表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/164

ep.88 莉子は気づく。「るいな、最近ちょっと柔らかくなった」

 藤堂莉子は、わりと人を見ている。


 本人がそれを言うと、たぶん黒瀬琉衣奈は「どこが」と鼻で笑う。

 朝比奈湊も少しだけ困った顔をする。

 白瀬栞は、たぶん静かに「そうだと思います」と言う。


 だから莉子は、自分からはあまり言わない。


 言ったところで面倒くさいし、見ている人間ほど、見ていることをわざわざ説明しないものだ。


 でも、最近の琉衣奈については、さすがに気づく。


 変わった。


 かなり変わった。


 いや、本人に言えば絶対に否定する。


 ――は? 変わってないし。

 ――前から普通だし。

 ――莉子、ほんとうざい。


 たぶん、その三点セットが返ってくる。


 けれど、変わったものは変わった。


 朝、朝比奈くんに「おはよ」と言うようになった。


 前は、言いたそうにして、言わなかった。

 目が合っても、すぐにスマホを見るふりをした。

 湊が近くにいても、何でもない顔でやり過ごそうとして、結局顔がうるさかった。


 それが今は違う。


 少し照れながらでも言う。


 席が離れても、声を届ける。


 それだけでも十分変化だ。


 それに、白瀬さんへの態度も変わった。


 最初は完全に警戒していた。

 湊の近くにいる、静かで強いメガネっ娘。

 何でも見透かしてきそうで、正論で刺してきそうで、でも悪意はなくて、だから余計にやりづらい相手。


 琉衣奈はたぶん、白瀬さんをどう扱えばいいかわからなかった。


 でも今は違う。


 本を読んだ。

 感想を言った。

 雑誌を貸した。

 朝の挨拶も、少しずつ普通になり始めた。


 嫌いじゃない。


 琉衣奈はそう言う。


 あれは、彼女にとってかなり大きい。


 好きとは言わない。

 仲良しとも言わない。

 でも、敵ではない。


 そこまで認められるようになった。


 そして、湊に対してはもっとわかりやすい。


 昔から、琉衣奈はわかりやすかった。


 本人は隠しているつもりでも、顔に出る。

 声に出る。

 スマホを見る指先に出る。


 最近は、それがさらに増えた。


 湊が教室に入ってくると、少しだけ目が動く。

 湊が白瀬さんと話していると、気にしていないふりをしながら耳だけそちらへ向ける。

 昼休みにメッセージを送ったあと、返信が来るまでスマホを裏返したり表にしたりする。


 何というか、見ていて忙しい。


 情報量が多すぎる。


 莉子はそれを、朝の教室でずっと観察していた。


 席替え後の教室にも、少しずつ慣れてきた。


 琉衣奈は、前より少し遠い席にいる。

 莉子とも隣ではなくなった。

 だから、突っ込みを入れるにも声を少し張る必要がある。


 面倒だ。


 でも、それはそれで面白い。


 遠くなったことで、琉衣奈がどう動くかよく見えるようになった。


 昨日は消しゴムだった。


 落とした消しゴムを白瀬さんが拾った。


 それだけのことなのに、琉衣奈は一日中どこか静かだった。


 あとで湊のところに行ったのも見た。

 白瀬さんにも何か言っていた。

 たぶん、ちゃんとお礼を言ったのだろう。


 それができるようになったのも、変化だ。


 莉子は自分の席で頬杖をつきながら、琉衣奈を見た。


 琉衣奈はノートを開いている。


 でも、たぶん半分くらいしか授業準備をしていない。

 残り半分は、湊の席と白瀬さんの席の距離をなんとなく測っている。


 ほんと、忙しい顔をする子だ。


「るいな」


 莉子は休み時間に声をかけた。


「何」


 琉衣奈は顔を上げる。


「最近さ」


「うん」


「ちょっと柔らかくなったよね」


 琉衣奈の顔が、一瞬で険しくなった。


「は?」


