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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.154 見せないものが増えて、ギャルは少し安心する

翌朝、黒瀬琉衣奈は自分のノートを開いたまま、しばらく動けなかった。


 昨日のページに残っている一行。


 ――見せないものが増えても、机は狭くならなかった。


 朝比奈湊が保留ノートに書いた一行だ。


 黒瀬はそれを自分の余白にも写していた。


 写した理由は、よくわからない。


 ただ、残しておきたかった。


 湊の見せない二行。


 白瀬栞の見せない一行。


 そして、自分の中にも、まだ莉子に見せていない一行がある。


 ――普通ノートもツッコミ帳も、どっちも莉子。


 見せないものが、少しずつ増えている。


 普通に考えれば、空気が重くなりそうなものだ。


 秘密が増えたみたいで、距離ができそうで、少し息苦しくなりそうで。


 でも、昨日は違った。


 四人で机を寄せた時、狭くはならなかった。


 むしろ、少し落ち着いた。


 それが不思議だった。


「……変なの」


 黒瀬が呟くと、隣から白瀬が顔を上げた。


「黒瀬さん、おはようございます」


「……おはよ」


「今日は、少し不思議そうな顔ですね」


「顔で感想読むのやめて」


「すみません。そう見えました」


「見えすぎ」


 黒瀬はノートを少しだけ伏せた。


 白瀬のノートにも、昨日の消した跡が残っている。


 そこには、まだ見せない一行がある。


 黒瀬は見ない。


 見たい。


 でも見ない。


 白瀬も湊も、まだ見せられないものを持っている。


 それは少し気になるけれど、昨日よりは怖くない。


「白瀬」


「はい」


「見せない一行、消してない?」


 白瀬は少しだけ目を丸くした。


 それから、静かに頷いた。


「消していません」


「ならいい」


 黒瀬はそう言った。


 自分でも、かなり自然に出たと思う。


 白瀬は少しだけ微笑んだ。


「ありがとうございます」


「普通に礼言うな」


「でも、安心したので」


「……こっちも」


 言ってから、黒瀬は固まった。


 余計なことを言った。


 しかし白瀬は、そこを逃さない。


「黒瀬さんも、安心しましたか」


「……半分」


「半分でも嬉しいです」


「白瀬、朝からずるい」


「すみません」


「謝るの早い」


 黒瀬は顔を赤くして視線を逸らした。


 でも、確かに安心した。


 白瀬の見せない一行が、ちゃんと残っている。


 まだ見せられない。


 でも、消されていない。


 それだけでいい。


 湊の見せない二行の時と同じだ。


 見せてもらえないことは気になる。


 けれど、なかったことになっていないなら、少し待てる。


 そこへ莉子が入ってきた。


「おはよー。あ、今日は見せないもの確認会?」


「莉子」


 黒瀬が低い声を出す。


「だって聞こえたし。消してない? って」


「聞こえすぎ」


「耳が育ってる」


「育てるな」


 莉子は席に鞄を置き、普通ノートを取り出した。


 ツッコミ帳ではない。


 黒瀬は少しだけ安心する。


 莉子がそれに気づいた。


「るいな、最近ツッコミ帳出さないと安心するよね」


「してない」


「してる」


「してない」


「顔」


「莉子に言われるとむかつく」


 莉子は笑ってから、白瀬の方を見た。


「白瀬さんの見せない一行、消してない?」


 白瀬は少しだけ驚いた。


 けれど、すぐに穏やかに答える。


「消していません」


「そっか」


 莉子は普通ノートを開いた。


 少し考えて、一行書く。


 ――見せない一行、消してない確認。ちょっと安心する。


 黒瀬が横から見た。


「莉子も安心するの?」


「するよ」


「何で」


「だって、白瀬さんが迷って書いた一行でしょ。消えたら、ちょっと寂しいじゃん」


 黒瀬は黙った。


 莉子の言葉は軽い。


 でも、たまにすごくまっすぐ来る。


「……それは、わかる」


「るいなが普通にわかるって言った」


「言うな」


「でも嬉しい」


「受け取るな」


「受け取る」


 莉子は普通ノートを閉じず、その一行を少しだけ眺めていた。


 そこへ湊が教室に入ってくる。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「朝比奈くん、おはよ」


 湊は三人の机の空気を見て、何となく察した顔をした。


「見せない一行の話?」


