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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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ep.12 “あのメガネ”と言ったギャルは、少しだけ拗ねていた

 夜のインターホンは、最近ますます予告なしになってきた。


 いや、最初から予告なんてほとんどなかったのだが、最近はもう“来るかもしれない”という曖昧な予感のほうが、現実の連絡手段よりよほど機能している気がする。


 朝比奈湊はその夜も、特に誰かを待つつもりなんてない顔で机に向かっていた。


 向かっていた、つもりだった。


 実際には、数学の問題集を開いて三問進めたところで、同じページを二回見返している。手は動いているのに集中はしていない。理由はわかっている。


 図書室帰りの廊下で見た黒瀬琉衣奈の顔。


 「メガネ、近くない?」と言った時の、妙に面白くなさそうな目。


 それを思い出してしまうからだ。


 白瀬栞のことを、“あのメガネ”ではなく“メガネ”呼ばわりした時点で、だいぶわかりやすいと思う。しかも本人は、まるで自分が何も気にしていないみたいな顔をしていた。


 気にしてるだろ、絶対。


 そう思うのに、だから何だと言われたら何も言えない。


 別に付き合っているわけでもないし、黒瀬が自分の交友関係に口を出す筋合いもない。逆に言えば、湊にだって、黒瀬の機嫌の理由を正面から問い詰める権利はない。


 でも――夜の黒瀬を知ってしまったせいで、その“ないはずの権利”みたいなものを、少しだけ期待してしまう自分がいる。


 面倒だ。


 ほんとうに。


 そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。


 湊は無意識にシャープペンを置き、立ち上がっていた。


 モニターには、やはり黒瀬が映っている。


 今日はラフな私服だった。薄手の黒いカーディガンに、ゆるいトップス、細身のショートパンツ。髪は下ろしていて、メイクもかなり薄い。学校の時の強気な輪郭がすこしぼやけて見える格好だ。


 それでも表情は不機嫌そうだった。


 いや、不機嫌そうというより、少しだけ拗ねているようにも見える。


 ドアを開ける。


「……遅」


 第一声はそれだった。


「一秒も待たせてない」


「気分の話だし」


「毎回その理屈採用されるな」


「強いから」


「強くないだろ、それ」


 言いながらも、黒瀬はいつも通り玄関を上がる。


 靴を脱いで部屋へ入り、ソファのところまで行ってから、今日はすぐには座らなかった。立ったまま部屋の中を一度見回し、それからようやくクッションを抱えるようにして腰を下ろす。


