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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.143 返ってきた答案より先に、ギャルは余白を見た

 確認テストが返ってくる日の朝、教室は妙に騒がしかった。


 昨日の解放感とは違う。


 少し湿った、逃げ場のない騒がしさだった。


「今日返ってくるって本当?」


「英語だけじゃないの?」


「数学も返すって先生言ってた」


「聞いてない。私は聞いてない」


 あちこちでそんな声が飛んでいる。


 藤堂莉子は机に突っ伏したまま、魂が半分抜けたような声で言った。


「るいな、私、今日休んでいい?」


「もう来てるじゃん」


「心だけ早退したい」


「体も連れて帰って」


「冷たい」


 黒瀬琉衣奈は莉子にそう返しながら、自分のノートを開いた。


 昨日の確認テスト後に書いた一行。


 ――テスト中、ノートは見えないのに、少しあった。


 自分で書いた言葉なのに、今朝見返すと少し恥ずかしい。


 でも、消していない。


 湊にも見せた。


 莉子にも、白瀬にも見せた。


 そして湊の保留ノートにも、似たような一行が残った。


 ――黒瀬は、テスト中も自分の余白を少し信じていた。


 あれはずるい。


 何度思い出してもずるい。


 けれど、嬉しかった。


 だから、昨日の夜、黒瀬はそれを否定しきれなかった。


「黒瀬さん、おはようございます」


 白瀬栞が席に着きながら、静かに声をかけてきた。


「……おはよ」


「今日は、テスト返却が少し気になっている顔ですね」


「白瀬、もう顔占い師になれる」


「占いではありません」


「もっと怖い」


 黒瀬がむくれると、白瀬は少しだけ笑った。


 今日も髪には、黒瀬が選んだヘアピンがある。


 朝の教室で、その小さな光を見るだけで、黒瀬は少し落ち着くようになっていた。


 それもまた悔しい。


 だが、悪くない。


 莉子が顔だけ上げる。


「白瀬さん、私も占って」


「占いではありません」


「じゃあ観察して。今日の私は何点くらいの顔?」


「点数はわかりませんが、返却前からかなり疲れているようには見えます」


「当たりすぎてつらい」


「寝不足ですか?」


「心の」


「それは採点できませんね」


 白瀬が真面目に返すので、莉子は笑った。


「白瀬さん、朝からじわじわ来る」


 黒瀬も少し笑いそうになった。


 そこへ、朝比奈湊が教室に入ってきた。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「朝比奈くん、おはよ。今日、私の魂を拾って」


