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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.141 確認テスト前日、四人はノートを全部は見せない

 確認テスト前日の朝、教室の空気は少しだけ浮ついていた。


 いつもより早く登校している生徒がいる。

 机に突っ伏して、最後の暗記をあきらめた顔をしている生徒もいる。

 友達同士で問題を出し合っている者もいれば、まだ「範囲どこだっけ」と言っている者もいる。


 藤堂莉子は、その最後の部類に見えた。


「範囲って、英語どこまで?」


 黒瀬琉衣奈は、ノートを開いたまま莉子を見た。


「昨日、白瀬が三回言った」


「三回言われた記憶はある」


「中身は?」


「ない」


「最悪」


 黒瀬が即答すると、莉子は机に頬杖をついて笑った。


「でも大丈夫。今日は私には普通ノートがある」


「普通ノート、魔法の道具じゃないから」


「いや、けっこう魔法だよ。昨日の自分がちょっとだけ賢く見える」


「ちょっとだけ?」


「かなり、って言うと嘘になる」


「正直」


 黒瀬は呆れながらも、莉子の普通ノートをちらりと見た。


 昨日より少しだけページが増えている。


 授業の要点。

 単語。

 問題の途中式。


 そして、その端に四人の名前が並んだ一行。


 ――四人のノートが混ざる距離。ちょっといい。


 昨日、莉子が書いた一行だ。


 黒瀬はそれを直接見せてもらったわけではない。


 でも、莉子が「普通ノート案件」と言っていたので、だいたいそういうことを書いたのだろうと察していた。


 最近、察することが増えた。


 増えすぎている気もする。


「黒瀬さん、おはようございます」


 白瀬栞が教室に入ってきた。


 今日も髪には、黒瀬が選んだヘアピン。


 朝の光を受けて、細く光っている。


 黒瀬はそれを見て、いつものように少しだけ目を止めた。


 白瀬も、それに気づいている。


 もう完全に気づいている。


「……おはよ」


「今日も見てくれましたね」


「言うなって」


「すみません。でも、確認したくなったので」


「確認って言えば何でも許されると思ってる」


「便利なので」


「白瀬まで便利にする」


 莉子が横から笑う。


「るいな、もう完全に朝のヘアピン確認係じゃん」


「係にするな」


「私の普通ノートに書いていい?」


「だめ」


「即答」


「書かなくても莉子は覚えてるでしょ」


「うん、覚えてる」


「それも嫌」


 白瀬は少し笑いながら、自分の席へ鞄を置いた。


 そして、いつものように整ったノートを開く。


 その余白に、昨日の一行がまだ残っているのを、黒瀬は知っている。


 ――それぞれ違うまま、名前が行き来している。


 白瀬のノートにある一行。


 莉子の普通ノートにある一行。


 黒瀬の余白にある一行。


 湊の保留ノートにある一行。


 四人の名前が、それぞれの場所に少しずつ移っていく。


 それは少し照れくさくて、でも悪くなかった。


 朝比奈湊が教室に入ってきたのは、その少し後だった。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「おはよ、朝比奈くん」


