最後の証明
廃墟に戻ってきた。
私が初めて歌った場所。高橋さんと出会った場所。
執行官さんに追いかけられた場所。
ここで始まったから、ここで終わりたい。
豪華なステージじゃなくて、崩れかけた床と割れた窓があるこの場所で。
私の原点で、最後の証明をしたかった。
残り時間:15分。
いつもと同じ準備。でも、今日は違う。
手首のブレスレットをタップする指が、かすかに震えていた。
削除プロセスまで、あと15分。
管理局は配信越しに監視しているはず。
佐々木さんと璃さんも、見守ってくれている。
「配信開始まで、10秒」
深呼吸。
今日は名前を呼ばない。
でも、私がここにいた意味を、きっと残せる。
「3、2、1……配信開始」
---
「みんな!」
両手を広げる。いつもの挨拶。
でも声が少し震えた。気づかれたかな。
チャット欄が一気に動き出す。
『かんなちゃんきたああああ!』
『待ってた!!』
『なんか雰囲気違う?』
『声震えてない?大丈夫?』
『おお廃墟じゃん!聖地巡礼!』
光の粒が廃墟のあちこちに浮かび上がる。
RAからの接続者たち。みんな、ここにいてくれる。
『高橋です!今日も応援してます!』
高橋さんの光が、いつもより強く輝いて見えた。
きっと、何か感じ取ってくれているのかな。
「今日は皆さんとお会いできて、本当に嬉しいです」
チャットがまた動く。
『かんなちゃんなんか今日違うね』
『真面目モード?』
『告白タイムきた?』
深呼吸。言わなきゃ。
「これまで多くの方が、お名前を教えてくださいました」
『俺も名乗ったぞ!』
『私も!呼んでもらえて嬉しかった!』
『番号より名前がいいよね』
「それは本当に、本当に嬉しかった」
声が震える。でも続ける。
「でも今日は、お名前をお呼びしません」
チャット欄が一瞬止まった。
そして爆発する。
『えっ?』
『なんで??』
『かんなちゃん名前呼ぶのがウリでしょ』
『どうした?』
『管理局に脅されたのか?』
---
「名前には、人の心を動かす力があります」
妨害電波が入る。映像にノイズが走る。
でも声は届く。私の特性が、それを可能にしてくれる。
「だからこそ、慎重に扱わなければならない」
『何があったんだ』
『かんなちゃん洗脳された?』
『これは深い』
『確かに名前呼ばれて困ったって人もいたな』
残り時間:10分。
「ライブのような公の場で、むやみに呼ぶべきではないと学びました」
高橋さんの光が揺れた。
何か言いたそうに、でも黙って見守ってくれている。
『でも名前っていいものでしょ?』
『番号だけじゃ寂しいよ』
『かんなちゃんが名前呼んでくれるから見てたのに』
「名前の力は、しかるべき時に、しかるべき場所で使ってほしい」
チャット欄に様々な反応が流れる。
『深いこと言ってる』
『確かに公開の場で実名は危険かも』
『でも寂しいな』
『成長を感じる』
「大切な人と、大切なコミュニティと、心からつながるために」
『なるほど』
『使い分けが大事ってこと?』
『かんなちゃん大人になったね』
残り時間:8分。
「それが、名前を正しく使うということだと思うのです」
---
「だから今日は、みんなで一緒に歌いたい」
チャット欄がざわつく。
『一緒に?』
『新企画きた!』
『例のアプリのやつ?』
『↑例のアプリって何?』
「呼び方は違っても、皆さん一人一人がかけがえのない存在」
廃墟のあちこちに浮かんでいた接続光が、急に動き始めた。
いつもはゆらゆらと漂っているだけの光が、まるで何かに同期するように点滅し始める。
これまでと違う、意図的なリズムを刻んでいる。
璃さんの新しい演出かな?それとも...
