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かんな  作者: 可湳
11/16

理由

削除まで、残り18時間


佐々木さんがコーヒーカップを持って戻ってきた時、私はまだ端末を握りしめていた。


「かんなちゃん、コーヒーでも飲む?」


いつものひょうひょうとした口調だけど、少し抑えめで優しい。心配してくれてるのが伝わる。


私は端末を机に置いて、振り返る。


「はい」


久しぶりに、素直に答えられた。


佐々木さんは別のカップにコーヒーを注いでくれる。湯気が立ち上って、いつものあの香り。


「どうだった?メッセージ」


「...温かかったです」


私はカップを両手で包む。熱い。でも、心地いい熱さ。


「みんな、私のことを忘れてなくて」


「そりゃそうでしょー」佐々木さんは自分のカップを持って、椅子に座る。「君の歌を聞いた人たちだからねー」


コーヒーを一口飲む。


私も真似して飲んでみる。少し苦いけど、温かい。胃の奥まで温まる感じ。


「佐々木さん」


「ん?」


「なぜ私を助けてくれるんですか?」


佐々木さんの手が、少し止まった。


「私はいろんな人に迷惑をかけて...管理局にも追われて、」


私の声が小さくなる。


「なのに、どうして」


佐々木さんはコーヒーカップを見つめて、しばらく黙っていた。


「んー」


彼は困ったような顔をして、髪をくしゃくしゃっと掻く。


「君が歌ってるのを見てると、何だか...嬉しくなるんだよねー」


「嬉しく?」


「うん。君が一生懸命で、真っ直ぐで」佐々木さんはコーヒーを一口飲む。「今ここにいる君は確かに君だしー」


私は佐々木さんを見つめる。眼鏡の奥の目が、穏やかに笑ってる。


「それだけ?」


「それだけ」


佐々木さんは苦笑いして、また髪を掻く。


「まあ、理由なんてそんなもんかなー」


コーヒーを飲んで、窓の外を見る。


「君は自分のことを迷惑だって言うけど、僕から見たら、ただの女の子だよー」


「女の子...」


「歌が上手で、真面目で、ちょっと頑固で」佐々木さんがくすっと笑う。「植物の世話を忘れたら気にしちゃう、優しい女の子」


私はななしちゃんの方を見る。さっき水をあげたばかりの葉っぱが、少し元気になってる。


「でも、私のせいで太田さんが...」


「それは君のせいじゃない」


佐々木さんの声が、少し真剣になった。


「監視社会の問題が、たまたま君を通して見えただけ」


「でも...」


「君は誰かを傷つけようとして歌ったわけじゃないでしょ?」


私は首を振る。


「だったら、それでいいんじゃない?」


佐々木さんは立ち上がって、窓辺に歩いていく。


「完璧な人なんていないしー。僕だって、このガジェットたちでよく失敗してるし」


フブキくんを指差して苦笑いする。


「大切なのは、失敗から学ぶことかなー」


私はコーヒーを飲む。さっきより、苦くない。


「佐々木さん」


「ん?」


「ありがとうございます」


佐々木さんは振り返って、いつものひょうひょうとした笑顔を見せる。


「どういたしましてー」


でも、その笑顔の奥に、何か言いたそうな表情が見えた気がした。


佐々木さんがマグカップを手に取り、コーヒーを口に含む。ひと呼吸、間を置いてから飲み込む。

私はその動作に見覚えがあった。何か言いにくいことがある時の、佐々木さんの癖。


何か、隠していることがあるのかもしれない。


でも、今は聞かない。


今は、この温かさを大切にしたい。


「佐々木さんのコーヒー、美味しいです」


「ありがとうー。君が元気になって、何よりだよー」


グルルルル。


静寂を破って、お腹が大きく鳴った。


「あ...」


私は慌てて手でお腹を押さえる。顔が熱くなる。


そういえば、あの日から何も食べてない。コーヒーしか口にしてない。


「そりゃあ、お腹もすくよねー」佐々木さんがくすくす笑う。「二日間、ほとんど何も食べてないでしょ?」



「すみません...」


「謝ることないよー。生きてる証拠じゃない」


グルルルル。


また鳴った。今度はもっと大きく。


その時、通信モニターがパッと光った。璃の顔が映る。


「体調はどうですか」


璃の声は簡潔だ。でも、心配そうな表情が画面越しに見える。


「はい...少し、元気になりました」


「安心しました。佐々木から連絡を受けました」璃が何かの袋を持ち上げる。「食事を準備しています。できたら持参しますね」


「えっ、でも...」


「遠慮は不要です。お腹空いてるでしょ?おなかの音が聞こえました」


璃の表情に小さく笑みが浮かぶ。


グルルルル。


二回目。もう隠せない。


「璃、ありがとう」


「すぐに到着します」


通信が切れた。


佐々木さんが机の上を片付け始める。


「璃も心配してたんだよー。君が元気じゃないと、演出プランに集中できないってさ」


「心配かけちゃって...」


「まあ、みんな君のことが大切だからねー」


しばらくして、研究室の扉が静かに開いた。璃が温かそうなお弁当箱を持って入ってくる。夕日が差し込む研究室の中で、璃の短い黒髪がオレンジ色に光って見える。いつものように無駄のない動き。


研究室の空気は温かく、佐々木さんが淹れたコーヒーの香りと、璃が持ってきた食事の匂いが混じり合っている。フブキくんは静かに風を送り続けて、クーキまるくんの小さなブーンという音が心地いいBGMになってる。


「体調はどうですか」


「はい...おかげさまで」


璃は机に正確にお弁当を配置する。卵焼きと、おにぎりと、温かそうなスープ。指先に微かな絵の具の跡が見える。


「消化に配慮して食材を選択しました。調理自動化プログラムも最適化済みです。無理は禁物です」


湯気が立ち上って、いい匂いがする。


私のお腹が、また小さく鳴った。


「食べよう」佐々木さんが椅子を引いてくれる。「璃の作ってくれる料理は最高だよー」


私は箸を取って、おにぎりを一口食べる。


塩味が優しくて、お米の甘さが口の中に広がる。


涙が出そうになった。


「美味しい...」


璃が小さく頷く。「回復を確認しました。良好です」


久しぶりの食事。温かくて、優しくて。


私がここにいることを、みんなが喜んでくれる。


璃は立ったまま、私が食べる様子を静かに観察している。佐々木さんはいつものひょうひょうとした調子で、でも優しい目で見守ってくれてる。


「栄養摂取、順調です」璃が小さく呟く。


「璃のスープ、いつもと同じ味で安心したよー」


私は箸を置いて、二人を見回す。


「ごちそうさまでした」


手を合わせる。久しぶりにお腹がいっぱいだ。


「美味しかったです、璃」


璃が小さく頷く。「良かったです」


佐々木さんが椅子から立ち上がる。


「今夜はゆっくり休んだほうがいいよー。二日も食べてなかったんだからねー」


私の心の中で、カウントダウンが鳴る。


18時間。


「はい...少し、休みたいです」


食事をして、体が温まって、急に疲れが押し寄せてきた。二日間の緊張が解けたのかもしれない。


佐々木さんと璃が顔を見合わせる。


「わかった。ゆっくり休んでねー」


「睡眠は重要です。体力の回復に必要です」璃も静かに言う。


私は寝室へ向かう。足取りが重い。


でも、不思議と心は軽くなっていた。

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