表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

136/164

ep.134 見せない二行の朝、ツッコミ帳は少しだけ閉じられる

翌朝、黒瀬琉衣奈はスマホを見なかった。


 正確には、見た。


 見たけれど、湊にメッセージは送らなかった。


 そこが大事だった。


 昨夜、朝比奈湊の“見せない一行”は二行になった。


 内容はまだ見せてもらっていない。


 ただ、湊は言った。


 ちゃんと言える形にしようとしている、と。


 黒瀬は文句を言った。


 増やすな、と言った。


 でも、必要なら増やしていいとも言った。


 自分で言っておきながら、何を許可しているのかわからない。


 湊のスマホの中に、自分に関する見せない言葉が増えている。


 普通に考えれば、落ち着かない。


 かなり落ち着かない。


 けれど、昨夜の黒瀬はノートに書いた。


 ――見せない一行が増えた。むかつくけど、ちゃんと言おうとしてるなら待つ。


 湊に見せた。


 湊は「いい一行だと思う」と言った。


 また普通に言った。


 だから怒った。


 でも、消さなかった。


 今朝、黒瀬は制服に着替えながら、その一行を思い出していた。


 待つ。


 でも文句は言う。


 気になる。


 でも奪わない。


 消さないでほしい。


 でも、無理に見せなくていい。


 矛盾だらけだ。


 けれど最近、その矛盾をそのまま置いておけるようになってきた気がする。


 前なら、白か黒か決めようとしていた。


 嫌なのか、嫌じゃないのか。

 嬉しいのか、むかつくのか。

 待てるのか、待てないのか。


 今は少し違う。


 むかつくけど嬉しい。

 怖いけど見たい。

 待つけど文句はある。


 それでもいいのかもしれない。


 白瀬栞なら、きっとそう言う。


 藤堂莉子なら、たぶんツッコミ帳に書く。


 朝比奈湊なら、普通に受け取る。


 普通に受け取るなと思いながら、普通に受け取ってほしいと思う。


 黒瀬は鏡の前で自分の顔を見た。


「……めんどくさ」


 小さく呟いて、鞄を持った。


 教室に入ると、白瀬がすでに席にいた。


 今日もノートを開いている。


 今日も髪にはヘアピン。


 黒瀬が選んだもの。


 もう見慣れているはずなのに、毎朝ちゃんと見てしまう。


「黒瀬さん、おはようございます」


「……おはよ」


 白瀬はすぐに黒瀬の顔を見た。


 そして、少しだけ首を傾げる。


「今日は、少し複雑そうな顔ですね」


「朝から何」


「すみません。そう見えました」


「見えすぎ」


「はい」


「認めるな」


 黒瀬は自分の席に鞄を置き、ノートを出した。


 昨日のページを開く。


 湊に見せた一行がある。


 それを見てから、今日の余白に小さく書いた。


 ――二行になった朝。まだ見てない。


 書いてから、すぐにノートを少し伏せる。


 白瀬は見ない。


 見ようともしない。


 でも、たぶん何か書いたことは気づいている。


「白瀬」


「はい」


「見ないの?」


「見ない方がいいものかと思いました」


「……うん」


「でも、見せたくなったら見ます」


「そういうところ」


「はい?」


「逃げ道が上手い」


 白瀬は少しだけ笑った。


「黒瀬さんに教わりました」


「あたしは教えてない」


「でも、覚えました」


「普通に覚えるな」


 黒瀬は顔を赤くして、ノートを閉じた。


 その時、莉子が教室に入ってきた。


「おはよー」


 いつも通りの声。


 いつも通りの明るさ。


 けれど、今日の莉子は黒瀬を見るなり、少しだけ目を細めた。


「るいな」


「何」


「昨日、進展あった?」


 黒瀬は固まった。


「莉子」


「ごめん。顔」


「顔で全部読むな」


「全部じゃないよ。八割くらい」


「多い」


 莉子は鞄を机に置き、いつものツッコミ帳を出しかけた。


 黒瀬は身構える。


 だが、莉子はそのメモ帳を見てから、少し考え、また鞄に戻した。


 黒瀬が目を丸くする。


「書かないの?」


「今日はまだ」


「まだ?」


「るいなの顔が、書くと怒るけど、聞いてほしくないわけじゃない、みたいな面倒な顔してる」


「莉子」


「何?」


「その解像度やめて」


 莉子は笑った。


「つまり、朝から大事そうなのでツッコミ帳は閉じます」


