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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.122 莉子のノートは、ほぼツッコミ帳だった

 翌朝、藤堂莉子は妙に得意げだった。


 教室に入ってきた時点で、すでに顔がうるさい。


 黒瀬琉衣奈は、自分の席でノートを開きかけて、その顔に気づいた。


「……何その顔」


「何って?」


「何か企んでる顔」


「失礼だなあ。私はただ、新しい自分に目覚めただけだよ」


「朝から重い」


「ひど」


 莉子は笑いながら、自分の鞄を机の上に置いた。


 その動きが、いつもより少し大げさだった。


 黒瀬は警戒した。


 莉子がこういう時は、だいたい何かある。


 しかも、ろくでもない。


「莉子」


「何?」


「昨日言ってたやつ、まさか本当に持ってきた?」


「ふふん」


「その笑い方やめて。怖い」


 莉子は鞄の中から、小さなメモ帳を取り出した。


 手のひらに収まるくらいのサイズ。

 表紙は明るい色で、いかにも莉子が選びそうな軽いデザインだった。


 黒瀬はそれを見た瞬間、顔をしかめた。


「本当に持ってきたの?」


「持ってきました」


「何で」


「昨日決めたから」


「決めなくてよかった」


「記念すべき第一冊目」


「一冊目って言うな。続ける気?」


「続いたらね」


 莉子はメモ帳をひらひら振った。


「名付けて、ツッコミ帳」


「最悪」


 黒瀬は即答した。


「まだ中身見てないじゃん」


「名前で最悪」


「いい名前でしょ」


「怖すぎる」


 そのタイミングで、白瀬栞が教室に入ってきた。


 今日も髪には、黒瀬が選んだヘアピンがついている。

 それを見るたびに、黒瀬はまだ少しだけ慣れない気持ちになる。


「おはようございます」


「……おはよ」


「白瀬さん、おはよー」


 莉子が明るく手を振る。


 栞は、莉子の手元のメモ帳に気づいた。


「藤堂さん、それは?」


「ふふん。ツッコミ帳です」


「ツッコミ帳」


 栞は真面目に復唱した。


 黒瀬はすぐに言う。


「白瀬、真面目に受け取らなくていい」


「そうなんですか?」


「そう。これは危険物」


「危険物ではないよ」


 莉子が抗議する。


「みんながノートに記録してるから、私も始めようと思って」


 栞の表情が少しやわらかくなった。


「藤堂さんも記録係ですね」


「そうそう。白瀬さんわかってる」


「わからなくていい」


 黒瀬は心底嫌そうな顔をした。


 だが、少しだけ気になっているのも事実だった。


 莉子が何を書くのか。


 怖い。

 かなり怖い。


 でも、少しだけ見たい。


 そんな顔をしてしまったらしく、莉子がにやりと笑った。


「るいな、見たい顔してる」


「してない」


「してる」


「してない」


「じゃあ見せない」


「……別に」


「別に出た。見たい時の別に」


「莉子!」


 黒瀬の声が少し跳ねた。


 周りの生徒がちらっと見る。


 黒瀬は慌てて声を落とす。


「……朝からうるさい」


「はいはい」


 そこへ、朝比奈湊が教室に入ってきた。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「おはよ、朝比奈くん」


