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かんな  作者: 可湳
13/16

最後の証明

廃墟に戻ってきた。

私が初めて歌った場所。高橋さんと出会った場所。

執行官さんに追いかけられた場所。


ここで始まったから、ここで終わりたい。

豪華なステージじゃなくて、崩れかけた床と割れた窓があるこの場所で。

私の原点で、最後の証明をしたかった。


残り時間:15分。


いつもと同じ準備。でも、今日は違う。

手首のブレスレットをタップする指が、かすかに震えていた。


削除プロセスまで、あと15分。

管理局は配信越しに監視しているはず。

佐々木さんと璃さんも、見守ってくれている。


「配信開始まで、10秒」


深呼吸。

今日は名前を呼ばない。

でも、私がここにいた意味を、きっと残せる。


「3、2、1……配信開始」


---


「みんな!」


両手を広げる。いつもの挨拶。

でも声が少し震えた。気づかれたかな。


チャット欄が一気に動き出す。


『かんなちゃんきたああああ!』

『待ってた!!』

『なんか雰囲気違う?』

『声震えてない?大丈夫?』

『おお廃墟じゃん!聖地巡礼!』


光の粒が廃墟のあちこちに浮かび上がる。

RAからの接続者たち。みんな、ここにいてくれる。


『高橋です!今日も応援してます!』


高橋さんの光が、いつもより強く輝いて見えた。

きっと、何か感じ取ってくれているのかな。


「今日は皆さんとお会いできて、本当に嬉しいです」


チャットがまた動く。


『かんなちゃんなんか今日違うね』

『真面目モード?』

『告白タイムきた?』


深呼吸。言わなきゃ。


「これまで多くの方が、お名前を教えてくださいました」


『俺も名乗ったぞ!』

『私も!呼んでもらえて嬉しかった!』

『番号より名前がいいよね』


「それは本当に、本当に嬉しかった」


声が震える。でも続ける。


「でも今日は、お名前をお呼びしません」


チャット欄が一瞬止まった。

そして爆発する。


『えっ?』

『なんで??』

『かんなちゃん名前呼ぶのがウリでしょ』

『どうした?』

『管理局に脅されたのか?』


---


「名前には、人の心を動かす力があります」


妨害電波が入る。映像にノイズが走る。

でも声は届く。私の特性が、それを可能にしてくれる。


「だからこそ、慎重に扱わなければならない」


『何があったんだ』

『かんなちゃん洗脳された?』

『これは深い』

『確かに名前呼ばれて困ったって人もいたな』


残り時間:10分。


「ライブのような公の場で、むやみに呼ぶべきではないと学びました」


高橋さんの光が揺れた。

何か言いたそうに、でも黙って見守ってくれている。


『でも名前っていいものでしょ?』

『番号だけじゃ寂しいよ』

『かんなちゃんが名前呼んでくれるから見てたのに』


「名前の力は、しかるべき時に、しかるべき場所で使ってほしい」


チャット欄に様々な反応が流れる。


『深いこと言ってる』

『確かに公開の場で実名は危険かも』

『でも寂しいな』

『成長を感じる』


「大切な人と、大切なコミュニティと、心からつながるために」


『なるほど』

『使い分けが大事ってこと?』

『かんなちゃん大人になったね』


残り時間:8分。


「それが、名前を正しく使うということだと思うのです」


---


「だから今日は、みんなで一緒に歌いたい」


チャット欄がざわつく。


『一緒に?』

『新企画きた!』

『例のアプリのやつ?』

『↑例のアプリって何?』


「呼び方は違っても、皆さん一人一人がかけがえのない存在」


廃墟のあちこちに浮かんでいた接続光が、急に動き始めた。

いつもはゆらゆらと漂っているだけの光が、まるで何かに同期するように点滅し始める。

これまでと違う、意図的なリズムを刻んでいる。

璃さんの新しい演出かな?それとも...


