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『学校ではツンなギャルが、夜になると俺の部屋でだけ甘えてくる秘密は誰にも言えない』  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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ep.111 ノートの余白を見られたギャルは、メガネっ娘に一行だけ許す

 翌朝、黒瀬琉衣奈はいつもより少し慎重にノートを扱っていた。


 理由は、はっきりしている。


 昨日の夜、朝比奈湊の部屋で見せてしまったからだ。


 ――白瀬、撮ってくださいと言った。

 ――今日は撮らない。

 ――笑った。

 ――届いてるし。

 ――三人で無理って言われた。最悪。


 授業用のノートの余白に、そんなことを書いた。


 写真に撮らなかった白瀬栞の笑顔を、言葉で残した。


 それ自体は悪くない。


 悪くない、と思う。


 でも、朝になって冷静になると、やっぱり少し恥ずかしい。


 湊に見せたのも恥ずかしい。

 白瀬に見られたら、もっと恥ずかしい。

 莉子に見られたら、たぶん一日中いじられる。


 黒瀬は教室に入り、席に着くなりノートを机の中へしまおうとした。


 その瞬間。


「るいな、今日ノートしまうの早くない?」


 莉子の声が飛んできた。


「早くない」


「いつも朝ちょっと見てるじゃん」


「今日は見ない」


「何か書いた?」


「書いてない」


「その反応、書いたやつ」


「莉子」


 黒瀬は低い声で呼んだ。


 莉子はにこにこしながら両手を上げる。


「はいはい、今日はここまで」


「絶対あとで掘る顔してる」


「半分掘る」


「掘るな」


 黒瀬はノートを机の中へ入れた。


 だが、その動作を見られてしまった時点で負けた気がする。


 少し遅れて、白瀬が教室に入ってきた。


 今日もヘアピンをつけている。


 もう三日目か四日目か、黒瀬には数える気がなかった。

 いや、実は数えている。

 でも認めたくない。


「黒瀬さん、おはようございます」


「……おはよ」


「今日は、ノートを見ないんですか?」


 黒瀬は固まった。


「白瀬まで?」


「すみません。いつも机の上に出しているので」


「見えすぎ」


「見えてしまいました」


「それ、もう決め台詞みたいになってる」


 白瀬は少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、黒瀬の胸の中に昨日の余白が戻ってくる。


 ――笑った。


 今も、笑った。


 撮らなかった。

 でも、また見た。


 黒瀬は目を逸らした。


「ノートは別に。今日はいい」


「そうですか」


 白瀬はそれ以上聞かなかった。


 その引き方が、また白瀬らしい。


 踏み込む時は踏み込む。

 引く時は、ちゃんと引く。


 だから余計に、こちらが少し言いたくなる。


 黒瀬はそれが悔しかった。


 朝比奈湊が教室に入ってきたのは、その少し後だった。


「おはよう」


「……おはよ」


 いつもの挨拶。


 湊は席に鞄を置きながら、ちらっと黒瀬を見る。


 たぶん、昨日のノートのことを思い出している。


 黒瀬はすぐにメッセージを送った。


『ノートのこと言うな』


 湊がスマホを見て、少しだけ口元を緩める。


『言わない』


『顔にも出すな』


『努力する』


『努力じゃなくて、やって』


『やる』


 黒瀬はスマホを伏せた。


 少しだけ安心した。


 だが、安心したのは早かった。


 二限目の休み時間。


 数学の先生が教室へ来て、こう言った。


「今日の授業で使ったノート、また軽く見るからな。前回みたいに余白を使っているやつは、そのまま続けておけ」


 黒瀬は、心の中で終わったと思った。


 昨日の余白。


 完全に授業と関係ないやつ。


 白瀬の笑顔とか、三人で無理とか、最悪とか書いてあるページ。


 あのページを見られたら終わる。


 いや、先生には見られないように付箋で隠せばいい。

 でも、提出準備の時に莉子や白瀬に見られたら?


