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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.114 莉子は気づく。「二人、もう普通に仲良くない?」

 藤堂莉子は、たぶん自分で思っているよりも人を見ている。


 もちろん、本人にそう言うと、きっと笑ってごまかす。


「いやいや、あたしはただ面白いものを見逃したくないだけだよ」


 そんなふうに言うだろう。


 けれど、黒瀬琉衣奈の変化については、莉子が一番早く気づくことが多かった。


 朝比奈湊に目が向くようになった時も。

 席替えで距離が変わって、少し落ち着かなくなった時も。

 白瀬栞に対して「嫌いじゃない」と言い始めた時も。

 ノートの余白に、授業以外のことを書き始めた時も。


 莉子は見ていた。


 見ていて、だいたい茶化した。


 茶化すと黒瀬は怒る。


 でも、完全には逃げない。


 前は逃げていた。


 それを考えると、やっぱり最近の黒瀬はずいぶん変わった。


 そして、もう一人。


 白瀬栞も変わった。


 最初は、黒瀬に対してどこか距離を測っていた。


 悪い意味ではない。


 白瀬さんは、たぶん誰に対しても丁寧だ。

 人の気持ちを雑に扱わない。

 踏み込みすぎない。

 でも、見ていないわけではない。


 むしろ、かなり見ている。


 だからこそ黒瀬は最初、少し苦手そうだった。


 見透かされる感じがする相手。

 正論で刺してきそうな相手。

 朝比奈くんの近くにいて、でも悪意がないから余計にやりづらい相手。


 それが今はどうだ。


 朝の教室。


 黒瀬は自分の席でノートを開いている。


 白瀬さんは斜め前の席で、いつものように整った字で何かを書いている。


 朝比奈くんはまだ来ていない。


 莉子は自分の席から、その二人をぼんやり見ていた。


 黒瀬が、ちらっと白瀬さんを見る。


 白瀬さんの髪には、今日もあのヘアピン。


 黒瀬が選んだものだ。


 黒瀬はそれを見るたびに、ほんの少しだけ表情をゆるめる。


 本人は絶対に気づいていない。


 白瀬さんも、たぶん半分くらいは気づいている。


 いや、半分どころではないかもしれない。


 白瀬さんは顔を上げる。


「黒瀬さん、おはようございます」


「……おはよ」


「今日も、ヘアピンをつけてきました」


「だから、毎日報告しなくていいって」


「すみません。でも、黒瀬さんが見てくれるので」


「そういうの普通に言うなって」


「本当なので」


「出た」


 黒瀬は顔を赤くしながらそっぽを向いた。


 けれど、怒ってはいない。


 むしろ、ちょっと嬉しそうだ。


 莉子は、そのやり取りを見て思う。


 もう普通に仲良くない?