「どこに落としたんだ?」


「昨日の数学」


「遠いな」


 湊が苦笑しながら席へ行く。


 黒瀬は湊を見る。


 見るつもりはなかった。


 でも、見てしまう。


 湊も気づいた。


「消してない。増えてもない」


「朝から早い」


「今日は先に言った方がいいかと思って」


「本人が判断するなって」


「悪い」


「悪いと思ってない」


「半分くらいは」


「禁止」


 いつものやり取り。


 莉子が普通ノートを開きかける。


 黒瀬が即座に睨む。


「莉子」


「まだ書いてない」


「顔が書いてる」


「るいなも顔読むようになったねえ」


「莉子のせい」


「成長だよ」


「悪影響」


 莉子は笑いながら、今日はツッコミ帳ではなく普通ノートを開いた。


 そして小さく書く。


 ――返却日の朝も、報告は続く。


「それは書くんだ」


 黒瀬が言うと、莉子は頷いた。


「これは普通ノート案件。安心の記録だから」


「勝手に分類するな」


「分類大事」


 白瀬が静かに頷く。


「記録にも種類がありますね」


「白瀬さん、今日もまとめが綺麗」


「ありがとうございます」


「普通に受け取った」


 教室の空気が少し軽くなる。


 でも、その軽さもホームルームが始まるまでだった。


 最初に返ってきたのは英語だった。


 先生が束になった答案を持って教室に入ってきた瞬間、クラス全体の声が少し低くなる。


 莉子は両手を合わせた。


「神様、昨日の私を救って」


「昨日の莉子はそこまで強くなかったでしょ」


 黒瀬が言う。


「前日の私は強かった。テスト中の私は不明」


「不明って」


 白瀬は静かにノートを閉じ、答案を受け取る準備をしている。


 湊も落ち着いている。


 黒瀬は、自分の手が少しだけ冷えているのに気づいた。


 テストが怖いわけではない。


 いや、少し怖い。


 点数が悪かったら、やっぱりへこむ。


 頑張ったつもりだからこそ、結果を見るのは怖い。


 名前を呼ばれた生徒たちが順番に答案を受け取っていく。


 一喜一憂の声があちこちから漏れる。


「やば」


「思ったよりいけた」


「ここ凡ミス!」


 莉子が先に呼ばれた。


 答案を受け取り、自分の席へ戻ってくる。


 そして、そっと裏返す。


「……生きてる」


「何点?」


「秘密」


「それは悪くなかったやつ」


「何でわかるの」


「顔」


「るいなに顔で読まれた。屈辱」


 莉子は少し悔しそうにしながらも、普通ノートの端に何かを書いた。


 黒瀬は見ないふりをした。


 次に白瀬が呼ばれる。


 白瀬は落ち着いた様子で受け取り、席に戻る。


 表情はほとんど変わらない。


 でも、ほんの少しだけ目元が緩んだ。


 たぶん、良かったのだろう。


 湊も呼ばれた。


 こちらも大きな反応はない。


 答案を見て、軽く頷いただけ。


 そして、最後に黒瀬の名前が呼ばれた。


「黒瀬」


「……はい」


 席を立つ。


 歩く。


 答案を受け取る。


 表は下にしたまま戻る。


 席に座って、しばらく見なかった。


 莉子が小声で言う。


「るいな、見る?」


「見るし」


「見守る?」


「見守らなくていい」


「心で見守る」


「怖い」


 黒瀬は深呼吸を一つして、答案を表にした。


 点数が目に入る。


 思ったより、悪くない。


 いや。


 前より、良い。


 かなり良い。


 黒瀬は数秒、点数を見つめたまま固まった。


 莉子が身を乗り出しかけて、途中で止める。


 白瀬も、湊も何も言わない。


 黒瀬は答案をそっと机に置いた。


「……上がった」


 小さな声だった。


 自分で言ってから、少しだけ喉が詰まった。


 莉子が真っ先に笑う。


「やったじゃん、るいな」


「声大きい」


「ごめん。でもやったじゃん」


 白瀬も静かに言う。


「おめでとうございます、黒瀬さん」


「白瀬」


「はい」


「普通に言うな」


「でも、おめでとうございます」


「二回言うな」


 黒瀬は顔を赤くした。


 湊は少しだけ黒瀬を見て、言った。


「余白、効いたな」


 黒瀬は、答案より先にノートを見た。


 自分の余白ノート。


 昨日の一行。


 テスト中、ノートは見えないのに、少しあった。


 あれは嘘ではなかった。


 ちゃんとあった。


 黒瀬は答案を見て、それからノートを見る。


 点数より先に、ノートの方を見ている自分に気づき、少しだけ笑いそうになる。


「……効いたかも」


 認めた。


 小さく。


 でも、確かに。


 湊はその言葉を聞いて、嬉しそうにした。


 黒瀬がすぐに睨む。


「嬉しそうにするな」


「するだろ」


「するな」


「無理」


「最低」


 莉子が普通ノートを開く。


「これは書いていい?」


 黒瀬は少し迷った。


 そして、頷いた。


「……いい」


 莉子は目を輝かせたが、騒ぎすぎないように気をつけている顔だった。


 ペンを走らせる。


 ――るいな、英語上がった。答案より先に余白を見た。


「莉子」


「何?」


「何でそこ見てるの」


「見えたから」


「見えすぎ」


「みんなの影響」


 莉子は少し笑った。


 白瀬も自分のノートに一行書いた。


 黒瀬が気づく。


「白瀬、何書いたの」


「見せてもいい一行です」


 白瀬はノートを少し向けた。


 ――黒瀬さんの努力は、点数だけでなく、余白にも残っている。


 黒瀬は固まった。


「白瀬」


「はい」


「それ、朝からじゃなくても強い」


「すみません」


「謝るの早い」


 湊は保留ノートを取り出した。


 黒瀬の視線がすぐにそこへ行く。


「書くの?」


「書く」


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊は一行書いた。


 そして、黒瀬に向けた。