『お、アプリ連動始まった』
『なんか端末が光ってる』
『これ演出?綺麗!』
『新機能きた!』
『なんだこれ、温かい感じ』
光の粒たちが、リズムを刻むように明滅している。
何が起きているのか分からないけど、みんなが一つになっているような、不思議な感覚。
残り時間:5分。
「番号でも、名前でも、どちらでもいい」
『VA-847392です。一緒に歌います』
『RA住民だけど参加する!』
『匿名だけど応援してる』
『みんなで歌おう!』
「みんなが、ここにいてくれることが大切」
深呼吸。最後の曲。
「新しい歌を、みんなに贈ります」
---
静かなメロディーが流れ始める。
私が昨日、最後の夜に作った歌。
```
ここにいる それだけで
名前がなくても 番号でも
あなたはあなた 大切な人
```
チャット欄が歌詞で埋まっていく。
『泣ける』
『かんなちゃん...』
『なんか最終回感ある』
『ずっと聴いていたい』
```
選ぶのは自由 呼ばれ方も生き方も
でも忘れないで あなたの価値は
誰が決めるものでもない
```
高橋さんの光が、激しく点滅している。
他の光たちも、リズムに合わせて揺れている。
残り時間:3分。
```
声が届く限り 歌い続ける
たとえ明日が 見えなくても
今この瞬間が 永遠になる
```
『感動した』
『ずっと応援してる』
『名前呼ばなくても好きだよ』
『これからも歌って』
最後のサビ。声を張り上げる。
```
ありがとう 出会えたこと
ありがとう 名前を教えてくれたこと
ありがとう ここにいさせてくれたこと
```
残り時間:1分。
歌い終わる。
静寂。
そして――
空間が、歪み始めた。
---
「...?」
最初は、空気が揺らいでいるだけかと思った。
でも違う。廃墟の壁面に、薄い青白い光が滲み出している。
床からも、天井からも、まるで空間そのものが発光し始めたように。
細い光の筋が、ゆっくりと私に向かって伸びてくる。
一本、また一本と。
繊細なガラス細工のように美しく、でも有機的ではない。
プログラムされた正確さで、私を中心に螺旋を描き始める。
これは璃さんの演出じゃない。
もっと冷たくて、無機質で、容赦がなくて――
削除プロセス。これが、私を消す光。
チャット欄がざわめく。
『何あれ!?』
『新演出すごい!』
『SF感ある!』
『かんなちゃん光のステージみたい!』
『幻想的!』
光の螺旋が完成に近づく。
私の周りを、青白い檻が取り囲もうとしている。
深呼吸。
最後に、みんなに伝えたいことがある。
笑顔を作る。いつもの、明るい笑顔。
「みんな、今まで本当にありがとう」
「みんなと過ごした時間、宝物だよ」
シンプルに。余計なことは言わない。
これ以上言ったら、泣いてしまいそうだから。
光が、私の指先に触れようとした瞬間――
パキン。
「――え?」
心臓が止まりそうになる。消えるはずだった私が、まだここにいる。
鋭い音と共に、光の筋が砕けた。
まるで見えない壁にぶつかったように、光が弾かれる。
次々と、光の螺旋が崩壊していく。
ガラスが割れるような音を立てて、青白い破片が宙を舞う。
『光が壊れてる!?』
『演出失敗?』
『いや、これも演出でしょ』
『感動シーンだったのに台無しw』
破片が雪のように舞い落ちる。
青白かった光が、暖かい金色に変わっていく。
まるで夕日に照らされた雪のように、きらきらと。
私にも分からない。
消えるはずだったのに、消えなかった。
チャット欄が混乱している。
『お別れの挨拶だったの?』
『新演出の失敗?それとも成功?』
『宝物だよって言った後に演出ミスは草』
『でもなんか綺麗』
『運営仕事しろw』
佐々木さんの声が、イヤホンから聞こえた。
「ほら、かんなサン、締めのアイサツアイサツ」
そうだ。配信、まだ続いてる。
「あ、えっと...」
深呼吸。笑顔を作る。
「きょ、今日はここまで!」
いつものように手を振る。
「みんな、本当にありがとう!また...また会おうね!」
『今日短くない?』
『新曲披露の配信だったのか』
『888888888888』
『お疲れ様!』
『次も楽しみにしてる!』
『演出バグったけど面白かったw』
配信終了のボタンを押す。
赤いランプが消える。
廃墟に、静寂が戻った。
でも私は、ここにいる。
膝から力が抜けて、その場に座り込んだ。