 四人の挨拶が重なる。


 湊は席に鞄を置くと、黒瀬の方を少し見た。


 黒瀬はその視線にすぐ気づく。


「何」


「いや」


「何か言いたそう」


「今日も消してない。増えてもない」


 黒瀬の顔が一瞬で熱くなった。


「本人が朝から言うな!」


「昨日、報告は必要って言ってたから」


「必要だけど!」


「じゃあ」


「言い方!」


 莉子が普通ノートを開く。


 黒瀬がすぐに睨む。


「莉子」


「名前出さない。抽象化する」


「余計怖い」


 莉子はペンを走らせた。


 ――報告は必要。でも言い方で人は赤くなる。


「それ絶対あたしじゃん」


「名前出してない」


「出してなくてもあたしじゃん」


「半分」


「便利にするな」


 白瀬が少しだけ笑った。


 湊も笑いそうになり、黒瀬に睨まれてすぐに顔を戻した。


 確認テスト前日だというのに、いつもの朝だった。


 けれど、机の上にはいつもよりたくさんのノートがあった。


 黒瀬の余白ノート。

 白瀬の整ったノート。

 莉子の普通ノート。

 湊の鞄の中の保留ノート。


 それぞれ違う。


 でも、どれも今の四人に必要なものになっている。


 昼休み。


 四人はいつものように机を少し寄せた。


 ただし今日は、少し真面目だった。


 確認テスト前日だからだ。


 莉子も珍しく購買のパンを食べ終える前から、普通ノートを開いている。


「今日の私は違うよ」


「昨日もそれっぽいこと言ってた」


 黒瀬が言う。


「昨日の私は昨日の私。今日の私は前日の私」


「何か嫌な予感がする」


「前日の私は強い。追い込まれてるから」


「追い込まれる前にやれば?」


「それを言ったら物語が終わる」


「何の物語」


 湊が苦笑する。


 白瀬は静かにプリントを並べた。


「では、今日は英語と数学の最終確認だけにしましょう。全部やろうとすると混乱します」


「白瀬先生、助かります」


「先生ではありません」


「でも今日だけは先生って呼ばせて」


「呼ばなくて大丈夫です」


「厳しい」


 莉子が肩を落とす。


 黒瀬はノートを開いた。


 昨日の一行が目に入る。


 ――混ざってるけど、全部一緒じゃない。


 その下に、今日の一行を書くかどうか迷った。


 確認テスト前日。


 四人のノート。


 見せるものと、見せないもの。


 黒瀬はシャーペンを動かした。


 ――全部は見せない。でも、机には並ぶ。


 書いてから、少しだけ眺める。


 悪くない。


 自分にしては少し白瀬っぽい気もするが、今の気分には合っていた。


 白瀬がそれに気づいた。


「黒瀬さん」


「何」


「今の一行は、見せてもいいものですか」


「……見えた?」


「見えてはいません。でも、少し迷ってから書いたように見えました」


「白瀬の観察力、本当に怖い」


「すみません」


「謝るの早い」


 黒瀬は少しだけ考えてから、ノートを白瀬へ向けた。


 白瀬はその一行を静かに読んだ。


 ――全部は見せない。でも、机には並ぶ。


 白瀬は少しだけ目を細めた。


「良い一行だと思います」


「言うと思った」


「はい。言うと思います」


「自分で認めるんだ」


「本当なので」


「出た」


 莉子が横から覗こうとする。


「見せて見せて」


「騒がない?」


「今日は前日の私だから騒がない」


「信用できない」


「半分」


「だからだめ」


 莉子はむくれた。


 しかし白瀬が言った。


「藤堂さんにも見せていい一行だと思います」


「白瀬さん推薦」


 莉子が胸を張る。


「推薦するな」


 黒瀬はそう言いながらも、ノートを少し莉子へ向けた。


 莉子は読んで、珍しくすぐには騒がなかった。


「……これ、いいね」


「普通に言うな」


「いや、これはいい」


「二回言うな」


「全部は見せない。でも、机には並ぶ。めっちゃ今の四人じゃん」


 莉子は普通ノートを開いた。


「書いていい?」


「……名前出さないなら」


「了解」


 莉子は書いた。


 ――全部は見せない。でも机には並ぶ。今日の合言葉っぽい。


 湊もそれを見た。


「いいな」


「朝比奈まで」


 黒瀬が顔を赤くする。


 湊は少し笑った。


「テスト前なのに、ノートの話ばかりだな」


「朝比奈くんの保留ノートのせいでもある」


 莉子が言う。


「俺か」


「そうそう。見せない二行から始まって、保留ノートになって、見せてもいい一行が増えて、白瀬さんにも届いて、今これ」


「責任が重いな」


「でも悪くない責任」


 白瀬が静かに言う。


「言葉を残す場所が増えたことで、私たちは少し話しやすくなったのかもしれません」


 莉子がペンを止めた。


「白瀬さん、それ普通ノート案件」


「そうですか」


「うん。でも今は書かない。勉強する」


 黒瀬が驚いた顔をする。


「莉子が自分で止めた」


「前日の私だから」


「便利な人格」


「便利にするな」


 四人は少し笑って、それから本当に勉強を始めた。


 白瀬の説明はいつも通りわかりやすかった。