「出た」


「何が」


「そういう反応」


「意味わかんないこと言うからでしょ」


「いや、ほんとに思っただけ」


「どこが柔らかいの」


「いろいろ」


「雑」


 琉衣奈は不満そうに眉を寄せる。


 でも、完全に拒絶する顔ではなかった。


 前なら、こういう話題になった瞬間、すぐ遮っていた。

 今は一応、聞く。


 その時点で、やっぱり変わっている。


「朝比奈くんにも、白瀬さんにも」


 莉子が言うと、琉衣奈は少しだけ黙った。


「……そう?」


「そう」


「朝比奈は別に」


「別に?」


「前から」


「前から?」


「……うるさい」


 琉衣奈は視線を逸らした。


 はい、出た。


 莉子は心の中で小さく拍手する。


 前なら「朝比奈は別に」で終わっていた。

 今はそこで言葉に詰まる。


 だいぶ進歩している。


「白瀬さんには?」


「白瀬は……」


 琉衣奈は少し考えた。


 その顔が、意外と真剣だった。


「なんか、変」


「変?」


「嫌いじゃないけど、変」


「またそれ」


「何が」


「嫌いじゃないって、最近よく言うよね」


「便利だから」


「便利ワード」


「うん」


 琉衣奈は少しだけ頬を膨らませる。


「白瀬ってさ、ちゃんと聞くじゃん」


「うん」


「で、ちゃんと返してくるじゃん」


「うん」


「あれ、疲れる」


「でも嫌じゃない」


「……嫌じゃない」


 莉子は笑った。


「それが柔らかくなったってことじゃん」


「違うし」


「違わないって」


「違う」


「じゃあ、前のるいななら白瀬さんに雑誌貸した?」


「……貸さない」


「本の感想言った?」


「……言わない」


「おはようって言った?」


「……言わない」


「ほら」


「うるさい」


 琉衣奈は机に突っ伏しそうになって、途中でやめた。


 湊の方をちらっと見る。


 湊は斜め前の白瀬さんと何か話していた。


 とはいえ、近すぎる感じではない。

 白瀬さんが距離を測っているのは、莉子にもわかる。


 あの子もあの子で、相当面倒くさい。


 良い意味で。


 大人しそうに見えて、かなり強い。

 押す時は押すし、引く時は引く。

 その引き方がまた上手い。


 琉衣奈が苦戦するのもわかる。


「るいな」


「何」


「前より楽しそうだよ」


 今度は、からかいではなく言った。


 琉衣奈はすぐに返してこなかった。


 湊の方を見ていた視線が、少し下がる。


「……そう見える?」


「見える」


「変じゃない?」


「変じゃないよ」


「ほんと?」


「うん。前よりいい」


 琉衣奈は黙った。


 それから、小さく言う。


「莉子って、たまに保護者みたいなこと言うよね」


「保護者だから」


「違うってば」


「いや、もう半分保護者でしょ」


「半分使うな」


「使いやすいんだもん」


「みんな使いすぎ」


 琉衣奈は少しだけ笑った。


 その笑い方も、やっぱり前より柔らかい。


 莉子は、それ以上は突っ込まなかった。


 ここで押しすぎると、琉衣奈は逃げる。


 からかうのは好きだが、壊すほどからかう趣味はない。


 昼休み。


 琉衣奈は珍しく、自分から湊の席へ行かなかった。


 代わりにスマホを見ていた。


 たぶんメッセージを送るか迷っている。


 莉子はそれを少し離れた席から眺めていた。


 送る。

 やめる。

 またスマホを表にする。

 画面を見て、何か打って、消す。


 忙しい。


「るいな、送れば?」


「何を」


「朝比奈くんに」


「送るとか言ってないし」


「顔が送るって言ってる」


「顔顔うるさい」


「だって顔に出るんだもん」


 琉衣奈はむっとした顔をした。


 でも結局、少ししてスマホを操作した。