 黒瀬は机の中からノートを出し、ものすごい速さで該当ページを開いた。


 そして付箋を貼ろうとする。


 その動きが不自然すぎた。


「るいな、今何隠した?」


 莉子が即座に反応する。


「何も」


「付箋貼ったじゃん」


「授業メモ」


「授業メモを隠すの?」


「復習用」


「嘘が雑」


「うるさい」


 黒瀬は付箋を二枚貼った。


 一枚では不安だった。


 白瀬が横から静かに言う。


「黒瀬さん、付箋が少し浮いています」


「えっ」


「端を押さえた方がいいです」


「……ありがと」


 反射的に礼を言ってしまった。


 黒瀬は慌てて付箋の端を押さえる。


 白瀬は、そのページを見ようとはしなかった。


 ただ、付箋が剥がれないように教えてくれただけだった。


「見ないの?」


 黒瀬は思わず聞いてしまった。


 白瀬は少しだけ目を瞬かせる。


「見ない方がいいものですよね?」


「……たぶん」


「では、見ません」


 即答だった。


 黒瀬は黙った。


 白瀬はこういうところがある。


 人の中に踏み込むのが上手いくせに、踏み込んではいけない線もちゃんと見る。


 それが少し安心で、少し物足りない。


 また面倒くさいことを考えている。


 黒瀬は自分でそう思った。


 昼休み。


 ノートは無事に先生へ提出された。


 付箋も剥がれなかった。


 黒瀬は机に突っ伏しかけたが、昼休みなので何とか耐えた。


 莉子が笑う。


「るいな、ノート提出のたびに寿命削ってない?」


「削ってる」


「認めた」


「今日は削れた」


「何書いたの?」


「言わない」


「朝比奈くんは知ってる?」


 黒瀬の動きが止まった。


 莉子がにやっとする。


「知ってるんだ」


「莉子」


「はいはい。深追いしないってば」


「絶対してる」


「半分」


「半分もするな」


 白瀬は弁当箱を開けながら、静かにこちらを見ていた。


 黒瀬はその視線に気づく。


「白瀬も聞きたい?」


 聞いてから、しまったと思った。


 だが白瀬は少し考えて、ゆっくり答えた。


「聞きたいです」


 黒瀬は固まった。


「……普通に言う」


「はい。でも、黒瀬さんが言いたくないなら聞きません」


「どっち」


「聞きたいけれど、無理には聞きません」


「そういうとこ」


 黒瀬は焼きそばパンの袋を開けた。


 少しだけ考える。


 言うべきか。

 言わないべきか。


 湊にはもう見せた。


 白瀬のことを書いたノートなのに、白瀬本人には見せていない。


 それも少し変だ。


 でも、見せるのは恥ずかしい。


 莉子には絶対に見せたくない。


「莉子がいない時なら」


 黒瀬がぼそっと言った。


「え、あたしだけ除外?」


「うん」


「ひど」


「莉子、絶対騒ぐじゃん」


「騒ぐ」


「認めた」


 莉子は笑いながらパンをかじった。


「じゃあ、あたしがトイレ行ってる間に白瀬さんに見せなよ」


「何でそうなるの」


「見せる流れじゃん」


「流れ作るな」


 莉子は本当に立ち上がった。


「じゃ、ちょっと行ってくる」


「莉子!」


「大丈夫、五分は戻らない」


「そういう気遣いが一番困る!」


 莉子はひらひら手を振って教室を出ていった。


 完全に逃げ場を作られた。


 いや、追い込まれた。


 黒瀬は湊を見る。


 湊は何も言わなかった。


 ただ、少しだけ頷いた。


 ずるい。


 黒瀬は心の中でそう思う。


 白瀬は静かに待っていた。


 急かさない。


 でも、ちゃんと待っている。


 黒瀬は深く息を吐いた。


「……ちょっとだけだから」


「はい」


「変なこと言わないで」


「努力します」


「努力じゃなくて、やって」


「やります」


 白瀬が真面目に答えたので、黒瀬は少しだけ笑いそうになった。


 そして、返ってきたノートを鞄から取り出す。


 先生のチェックは済んでいた。


 付箋はそのまま。


 黒瀬は一枚だけ、ゆっくり剥がした。


 全部は見せない。


 見せるのは、昨日の分だけ。


 白瀬に関係する行だけ。


 黒瀬はノートを開き、白瀬へ差し出した。


 そこには、黒瀬の字でこう書いてあった。


 ――白瀬、撮ってくださいと言った。

 ――今日は撮らない。

 ――笑った。


 白瀬は、その三行をじっと見た。


 何も言わない。