 いや、本人たちは絶対に認めない。


 黒瀬は「仲良くないし」と言う。

 白瀬さんは「仲良く、という言葉が適切かはわかりません」とか言う。

 そして二人の声が重なったりする。


 それがもう答えじゃん、と思う。


 莉子は机に頬杖をついたまま、にやにやを隠さずに言った。


「るいな」


「何」


「もうさ、白瀬さんと普通に仲良くない?」


 黒瀬の手が止まった。


 ノートの上で、シャーペンの先がぴたりと止まる。


 白瀬さんも少しだけ顔を上げた。


 教室の空気が、ほんの一瞬だけ固まる。


「……は?」


 黒瀬が低い声を出した。


 想定通りの反応だった。


「だから、仲良くない?」


「仲良くないし」


 即答。


 早い。


 早すぎる。


 莉子は笑った。


「その即答がもう怪しいんだよね」


「何で」


「本当に何でもない相手なら、そんな即答しないじゃん」


「するし」


「じゃあ白瀬さんは?」


 莉子はそのまま白瀬さんを見る。


 白瀬さんは少し困ったようにノートを閉じた。


「仲良く、という言葉が適切かはわかりません」


「ほら来た。白瀬さん構文」


「構文ですか?」


「うん。白瀬さんらしい回答」


「すみません」


「謝らなくていいよ」


 莉子は笑いながら続ける。


「じゃあ、仲悪くはない?」


 白瀬さんは少し考えた。


 真面目だ。


 こういう雑な質問にも、ちゃんと考える。


「仲悪くは、ありません」


「じゃあ、仲良い寄りじゃん」


「……そう、なのでしょうか」


 白瀬さんが黒瀬を見る。


 黒瀬は視線を逸らした。


「知らないし」


「黒瀬さん」


「何」


「私は、黒瀬さんと話す時間が増えたことは、嬉しいです」


「そういうの!」


 黒瀬の顔が一気に赤くなる。


「白瀬、そういうの普通に言うなって!」


「本当なので」


「もうそれ禁止にしたい」


「禁止ですか」


「半分禁止」


「では、半分は言います」


「返し方覚えすぎ!」


 黒瀬が悔しそうに言うと、白瀬さんはほんの少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、黒瀬がまた固まる。


