表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/164

ep.34 夜のソファで笑うギャルは、昼の不機嫌をちゃんと引きずってくる

 昼の教室で交わす一秒が長くなった分だけ、夜の部屋へ来る理由は少しずつ雑になっていく。


 朝比奈湊は、その日の夜、そんなことを思っていた。


 理由がなくなったわけじゃない。


 黒瀬琉衣奈がここへ来る夜には、今でもたぶんちゃんと理由がある。家が落ち着かないとか、眠れないとか、教室の空気が妙にだるかったとか、そういう細かなものが重なっているのだろう。


 ただ、それを毎回わざわざ言葉にしなくなっただけだ。


 最近の黒瀬は、もう理由を作らなくても来る。


 そして湊も、インターホンが鳴る前から少しだけ待っている。


 そのこと自体が、かなり危ういのだと思う。


 夜九時過ぎ。


 案の定、インターホンが鳴った。


 湊は机の上の文庫本を閉じ、ほとんど反射みたいに立ち上がる。モニターを見るまでもない気がしたが、一応覗くと、やはり黒瀬だった。


 今日は淡い色のTシャツに、短めのルームパンツ。その上から薄いカーディガンを羽織っている。髪はおろしたまま。かなり家に近い格好だ。


 ドアを開ける。


「……遅」


「最近それしか言わないな」


「使いやすいし」


「便利な言葉扱いするなよ」


「強いから」


「はいはい」


 もうこのやり取りも、かなり身体に馴染んでいる。


 黒瀬は自然に部屋へ上がり、自然にソファへ向かう。途中、冷蔵庫のほうをちらっと見たのが目に入って、湊は先に言った。


「今日は勝手に開けるなよ」


「なんで」


「まだ夜食の材料考えてる途中」


「夜食あるんだ」


「あるかも」


「じゃあ待つ」


 そう言って、黒瀬はあっさりソファへ沈んだ。


 クッションを抱え、足を軽く崩す。その姿はもうすっかり夜の彼女の標準形で、湊はそれを“いつもの位置”だと思ってしまう自分に少しうんざりする。


「カフェラテ?」


 湊が聞くと、黒瀬はすぐに頷いた。


「それ」


「知ってた」


「なら聞くなって」


「儀式だよ」


 前にも同じことを言った気がする。


 でも、こういう繰り返しこそが、今の二人の夜を作っているのだろう。


 お湯を沸かしながら背中越しに気配を探ると、黒瀬は今日、そこまで沈んでいる感じではなかった。眠そうでも、拗ね切っているわけでもない。

 ただ、少しだけ昼の空気を引きずっている。


 たぶん朝と昼の、あの細い視線のやり取りの続きだ。


 カフェラテを持って戻る。


「はい」


「ん」


 黒瀬は受け取るなり、ひと口飲んだ。


 それから小さく息をついて、クッションへ顎を乗せる。


「……今日も、顔ゆるかったし」


 やっぱりそこを言うのかと思う。


「昼の話か」


「うん」


「まだ引きずってるのそっちだろ」


「そりゃ引きずるし」


 即答だった。


 そこは隠さない。


「朝、目合ったじゃん」


 黒瀬が言う。


「うん」


「で、そのあとちょっと顔やわらかくなってたし」


「そんな細かく見るなよ」


「見えるし」


「そっちも見てただろ」


「……まあ」


 そこで少しだけ目を逸らす。


 でも否定しない。


 最近の黒瀬は、夜の部屋では本当に少しずつ嘘が下手になっている。


「あと、昼」


「ん?」


「あのメガネとまた近かったし」


「それも言うのか」


「言う」


 クッションを抱え直しながら、黒瀬は不満そうに眉を寄せた。


「普通に前の席いるし、普通に話してるし」


「普通にクラスメイトだからな」


「その“普通”がなんかむかつく」


 今日の黒瀬は、だいぶわかりやすい。


 昼の不機嫌を夜までちゃんと持ってきている。

 でも、それを持ってくるということは、ここで消化する前提でもあるのだろう。


「じゃあ、どうしろって言うんだよ」


 湊が聞くと、黒瀬は少しだけ黙った。


「……知らない」


「またそれか」


「だって、ほんとわかんないし」


 そこは本音なのだと思う。


 栞が近いことが面白くない。

 でも、どうしてほしいのかまでは自分でも整理できていない。

 その曖昧さごと、夜になると持ち込んでくる。


 面倒だ。


 でも、その面倒くささが少しずつ可愛く見えてしまうから困る。


「昼の黒瀬って、最近ちょっと棘強いよな」


 湊が言うと、黒瀬はすぐに睨んできた。


「それは朝比奈が悪い時もあるし」


「俺?」


「だって、あのメガネと話してる時、わりと無防備だし」


「無防備って」


「なんか、普通に楽しそうだし」


