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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.150 戻れる場所を作った翌日、四人は少し照れる

翌朝、黒瀬琉衣奈は教室に入ってすぐ、妙なものを意識してしまった。


 机だ。


 ただの机。


 昨日まで何度も見ていたし、毎日座っているし、別に形が変わったわけでもない。


 けれど昨日、四人で机を少し寄せて、そこでいろいろな言葉を書いた。


 ――戻ってきてもいい場所は、夜の部屋だけじゃなくて、昼の机にもある。

 ――四人で机を寄せるのも、戻れる場所を作ることだったのかもしれない。

 ――戻れる場所、制作中。

 ――制作中の場所だから、まだ名前がなくてもいい。


 あんなことを書いてしまったせいで、いつもの机が少し違って見える。


 黒瀬は教室の入口で一瞬だけ立ち止まり、すぐに歩き出した。


 変に意識していると思われたくない。


 特に藤堂莉子に見つかったら終わりだ。


 そう思った瞬間だった。


「るいな、おはよー」


 終わった。


 莉子はすでに席にいて、片手を振っていた。


 机の上には普通ノートがある。ツッコミ帳ではない。

 けれど、莉子の場合、普通ノートでも十分危険だ。


「……おはよ」


 黒瀬はなるべく普通に返した。


 普通に自分の席へ行き、普通に鞄を置き、普通に椅子を引く。


 そのつもりだった。


 だが莉子は、じっと黒瀬を見ている。


「何」


「いや」


「何か言いたそう」


「るいな、机に照れてる?」


「は?」


 黒瀬は固まった。


 莉子はにやっと笑う。


「今、教室入ってきた瞬間、机見て一瞬止まったでしょ」


「止まってない」


「止まった」


「止まってない」


「戻れる場所に照れてる顔だった」


「莉子!」


 思わず声が跳ねた。


 近くの席の生徒がちらっと見る。


 黒瀬は慌てて声を落とす。


「朝からそういうこと言うな」


「だって見えたし」


「見えすぎ」


「顔が言ってた」


「顔に喋らせるな」


 莉子は笑いながら普通ノートを開いた。


 黒瀬は警戒する。


「書くなよ」


「まだ書いてない」


「顔が書くって言ってる」


「るいなも顔読むようになったねえ」


「莉子のせい」


「成長です」


「悪影響」


 黒瀬はむくれながら席に座った。


 すると、隣から静かな声がした。


「黒瀬さん、おはようございます」


 白瀬栞だった。


 今日も背筋を伸ばして座っている。


 そして今日も、髪には黒瀬が選んだヘアピン。


 その小さな光を見て、黒瀬はまた少しだけ気持ちを整えた。


「……おはよ」


 白瀬は黒瀬の机をちらりと見て、それから穏やかに言った。


「場所に意味がつくと、同じ机でも少し違って見えますね」


 黒瀬は顔を伏せかけた。


「白瀬まで」


「すみません。でも、昨日の言葉が残っているのだと思いました」


「朝から強い」


「そうでしょうか」


「強い」


 莉子が普通ノートにペンを走らせようとした。


 黒瀬が睨む。


「莉子」


「今の白瀬さんのは書くでしょ」


「だめ」


「えー」


「だめ」


「じゃあ心に保存」


「それもやめて」


「無理」


 莉子は笑ったが、ペンは止めた。


 白瀬が少しだけ目を細める。


「藤堂さん、今日は待ってくれたんですね」


「白瀬さんに言われると照れる」


「照れていますか」


「言わないで」


 莉子は普通ノートを閉じかけて、また開いた。


「やっぱ一行だけ。名前は出さない」


「名前出さなくてもわかるやつは禁止」


 黒瀬が言う。


「じゃあ、抽象的に」


 莉子は一行書いた。


 ――意味がついた机は、朝ちょっと照れる。


 黒瀬はそれを横から見て、顔を赤くした。


「それ、完全にあたしじゃん」


「名前出してない」


「出してないだけ」


「でも今日の空気はこれでしょ」


 黒瀬は言い返そうとして、やめた。


 正直、少し当たっている。


 いや、かなり当たっている。


 ただの机が、昨日より少しだけ照れる。


 そんな妙な感覚は、たぶん今朝の自分の中にあった。


 そこへ、朝比奈湊が教室に入ってきた。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「おはよ、朝比奈くん」