 莉子はすぐにメモ帳を掲げた。


「見て見て、朝比奈くん。ツッコミ帳」


 湊は少しだけ目を丸くした。


「本当に始めたんだ」


「昨日言ったからね」


「中身は?」


「まだちょっとだけ」


 黒瀬がすぐに口を挟む。


「見なくていい」


「そこまで言われると気になる」


「気にしなくていい」


「るいな、諦めなよ。今日の私は記録係だから」


「怖い記録係」


 莉子はメモ帳を開いた。


 黒瀬は反射的に身構える。


 栞は少し興味深そうに見ている。


 湊も、困ったように笑いながら覗き込む距離に立った。


 莉子は一ページ目を見せた。


 そこには、丸っこい字でこう書いてあった。


 ――るいな、今日も白瀬さんのヘアピンを見る。本人は見てないと言い張る予定。


 黒瀬は固まった。


「……莉子」


「何?」


「消して」


「やだ」


「今すぐ」


「やだ」


「それ、朝の何分で書いたの」


「るいなが教室入って三十秒くらい」


「早すぎる!」


 莉子は楽しそうに笑う。


「観察力が売りです」


「売らなくていい」


 栞は少しだけ頬を赤くして、自分のヘアピンに触れた。


「黒瀬さん、今日も見てくれていたんですね」


「白瀬まで!」


「すみません。でも、嬉しかったので」


「本当なのでの亜種やめて」


 湊が笑いをこらえている。


 黒瀬はすぐに睨んだ。


「朝比奈、笑うな」


「ごめん。でも、莉子さんのメモ、かなり的確で」


「褒めるな!」


 莉子は満足そうに次の行を指差した。


 ――白瀬さん、本当なので三回目。朝の時点で強い。


 栞が目を瞬かせる。


「三回も言っていましたか?」


「言ってたよ」


 莉子が答える。


「白瀬さんの『本当なので』は、もう必殺技だから」


「必殺技ではありません」


「今の返しも白瀬さん」


「藤堂さん」


 栞は困ったように言う。


 けれど、どこか楽しそうでもある。


 黒瀬はそれを見て、また少しだけ表情が緩んだ。


 すかさず莉子がペンを走らせる。


 黒瀬はその動きに気づいた。


「待って。今何書いた」


「まだ書いてる途中」


「やめて」


「記録は鮮度が命」


「命かけるな」


 莉子は書き終えた行をちらっと見せる。


 ――るいな、白瀬さんが笑うと少しだけ負けた顔をする。


「してない!」


「してる」


「してないって!」


「してるよね、朝比奈くん」


 急に振られて、湊は少し困った顔をした。


「……少し」


「朝比奈!」


「嘘はよくないかなって」


「そこはついて!」


「難しいな」


「難しいんだし!」


 いつものやり取り。


 莉子はそれを見て、またペンを持ち上げた。


 黒瀬が叫ぶ。


「書くな!」


「まだ何も書いてない」


「顔が書くって言ってる」


「顔便利だね」


「便利にするな!」


 朝から、教室の一角だけ騒がしい。


 けれど、その騒がしさは悪いものではなかった。


 栞はその場を見ながら、ふと静かに言った。


「藤堂さんのメモ帳は、とても藤堂さんらしいですね」


 莉子が少し得意げに胸を張る。


「でしょ?」


「はい。見ているところが、藤堂さんらしいです」


「白瀬さん、それ褒めてる?」


「褒めています」


「やった」


 莉子はにこっと笑った。


 黒瀬はまだ不服そうだったが、その顔を見て少しだけ黙った。


 昨日の放課後、黒瀬は莉子に言った。


 ――莉子がいないと、たぶん無理。


 その言葉を莉子がどう受け取ったのか、黒瀬にはよくわからない。


 でも今日、莉子が本当にメモ帳を持ってきた。


 それは、たぶん莉子なりにこの輪の中に残ろうとしているということだ。


 そう思うと、むげに「やめろ」とだけは言い切れない。


 いや、やめてほしい行は多い。


 かなり多い。


 でも、全部が嫌なわけではない。


 一限目の授業が始まると、莉子は意外にもメモ帳をしまった。


 黒瀬は少し驚いた。


「授業中は書かないの?」


 休み時間になってから、つい聞いてしまう。


 莉子はにやっと笑った。


「お、気になる?」


「違う。ただ、授業中までツッコミ帳されたら困ると思っただけ」


「授業中は普通にノート取るよ」


「取るの?」