 ああ、見てる。


 莉子にはわかる。


 黒瀬は、白瀬さんの笑顔をちゃんと見ている。


 前なら、見ないふりをしていた。

 今は見て、固まって、照れて、文句を言う。


 それを「仲良くない」と言い張るのは、さすがに無理がある。


 そこへ、教室の扉が開いた。


 朝比奈湊が入ってくる。


「おはよう」


「……おはよ」


「おはようございます」


「おはよー、朝比奈くん」


 四人の挨拶が揃う。


 湊は少しだけ不思議そうにこちらを見た。


「何かあった?」


 莉子はすぐに言った。


「朝比奈くん、聞いて。るいなと白瀬さん、もう普通に仲良くない?」


 黒瀬が机を叩きそうな勢いで顔を上げる。


「莉子!」


 白瀬さんも少し慌てたように目を瞬かせる。


「藤堂さん」


 湊は二人を見て、少しだけ考えた。


 そして、わりと普通に言った。


「仲良いと思うけど」


「朝比奈!」


 黒瀬の声がまた跳ねる。


 近くの生徒がちらっと見る。


 黒瀬は慌てて声を落とした。


「……そういうこと普通に言うなって」


「いや、普通にそう見えるから」


「普通に言うな!」


「難しいな」


「難しいんだし!」


 いつものやり取り。


 けれど、そのやり取りを白瀬さんが少し嬉しそうに見ている。


 莉子はそれも見逃さない。


「白瀬さん、今ちょっと嬉しそう」


「私がですか?」


「うん。るいなと朝比奈くんのやり取り見て」


「そう、でしょうか」


「そうだよ。顔に出てる」


 白瀬さんは少しだけ頬を赤くした。


「黒瀬さんに言われてから、少し気になるようになりました」


「何が?」


「自分の顔に、少し出ているのかどうか」


「出てる出てる」


 莉子が軽く言うと、黒瀬が横から口を挟む。


「莉子の言い方は雑」


「えー」


「白瀬は、ちょっとだけ出る」


 黒瀬は言ってから、自分で顔を赤くした。


 白瀬さんも固まる。


 湊も少しだけ目を丸くする。


 莉子は心の中で拍手した。


 いい。


 今のはとてもいい。


「るいな、今のめっちゃよかったよ」


「莉子、黙って」


「いや、今のは褒めてる」


「褒めるな」


「白瀬さん、どう?」


 白瀬さんは少しだけ目を伏せた。


「嬉しいです」


「ほら」


「ほらって何!」


 黒瀬は顔を赤くして、ノートに視線を落とした。


 でも、そのノートの余白に何か書いた。


 莉子は見逃さなかった。


「るいな、今何書いた?」


「何も」


「何もじゃないよね」


「授業のこと」


「朝のホームルーム前に?」


「予習」


「嘘が雑」


「うるさい」


 黒瀬はノートを閉じた。


 その動きは早かった。


 けれど、もう莉子にはだいたいわかる。


 たぶん、白瀬の顔がちょっとだけ出る、とか書いた。


 もしくは、莉子うるさい。


 どちらもあり得る。


 昼休み。


 莉子は改めて、黒瀬の席へ行った。


 白瀬さんも近くにいる。


 湊は斜め前の席でパンを食べている。


 ちょうどいい。


「ねえ、るいな」


「何」


「白瀬さんのこと、今どう思ってるの?」


「急に何」


「いや、確認」


「便利ワード使うな」


「るいなのを借りました」


「返して」


「やだ」


 莉子は笑う。


「で?」


「何で答えなきゃいけないの」


「聞きたいから」


「理由が雑」


「でも大事」


 黒瀬はしばらくむくれていた。


 けれど、完全には拒絶しない。


 焼きそばパンの袋を指で少し畳みながら、ぽつりと言う。


「……変な人」


 白瀬さんが少しだけ目を瞬かせる。


「私がですか?」


「うん」


「そうですか」


「嫌とかじゃなくて」


「はい」


「普通に強いし、急に刺してくるし、ちゃんと見てくるし」


「はい」


「でも」


 黒瀬は少し言葉を探した。


「……嫌じゃない」


 出た。


 莉子はにやにやをこらえなかった。


「るいな語でかなり好感度高いやつ」


「翻訳するな」


「いや、これは翻訳いらないくらいわかりやすい」


「莉子」


「はいはい」


 白瀬さんは、少しだけ嬉しそうに目を伏せた。


「ありがとうございます」


「礼言うなって」


「でも、嬉しかったので」


「それも聞いた」


 黒瀬はそう言いながら、逃げなかった。


 次に莉子は白瀬さんへ向き直る。


「白瀬さんは? るいなのことどう思ってるの?」


 黒瀬が今度はぎょっとした顔をする。


「莉子、何でそっちにも聞くの」


「公平に」


「いらない公平」


 白瀬さんは少し考えた。


 考え方が真面目だ。


 パンを食べている湊まで、少しだけ動きを止めている。


 白瀬さんは静かに言った。


「黒瀬さんは、不器用ですが、とてもまっすぐな人だと思います」


 黒瀬が固まった。


「……まっすぐ?」


「はい。言葉は照れ隠しが多いですが、見ているところや、残してくれる言葉はとてもまっすぐです」


「白瀬」


「はい」


「そういうの、昼休みに言うことじゃない」


「すみません」


「謝るの早い」


 黒瀬は耳まで赤くなっていた。


 莉子は満足した。


 かなり満足した。


「はい、結論」


「何の」


 黒瀬が警戒する。


「二人、もう普通に仲良い」


「仲良くないし」


「仲良くは……」


 白瀬さんが言いかけて、少し止まった。


 黒瀬が驚いた顔で見る。


「白瀬?」


 白瀬さんは、少しだけ頬を赤くした。


「……仲良くない、とは言い切れないかもしれません」


 黒瀬が完全に固まった。