 いつもの挨拶が揃った。


 湊は鞄を置こうとして、黒瀬と莉子と白瀬の空気を見た。


「何かあった?」


「るいなが机に照れてた」


「莉子!」


 黒瀬がすぐに止める。


 湊は少しだけ目を丸くし、それから机を見た。


「戻れる場所の話?」


「朝比奈まで普通に言うな」


「昨日の続きかと思って」


「思うな」


 湊は少し笑って、鞄から小さなグレーのノートを取り出した。


 保留ノート。


 黒瀬の視線が自然にそこへ向かう。


 湊はそれに気づいて、いつもの報告をした。


「消してない。増えてない」


「聞いてない」


「でも、必要かと」


「必要だけど」


 黒瀬は顔を赤くして視線を逸らした。


 湊はノートを開く。


 黒瀬の手が止まる。


「書くの?」


「うん」


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊は少し考えてから、短く一行を書いた。


 それから、ノートを四人の机の真ん中へ置く。


 ――戻れる場所は、言葉にした翌日から少し照れる。


 黒瀬は固まった。


 白瀬は静かにその一行を読んだ。


 莉子は、普通ノートに書いた自分の一行と見比べて、にやっとする。


「朝比奈くん、私と近いこと書いた」


「そうだな」


「つまり今日の正解は“照れる机”」


「正解にするな」


 黒瀬が即座に言う。


 湊は黒瀬を見る。


「違う?」


「……違わないのがむかつく」


「そっか」


「普通に受け取るな」


「でも、そう見えた」


「見えすぎ」


 黒瀬は保留ノートの一行をもう一度見た。


 戻れる場所は、言葉にした翌日から少し照れる。


 まさにそうだった。


 昨日、自分たちは机に意味をつけた。


 昼の教室にも戻れる場所があると、四人で書いた。


 だから今日は、いつもの机が少しだけ照れる。


 それを湊に書かれると、余計に照れる。


「消さないで」


 黒瀬は小さく言った。


 湊はすぐに頷く。


「消さない」


「見せない二行も?」


「消してない。増えてない」


「今日の一行も?」


「消さない」


「ならいい」


 莉子が普通ノートを開いて、今度はちゃんと書いた。


 ――戻れる場所は、言葉にした翌日から少し照れる。これは本当にそう。


 白瀬も自分のノートに一行書いた。


 ――昨日と同じ机なのに、昨日の言葉が残っている。


 黒瀬はそれを少しだけ見て、息を止めた。


「白瀬、それも消さないで」


「はい。消しません」


 黒瀬は自分のノートを開いた。


 余白にシャーペンを置く。


 少し迷ってから、一行書いた。


 ――ただの机なのに、戻れる場所って書いたせいで変に見える。むかつく。


 書いてから、すぐにノートを少し伏せる。


 しかし、莉子は見逃さなかった。


「るいな、書いた?」


「書いた」


「見せるやつ?」


「……見せてもいい」


 黒瀬はノートを少しだけ四人の方へ向けた。


 莉子が読んで、笑いをこらえる。


「むかつく、まで入るのがるいな」


「言うな」


 白瀬は静かに頷いた。


「とても黒瀬さんらしい一行です」


「白瀬まで」


 湊も読む。


「いいな」


「普通に言うな」


「でも、いいと思った」


「二回言うな」


 黒瀬は顔を赤くした。


 けれど、ノートはすぐには閉じなかった。


 その一行を机の上に置いておく。


 それだけで、昨日の「戻れる場所」が今日も少しだけ続いている気がした。


 昼休み。


 四人はいつものように机を少し寄せた。


 それだけの動作が、今日はいつもより少し恥ずかしい。


 莉子が机を動かしながら言う。


「はい、戻れる場所セッティング入りまーす」


「やめて」


 黒瀬が即答する。


「設営班、藤堂莉子」


「名乗るな」


「机一個分、右へ」


「イベント会場みたいにするな」


 莉子はけらけら笑いながら机を動かした。


 白瀬も自分の机を少し寄せる。


 湊も自然に合わせる。


 四つの机が近づく。


 黒瀬はその様子を見て、また少しだけ顔が熱くなった。


 机を寄せるだけ。


 ただそれだけ。


 なのに、今日は「戻れる場所を作っている」感じがしてしまう。


「黒瀬さん」


 白瀬が言う。


「何」


「今日も、作っていますね」


「白瀬」


「はい」


「言うな」


「すみません」


「でも、まあ」


 黒瀬は少しだけ視線を逸らした。


「作ってるのかも」


 莉子が固まった。


 湊も少しだけ驚いた顔をした。


 白瀬は静かに微笑む。


「はい」


「普通に受け取るな」


「でも、受け取りたかったので」


「白瀬までずるい」


 莉子が普通ノートを開いた。


「これは書いていい?」


「……名前出さないなら」