「……珍しい」


「読める時は読むって言ったでしょ」


「読まない時があるだけ?」


「そう」


 白瀬が静かに言った。


「藤堂さんは、今日は記録しないことで記録しているのかもしれませんね」


 莉子がぱちぱちと瞬きをした。


「白瀬さん、朝から詩人?」


「そうでしょうか」


「うん。いい感じに白瀬さん」


「ありがとうございます」


「普通に受け取った」


 黒瀬が言うと、白瀬は少し微笑んだ。


「本当なので」


「出た」


 そこへ湊が教室に入ってきた。


「おはよう」


「……おはよ」


 黒瀬はいつも通り返した。


 いや、いつも通りにしようとした。


 でも、湊の顔を見た瞬間、昨日の二行の話が戻ってくる。


 見せない二行。


 まだ見せられない二行。


 自分のことが書かれているらしい二行。


 黒瀬は視線を逸らした。


 湊はそれに気づいた。


 気づいたが、すぐには何も言わなかった。


 その代わり、自分の席に鞄を置き、教科書を出してから、短くメッセージを送ってきた。


 黒瀬のスマホが震える。


 画面を見る。


『消してない。増えてもない』


 黒瀬は、思わず吹き出しそうになった。


 増えてもない。


 そこまで報告するのか。


 いや、昨日自分が「増やしたら報告して」と言った。


 言ったのは自分だ。


 でも、実際に来ると妙におかしい。


 黒瀬は返信する。


『増やすなって言った』


『必要なら増やしていいとも言った』


『そこ覚えるな』


『大事そうだったから』


 黒瀬はスマホを伏せた。


 頬が熱い。


 莉子がすぐに反応する。


「来た?」


「何も」


「嘘」


「嘘じゃない」


「朝比奈くんから?」


「莉子」


「はいはい。今日は深追いしない」


 莉子は本当に引いた。


 ただし、顔はにやにやしていた。


 それでもツッコミ帳を出さないだけ、今日はかなり我慢している。


 一限目の授業中、黒瀬はいつもよりノートを丁寧に取った。


 気を紛らわせるためでもある。


 けれど、それだけではない。


 待つと決めたなら、待っている間に自分の時間をぐちゃぐちゃにしたくない。


 昨日、白瀬が言った。


 待つ側にも、言葉は必要。


 それに加えて、待つ側にも日常が必要なのだと思った。


 授業を聞く。

 ノートを取る。

 莉子の変な発言に突っ込む。

 白瀬のヘアピンを見る。

 湊と目が合って、少しだけむかつく。


 そういう日常があるから、待つことがただの我慢にならない。


 黒瀬はノートの余白に書いた。


 ――待つ側にも日常がいる。


 書いてから、少しだけ固まる。


 何だか白瀬みたいな一行になった。


 黒瀬は横を見る。


 白瀬は黒板を見ている。


 けれど、なぜか少しだけ笑ったように見えた。


 昼休み。


 四人で机を寄せた。


 最近、これはもう珍しくなくなっている。


 莉子は購買のパンを開け、白瀬は弁当箱を広げ、湊はコンビニで買ったパンを出し、黒瀬はいつもの焼きそばパンを手にした。


 莉子が言う。


「今日はね、私はツッコミ帳を出さない日です」


「宣言すること?」


 黒瀬が聞く。


「すること。だって出さないって決めるのも、けっこう意思がいるんだよ」


「莉子が?」


「そう。私が」


 莉子はパンをかじりながら、少しだけ真面目な顔をした。


「何でも書けばいいってわけじゃないなって、昨日ちょっと思った」


 黒瀬は少し驚いた。


「莉子が?」


「二回言うな」


「ごめん」


「謝るの早い」


 いつもの言葉を莉子が返す。


 白瀬が少し笑った。


 莉子は続ける。


「るいなの反応とか、白瀬さんの名言とか、朝比奈くんの無自覚刺しとかは書く」


「書かなくていい」


 黒瀬が即座に言う。


「でも、今の見せない二行のことは、ちょっと違う気がする」


 湊が莉子を見る。


 莉子は軽く肩をすくめた。


「茶化していいところと、今は置いておくところがあるじゃん」


「莉子」


 黒瀬は思わず呼んだ。


「何?」


「今日、ちゃんとしてる」


「今日だけ?」


「半分」


「便利にするな」


 莉子は笑った。


 でも、その笑い方は少し嬉しそうだった。


 白瀬が静かに言う。


「藤堂さんが書かないことで、守られるものもあるのかもしれません」


「白瀬さん、今日ほんと詩人」


「そうでしょうか」