「朝比奈まで察するの早い」


 莉子が言う。


「最近、見せないものが増えたから」


 湊は鞄を置きながら答えた。


 そして黒瀬を見る。


「俺の二行も、消してない。増えてない」


「聞いてない」


「でも、流れ的に」


「流れで報告するな」


「必要かと」


「必要だけど」


 黒瀬は顔を赤くした。


 莉子が普通ノートへ手を伸ばす。


 黒瀬が睨む。


「莉子」


「今のは書かない。いつもの定時報告だから」


「定時報告にするな」


 白瀬が少し笑う。


 湊は保留ノートを取り出す。


 無地の表紙。


 まだ名前は書かれていない。


 黒瀬はその表紙を見ると、少し落ち着いた。


 名前がないまま、中身だけが増えている。


 それが今は、少しありがたい。


 昼休み。


 四人はいつものように机を寄せた。


 莉子は今日も「戻れる場所セッティング」と言いかけ、黒瀬に睨まれて途中でやめた。


「言ってない」


「言いかけた」


「口の形だけ」


「それもだめ」


「厳しい」


 机が寄る。


 四つの机が、いつもの形になる。


 白瀬のノート。

 莉子の普通ノート。

 黒瀬の余白ノート。

 湊の保留ノート。


 今日は、いつもより机の上に少しだけ見えないものが多い気がした。


 湊の二行はまだ見えない。


 白瀬の一行も見えない。


 黒瀬の一行も、莉子にはまだ見せていない。


 それでも机は、昨日と同じ広さだった。


 莉子が購買のパンを開けながら言う。


「見せないものが増えるとさ、普通は気まずくなりそうじゃん」


「普通はね」


 黒瀬が言う。


「でも、今そこまでじゃないよね」


「……うん」


「るいな、ちょっと安心してる?」


 黒瀬はすぐには否定しなかった。


 そのせいで莉子の目が光る。


「お」


「言うな」


「まだ何も」


「顔が言ってる」


「るいな、ほんと顔読み上手くなった」


「莉子のせい」


 白瀬が静かに言った。


「見せないものがあることを、互いに知っているからかもしれません」


 黒瀬は白瀬を見る。


 白瀬は続ける。


「知らないまま隠されているのと、まだ見せないと伝えられているのでは、少し違う気がします」


 湊が頷く。


「わかる」


 莉子も頷いた。


「わかる。未読スルーと、あとで返すね、くらい違う」


「莉子の例え、急に現代」


 黒瀬が言う。


「わかりやすいでしょ」


「まあ、わかる」


 莉子は少し得意げにする。


 白瀬は真面目に頷いた。


「確かに、近いかもしれません」


「白瀬さんが認めてくれた」


「はい」


 黒瀬は焼きそばパンの袋を折りながら、ぽつりと言った。


「まだ見せないって言われてると、気にはなるけど、消されてないなら待てる」


 自分で言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。


 湊が黒瀬を見る。


 白瀬も莉子も見ている。


「何」


「いや」


 莉子が言う。


「るいな、待つ側の先輩になってきたね」


「先輩にするな」


「見せない二行待機歴が長い」


「その言い方やめて」


 黒瀬は顔を赤くした。


 けれど莉子は普通ノートに書いた。


 ――まだ見せないと言われていると、待つ形が少しわかる。


「莉子、それあたしじゃん」


「名前出してない」


「完全にあたしじゃん」


「でもいい一行だったから」


「普通に言うな」


「今日は私が言う側」


「むかつく」


 湊は保留ノートを開いた。


 黒瀬がすぐに気づく。


「書くの?」


「うん」


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊は一行書き、四人の真ん中に置いた。


 ――見せないものが増えたのに、少しだけ空気が軽くなった。


 黒瀬は読んで、少しだけ唇を尖らせた。


「それ、わかるのがむかつく」


「そうか」


「そう」


「でも、わかる?」


「……わかる」


 白瀬が静かに頷いた。


「私も、わかります」


 莉子も言う。


「うん。わかる。変だけど」


 湊はノートを見つめた。


 見せないものが増えた。


 なのに空気が軽くなる。


 それはたぶん、それぞれが「まだ見せない」と言えるようになったからだ。


 そして、周りがそれを待てるようになったからだ。


 白瀬が自分のノートを開く。


 見せない一行のページではない。


 新しい余白に一行書いた。


 ――見せないものがあるから、見せるものを選べる。


 黒瀬はそれを見て、少しだけ動きを止めた。


「白瀬、それ」