「了解」


 莉子は一行書いた。


 ――机を寄せるだけで、今日も少し作っている。


 湊がそれを見て、頷いた。


「いい一行だな」


「朝比奈くんに褒められた」


「普通にいいと思った」


「普通に言うな、って言われるやつ」


 黒瀬が湊を睨む。


「何で先に言うの」


「予測」


「予測するな」


 四人は少し笑った。


 昼食を食べながら、話題は自然にテスト返却の残りや授業の話へ移っていく。


 でも机の空気は、どこか昨日の続きだった。


 莉子がパンを食べながら言う。


「そういえばさ、戻れる場所って、毎回ちゃんと戻らないと消えるのかな」


 黒瀬が眉を寄せる。


「急に何」


「いや、昨日は戻れる場所って言ったじゃん。でも今日来なかったら?」


「誰かが?」


「うん。私とか、白瀬さんとか、るいなとか、朝比奈くんとか」


 少しだけ空気が静かになる。


 白瀬が箸を置いた。


「一日戻らなくても、すぐには消えないと思います」


「そう?」


「はい。けれど、誰かが戻ってきた時に、また作り直せる場所なのだと思います」


 莉子は少し考えた。


「作り直せる場所」


「はい」


 湊も言う。


「毎日同じ形じゃなくてもいいのかもな」


 黒瀬は自分のノートを見た。


 戻れる場所。


 作る場所。


 作り直せる場所。


 全部少し違う。


 でも、たぶん全部必要だ。


「じゃあ」


 黒瀬は小さく言った。


「戻れなかった日があっても、終わりじゃない?」


 白瀬はすぐに頷いた。


「はい」


 湊も言う。


「戻ってきたら、また机を寄せればいい」


 莉子が笑った。


「その時は私が設営班する」


「まだ言う」


 黒瀬は少し呆れたが、悪くないと思った。


 放課後。


 自習会はなかった。


 けれど四人は、何となく同じ机のまま少しだけ残った。


 今日は勉強ではなく、ノートを少し見返す時間になった。


 全部は見せない。


 でも、見せてもいい一行を少しだけ机に出す。


 黒瀬は朝の一行をもう一度見た。


 ――ただの机なのに、戻れる場所って書いたせいで変に見える。むかつく。


 莉子は普通ノートの今日のページを開いている。


 ――机を寄せるだけで、今日も少し作っている。


 白瀬のノートには、


 ――昨日と同じ机なのに、昨日の言葉が残っている。


 湊の保留ノートには、


 ――戻れる場所は、言葉にした翌日から少し照れる。


 四人の一行が、同じ机の上に並ぶ。


 莉子がそれを見て、ぽつりと言った。


「今日、全員ちょっと照れてる」


「莉子も?」


 黒瀬が聞く。


「うん。ちょっと」


「認めるんだ」


「だって照れるじゃん。自分たちで戻れる場所とか言った机に、また戻ってきてるんだよ」


「言うな」


「でも、ほんとでしょ」


「……半分」


「便利」


「便利にするな」


 湊が保留ノートを開いた。


「もう一行だけ」


 黒瀬の視線が向く。


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊は書いた。


 ――照れながら戻ってくるのも、たぶん戻ることに含まれる。


 黒瀬は読んで、顔を赤くした。


「今日の朝比奈、机に寄せすぎ」


「机に?」


「机テーマに寄せすぎ」


「そうかも」


「でも、消さないで」


「消さない」


「見せない二行も?」


「消してない。増えてない」


「ならいい」


 夜。


 黒瀬は湊の部屋へ行った。


 昼の机も戻れる場所。


 でも夜の部屋は、やはり少し違う。


 近い。


 静か。


 カフェラテの湯気が、昼の教室とは違う距離で揺れる。


「今日の机」


 黒瀬が言った。


「うん」


「照れた」


「うん」


「普通に頷くな」


「でも、俺も少し照れた」


 黒瀬は湊を見た。


「朝比奈も?」


「うん」


「……そっか」


 黒瀬はカフェラテを両手で包む。


「みんな、ちょっと照れてた」


「そうだな」


「でも、戻った」


「うん」


「明日も?」


「たぶん」


「たぶん?」


「戻れる場所って、毎日強制じゃないだろ」


「……うん」


「でも、戻りたくなったら戻れる」


 黒瀬は少しだけ目を伏せた。


「それ、いい」


「うん」


「普通に受け取るな」


「でも、言ったのは黒瀬だろ」


「言ったけど」


 二人は少し笑った。


 戻れる場所を作った翌日、四人は少し照れた。


 けれど照れながらも、机を寄せた。


 ノートを置いた。


 一行を見せた。


 それは、昨日作った場所に今日も戻ったということだった。

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