 その一連の動きに、どこか落ち着かなさが混じっていた。


「なんか飲む?」


 湊が聞くと、黒瀬は少しだけ顎を引く。


「……カフェラテ」


「はいはい」


 キッチンに立ってお湯を沸かす。


 背中越しに気配を探ると、黒瀬は今日は妙に静かだった。疲れているのとも少し違う。何かを言いたいけど、そのきっかけを探している時みたいな気配だ。


 ――わかりやすいな。


 そう思ってしまうくらいには、湊ももう慣れてきている。


「はい」


 マグカップを差し出すと、黒瀬は「ん」とだけ返して受け取った。


 ありがとうはない。


 でも別に、それをいちいち気にする段階でもなくなっている。


 しばらく沈黙が落ちる。


 カフェラテの湯気がゆらぎ、窓の外では夜の空気が静かに固まっている。部屋の中はいつも通りなのに、黒瀬が来ると少しだけ密度が変わる気がした。


 数分後。


 先に口を開いたのは、やっぱり黒瀬だった。


「……今日、図書室行ってたよね」


「行ってた」


「ふーん」


「またその“ふーん”か」


「別にいいじゃん」


「よくないだろ。意味ありげだし」


「意味なんかないし」


「ある顔してる」


 言い返した瞬間、黒瀬の眉がぴくりと動いた。


「……朝比奈さ、最近ちょっとうざい」


「最近ってなんだよ」


「前より変に見てくるし」


「そっちがわかりやすいからだろ」


「は?」


「今日だって、廊下で――」


 そこまで言いかけて、湊は少しだけ言葉を選んだ。


 夜の部屋で話しているとはいえ、あまり真正面から“嫉妬してるだろ”みたいなことを言えば、黒瀬はたぶん一気に閉じる。


 この距離感は、そのへんの見極めが面倒だった。


「……廊下で、なんか機嫌悪そうだったし」


 少しだけ丸めて言う。


 黒瀬はマグカップを両手で持ったまま、じっと中身を見た。


「別に機嫌悪くないし」


「ほんとに?」


「ほんと」


「じゃあなんで、白瀬のこと“メガネ”って呼ぶんだよ」


 それはたぶん、かなり核心に近かった。


 黒瀬はぴたりと動きを止める。


 それから、ものすごく嫌そうな顔をした。


「……そこ拾う?」


「拾うだろ普通」


「普通拾わないし」


「いや、あれは拾う」


 数秒、沈黙。


 湊はテーブルの端に手を置いたまま、黒瀬の次の言葉を待つ。黒瀬は視線を逸らし、カフェラテをひと口飲んで、それでもしばらく何も言わなかった。


 やがて、ほんの少しだけ声を落として言う。


「……あのメガネ、朝比奈と普通に話しすぎじゃない?」


 出た。


 ようやく本音っぽいところが出た。


 しかも“白瀬”ではなく、“あのメガネ”だ。


 湊は内心でため息をつきそうになるのをこらえる。


「名前あるだろ」


「知ってるし」


「じゃあなんでメガネ」


「……なんか、そう呼びたかっただけ」


「子どもか」


「うるさい」


 でもその“うるさい”には、いつもの鋭さがなかった。


 むしろ少しだけむくれている。


 完全に拗ねている時の声だ。


「白瀬さんとは普通にクラスメイトとして話してるだけだよ」


「それがもう普通じゃなくない?」


「何が」


「だって、朝比奈ってそんな自分から女子と話すタイプじゃなくない?」


 その指摘は、思いがけず的確だった。


 たしかに湊は、もともと女子と積極的に話すタイプではない。必要なことがあれば話すし、別に苦手意識が強いわけでもない。けれど自然に距離を縮めるのはあまり得意じゃない。