「見せてもいい一行です」


「……強い」


「すみません」


「謝るの早い」


 莉子が普通ノートに書く。


 ――見せないものが増えても、机は狭くならない。


 書いた瞬間、莉子自身が少し黙った。


 黒瀬がそれを見て言う。


「莉子、それいい」


「るいなが普通に言った」


「言うな」


「でも嬉しい」


「受け取るな」


「受け取る」


 湊も頷いた。


「俺も好きだな、その一行」


「朝比奈くんまで」


 莉子は顔を少し赤くした。


「今日、私の普通ノートが育つ」


「育てるな」


 黒瀬が言う。


「でも、育ってる」


 白瀬が静かに言う。


「白瀬さんまで」


 四人は少しだけ笑った。


 放課後。


 自習会はない日だったが、四人は少しだけ教室に残った。


 机は寄せたまま。


 窓から入る夕方の光が、ノートの端を照らしている。


 黒瀬は自分の余白ノートを開いた。


 何を書くか、少し迷う。


 見せないものが増えた。


 なのに、少し安心した。


 その理由を、うまく言葉にできない。


 でも、書かないと残らない気がした。


 シャーペンを動かす。


 ――見せないものが増えた。ひとりで待ってる感じが少し減った。


 書いてから、黒瀬は息を止めた。


 これは、かなり自分が出ている。


 見せるかどうか迷った。


 湊が気づく。


「見せないやつ?」


 黒瀬はしばらく黙った。


 そして、首を横に振った。


「……見せてもいい」


 ノートを四人へ向ける。


 莉子が読んで、少し黙る。


 白瀬も静かに読む。


 湊も読んだ。


 誰もすぐには茶化さなかった。


「黒瀬さん」


 白瀬が言った。


「はい」


 なぜか黒瀬が返事をしてしまう。


 白瀬は少しだけ微笑んだ。


「待つのを、ひとりにしないでくれてありがとうございます」


 黒瀬は完全に固まった。


「……白瀬」


「はい」


「それ、反則」


「すみません」


「謝るの早い」


 莉子も普通ノートに何かを書こうとして、途中で止めた。


「これは、今は書かない」


「莉子が我慢した」


 黒瀬が言う。


「うん。今のは白瀬さんとるいなの間に置くやつ」


 湊は保留ノートを開いた。


「でも、俺は一行だけ書いていい?」


 黒瀬が見る。


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊は書いた。


 ――待つ側がひとりじゃなくなると、見せないものも少し軽くなる。


 黒瀬はそれを読んで、また胸の奥が熱くなった。


「……消さないで」


「消さない」


「見せない二行も?」


「消してない。増えてない」


「白瀬の一行も?」


 白瀬が静かに言う。


「消していません」


「莉子の普通ノートも?」


 莉子が少し驚いた顔をした。


「消さないよ」


「ならいい」


 黒瀬は小さく頷いた。


 夜。


 黒瀬は湊の部屋でカフェラテを両手で包んでいた。


 今日は、いつもより少し落ち着いている。


「見せないもの、増えた」


「うん」


「でも、ちょっと安心した」


「うん」


「待つの、あたしだけじゃない感じがした」


「うん」


「それ、少し助かった」


 湊は静かに頷いた。


「黒瀬がそう言ってくれて、俺も少し助かった」


「朝比奈も?」


「うん」


「何で」


「見せない二行が、俺と黒瀬だけの重いものじゃなくて、四人の中に置ける気がしたから」


 黒瀬は少しだけ黙った。


 湊の見せない二行は、自分に向けられている。


 それは変わらない。


 でも、それを待つ空気は、四人の机にもある。


 白瀬の見せない一行も、莉子の普通ノートも、黒瀬の余白も。


 全部が少しずつ支えている。


「……それは、ちょっといい」


「うん」


「普通に受け取るな」


「でも、受け取りたかった」


「ずるい」


 湊は少し笑った。


 黒瀬も少しだけ笑った。


「消してない?」


「消してない。増えてない」


「紙には?」


「今日の見せてもいい一行だけ」


「ならいい」


 黒瀬はカフェラテを飲んだ。


 見せないものが増えて、ギャルは少し安心した。


 秘密が増えたからではない。


 待つ人が増えたからだ。


 湊の二行も、白瀬の一行も、黒瀬のまだ見せていない一行も。


 それぞれが、まだそこにある。


 消されていない。


 だから、机は狭くならなかった。


 むしろ、少しだけ戻りやすくなっていた。

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