第25話 黒いリボン。
「ああ、エリック様、面会希望の方は第一応接室に通してあります。」
受付の事務官に礼を言うと、応接室に急ぐ。
ドアを開けると、華奢な背中が見えた。高いところで一本に結んだ小麦色の髪。
いつものスラックスに地味な上着。応接室の窓から外を見ていた。
「エーデリンデ、さん?」
ゆっくり振り返った彼女の胸元には黒のリボン。
「あ、お久しぶりです。エリックさん。あの…」
彼女の言葉を最後まで待てずに、思わず抱きしめる。僕の胸に、すっぽりと収まる。
ちょうど、足りなかったものがはまったパズルみたいだ。
「あの、私、迎えに来たんです。あなたのこと。」
「うん。」
「あの、あなたの試用期間が終わってしまったでしょう?本採用にしたいんですけど。」
「うん。」
「期限は無期限です。」
「うん。」
「ずっと一緒にいてくださいますか?」
「それは…雇い主としての発言なの?」
「いえ、個人的なお願いです。」
「じゃあ、君の喪も明けたんだね?」
「え?」
きょとんとするエーデリンデのブラウスの黒いリボンを抜き取って、ごみ箱に捨てる。なんだか、ほっとした。
僕は小心者だった。自分でも知らなかったけど。
意気込んでエーデリンデに会いに行ったら、前の夫のために黒いリボンをしていた。それだけのことで、すっかりしょげてしまった。いろいろ聞いてはいたが、本当は好きだったのではないかな?ってね。黒いリボンは、なんと言うか…私に近づかないでね、と語っていた。そんな気がしてた。
僕を見上げる緑色の瞳がきれいだ。3月の麦の葉の色だね。
そっと口づける。
*****
着換えも何も持たずに飛び出してきたというエーデリンデを、寮には連れていけないから、自宅に連れて帰る。
本当に仕事着で来た彼女は、かなり遠慮していたが、手を離さないから、僕が。
自宅は当然大騒ぎになったが、母親の侍女がエーデリンデを連れて行ってしまった。
僕としては、僕の自室でよかったんだけど、客間が整えられた。
「うふふっ、磨きがいのありそうなお嬢さまね?エリック。」
「お手柔らかにね。早く返して。」
「あらまあ、あなたが女の子に執着するなんてねえ。うふふっ。ぴかぴかにしてあげるわよ。しばらくは家にいるでしょう?今後のこともあるしねえ。マルデ侯爵家には2.3日お預かりするとお手紙出しておきましたから。」
仕事、早いね。母上。
「あなたも着替えていらっしゃい。晩餐が楽しみねえ。」
その日の夕食は、母がどんな手を使ったのか、家族がみんな揃った。
隠居しているおじい様、おばあ様、両親、兄夫婦とその子供たち。弟とその婚約者。
みんな平静を装っているが、僕をちらりと見ては目をそらすから…興味津々なんだろうね。
「急だったから、新しいドレスというわけにはいかなかったんですけどねえ。お支度が出来たみたいだから、ほら、エリック、ご案内なさい。」
急いでメインダイニングのドアまで行くと、侍女に連れられて…え?
「なにをぽーっとしてるの?早くみんなに紹介してちょうだい。」
そっと手を添える。大丈夫?緊張しないでね。って、僕か。目が離せないよ。
ゆるくウェーブをつけた髪。薄っすらと化粧。いつもの綺麗な緑色の瞳。
淡い紫のドレスは、ふんわりと柔らかそうに広がっている。胸元には銀の台座にアメジストのネックレス。僕を見上げて、笑う。
「みなさん、マルデ侯爵、エーデリンデ様です。」
「皆様、初めまして。エーデリンデです。あの」
「・・・・・」
「む、息子さんを私に下さい。幸せにしますから!」
本編 完です。番外編に続きます。