 ――黒瀬が答案より先に余白を見たのが、今日いちばん良かった。


 黒瀬は、今度こそ何も言えなかった。


 点数を褒められるより、ずっと効いた。


 答案より先に余白を見た。


 自分でも、そうだった。


 そこを見られていた。


 そして、残された。


 保留ノートに。


「……朝比奈」


「うん」


「それ、消さないで」


「消さない」


「見せない二行も?」


「消してない。増えてもない」


「紙には?」


「今の一行だけ増えた」


「ならいい」


 黒瀬は小さく頷いた。


 午前中のうちに、数学も返ってきた。


 こちらは英語ほど劇的ではなかった。


 けれど、前よりは落ちていない。


 むしろ、苦手な問題で部分点が取れていた。


 黒瀬は符号ミスを一つ見つけて悔しがった。


「符号、裏切った」


「符号は裏切っていません」


 白瀬が即答する。


「出た」


「黒瀬さんが途中で見落としただけです」


「白瀬、正論が痛い」


「すみません」


「でも、ここまで合ってるのは良いと思う」


 湊が言う。


「途中式、ちゃんと残ってる」


 黒瀬は数学の答案を見た。


 途中式のところに、赤ペンで部分点が入っている。


 前なら、途中式すら雑だったかもしれない。


 でも、今回は残っている。


 余白ノートで書く癖がついたからかもしれない。


「……途中式、残ってた」


「うん」


「むかつくけど、よかった」


「むかつく必要あるか?」


「ある」


 莉子が普通ノートに書く。


 ――符号は裏切らない。でも途中式は助けてくれる。


 白瀬がそれを見て、静かに頷いた。


「良いまとめです」


「白瀬先生に褒められた」


「先生ではありません」


「今日だけ」


「では、今日だけ」


「また許された」


 莉子は嬉しそうだった。


 昼休み。


 四人は机を寄せた。


 今日は答え合わせを少しだけした。


 莉子は英語で思ったより点が取れていて、数学では「心の暗記」が役に立たなかった部分を悔やんでいた。


 白瀬は安定して高得点。


 湊も悪くない。


 黒瀬は、自分の答案を机の端に置き、その横にノートを開いた。


 莉子が言う。


「るいな、答案よりノート大事そう」


「そんなことない」


「ある」


「……半分」


「便利」


「便利にするな」


 白瀬が微笑む。


「でも、今回の確認テストは、黒瀬さんにとってノートの確認でもあったのかもしれません」


「白瀬」


「はい」


「今日ずっと強い」


「すみません」


「謝るの早い」


 湊が言う。


「でも、それはわかる。点数も大事だけど、ノートの言葉が使えたかどうかっていうか」


「朝比奈までまとめる」


 黒瀬は顔を赤くした。


「まあ、ちょっとは使えた」


 その言葉に、三人が静かに笑った。


 黒瀬はむくれた。


「何」


「いや」


 湊が言う。


「ちょっとって言うけど、かなり大きいと思う」


「普通に言うな」


「でも本当だし」


「本当なら余計」


 放課後。


 黒瀬は帰り支度をしながら、自分のノートに一行書いた。


 ――返ってきた答案より先に、余白を見た。


 書いてから、少しだけ見つめる。


 これは今日の自分にとって、たぶん一番大事な一行だ。


 点数よりも、少しだけ。


 いや、点数も大事だ。


 でも、それだけではない。


 黒瀬はノートを閉じ、湊の席へ行った。


「朝比奈」


「何?」


「今日、行く」


「テスト返却の話?」


「うん」


「カフェラテ?」


「当然」


 莉子が横から言う。


「るいな、今日は祝勝会じゃん」


「勝ってない」


「前より上がったなら勝ち」


「そういうもの?」


「そういうもの」


 白瀬も頷いた。


「私も、そう思います」


「白瀬まで」


「はい。今日は、黒瀬さんの小さな勝ちだと思います」


 黒瀬は顔を赤くした。


「小さなって言うところが白瀬っぽい」


「大きすぎると、黒瀬さんが困るかと思いました」


「配慮が細かい」


 莉子が笑う。


 湊も笑った。


 夜。


 黒瀬は湊の部屋で、カフェラテを両手で包んでいた。


 テーブルには、英語と数学の答案。


 そして黒瀬の余白ノート。


 湊の保留ノート。


「上がった」


 黒瀬が小さく言った。


「うん」


「英語」


「うん」


「数学も、思ったより悪くなかった」


「うん」


「白瀬と莉子にも言われたけど」


「うん」


「ちょっと嬉しい」


 湊は笑わなかった。


 ただ頷いた。


「よかったな」


「普通に言うな」


「でも、よかった」


「二回言うな」


 黒瀬は顔を赤くした。


 それから、自分のノートを開いて湊に見せた。


 ――返ってきた答案より先に、余白を見た。


 湊は静かに読んだ。


 そして、自分の保留ノートを開く。


 昼に書いた一行を見せた。


 ――黒瀬が答案より先に余白を見たのが、今日いちばん良かった。


 黒瀬はそれをもう一度見て、少しだけ黙った。


「……点数より?」


「点数も大事だけど」


「うん」


「俺は、そっちがよかった」


「ずるい」


「うん」


「うんじゃない」


 黒瀬はカフェラテを飲んだ。


「これ、消さないで」


「消さない」


「今日のは、かなり消さないで」


「うん」


「見せない二行も?」


「消してない。増えてもない」


「いつか見せる?」


「うん」


「ならいい」


 黒瀬は答案を見て、それからノートを見た。


 点数は紙に残る。


 間違いも赤で残る。


 でも、余白にはその時の自分が残る。


 今日は、それが少しだけ誇らしかった。


 返ってきた答案より先に、ギャルは余白を見た。


 それは、点数より大事という意味ではない。


 ただ、点数だけでは測れないものが、そこに残っていたということだった。

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