 やっぱりそこなのだ。


 栞と話している時の湊の空気が、前よりやわらかい。

 それが、黒瀬にはちゃんと見えている。


「……白瀬さん、話しやすいから」


 正直に言うと、黒瀬は少しだけ口を尖らせた。


「それ、今ここで言う?」


「嘘ついてもしょうがないだろ」


「むかつく」


 でも、本気で怒っているわけじゃない。


 むしろ、その不満をこうしてちゃんと口にしてくる時点で、かなり夜の顔だ。


「でも」


 湊は少しだけ言葉を選ぶ。


「それと、黒瀬が嫌って話は別だろ」


 前にも似たようなことを言った気がする。


 でも、今の二人には何度でも確認が必要なことなのかもしれない。


 黒瀬は一瞬だけ黙って、それからクッションへ顔半分を埋めた。


「……そういうの、ずるい」


「なんで」


「ちゃんとわかるように言うし」


「わからないとお前ずっと不機嫌だろ」


「それは……まあ」


 そこは否定しない。


 少ししてから、黒瀬はようやく小さく笑った。


 不機嫌の膜が少しだけはがれる。


「てか、今日なんか見る?」


 湊が話題を変えると、黒瀬はクッション越しにこちらを見た。


「動画」


「またソファ?」


「なにその言い方」


「いや……」


 昨日の、というか最近のソファ事情を思い出してしまう。


 膝の距離。

 “たまたま”を装うやつ。

 ベッドの端に座られた夜。

 そういうのが一気に頭へ浮かんで、湊は少しだけ言葉を濁した。


 すると黒瀬は、それだけで面白そうな顔になった。


「……まだ気にしてるんだ」


「してない」


「うそ」


「してないって」


「じゃあ、同じソファ座れる?」


 挑発みたいに言われて、湊は少しだけ眉をひそめた。


「それ、完全にわざとだろ」


「わざとじゃないし。画面見やすいだけ」


「その言い訳もう聞いた」


「使えるからいいじゃん」


 まるで反省していない。


 でも、その生意気さの奥に、昼の不機嫌をちゃんと夜で崩したい、みたいな空気があるのもわかる。


「……今日は端でも文句言うなよ」


 湊が観念して言うと、黒瀬は少しだけ笑った。


「うん、たぶん」


「たぶんかよ」


 結局また、二人は同じソファへ座ることになった。


 もちろん湊はかなり端に寄る。

 でも、黒瀬はそれを見るなり言った。


「それだと昼の教室で距離置いてる時と変わんないし」


「何その理屈」


「せっかく夜なんだから、もうちょい普通でいてよ」


 普通、という言葉の使い方が絶対におかしい。


 でも、その“せっかく夜なんだから”が、妙に今の二人を表している気もした。


 昼は細い視線と冷たい一秒。

 夜はインターホンとカフェラテと、少し近いソファ。


 そういう切り替えが、もうほとんど二人の中で当たり前になりつつある。


 動画を流し始めると、黒瀬は案の定、少しだけ距離を詰めてきた。


 露骨ではない。

 でも、わかる。

 昨日までよりほんの少しだけ、膝が近い。


「……今日もか」


 湊が小さく言うと、黒瀬は画面を見たまま返した。


「今日は昼のぶん」


「何だそれ」


「機嫌直す用」


 その返しに、思わず笑ってしまった。


「便利だな、それ」


「そっちも笑ったし、たぶん効いてる」


「否定はしない」


 そう答えると、黒瀬は少しだけ満足そうにクッションへ頬を押しつけた。


 昼の不機嫌を、夜の近さで回収しに来る。

 たぶん、それが最近の黒瀬のやり方なのだろう。


 冷たい言葉のあとで来るギャルは、自分でも少し困っている。

 でも、困っているだけじゃなく、どうにかしようともしている。


 それがわかる夜は、やっぱり少しだけずるい。


「……朝比奈」


「ん?」


「今日、教室で目合った時さ」


「うん」


「ちょっとだけ、笑いそうだった」


 黒瀬は小さく言った。


 画面を見たまま。

 でも声はかなりやわらかい。


「なんで」


「昨日の夜のこと思い出したから」


 それはたぶん、湊も同じだった。


 一秒だけ目が合う。

 でも、その中に昨夜の空気が残っている。

 それは昼の教室には重すぎる。


「……そりゃ、俺もだよ」


 正直に返すと、黒瀬は少しだけ黙って、それからクッションの陰で笑った。


「やっぱり」


 夜のソファで笑うギャルは、昼の不機嫌をちゃんと引きずってくる。

 でも、その引きずり方まで含めて、もうだいぶ愛おしいと感じ始めている自分がいて、湊はそれ以上深く考えないように動画の画面へ視線を戻した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