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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.145 保留ノートの一行が、ツッコミ担当を黙らせる

 翌朝、藤堂莉子は少しだけ機嫌がよかった。


 確認テストの点数が、思っていたより悪くなかったからだ。


 すごく良かったわけではない。

 胸を張って自慢するほどでもない。

 けれど、昨日の莉子が「生きてる」と言った通り、ちゃんと生き残った点数だった。


 それに、普通ノートが少し効いた。


 それが何より大きかった。


 自分で書いた単語。

 白瀬栞の範囲メモ。

 朝比奈湊の「目的地」説明。

 黒瀬琉衣奈の「問題文は敵」系列の言葉。


 そういうものが、テスト中に少しだけ戻ってきた。


 だから莉子は、朝から普通ノートを開いていた。


 ツッコミ帳ではなく、普通ノート。


 最近、自分でもその違いが少しわかってきた。


 ツッコミ帳は、外を見るノートだ。


 黒瀬の反応。

 白瀬さんの言葉。

 朝比奈くんの刺し方。

 四人の空気。


 それを拾う。


 普通ノートは、少し違う。


 外を見ているようで、結局、自分が何を受け取ったかが出る。


 だから少し危ない。


 でも、少し面白い。


「莉子、朝から普通ノート?」


 黒瀬が席に座りながら言った。


「うん。普通ノート強化週間」


「勝手に週間にした」


「続くかは不明」


「弱い週間」


「継続は未来の私に任せる」


「信用できない」


 黒瀬はそう言いながらも、少し笑っていた。


 莉子はその顔を見て、普通ノートに書きそうになる。


 ――るいな、普通ノートを認め始めている。


 でも、今日はまだ書かない。


 朝から何でも書くと、また黒瀬に警戒される。


 少し待つ。


 最近、自分も待つことを覚え始めている気がした。


 白瀬が教室に入ってきた。


「おはようございます」


「おはよー、白瀬さん」


「……おはよ」


 黒瀬は今日も白瀬のヘアピンを見た。


 莉子には、それがちゃんと見えた。


 見えたが、書かなかった。


 白瀬もそれに気づき、少しだけ微笑む。


「黒瀬さん、今日も確認ありがとうございます」


「確認って言うな」


「すみません」


「謝るの早い」


 いつものやり取り。


 莉子は普通ノートの端を指で叩きながら、書かない自分を少し褒めたい気分になった。


 そこへ湊が入ってきた。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「朝比奈くん、おはよ」


 湊は鞄を置くと、いつものように黒瀬へ短く言った。


「消してない。増えてもない」


「朝の報告、定着させるなって」


 黒瀬が顔を赤くする。


「でも必要だろ」


「必要だけど」


「じゃあ」


「じゃあじゃない」


 黒瀬はむくれた。


 莉子はそこで普通ノートを開いた。


「今のは書いていい?」


「だめ」


「即答」


「朝からあたし案件は禁止」


「じゃあ心に保存」


「それもやめて」


「無理」


 莉子は笑った。


 すると湊が、少しだけ莉子を見た。


「莉子さん」


「ん?」


「昨日、一行書いた」


「何を?」


「保留ノートに」


 教室の空気が、少しだけ変わった。


 黒瀬がすぐに湊を見る。


 白瀬も静かに視線を向ける。


 莉子は、なぜか自分の普通ノートを閉じた。


「私のこと?」


「うん」


「ツッコミ?」


「違うと思う」


「違うんだ」


 莉子はいつものように笑おうとした。


 でも、少しだけ笑いそこねた。


 湊が鞄から小さなグレーのノートを取り出す。


 保留ノート。


 黒瀬がその表紙を見て、少しだけ目を揺らした。


 もう見慣れたはずなのに、あのノートが出てくると、やはり空気が少し変わる。


 湊は昨日のページを開いた。


「見せてもいい一行」


 そう言って、莉子へ向ける。


 そこには、こう書かれていた。


 ――莉子さんの普通ノートにも、ちゃんと莉子さんがいた。


 莉子は、黙った。


 本当に黙った。


 黒瀬が隣で驚いた顔をするくらい、莉子は何も言わなかった。


 いつもなら、すぐに何か言う。


「何それ、私がいたって怖くない?」とか。

「保留ノートに私登場、レギュラー化?」とか。

「朝比奈くん、また普通に刺してくる」とか。


 いくらでも言えるはずだった。


 でも、何も出てこなかった。


 普通ノートにも、ちゃんと自分がいた。


 その言葉が、思ったより奥に届いたからだ。


「……朝比奈くん」


「うん」


「それ、ずるい」


 やっと出てきた言葉は、黒瀬がよく言うものだった。