「ルーズリーフ一枚だけ」


「少な」


「いいの。続けることが大事って先生も言ってたし」


 白瀬が静かに頷く。


「最初はそれでいいと思います」


「白瀬先生から許可出た」


「先生ではありません」


「でも先生」


「藤堂さん」


 そのやり取りを、黒瀬は少し不思議な気持ちで見ていた。


 莉子が授業用のルーズリーフを出している。


 本当に少しだけだが、ノートを取っている。


 そして、休み時間になるとツッコミ帳を開く。


 分類としてはめちゃくちゃだ。


 でも、莉子らしい。


 昼休み。


 莉子はついに、ツッコミ帳の中身を少しだけ公開することにした。


「では、昼の部発表します」


「発表しなくていい」


 黒瀬が即答する。


「るいなの拒否は想定済み」


「想定するな」


「まず一つ目」


 莉子はメモ帳を読み上げる。


 ――朝比奈くん、また自然に刺す。本人はたぶん自覚なし。


 湊が目を丸くする。


「俺?」


「朝比奈くんだよ」


「刺すって」


「るいなに普通にいいこと言う時、だいたい刺さってる」


「莉子!」


 黒瀬が顔を赤くする。


「刺さってない!」


「刺さってるよ。今日も『見てる顔してた』みたいなこと言われて一瞬止まってた」


「止まってない」


「止まってた」


 湊は少し困ったように黒瀬を見る。


「俺、刺してる?」


「聞くな」


「いや、気になって」


「……たまに」


 黒瀬は小さく言った。


 莉子が勝ち誇った顔をする。


「ほら」


「莉子が勝った顔するな」


「記録の勝利」


「何それ」


 栞が少し考えて言う。


「朝比奈くんの言葉は、確かに自然に届くことが多いと思います」


「白瀬さんまで」


 湊が困る。


「それ、いいことなのかな」


「いいことでもあり、るいなを赤くする原因でもある」


 莉子が言う。


「だから要注意人物」


「俺、要注意人物なのか」


「黒瀬琉衣奈限定で」


「限定するな」


 黒瀬は顔を赤くして焼きそばパンの袋を折った。


 莉子はさらにページをめくる。


「次」


「まだあるの?」


「あるある」


 莉子は少し楽しそうに読む。


 ――るいな語:嫌じゃない=かなり好き寄り。

 ――るいな語:別に=気になる。

 ――るいな語:やってもいい=ほぼ参加確定。

 ――るいな語:保留=考えたいけど嫌ではない。


「莉子!」


 黒瀬が本気で立ち上がりかけた。


「辞書作るな!」


「便利だから」


「便利にするな!」


「白瀬さん、どう思う?」


 栞は困ったように、しかし少し真面目に答えた。


「かなり精度が高いと思います」


「白瀬!」


「すみません。でも、黒瀬さんの言葉は少しずつわかってきました」


「わからなくていい!」


 湊は笑いをこらえきれずに少し下を向いた。


 黒瀬が睨む。


「朝比奈も笑うな」


「ごめん。辞書が強すぎて」


「強いとか言うな」


「でも、保留の意味は合ってる気がする」


「合ってない!」


「合ってない?」


「……半分」


「また半分」


 莉子がすかさずメモ帳に書く。


 黒瀬がそれを見て叫ぶ。


「今書くな!」


「今のは記録案件」


「案件にするな!」


 教室の中で、四人の周りだけが少し騒がしい。


 けれど、誰も本気で嫌がってはいなかった。


 黒瀬は怒っているように見えて、ツッコミ帳を完全には取り上げない。

 栞は時々困りながらも、莉子の記録を真面目に受け止めている。

 湊は自分が書かれる側になって少し落ち着かないが、どこか楽しそうでもある。


 莉子は、それを見て胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


 昨日、自分だけノートを持っていないと思った。


 自分だけ何も残していないような気がした。


 でも今、こうしてツッコミ帳を開くと、四人の空気が少し形になる。


 自分のやり方で、ちゃんと残せるのかもしれない。


 放課後。


 自習会はなかったが、四人は少しだけ教室に残った。


 莉子は机にメモ帳を置いて、今日の記録を見返していた。


 黒瀬は少し離れた席から警戒している。


「莉子」


「何?」


「それ、持ち歩くの?」


「うん」