「うん。でもそれ、ちょっと嬉しい」


「嬉しいならよかったです」


 湊は、少しだけ息を吐いた。


「莉子さん、ありがとう」


 莉子が少し目を丸くする。


「朝比奈くんが普通に礼を言う」


「言いたかったから」


「それ、るいながずるいって言うやつ」


「言う」


 黒瀬が小さく言った。


「ずるい」


 湊は黒瀬を見る。


 黒瀬は顔を赤くして、焼きそばパンに視線を落としていた。


 莉子は笑ったが、ツッコミ帳は出さなかった。


 そのことが、今日の昼休みでは一番大事だった。


 放課後、自習会は少しだけ行われた。


 確認テストの前日ではないが、近い。


 白瀬がいつも通り整理し、湊が補足し、黒瀬が余白に書き、莉子は今日はツッコミ帳ではなく普通のルーズリーフに少しだけ問題を書いた。


 黒瀬がそれを見て言う。


「莉子、普通にノート取ってる」


「珍獣扱いしないで」


「珍しいから」


「まあ珍しいけど」


 莉子は素直に認めた。


「今日はツッコミ帳出さない分、こっちに書く」


「勉強を?」


「勉強を」


「すごい」


「るいなに言われると何かむかつく」


「何で」


 白瀬が静かに言う。


「藤堂さん、今日はいつもより集中しています」


「白瀬さんまで言う」


「良いことだと思います」


「普通に褒められた」


 莉子は少し照れたように笑った。


 黒瀬はその顔を見て、ノートに書きたくなる。


 ――莉子、ツッコミ帳を閉じた日。


 書いた。


 今日はこれは残したいと思った。


 莉子は書かないことで守った。


 だから黒瀬は、それを一行だけ残した。


 自習会の終わり、黒瀬は湊の席へ行った。


「朝比奈」


「何?」


「今日、行く」


「二行の話?」


「それもある」


「ほかは?」


「莉子がツッコミ帳を閉じた話」


「大事そうだな」


「うん」


「カフェラテ?」


「当然」


 夜。


 黒瀬は湊の部屋に来た。


 いつものようにソファに座り、カフェラテを受け取り、ノートを開いた。


 湊に見せる。


 そこには今日の二行があった。


 ――二行になった朝。まだ見てない。

 ――莉子、ツッコミ帳を閉じた日。


 湊は静かに読んだ。


「莉子さん、今日は書かなかったな」


「うん」


「ありがたかった」


「うん」


「黒瀬が書いたんだな」


「だって、莉子が書かなかったから」


「うん」


「誰かが残してもいいかなって」


 湊は少しだけ笑った。


「いいと思う」


「普通に言うな」


「でも、いいと思った」


「二回言うな」


 黒瀬はカフェラテを飲んだ。


「朝比奈の二行」


「うん」


「今日は増えてないって報告、ちょっと面白かった」


「必要かと思って」


「必要だったけど、面白かった」


「そうか」


「消してない、増えてもない」


「うん」


「報告が細かい」


「黒瀬が気にするかと思って」


「気にするけど」


「うん」


「気にするけど、全部言われると何か恥ずかしい」


「難しいな」


「難しいんだって」


 二人は少し笑った。


 それから、黒瀬は少し真面目な顔になる。


「莉子がさ」


「うん」


「書かないことで守るものもあるって、白瀬が言ってた」


「うん」


「あれ、朝比奈の二行もそうなのかなって思った」


「どういうこと?」


「今は見せないことで守ってるものもあるんでしょ」


 湊は黙った。


 黒瀬はカップを見つめたまま続ける。


「見せたら進むかもしれないけど、今見せたら壊れるものもあるかもしれない」


「うん」


「だから、まだ見せない」


「うん」


「でも、消さない」


「うん」


「それなら、待つ」


 湊は、黒瀬を見た。


 黒瀬は顔を赤くしていた。


 でも、逃げてはいなかった。


「ありがとう」


「普通に礼言うな」


「言いたかった」


「ずるい」


「今日も?」


「今日も」


 黒瀬は少しだけ笑った。


 見せない二行の朝、ツッコミ帳は少しだけ閉じられた。


 莉子は書かないことで、二人の間にあるまだ形にならない言葉を守った。


 白瀬はそれを見て、書かないことも記録なのだと言った。


 黒瀬は、それを自分のノートに残した。


 そして湊は、スマホの中の二行を、今日も消さずに持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