 送ったらしい。


 数秒後、少し離れた席の湊がスマホを見る。

 湊の口元がほんの少し緩む。


 それを見た琉衣奈の表情も、少しだけ緩む。


 あーはいはい。


 莉子は心の中でため息をついた。


 もう、完全にそういうやつじゃん。


 ただ、本人たちはまだ名前をつけない。


 つけたら壊れそうだから。


 それもわかる。


 白瀬さんも、たぶんわかっている。


 だから急かさない。


 莉子は急かしたくなる時もあるが、そこは保護者として我慢している。

 保護者ではないと言われるけれど。


 昼休みの終わりごろ、湊が席を立った。


 黒瀬の席へ向かう。


 珍しい。


 いつもは黒瀬が行く方が多い。

 今日は湊の方からだった。


 琉衣奈も少し驚いた顔をした。


「黒瀬」


「何」


「さっきのメッセージ」


「声で言うな」


「いや、返事しようと思ったけど、近かったから」


「近くないし」


「前よりは遠いけど、来れば話せる距離だろ」


 それを聞いて、琉衣奈の顔が少し赤くなった。


 莉子は遠くから、また頬杖をつく。


 やるじゃん、朝比奈くん。


 たまに自然に刺すんだよな、この人。


 湊は続けた。


「今日の授業のところ、あとで見せるよ」


「……うん」


「放課後でも」


「わかった」


「夜でもいいけど」


「そこまで言わなくていい」


「悪い」


「悪いと思ってない」


「半分くらいは」


「それ禁止!」


 琉衣奈の声が少し大きくなり、教室の数人が振り返る。


 琉衣奈は慌てて口を閉じた。


 莉子は笑いをこらえるのに失敗した。


「莉子、笑うな!」


「ごめんごめん。いや、今日も元気だなって」


「うるさい」


「柔らかくなったけど、声量は据え置きだね」


「もうその話やめて」


 琉衣奈は顔を赤くして、スマホに視線を落とした。


 でも、口元は少しだけ笑っていた。


 放課後。


 莉子は帰り支度をしながら、琉衣奈の様子を見ていた。


 琉衣奈は湊の席へ行くか迷っている。

 行こうとして、やめる。

 でも結局、鞄を持って立ち上がった。


 莉子は声をかける。


「るいな」


「何」


「今日、夜行くの?」


 琉衣奈が固まった。


「……何で」


「顔」


「また顔」


「うん。あと、朝比奈くんと話したあとの顔」


「どんな顔」


「行くって顔」


「意味わかんない」


「わかるよ。長いつきあいだし」


 琉衣奈は少しだけ視線を落とした。


「……行くかも」


「かも?」


「行く」


「はい、確定」


「うるさい」


 莉子は笑った。


 でも、そこで少しだけ声を落とした。


「るいな」


「何」


「楽しそうなの、いいと思うよ」


 琉衣奈は少しだけ目を丸くした。


 それから、困ったように眉を寄せる。


「急に真面目なのやめて」


「たまにはね」


「似合わない」


「ひど」


「……でも」


「うん」


「ありがと」


 小さな声だった。


 莉子は一瞬だけ驚いた。


 琉衣奈が「ありがと」を言うこと自体は、最近増えた。

 でも、こういう場面で自分に向けて言われると、少し照れる。


「どういたしまして」


 莉子は軽く返した。


「うわ、保護者っぽい」


「だから保護者じゃないってば」


 二人で少し笑った。


 そのあと、琉衣奈は湊の席へ向かった。


 莉子はその背中を見送る。


 前より柔らかくなった。


 けれど、弱くなったわけではない。


 むしろ、前よりちゃんと強くなっている。


 誰かに近づくこと。

 お礼を言うこと。

 悔しいと認めること。

 嫌じゃないと認めること。

 夜に文句を言いに行くこと。


 そういう小さなことを、琉衣奈は少しずつできるようになっている。


 その変化が、莉子には少し嬉しかった。