『お、アプリ連動始まった』

『なんか端末が光ってる』

『これ演出?綺麗!』

『新機能きた!』

『なんだこれ、温かい感じ』


光の粒たちが、リズムを刻むように明滅している。

何が起きているのか分からないけど、みんなが一つになっているような、不思議な感覚。


残り時間:5分。


「番号でも、名前でも、どちらでもいい」


『VA-847392です。一緒に歌います』

『RA住民だけど参加する!』

『匿名だけど応援してる』

『みんなで歌おう!』


「みんなが、ここにいてくれることが大切」


深呼吸。最後の曲。


「新しい歌を、みんなに贈ります」


---


静かなメロディーが流れ始める。

私が昨日、最後の夜に作った歌。


```

ここにいる それだけで

名前がなくても 番号でも

あなたはあなた 大切な人

```


チャット欄が歌詞で埋まっていく。


『泣ける』

『かんなちゃん...』

『なんか最終回感ある』

『ずっと聴いていたい』


```

選ぶのは自由 呼ばれ方も生き方も

でも忘れないで あなたの価値は

誰が決めるものでもない

```


高橋さんの光が、激しく点滅している。

他の光たちも、リズムに合わせて揺れている。


残り時間:3分。


```

声が届く限り 歌い続ける

たとえ明日が 見えなくても

今この瞬間が 永遠になる

```


『感動した』

『ずっと応援してる』

『名前呼ばなくても好きだよ』

『これからも歌って』


最後のサビ。声を張り上げる。


```

ありがとう 出会えたこと

ありがとう 名前を教えてくれたこと

ありがとう ここにいさせてくれたこと

```


残り時間:1分。


歌い終わる。

静寂。


そして――


空間が、歪み始めた。


---


「...?」


最初は、空気が揺らいでいるだけかと思った。

でも違う。廃墟の壁面に、薄い青白い光が滲み出している。

床からも、天井からも、まるで空間そのものが発光し始めたように。


細い光の筋が、ゆっくりと私に向かって伸びてくる。

一本、また一本と。

繊細なガラス細工のように美しく、でも有機的ではない。

プログラムされた正確さで、私を中心に螺旋を描き始める。


これは璃さんの演出じゃない。

もっと冷たくて、無機質で、容赦がなくて――


削除プロセス。これが、私を消す光。


チャット欄がざわめく。


『何あれ!?』

『新演出すごい!』

『SF感ある!』

『かんなちゃん光のステージみたい!』

『幻想的!』


光の螺旋が完成に近づく。

私の周りを、青白い檻が取り囲もうとしている。


深呼吸。

最後に、みんなに伝えたいことがある。


笑顔を作る。いつもの、明るい笑顔。


「みんな、今まで本当にありがとう」


「みんなと過ごした時間、宝物だよ」


シンプルに。余計なことは言わない。

これ以上言ったら、泣いてしまいそうだから。


光が、私の指先に触れようとした瞬間――


パキン。


「――え?」


心臓が止まりそうになる。消えるはずだった私が、まだここにいる。


鋭い音と共に、光の筋が砕けた。

まるで見えない壁にぶつかったように、光が弾かれる。


次々と、光の螺旋が崩壊していく。

ガラスが割れるような音を立てて、青白い破片が宙を舞う。


『光が壊れてる!?』

『演出失敗?』

『いや、これも演出でしょ』

『感動シーンだったのに台無しw』


破片が雪のように舞い落ちる。

青白かった光が、暖かい金色に変わっていく。

まるで夕日に照らされた雪のように、きらきらと。


私にも分からない。

消えるはずだったのに、消えなかった。


チャット欄が混乱している。


『お別れの挨拶だったの?』

『新演出の失敗?それとも成功?』

『宝物だよって言った後に演出ミスは草』

『でもなんか綺麗』

『運営仕事しろw』


佐々木さんの声が、イヤホンから聞こえた。

「ほら、かんなサン、締めのアイサツアイサツ」


そうだ。配信、まだ続いてる。


「あ、えっと...」


深呼吸。笑顔を作る。


「きょ、今日はここまで!」


いつものように手を振る。


「みんな、本当にありがとう!また...また会おうね!」


『今日短くない?』

『新曲披露の配信だったのか』

『888888888888』

『お疲れ様!』

『次も楽しみにしてる!』

『演出バグったけど面白かったw』


配信終了のボタンを押す。

赤いランプが消える。


廃墟に、静寂が戻った。


でも私は、ここにいる。


膝から力が抜けて、その場に座り込んだ。

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