 莉子は机を叩きそうになるのをこらえた。


 湊も驚いた顔をしている。


「白瀬さん、それ実質認めたやつじゃん」


「そうなのでしょうか」


「そうだよ!」


 黒瀬が慌てて口を挟む。


「いや、仲良いって言うのは違うっていうか」


「じゃあ何?」


 莉子が聞く。


 黒瀬は言葉に詰まる。


 白瀬さんも困ったように考える。


 二人とも、答えを探している。


 その姿が、莉子にはもう仲良しにしか見えなかった。


 湊が静かに言った。


「まだ名前がついてない感じなんじゃないか」


 四人が少し黙った。


 名前がついていない。


 たぶん、それが一番近かった。


 友達、と言うには黒瀬が照れる。

 ライバル、と言うには白瀬が優しすぎる。

 ただのクラスメイトでは、もうない。


 名前がついていない関係。


 それなら、今の二人に少し似合う。


 黒瀬は視線を逸らした。


「……朝比奈、たまに変なところで当てる」


「当たってた?」


「たぶん」


 白瀬さんも静かに頷いた。


「私も、そう思います」


 莉子は湊を見る。


「朝比奈くん、今日いい仕事したね」


「仕事だったのか」


「保護者会の司会」


「保護者会?」


「私と朝比奈くんで」


「勝手に入れるな」


 黒瀬が突っ込む。


 莉子は笑った。


 けれど、そこで少しだけ真面目な顔になった。


「でもさ、朝比奈くん」


「うん?」


「今の二人、けっこういいよね」


 湊は二人を見た。


 黒瀬はまだむくれている。

 白瀬さんは少し照れている。

 二人の間には、照れと遠慮と、ほんの少しの信頼がある。


 湊は頷いた。


「うん。いいと思う」


 その返事を聞いて、莉子は少しだけ安心した。


 放課後。


 莉子は湊と少しだけ廊下を歩くタイミングがあった。


 黒瀬は教室で鞄をまとめている。

 白瀬さんは図書室へ行く準備をしている。


 二人が少し離れたところで、莉子は湊に言った。


「朝比奈くん」


「何?」


「るいなと白瀬さん、近づいたじゃん」


「うん」


「それはいいことだと思うんだけど」


 莉子は少し言葉を選んだ。


 自分らしくないな、と思った。


 けれど、ここは雑に言うところではない気がした。


「るいなは、朝比奈くんのこと、ちゃんと別枠だから」


 湊は黙った。


 莉子は続ける。


「白瀬さんのことも好きになってきてると思う。友達って言うのはまだ照れるんだろうけど、たぶん大事にし始めてる」


「うん」


「でも、それと朝比奈くんは別」


 湊は少しだけ目を伏せた。


「わかってる」


「ほんと?」


「うん」


 莉子は、湊の返事をじっと見た。


 軽い返事ではなかった。


 それならいい。


「るいな、めんどくさいよ」


「知ってる」


「顔に出るし、すぐ怒るし、保存するなって言いながら消してほしくないし」


「それも知ってる」


「夜に文句言いに行くし」


 湊が少し固まった。


 莉子はにやっと笑う。


「そこ、詳しくは聞かないけど」


「……助かる」


「でも、わかるから」


「顔?」


「顔」


 莉子は笑った。


「だから、よろしくね」


 湊は少しだけ真面目に頷いた。


「うん」


 それ以上は聞かなかった。


 莉子も言わなかった。


 ただ、黒瀬が教室から出てくる気配がして、莉子はいつもの顔に戻った。


「るいなー、朝比奈くん借りてた」


「何話してたの」


「保護者会」


「またそれ?」


「議題は、るいなと白瀬さんが仲良い件」


「莉子!」


 黒瀬の声が廊下に響いた。


 莉子は笑って逃げた。


 夜。


 黒瀬はいつものように湊の部屋へ来た。


 カフェラテを両手で包み、クッションを抱える。


「今日、莉子が変なこと言ってた」


「仲良い件?」


「それ」


「白瀬さん、否定しきれなかったな」


「そこ言うな」


「でも、ちょっと嬉しそうだった」


「誰が」


「黒瀬が」


「してない」


「顔に出てた」


「みんな顔って言いすぎ」


 黒瀬はむくれた。


 でも、しばらくすると小さく言った。


「……名前ついてないってやつ」


「うん」


「あれ、ちょっとわかる」


「そうか」


「白瀬のこと、友達って言うのはまだむずい」


「うん」


「ライバルっぽいのもあるし」


「うん」


「でも、敵じゃない」


「うん」


「あと」


 黒瀬はカフェラテを見つめる。


「大事じゃない、とは言えない」


 かなり素直な言葉だった。


 湊は静かに頷いた。


「いい関係だと思う」


「普通に言うなって」


「でも本当だし」


「本当なら余計」


 黒瀬は顔を赤くしてクッションに顎を乗せた。


「でも」


「うん」


「朝比奈は、別」


 小さな声だった。


 莉子が昼間に言ったことと同じ。


 湊は、少しだけ息を止めた。


 黒瀬は逃げなかった。


 ただ、カップを両手で包んでいる。


「……そこ、忘れないで」


「忘れない」


 湊が答えると、黒瀬は目を伏せた。


「即答するな」


「大事そうだったから」


「ずるい」


「今日も?」


「今日も」


 黒瀬は少しだけ笑った。


 莉子は気づいていた。


 黒瀬と白瀬は、もう普通に仲良くなり始めている。


 けれど、黒瀬にとって湊は別枠のままだ。


 名前のついていない関係が増えていく中で、それだけは確かに、夜の部屋のカフェラテの湯気の向こうに残っていた。

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