 黒瀬が少しだけ目を丸くする。


「莉子がずるいって言った」


「だって、これはずるいでしょ」


 莉子は保留ノートから目を離せなかった。


「普通ノートに自分がいるって、自分で思うのと、人に言われるの全然違う」


「うん」


「違うんだよ」


「うん」


「……なんか、やばい」


 莉子はそこで顔を伏せた。


 黒瀬が少し慌てる。


「莉子、泣く?」


「泣かない」


「声」


「泣かないってば」


 白瀬がそっとティッシュを出した。


 莉子はそれを見て、思わず笑ってしまった。


「白瀬さん、最近ティッシュ係になってない?」


「念のためです」


「泣いてないよ」


「はい」


「その返事、信じてない」


「少しだけ」


「少しだけ便利すぎる」


 莉子はティッシュを受け取った。


 使わなかった。


 でも、受け取った。


 黒瀬は湊の保留ノートを見て、それから莉子を見る。


「莉子」


「何?」


「よかったじゃん」


 普通の言葉だった。


 とても普通だった。


 でも、莉子にはそれも刺さった。


「るいなまで普通に言う」


「言うでしょ」


「言わないでよ」


「嫌?」


「嫌じゃない」


 言ってから、莉子は自分で固まった。


 黒瀬がにやっとする。


「莉子語でも、嫌じゃないは?」


「やめて」


「かなり嬉しい寄り?」


「やめてって」


 黒瀬が珍しく勝った顔をした。


 莉子は悔しくて、でも少し嬉しくて、普通ノートを開いた。


 そして一行書いた。


 ――保留ノートに、私がいた。かなりずるい。


 黒瀬がそれを見た。


「莉子、それ見せていいやつ?」


「うん」


「……いいじゃん」


「今日のるいな、やさしい」


「うるさい」


「でも受け取る」


「受け取るな」


「受け取る」


 莉子は普通ノートを閉じなかった。


 そのページを開いたままにした。


 昼休み。


 四人で机を寄せると、莉子は保留ノートの一行の話を何度も思い出していた。


 朝比奈くんの保留ノートに、自分のことが書かれた。


 それだけなら、今までもあった。


 湊は黒瀬のことを書いた。

 白瀬さんのことも書いた。

 四人の距離のことも書いた。


 でも、自分の普通ノートについて書かれた一行は、思ったよりまっすぐだった。


 自分の普通ノートにも、自分がいた。


 それは、白瀬さんが黒瀬のノートを見て言った言葉に少し似ている。


 黒瀬さんのノートには、黒瀬さんがいます。


 あの時、黒瀬は顔を赤くして固まっていた。


 今なら、少しわかる。


 自分が書いたものの中に、自分がいると誰かに言われるのは、かなり恥ずかしい。


 でも、かなり嬉しい。


「莉子、今日静か」


 黒瀬が言った。


「考えてる」


「莉子が」


「るいな、たまに失礼」


「いつも莉子に言われてる分」


「仕返しが上手くなった」


 莉子は笑った。


 それから普通ノートを指でなぞる。


「私さ」


「うん」


「ツッコミ帳だと、あんまり自分がいる感じしなかったんだよね」


 白瀬が箸を止めた。


 湊も顔を上げる。


 黒瀬は莉子を見た。


「何で?」


「だって、人のこと書いてるから。るいなが赤くなったとか、白瀬さんが本当なのでって言ったとか、朝比奈くんが無自覚に刺したとか」


「危険物じゃん」


「そう。危険物」


 莉子は笑った。


「でも普通ノートは、自分がどう思ったかも出る」


「うん」


「それがちょっと怖い」


「わかる」


 黒瀬がすぐに言った。


 莉子は少し驚く。


 黒瀬は自分のノートを軽く叩いた。


「あたしの余白も、そういう時ある」


「るいなも?」


「うん。人のこと書いてるつもりでも、自分のこと出る」


 白瀬も静かに頷いた。


「私も、そうです」


「白瀬さんも?」


「はい。整えているつもりでも、余白に書いた一行には自分が出ます」


 湊も少し考えてから言った。


「俺も、見せてもいい一行の方が、かえって出る時がある」


 黒瀬が湊を見る。


「見せない二行は?」


「そこにも出てると思う」


「……そっか」


 黒瀬はそれ以上聞かなかった。


 莉子は四人を見た。


 みんな、それぞれ違うノートを持っている。


 でも、結局そこには自分が出る。


 本人が隠そうとしても。


 茶化そうとしても。


 整えようとしても。


 保留しようとしても。


「じゃあさ」


 莉子は普通ノートを開いた。


「今日はこれ、書いていい?」


「何を?」


 黒瀬が聞く。


 莉子は少し考えてから書いた。


 ――どのノートにも、本人が少し出る。隠れても、たぶん出る。


 四人に見せる。


 黒瀬は読んで、少しだけ顔を赤くした。


「……わかる」


 白瀬も頷いた。