「失くしたらどうするの」


「大丈夫。大事にする」


「余計怖い」


「何で」


「変なこと書いてあるから」


「変なことじゃないよ。大事な記録」


 莉子は軽く言った。


 けれど、その声には少しだけ本気が混じっていた。


 黒瀬はそれに気づいた。


 たぶん、顔で。


「……ふうん」


「何?」


「別に」


「出た。別に=気になる」


「辞書使うな!」


 莉子は笑った。


 すると、白瀬が静かに言った。


「藤堂さんのツッコミ帳は、私たちのことをよく見ているノートですね」


 莉子は少しだけ動きを止めた。


「そう?」


「はい。からかっているようで、ちゃんと見ています」


「白瀬さん、そういうこと普通に言うよね」


「黒瀬さんにもよく言われます」


「強いよね」


「そうでしょうか」


「強い強い」


 莉子は笑ったが、少しだけ照れていた。


 黒瀬がそれを見逃さなかった。


「莉子、照れてる」


「照れてない」


「顔」


「うわ、るいなに顔って言われた」


「いつも言われてる分」


「仕返し?」


「半分」


「便利だね」


「便利にするな」


 いつものやり取りが戻る。


 湊はそれを見て、少し安心した。


「莉子さんのツッコミ帳、続きそうだな」


「続くかはわかんないけど、ネタには困らなそう」


「ネタ扱いするな」


 黒瀬が言う。


「るいながいる限り困らない」


「最悪」


「朝比奈くんもいるし、白瀬さんもいるし」


「俺も?」


「もちろん。朝比奈くんは無自覚刺し担当」


「担当が増えた」


「白瀬さんは本当なので担当」


「それは担当なのでしょうか」


「担当です」


「藤堂さんは?」


 栞が聞いた。


 莉子は少し考える。


「私は、ツッコミ担当」


「そのまま」


 黒瀬が言う。


「あと保護者」


「自分で言うな」


「でも、昨日るいなが必要って言ったし」


「莉子!」


 黒瀬が真っ赤になる。


 莉子はすかさずメモ帳を開く。


 ――るいな、昨日の「必要」を掘り返されて即赤面。


「書くな!」


「もう書いた」


「消して!」


「やだ」


 黒瀬は本気で取りに行こうとしたが、莉子はするりとかわした。


 栞がそれを見て、少し笑う。


 湊も笑った。


 騒がしくて、軽くて、でもどこか温かい。


 莉子のツッコミ帳は、確かに四人の空気を別の形で残し始めていた。


 夜。


 黒瀬は湊の部屋に来るなり、ソファに座ってクッションを抱えた。


「莉子のツッコミ帳、危険」


「かなり面白かった」


「朝比奈、他人事だと思ってる」


「俺も書かれてた」


「無自覚刺し担当」


「それ、やっぱり気になるな」


「気にして」


 黒瀬はカフェラテを受け取り、両手で包む。


「莉子、楽しそうだった」


「うん」


「昨日、少し変だったから」


「気づいてた?」


「……ちょっと」


「そっか」


「今日、戻ってた」


「うん」


「ツッコミ帳、怖いけど」


「うん」


「莉子らしい」


「そうだな」


「白瀬もそう言ってた」


「うん」


 黒瀬はカフェラテを一口飲む。


「四人、みんな何か残すようになってきた」


「そうだな」


「あたしは余白。白瀬は一行。莉子はツッコミ帳」


「俺は?」


「朝比奈は……まだ」


「まだか」


「でも、そのうち書くでしょ」


「どうだろう」


「書きそうな顔してる」


「顔?」


「顔」


 黒瀬は少し笑った。


「でも、莉子のツッコミ帳は見せちゃだめ」


「誰に?」


「世界に」


「大げさだな」


「大げさじゃない。黒瀬琉衣奈辞書とか作られたら終わる」


「もう少しできてたな」


「言うな」


 黒瀬はクッションに顔を半分埋めた。


 でも、声は少し楽しそうだった。


 莉子のノートは、ほぼツッコミ帳だった。


 けれどそこには、黒瀬の照れも、白瀬の小さな笑顔も、湊の言葉の癖も、ちゃんと残っていた。


 莉子は茶化しているだけではなかった。


 誰よりも軽く、誰よりも鋭く、四人の空気を拾っていた。


 そのことに、黒瀬は少しだけ気づいていた。

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