 黒瀬は文句を言いながらも、公式と問題文の見分け方をノートにまとめた。


 莉子は時々脱線しかけたが、自分で戻ってきた。


 湊は雑な例えを出しながら、黒瀬や莉子が引っかかりそうなところを補った。


「ここは、まず問題文の最後を見る」


 湊が言う。


「最後?」


 莉子が聞き返す。


「うん。何を聞かれてるか。そこが目的地」


「問題文の目的地」


 黒瀬がノートに書く。


「朝比奈、今日は旅っぽい」


「昨日は距離だったな」


「ジャンル増やすな」


 莉子が普通ノートに書きかけて、止まった。


「書かないのか?」


 湊が聞く。


「書くと脱線するから、今は頭に保存」


「それ大丈夫か?」


「わからない」


「だめそう」


「ひど」


 白瀬は少し笑いながら、プリントの次の問題を指した。


「では、この問題だけ解いてみましょう」


 テスト前らしい時間だった。


 でも、それだけではない時間だった。


 机の上には、それぞれのノートがある。


 全部は見せない。


 けれど、全部隠しているわけでもない。


 白瀬は自分のノートに小さく書いた。


 ――見せないものがあるから、見せるものを選べる。


 黒瀬がそれを少しだけ見た。


「白瀬、今の」


「見えましたか」


「ちょっとだけ」


「見せてもいい一行です」


 白瀬はノートを四人の方へ少し向けた。


 莉子が読んで、息を吐く。


「白瀬さん、今日も強い」


「すみません」


「謝らないで。普通ノート案件だけど、今は覚える」


 湊はその一行を見て、少しだけ頷いた。


「保留ノートにも近いな」


「そうですね」


 白瀬が言う。


「見せない二行があるから、朝比奈くんは見せてもいい一行を選べているのかもしれません」


 黒瀬はその言葉に、少しだけ胸が揺れた。


 見せない二行。


 まだ見ていない二行。


 でも、それがあるから、見せてもいい一行が生まれている。


 そう考えると、少しだけ待ちやすくなる。


 黒瀬はノートに書いた。


 ――見せないものがあるから、見せてもいいものが増える。むかつくけど。


 湊がそれを見て、少し笑った。


「むかつくけど、まで入るのが黒瀬だな」


「見るな」


「見えた」


「見たんじゃん」


「ごめん」


「謝るの早い」


 放課後。


 自習会の最終確認が終わる頃には、四人とも少し疲れていた。


 莉子は机に突っ伏している。


「前日の私、もう限界」


「早い」


 黒瀬が言う。


「でも今日は頑張った」


「それは頑張った」


「るいなが普通に認めた」


「言うな」


「嬉しい」


「受け取るな」


「受け取る」


 白瀬が静かに微笑む。


 湊は鞄から保留ノートを出した。


 黒瀬の視線がすぐにそこへ向く。


「今日は書くの?」


「一行だけ」


「見せるやつ?」


「見せるやつ」


 湊はページを開き、書いた。


 そして、四人の真ん中に置く。


 ――確認テスト前日、四人のノートが机にあった。全部は見せなくていいと思った。


 莉子が小さく言う。


「朝比奈くん、今日のまとめうまい」


「そうか?」


「うん。普通にいい」


 白瀬も頷く。


「私も、そう思います」


 黒瀬は一行を見つめていた。


 全部は見せなくていい。


 それを湊が書いた。


 保留ノートに。


 それだけで、少しだけ安心した。


「……消さないで」


「消さない」


「見せない二行も?」


「消してない。増えてもない」


「紙には?」


「まだ移してない」


「ならいい」


 黒瀬は頷いた。


 莉子が普通ノートに書く。


 ――全部は見せなくていい。でも、机には並んでいた。


 白瀬も自分のノートに書く。


 ――明日は確認テスト。けれど今日確認したのは、勉強だけではなかった。


 黒瀬はそれを聞いて、顔を赤くする。


「白瀬、それ強い」


「すみません」


「謝るの早い」


 夜。


 黒瀬は湊の部屋へ行かなかった。


 テスト前日だからだ。


 湊もそれはわかっていた。


 けれど、黒瀬からメッセージが来た。


『今日は行かない』


『うん。勉強?』


『半分』


『もう半分は?』


『明日寝坊しないため』


『大事だな』


『消してない?』


 湊は保留ノートを開いた。


 今日の一行がある。


 スマホの中の二行もある。


 どちらも消していない。


『消してない。増えてもない。紙には今日の一行だけ』


 少しして、黒瀬から返事が来る。


『ならいい』


 さらに、もう一通。


『明日、テスト終わったらカフェラテ』


 湊は少し笑った。


『当然?』


 黒瀬からすぐ返信。


『当然』


 確認テスト前日、四人はノートを全部は見せなかった。


 けれど、机には並べた。


 見せないものがあるから、見せるものを選べる。


 全部を言わなくても、隣に置くことはできる。


 明日は確認テスト。


 でも今日、四人が確認したのは、たぶん勉強だけではなかった。

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