 黒瀬は耐えられなくなって、先に言った。


「別に、変な意味じゃないし」


「はい」


「写真撮らなかったから、書いただけ」


「はい」


「忘れそうだったから」


「はい」


「……何か言ってよ」


 白瀬はゆっくり顔を上げた。


 目元が少しだけ赤いように見えた。


「嬉しいです」


 黒瀬は固まった。


「……泣くほど?」


「泣いていません」


「目、赤いけど」


「少しだけです」


「それ泣いてるじゃん」


「すみません」


「謝るの早い」


 白瀬はノートへ視線を戻す。


「写真に撮られなかったのに、残っていたので」


「……うん」


「黒瀬さんが、覚えていてくれたので」


「まあ」


「とても、嬉しいです」


 黒瀬は顔が熱くなるのを感じた。


 こんなに真正面から受け取られると思っていなかった。


 普通に言うな。

 本当なので。

 謝るの早い。


 いつものやり取りで逃げられるかと思った。


 でも、今回は逃げられない。


 白瀬が本当に嬉しそうだったから。


「……白瀬」


「はい」


「そういう顔、してる」


「え?」


「嬉しそうな顔」


 白瀬が目を丸くする。


 黒瀬はノートの端を指で押さえながら、少しだけ視線を逸らした。


「今、出てる」


 白瀬は何も言わなかった。


 ただ、ゆっくり自分の頬に触れた。


「……そうですか」


「うん」


「黒瀬さんには、見えるんですね」


「見えるだけ」


 いつもの言葉。


 けれど、今日は少し違って響いた。


 白瀬は小さく笑った。


「ありがとうございます」


「またそれ」


「本当なので」


「出た」


 黒瀬は困ったように言った。


 でも、笑っていた。


 その時、莉子が教室へ戻ってきた。


「終わった?」


 黒瀬は慌ててノートを閉じた。


「終わった」


「白瀬さん、泣いた?」


「泣いていません」


「目赤いよ?」


「少しだけです」


「泣いてるじゃん」


「莉子と同じこと言わないで」


 黒瀬が突っ込むと、莉子は笑った。


「え、るいなと同じこと言った? 仲良し?」


「仲良くないし」


「仲良くはありません」


 黒瀬と白瀬の声が重なる。


 教室に一瞬沈黙が落ちて、莉子が吹き出した。


「もうそれ、わざとでしょ!」


「違う!」


「違います」


「また!」


 湊も笑ってしまった。


 黒瀬が睨む。


「朝比奈も笑うな」


「無理だろ」


「無理って言うな」


「でも無理」


「最低」


 そのやり取りで、重かった空気が少し軽くなった。


 白瀬はまだ少し目元が赤かったが、表情は柔らかかった。


 放課後。


 黒瀬は湊の席へ来た。


「朝比奈」


「何?」


「今日、行く」


「ノート見せた話?」


「うん」


「白瀬さん、嬉しそうだったな」


「うん」


「撮らなくても残せたな」


「……うん」


 黒瀬は少しだけ目を伏せた。


「でも、次は撮るかも」


「写真?」


「白瀬がいいって言ったら」


「うん」


「でも、今日みたいに言葉で残すのも、悪くなかった」


「そうだな」


「カフェラテ」


「当然?」


「当然」


 夜。


 黒瀬はノートを持って湊の部屋へ来た。


 カフェラテの湯気の向こうで、今日見せたページをもう一度開く。


「白瀬、あんな顔すると思わなかった」


「嬉しそうだった?」


「うん。あと、泣きそうだった」


「泣いてた?」


「少しだけ」


「そっか」


「写真じゃなかったのに」


 黒瀬はノートの余白を見る。


「言葉でも、届くんだね」


「届いたな」


「うん」


 黒瀬はカップを両手で包んだ。


「撮らなかった一枚だったけど」


「うん」


「白瀬には、ちゃんと残ったみたいだった」


「黒瀬にもな」


 黒瀬は少しだけ顔を赤くした。


「普通に言うなって」


「でも本当だし」


「本当なら余計」


 黒瀬はクッションを抱えて、少しだけ笑った。


 ノートの余白を見られたギャルは、メガネっ娘に一行だけ許すつもりだった。


 けれど結局、三行見せた。


 撮らなかった写真の代わりに残した言葉は、白瀬栞にちゃんと届いた。


 そして黒瀬琉衣奈は、写真だけが思い出を残す方法ではないのだと、少しだけ知った。

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