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かんな  作者: 可湳
12/16

覚悟

私は小さく咳き込んで目を覚ました。


部屋はまだ暗い。窓の外はまだ夜で、街灯がぽつぽつと光ってる。時計を見ると、深夜の2時半。数時間は眠れたみたい。


体の疲れは取れてる。でも、胸の奥にはまだ重いものが残ってた。


私はベッドから起き上がって、窓辺に向かった。


夜景が広がってる。遠くの建物の窓にも、まばらに明かりが灯ってる。きっと、夜遅くまで仕事をしてる人とか、眠れない人とか。


私と同じように、何かを抱えて起きてる人がいるのかな。


ふと、高橋さんのメッセージを思い出した。


『名前には力があります。あなたが教えてくれた「名前の力」は、確かに私たちの心に届いています』


私は冷たい窓ガラスに手をついて、外を見つめた。掌に伝わる夜の冷たさが、頭の中のもやもやを少し洗い流してくれる気がした。


削除まで、残り12時間


---


明け方の5時。空がうっすら明るくなり始めてる。


私はまだ窓辺にいた。


この数時間、いろんなことを考えた。


高橋さんは...私のことを忘れていない。

佐々木さんも、理由はわからないけど、私を大切にしてくれる。

璃も、消化に配慮した食事を作ってくれた。

みんなが...私を必要としてくれている。


でも、それでも私は消えることになる。


太田さん達の件は確かに私の責任もある。

名前を呼んだことで、彼ら彼女らに迷惑をかけてしまった。


私はシステムエラーから生まれた存在で、本当なら最初から存在しなかったはずだった。


それでも——


『名前には力があります』


高橋さんの言葉が、心に響く。


名前は確かに力がある。傷つけることもある。


でも、だからこそ——


私は振り返って、部屋を見回した。


佐々木さんの研究室。たくさんのガジェット。窓辺の観葉植物「ななしちゃん」。瓶の並んだ棚。ケーブルの山。


私がここで過ごした、短いけれど濃い時間。


最後に、正しい使い方を示したい。


名前の力の、本当の美しさを。


私は決めた。


削除まで、残り9時間


---


朝日が研究室の窓から差し込んできた。暖かい光が頬を撫でて、新しい一日の始まりを感じさせる。


私は深呼吸をして、通信端末を手に取った。高橋さんに返信を送ろう。心の中で言葉を整理しながら。


『高橋さん、ありがとうございます。


あなたのメッセージで、私も気づくことができました。


最初は迷いもありました。もう歌うことはないのかもしれないと思っていました。でも、今なら分かります。逃げることではなく、正しい形で向き合うことが大切なのだと。


もう一度、歌ってみようと思います。今度は、名前の本当の美しさを伝えるために。


— かんな』


送信ボタンを押す。


きっと高橋さんはもう眠ってるかもしれない。でも、いつか読んでくれる。


私はキッチンの方に向かった。佐々木さんが起きてる気配がする。コーヒーを淹れる音が聞こえてきた。


「佐々木さん」


「ん?」振り返った佐々木さんの顔は、ちょっと驚いてた。「かんなちゃん、早いねー。眠れた?」


「はい。少し眠れました」


私はコーヒーカップを受け取って、一口飲んだ。苦いけれど、温かい。


「佐々木さん、ライブをしたいんです」


佐々木さんの手が、少し止まった。


「でも今度は、ちょっとこれまでの構成とは変えたくて...」


「ほうほう」佐々木さんがコーヒーを一口飲む。「何か考えがあるんだねー」


私は頷いた。


「今まで、私は名前を呼ぶことで、みんなを励ましてきました。でも、それは時として、人を傷つけることもある」


「うん」


「だから、今度は名前を呼ばないライブをしたいんです。名前の力を正しく使うということを、示すために」


佐々木さんが少し嬉しそうに微笑んだ。


「君は本当に成長したねー」


「まだ一か月ちょっとですよ!」


私は思わず声を上げてしまった。大げさだなぁ...でも、嬉しい。


「あー、そうだったっけー?でも君の一か月は、普通の人の一年分くらい濃いからねー」


佐々木さんがくすくす笑う。


私は最後の一口のコーヒーを飲み干した。


削除まで、残り6時間


---


璃との通信を終えて、私は身支度を始めた。もう迷いはない。


いつものライブ用の服。白いブラウスに、薄い水色のスカート。シンプルだけど、私らしい。


鏡を見ると、少し痩せた気がする。二日間、ほとんど食べてなかったからかもしれない。でも目に、前よりしっかりした光が宿ってる。朝の不安げな自分とは違う、確固とした意志を感じる。


これが、覚悟というものなのかもしれない。胸の奥で何かが静かに固まっていく感覚。重いけれど、頼もしい重さ。不安はまだあるけれど、それ以上に、やるべきことがはっきりと見えている。


佐々木さんが準備を手伝ってくれてる。璃も遠隔で演出の調整をしてくれた。


「璃の新しい演出プラン、完成したって言ってたよー」佐々木さんが機材を確認しながら言う。「今度は何か違うものを見せてくれるかもしれないねー」


私は頷いた。何が起こるかわからないけれど、今は璃を信じよう。


削除まで、残り3時間


---


すべての準備が終わった。機材も、心も。


私は佐々木さんと璃の前に立って、深呼吸をした。もう震えはない。


「行ってきます」


「うん、気をつけてねー」佐々木さんがいつものひょうひょうとした調子で言う。でも、その目は真剣だった。


璃も小さく頷いた。「無理は禁物です」


私は最後にもう一度、研究室を見回した。


窓辺の「ななしちゃん」が、朝の光を浴けてちょっと元気そうに見える。


フブキくんも、クーキまるくんも、相変わらず微妙だけど、愛おしい。


私がここにいた証拠。


私がここで学んだ、すべてのこと。


それを、このライブに込めよう。


私がここにいたことを、ちゃんと伝えるために。

名前の力を正しく使う姿を、みんなに見せるために。


私は扉に向かった。


運命のライブへ。


削除まで、残り1時間

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