 そして少しだけ、寂しくもあった。


 でも、その寂しさは悪いものではない。


 友達がちゃんと変わっていく時の、置いていかれるようで、でも誇らしいような、変な感じ。


 莉子はそれを胸の中で軽く転がしてから、いつもの顔に戻した。


 湊の席で、琉衣奈が何か言っている。


「朝比奈」


「何?」


「今日、行く」


「昨日の続き?」


「莉子に変なこと言われたから」


「俺が聞くのか」


「聞いて」


「わかった」


「カフェラテ」


「当然?」


「当然」


 いつものやり取り。


 でも、琉衣奈の声はやっぱり少し柔らかかった。


 夜八時半。


 湊の部屋へ行く前、琉衣奈は一度莉子にメッセージを送ってきた。


『変なこと言うな』


 莉子は笑った。


『柔らかくなったって話?』


 既読。


『それ』


『ほんとのことじゃん』


 少し間が空く。


『変わった?』


 莉子は画面を見て、少しだけ真面目な顔になった。


 そして、短く返す。


『いい意味でね』


 既読。


 しばらく返事は来なかった。


 やがて。


『ならいいし』


 莉子はスマホを置いて、ふっと笑った。


 たぶん今ごろ琉衣奈は、湊の部屋へ向かっている。


 いつものように少しむくれた顔でインターホンを鳴らし、開いた瞬間に「遅」と言うのだろう。


 そしてカフェラテを飲みながら、今日の文句を言う。


 柔らかくなったと言われたこと。

 湊に変わったと言われたらどうしようということ。

 白瀬さんに見られると逃げられないこと。


 たぶん全部、話す。


 莉子はそれを想像して、少しだけ笑った。


 琉衣奈は変わった。


 けれど、ちゃんと琉衣奈のままだ。


 だから大丈夫だと思った。


 夜、黒瀬琉衣奈はいつものように湊の部屋へ来た。


 インターホンが鳴る。

 ドアが開く。

 黒瀬が立っている。


「……遅」


「今日、莉子さんに何か言われたんだろ」


「開幕で当てるな」


「メッセージで少し聞いた」


「莉子、言ったの?」


「いや、黒瀬の顔」


「みんな顔って言う!」


 黒瀬はむくれながら部屋へ上がった。


 ソファに座る。

 クッションを抱える。

 湊がカフェラテを出す。


 いつもの流れ。


 黒瀬はカップを両手で包みながら、しばらく黙っていた。


 そして、小さく言う。


「莉子に、柔らかくなったって言われた」


「そうかもな」


 湊はすぐに答えた。


 黒瀬は少しだけ目を上げる。


「朝比奈もそう思うの?」


「うん」


「悪い意味?」


「いい意味」


 即答だった。


 黒瀬は黙った。


 カフェラテの湯気が、二人の間をゆっくり上がる。


「前より笑うようになった」


 湊が言うと、黒瀬の顔が一気に赤くなった。


「そういうの、普通に言うなって」


「でも本当だし」


「本当なら余計言うな」


「難しいな」


「難しいんだし」


 黒瀬はクッションに顔を半分隠した。


 でも、逃げなかった。


「……変じゃないならいい」


「変じゃない」


「ほんと?」


「うん。前より楽しそう」


「莉子にも言われた」


「じゃあ、そうなんじゃないか」


「二人して」


「白瀬さんも言うかもな」


「それは無理」


 黒瀬は即答した。


 でも、すぐに小さく付け足す。


「……でも、言われたら、たぶん困るだけ」


「嫌じゃない?」


「嫌じゃない」


 いつもの言葉。


 けれど今日は、少しだけ誇らしそうにも聞こえた。


 莉子は気づいていた。


 黒瀬琉衣奈は、最近ちょっと柔らかくなった。


 そしてその柔らかさは、彼女が弱くなった証拠ではなく、前より少しだけ人に近づけるようになった証拠だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