「はい。とてもわかります」


 湊も言う。


「これ、いいな」


 莉子は一気に顔が熱くなった。


「三人で普通に受け取るのやめて」


「莉子が見せたんでしょ」


 黒瀬が言う。


「そうだけど」


「受け取る」


「るいなまで」


「仕返し」


「根に持ってる」


「半分」


「便利にするな」


 四人で笑った。


 放課後。


 自習会はなかった。


 確認テストも返ってきたし、今日は少しだけ休むことにした。


 けれど四人は、何となく教室に残っていた。


 それぞれのノートを机に置いて。


 莉子は普通ノート。


 黒瀬は余白ノート。


 白瀬は整った一行ノート。


 湊は保留ノート。


 全部は開いていない。


 全部を見せるわけではない。


 でも、机にはあった。


「何かさ」


 莉子が言った。


「ノート会議みたい」


「何それ」


 黒瀬が眉を寄せる。


「議題、ノートに本人が出る件」


「重い」


「でも大事」


 白瀬が静かに言う。


「大事ですね」


 黒瀬が白瀬を見る。


「白瀬、乗るんだ」


「はい。大事な議題だと思いました」


「真面目」


 湊が保留ノートを開く。


「じゃあ、一行だけ」


 黒瀬の視線がすぐに向く。


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊は書いた。


 そして四人の真ん中に置いた。


 ――ノートに本人が出るなら、見せることは少しだけ会いに行くことに近い。


 莉子は黙った。


 黒瀬も黙った。


 白瀬も、静かにその一行を見つめた。


「朝比奈くん」


 莉子が言った。


「それ、今日一番ずるい」


「そうか」


「そうだよ」


 黒瀬も小さく言う。


「ずるい」


 白瀬も少しだけ頷く。


「はい。少しずるいと思います」


 湊は困ったように笑った。


「三人に言われた」


 莉子は普通ノートに書いた。


 ――見せることは、少しだけ会いに行くこと。


 黒瀬は余白ノートに書いた。


 ――見せた一行に、会いに来られる時がある。


 白瀬は自分のノートに書いた。


 ――だから、見せる前に少し緊張する。


 湊はそれを見て、保留ノートにもう一行だけ足した。


 ――緊張するなら、たぶん大事な一行。


 黒瀬がその一行を見て、少しだけ息を止めた。


「……朝比奈」


「うん」


「見せない二行も?」


 湊は黒瀬を見る。


 少しだけ間が空いた。


「たぶん」


 黒瀬は頷いた。


「なら、まだ待つ」


「うん」


「でも、文句はある」


「うん」


「いつか会いに来て」


 言ってから、黒瀬は固まった。


 莉子が目を丸くする。


 白瀬も驚いたように黒瀬を見る。


 湊は、何も言わなかった。


 黒瀬の顔が一気に赤くなる。


「今のなし」


「無理」


 湊が静かに言った。


「それは無理」


「朝比奈」


「覚えておく」


「普通に覚えるな」


「大事そうだから」


「ずるい」


 黒瀬はノートで顔を半分隠した。


 莉子は普通ノートを開きかけて、止めた。


 これは書かない。


 いや、書きたい。


 でも今は書かない。


 心に保存する。


 たぶん、今日くらいはそれでいい。


 夜。


 黒瀬は湊の部屋でカフェラテを飲みながら、少しだけ不機嫌そうにしていた。


「今日の、忘れて」


「無理」


「早い」


「いつか会いに来て、のやつだろ」


「言うな!」


「ごめん」


「謝るの早い」


 黒瀬はクッションを抱えた。


「でも、思っただけだし」


「うん」


「見せない二行、いつか見せるって言ったじゃん」


「うん」


「なら、たぶんそういうことじゃん」


「会いに来る?」


「言うな」


 湊は笑わなかった。


 黒瀬が少しだけ顔を上げる。


「笑わないの?」


「笑ったら怒るだろ」


「怒るけど」


「でも、今のは笑うより、ちゃんと受け取りたかった」


「普通に言うな」


「うん」


「ずるい」


 黒瀬は顔を赤くして、カフェラテを飲んだ。


「消してない?」


「消してない。増えてもない」


「紙には?」


「今日、二行増えた」


「見せるやつ?」


「見せたやつ」


「ならいい」


 黒瀬は小さく頷いた。


 保留ノートの一行が、ツッコミ担当を黙らせた。


 普通ノートにも、ちゃんと莉子がいた。


 そして、ノートを見せることは、少しだけ相手に会いに行くことに近いのだと、四人は知った。


 見せない二行は、まだ来ない。


 でも黒瀬は、いつかそれが会いに来る日を待つと決めた。

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