 そんな湊が、白瀬栞とは今や普通に会話している。


 それは確かに、少し変化ではある。


「……まあ、そうかも」


 正直に答えると、黒瀬はなぜか少しだけムッとした顔になった。


「認めるんだ」


「嘘ついてもしょうがないだろ」


「ふーん」


「またそれ」


「だって事実じゃん」


「何が事実なんだよ」


「仲いいってこと」


 その言い方は、わずかに棘があった。


 けれどその棘は、誰かを傷つけるためのものというより、自分を守るためのものに聞こえる。


 湊は少しだけ背もたれに体を預けた。


「じゃあ逆に聞くけど」


「なに」


「それの何が気に入らないわけ」


 聞いた瞬間、黒瀬の肩がほんのわずかに揺れた。


 だが彼女はすぐに顔をしかめる。


「気に入らないとかじゃないし」


「でも聞いてくるじゃん、毎回」


「毎回じゃない」


「毎回だよ」


「……たまたま」


「たまたま多すぎるだろ」


「だから、そういうのいちいち数えんなって」


 そこで黒瀬は、クッションを抱き直すみたいに胸の前へ引き寄せた。


 視線はまだ合わない。


 たぶん今、自分が何を言おうとしているのか、本人もちゃんと整理できていないのだろう。


「……なんか」


 ぽつりと落ちる声。


「朝比奈が、学校でああいう感じで誰かと話してるの、あんま見たことなかったから」


 思ったより静かな言い方だった。


 攻撃的ではない。むしろ拍子抜けするくらい率直だった。


「だから、なんか……変な感じしただけ」


 それが今の彼女の精一杯なのだと、すぐにわかった。


 嫉妬、とはまだ言わない。


 独占欲、というにはまだ形が曖昧だ。


 でも、少なくとも“面白くない”とは思っている。その程度の自覚はたぶんもうある。


 湊は少しだけ口元を緩めた。


「……何」


 すぐに黒瀬が睨む。


「いや、ちゃんと理由あるんだなって」


「あるし」


「じゃあ最初からそう言えばいいのに」


「言えるわけないじゃん」


「なんで」


「なんでって……だって、変だし」


「何が変」


「そうやって気にしてるみたいで」


 そこまで言ってから、黒瀬ははっとしたように口を閉じた。


 言いすぎた、と自分でも思ったのだろう。


 けれどもう遅い。


 今の一言で十分だった。


 湊は変に茶化さないように気をつけながら、なるべく軽く返した。


「まあ、気にしてるんだろ」


「……」


「少しは」


 黒瀬は黙ったまま、マグカップの縁を指先でなぞる。


 否定しない。


 いつもならここで「してないし」と返すところなのに、今はそれをしない。


 その事実が、妙に胸に残った。


「……あのメガネさ」


 少しして、黒瀬が言った。


「見た目のわりに、普通に強そう」


「栞が?」


「うん。静かな感じのくせに、ああいうのって意外とちゃんと近づいてくるタイプじゃん」


「どういう偏見だよ」


「偏見じゃないし。なんか、そういう勘ある」


 ギャルの勘というやつだろうか。


 たしかに、栞はぐいぐい来るタイプではない。けれど気づけば近くにいる。押しつけないのに距離は詰めてくる。静かに、自然に、湊の隣を取る。


 黒瀬の言い方は雑だが、見ているところは意外と合っていた。


「……で?」


 湊が聞く。


「何が」


「その“強そうなメガネ”が近いの、やっぱ嫌なのか」


 また少し核心に寄せる。


 黒瀬はあからさまに顔をしかめた。


「嫌っていうか」


「うん」


「……なんか、落ち着かない」


 出てきたのは、かなり本音に近い言葉だった。


 それはたぶん、今の二人の関係をいちばん正確に表す言葉でもある。


 好きだとか、嫉妬だとか、そういう名前はまだ早い。


 でも“落ち着かない”は、たしかにそこにある。


「そっか」


 湊がそう返すと、黒瀬は少しだけ眉を上げた。


「それだけ?」


「それだけって?」


「もっとなんかないの」


「何を求めてるんだよ」


「別に求めてないし」


「じゃあいいだろ」


「……よくない」


 小さい声だった。


 でも、ちゃんと聞こえた。


 湊は一瞬だけ息を止める。


 黒瀬は気まずそうに視線を逸らし、そのままクッションへ顔を半分埋めた。


「……だから、そういうの拾うなって」


「拾うだろ」


「朝比奈って、たまに空気読まない」


「今のはそっちが悪い」


「うるさい」


 けれど、そのやり取りのあと、部屋の空気は少しだけやわらかくなった。


 拗ねていた理由が少し見えたからだろう。


 理由がわかれば、対処できる。少なくとも、わからないまま距離を測り損ねるよりはましだ。


「カフェラテ、おかわりいる?」


 湊が立ち上がりながら聞くと、黒瀬はクッションに頬を押しつけたまま答える。


「……いる」


「やっぱり」


「甘いの今ほしいし」


「機嫌直った?」


「完全には」


「まだ拗ねてるのか」


「少しだけ」


 そこは素直なんだな、と湊は笑いをこらえた。


 キッチンでお湯を沸かしながら、背中越しに黒瀬の気配を感じる。さっきまでの尖った感じはかなり薄れていた。完全に機嫌が戻ったわけではないが、少なくとも最初の張りつめた感じはなくなっている。


「はい」


 おかわりを差し出すと、黒瀬はちゃんと「ありがと」と言った。


 少しだけ遅れてからの、でもちゃんとした礼。


「今日は素直だな」


「拗ねてるから」


「その理屈わかんない」


「知らないし」


 マグカップを受け取って、ひと口。


 湊はその向かいに座り直した。


「でもさ」


「ん?」


「白瀬さんとは、ほんとに普通だよ」


「……ふーん」


「いや、そこは信じろよ」


「信じてないわけじゃないし」


「じゃあ?」


「……確認したかっただけ」


 その言い方は、今夜いちばん女の子っぽかった。


 強気でもなく、ツンでもなく、ただ少しだけ不安だった相手の確認。


 それをこうして部屋に来て、拗ねたまま口にしている。


 湊は少しだけ困ったように笑ってしまった。


「何」


「いや、黒瀬って意外とめんどくさいなって」


「は?」


「学校ではあんななのに」


「……朝比奈にだけだし」


 またそれだ。


 でも、今はもう、その言葉の重みを前よりちゃんと感じ取れる。


 朝比奈にだけ。


 それは都合のいい言い回しじゃない。


 たぶん今の黒瀬にとって、かなり正直な範囲の本音なのだ。


 その夜は、それ以上大きく話が進むことはなかった。


 ただ、黒瀬は普段より少しだけ長く部屋にいて、カフェラテを飲み終えたあともソファでクッションを抱えたまま、たまにテレビを見て、たまに湊のほうを見て、また視線を逸らした。


 そのたびに、少しだけ“落ち着かない”の正体が部屋の中に増えていく気がした。


 帰り際、玄関で靴を履いた黒瀬は、ドアノブに手をかけたまま言った。


「……あのメガネと話すなとは言ってないし」


「うん」


「でも、なんかあったらちゃんと教えて」


「なんかって何だよ」


「知らない。なんか」


「雑だな」


「雑でいいし」


 そこで少しだけ振り返る。


「朝比奈が黙ってると、なんか余計むかつくから」


 それだけ言って、黒瀬は廊下へ出た。


 ドアが閉まる直前、湊は思わず笑った。


 完全に拗ねている。


 でも、そこまでわかりやすく拗ねてくれるほうが、今の自分にはありがたかった。


 何を考えているかわからないよりずっといい。


 ただ一つ問題があるとすれば、そんなふうに少しずつわかるようになっていく夜の黒瀬を、ますます好きにならずにいられる自信がなくなってきていることだった。

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