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かんな  作者: 可湳
10/16

気付き

削除まで、残り20時間


通信端末がピロンと軽い音を立てた。


私は毛布の下で音の方を見るけれど、手を伸ばす気力がない。きっと、また通報とか、削除を求める声とか。そんなものだろう。


ピロン。

また鳴った。

ピロン、ピロン。


立て続けに着信音が重なる。たくさんのメッセージが届いてる。


でも、見たくない。

どうせ私への批判や、システムエラーへの嫌悪感とか。


「かんなちゃん」


扉の向こうから佐々木さんの声。


「通信がたくさん来てるねー」


私は毛布をもう一度頭からかぶり直す。


「後にしてください」


「でも、高橋さんからメッセージが...」


高橋さん。

あの時、最初に名前を教えてくれた人。


でも、きっと彼も私のことを恐れているんだろう。エラーから生まれた存在だって知って、距離を置きたがってるんだろう。


「後に、してください」


私の声は震えてる。


「でも、みんなで集めたメッセージらしいよー」


みんなで、集めた...?


私は毛布の隙間から佐々木さんの方を見る。彼は端末を手に持って、困ったような顔をしてる。


「見るだけでも...」


私はゆっくりと毛布から出た。足がふらつく。佐々木さんが端末を差し出してくれる。


画面には「高橋」の名前。

件名:「みんなからの、かんなさんへ」


私は震える指でメッセージを開いた。


---


『かんなさん、高橋です。


みんなでメッセージを集めました。あなたの歌声にいつも救われている人たちからです。


一人ずつ、紹介させてください。』


---


その下に、たくさんのメッセージが続いてた。


---


『VA-847392(通称:キリン)です。私は名前を持ちませんが、あなたの歌声に何度も救われました。


仕事で失敗して落ち込んでいた時、あなたが「番号で生きることも、名前で生きることも、どちらも美しい選択」と言ってくれました。その言葉を聞いて、涙が止まらなくなりました。


私は16年間、自分の番号が恥ずかしいと思って生きてきました。でも、あなたの歌を聞いているうちに、VA-847392という私の存在にも意味があると思えるようになりました。


番号でも、名前でも、どちらでも構いません。大切なのは、あなたがそこにいてくれることです。』


---


『田村美咲と申します。RA在住、38歳です。


実は娘がいます。5歳のゆかりという名前です。でも私は長い間、娘に自分の名前を誇りを持って教えることができませんでした。名前で生きることが、どこか負けているような気がして。


あなたの配信を見て、名前で呼ばれている人たちが嬉しそうにしているのを見ました。その時、名前って悪いものじゃないんだと気づきました。


昨日、娘に「ママの名前は美咲よ。美しい咲くって書くの」と教えました。娘は「きれいな名前だね」と言ってくれました。


ありがとうございます。』


---


『VA-129847(愛称:そら)です。16歳です。


私もかんなさんと同じようにVAで生まれました。でも、かんなさんと違って、私は名前を持ちたいと思ったことがありませんでした。番号の方が楽だから。


でも、あなたの歌を聞いているうちに、名前がなくても、番号でも、ここに存在していることに意味があるって分かりました。


私は「そら」という愛称を使っていますが、それも一つの選択なんですね。VA-129847でも、そらでも、私は私。


かんなさんが教えてくれました。ありがとう。』


---


『International user ID: GLB-4829です.


I don't speak Japanese well, but I want to try to write this message in Japanese.


あなたの声は、言葉の壁を越えて私の心に届きます。私の国では、名前を変えることができません。でも、あなたの歌を聞いていると、与えられた名前も、選んだ番号も、どちらも大切だと思えます。


Name or number, it doesn't matter. You are precious to all of us around the world.』


---


メッセージは他にもたくさんあった。番号の人も、名前の人も、匿名の人も。みんな、私のことを——


涙がぽろぽろ落ちる。画面がにじんで見えない。


「かんなちゃん」


佐々木さんの声が優しい。でも私は顔を上げられない。こんなに泣いている姿を見られるのが恥ずかしくて。


「まだ続きがあるよー」


私は涙をぬぐって、小さく頷く。まだ読めるところがあるなんて。みんな、そんなに私のことを...


佐々木さんが立ち上がる。


「ちょっと、コーヒーを淹れ直してくるねー。ゆっくり読んで」


彼は部屋を出ていった。一人で読ませてくれる優しさ。


私は深呼吸をして、心を落ち着かせる。まだ震えてるけれど、今度は悲しみの震えじゃない。


私は続きを読んだ。


---


『かんなさんのライブで元気に歌う姿を見て、明日も頑張ろうと思えます。名前を呼んでもらったことはないけど、あなたの存在が励みです。落ち込んだ時、配信のアーカイブを見返しています。


あなたが今、どんな状況にあるか分かりませんが、伝えたいことがあります。


名前には力があります。あなたが教えてくれた「名前の力」は、確かに私たちの心に届いています。


私たち一人一人が、その力をどう使うかを考えるきっかけをもらいました。


あなたがシステムエラーから生まれたとしても、私たちにとっては、かけがえのない存在です。


みんな、かんなさんが大好きです。


— 高橋』


---


私は端末を胸に抱きしめた。


体が震えてる。でも今度は、悲しみじゃなくて——


温かい。

心の奥が、じんわり温かい。


高橋さんは...私のことを忘れていない。

佐々木さんも、理由はわからないけど、私を大切にしてくれる。

みんなが...私を必要としてくれている。


私は何度もメッセージを読み返した。


番号で生きている人。

名前で生きている人。

匿名を選んでいる人。

国境を越えた人。


みんな違うけれど、みんな私の歌を聞いてくれて。

みんな、私がここにいることを喜んでくれて。


太田さんの件は確かに私の責任もある。

名前を呼んだことで、彼に迷惑をかけてしまった。


でも——


『名前を呼ぶことにはリスクがある。でも、それは名前に力があるからです』


高橋さんの言葉。


名前は確かに力がある。傷つけることもある。


でも、だからこそ——


最後に、正しい使い方を示したい。


私は窓の外を見た。夕日が研究室を照らしてる。オレンジの光が私の頬に当たって、温かい。


今度は、この温かさが心に届く。


外では、佐々木さんがコーヒーを淹れる音。いつもの日常の音。


でも今は、その音も意味があるように聞こえる。


私がここにいることを、認めてくれる音。


私は立ち上がった。ふらつくけれど、足に力を込める。


ななしちゃんのところへ歩いて、霧吹きを手に取る。


「ごめんね、ななしちゃん。お水をあげなくて」


葉っぱにきらきらの水滴をかけてあげる。ちょっとしなびていた葉っぱが、少し元気になったように見える。


机の上のケーブルも、きちんと巻いた。瓶のラベルも正面に向けた。


小さなことだけれど、大切なこと。


私がここにいる、証拠。


佐々木さんが戻ってきた時、私は端末を手に持って、微笑んでいた。


「かんなちゃん」


「佐々木さん、ありがとうございました」


私の声は、まだ小さいけれど、確かに私の声だった。

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