
二人ののやりとりを聞きながらも、エマはカードに目を凝らし続けていた。細かい模様に目が痛くなりそうなうだ。
するとエマの視界に、すっと長い指が伸びてきた。左から2番目のカードを、迷いなく捲る。
「では、これがハートのクイーンですね」
そこにはまさしく、花を手にしたハートのクイーンが描かれていた。正解だ。
砂時計の砂はまだ、3分の1ほど残っている。余裕たっぷりだ。
「御名答。旦那の勝ちだね」
グリムが残るカードをめくった。
左から、ハートの3、ハートのクイーン、スペードのジャック、そしてクラブのキングが並んでいる。
3枚目と4枚目のカードが捲られた瞬間、ムーンが「ん?」と小さく息を漏らした。僅かに動いた眉は、ほんの一瞬で元通りに戻る。何かが、彼の思うものと違ったのだ。
「ムーンさん、どうかしましたか?」
それが何なのか気になったエマが、小声で尋ねた。しかし、「何でもありません」と答えをはぐらかされ、代わりにつけ入る隙のない微笑みを返された。
「それより、クイーンを見つけられたのは、貴女のおかげです。どうも、ありがとう」
「え? 私は何も……」
本当に何もしていない。間違い探しを見つけるより先に、ムーンが論理ゲームで解いてしまった。
「初めは、どうすれば確実に当てられるのかと考えていたんです。すると貴女は、すぐにカードをじっと見始めた。なるほど、確かにグリムさんは初めに『目を試す』と言いました。では、これは運試しではない。カードに描かれた絵に何らかのマークや違いがあるのでしょう」
ムーンの指摘に、グリムは軽く肩を竦めただけだ。
「それで実際に、いくつか質問をしてみれば、グリムさんは、ちゃんと答えてくれだ。ということは、裏返して混ぜていたにも関わらず、どのカードがどの位置にあるのか把握しているということです」
質問で、エマの行動とグリムの発言の答え合わせをしていたのだ。
「でもね、旦那。この細かい絵柄の中から、3分で違いを見分けるのは至難の技だ。加えて、違いが分かっても、どのしるしが何を指すかまでは分からない。だから、やっぱり運試しには違いないのさ」
グリムの言い分に、ムーンも頷く。
「僕もそう思いました。だから、質問することでクイーンを特定することにした。細かい絵柄を探すよりは、その方が確実ですから」
「旦那はヤワな見た目の割に、運を自力で引き寄せにいくタイプだね」
「お褒めに預かり光栄です」
穏やかで、理知的な紳士。鋭い観察眼と明晰な頭脳で、どんな難問も解決してしまう。
この人はまさしく、アリステア・ムーン。思い描いていた通りの名探偵ムーンだ。昔、「カッコいい!」と憧れたゲームの中のヒーローが目の前にいた。
「約束だ。旦那の知りたいことを教えてやろう」
グリムは再び咥え煙草をすると、カウンターにぐいっと身を乗り出した。カウンターの横、薄暗い一角にある登り階段を差した。
「2階の一番奥の部屋に行きな」
「2階の奥? 行ってもいいのですか?」
「まさか、エル・クラドールの部屋ですか?」
グリムから、ここまで明確なヒントを貰えたことはない。そんな展開はなかった。
エマの問いかけに対する答えを、グリムは明言しなかった。
「行けば分かるさ」
さっさと行きなと言うグリムに礼を告げ、エマとムーンは階段に向かった。
薄暗い階段を3段程登ったところで、ムーンがふいに足を止めた。カウンターの中でグラスを磨いているグリムの方を振り返る。
「あぁ、そうだ。グリムさん。一つ聞き忘れていることがありました」
グリムが手を止めて、ムーンを見上げた。
「貴女が選んだカード、ハートの3、ハートのクイーン、クラブのキング、スペードのジャック。これらには、何か意味があるんですか?」
ムーンの質問に、グリムは「ダメだよ、旦那」と笑って首を振った。
「だって、質問は3つまでって言ったじゃないか」
「……そうでしたね。ありがとうございます」
ムーンはぐるりと背を返して、再び階段を登り始めた。すぐに前を向いてしまったムーンの表情を、エマは見ることが出来なかった。
生成AIの使用に関していろいろと明示したほうがよさそうなので、書いておきます。
こちらの話で、ムーンがカードを当てる場面。彼の出した3つの条件
・絵札は3枚並んでいる
・クイーンの隣にハートの3
・右側2枚はキングとジャック
で、「ハートのクイーンの位置を確実に特定できるか」を生成AIに検証してもらっています。
自分の頭の中だけだと、本当に出来ているのか分からなくなってしまうので。。。
ちなみに、めちゃくちゃ分かりやすくパターンを提示して説明してくれますので、良ければ試してみてください。笑




