第24話 パン。
検察の控室のソファーに横になる。
はああ、疲れた。
カバンからウサギを引っ張り出して、枕にする。ひとつは抱いて寝る。
本来なら自宅に帰るところなんだけど、めんどくさいので、検察の独身寮にいる。
着換えは家から届いた。さすがにきちんとした格好で臨まなければならないからね。
議会は無事に終了した。
現王は退位することが決まり、近々公布する。
6月の舞踏会で、王太子の戴冠式が行われる。
問題を起こしたフローレンス妃は処刑。表向きは流産して体調を壊し、儚くなったとされる。
お相手のテオドールも処刑。
僕の弟は近衛第2師団の副師団長だったんだけど、繰り上がりで、第3の師団長になった。もちろん、実力を買われて、だよ。
生家のテイモン伯爵家は取り潰し。平民になった伯爵はキャサリンさんに養ってもらうのかな?店の名義を変えていたのは利口だったね。
伯の長男夫婦は僕がスカウトした。長男のトラウハードは良い事務官兼執事になるだろう。奥さんは、やはり伯爵家の出だったが実家に帰らないというので、エーデリンデの侍女になってもらうことにした。会ってみたら、気さくな良い方だった。早々に手続する。僕が保証人になって引き受けた。
屋敷内の物は動かせないので、身一つでマルデ侯爵領に向かうように段取る。当面必要なお金は渡した。行ってからのことは、ランドルフ様に頼んできたから心配していない。
はああ、疲れた。ここまで2週間。毎日、朝から晩まで。
父上と兄上が王位継承権を放棄しているもんだから、しわ寄せがまともに来る。
僕も…随分前から放棄の手続き申請をしているんだが、正当な理由がない、という理由で受理されない。
検察長官が、久しぶりに見たら激しく老けていた。
僕の休暇中、王城内の不義に関係した者を片づけていたらしい。大変だったね。
「エリック!!!」
長官が怒鳴り込んできた。
「お前に面会希望だと、女が来てるぞ!!まったく、こんな時にナニやってんだ?あ?」
「断っておいてください。」
「お前が行けよ!」
「約束はありませんから。断って下さい。僕が出ていくともっと厄介なことになりますよ?それに、僕はまだ休暇中ですから。」
「けっ。まったく。」
「よろしくお願いいたします。長官。」
「お前のとこに来る女には珍しく、地味な女だったな。いないって言えばいいんだな?」
・・・・地味?
「平民かもな。今時、スラックス姿だったし。どこで聞きつけたのかなあ、無差別だな、お前。」
・・・・スラックス?
「はあ、長官を顎で使うなんて、お前ぐらいだぞ。」
ため息をつきながらドアから出ていく長官を、走って追い越す。
「おい!エリック!なんだ?」
*****
おじいさまの執務室に呼ばれた。
綺麗に磨かれた、エリックさんが使っていた机を眺める。
「・・・だな?おい、リンデ、聞いてるのか?」
「え?あ、はい。」
「私は体調のこともあるので、ガルトの式には出ない。代わりに娘に頼んだから。粗相の無いように。あんなんでも一応公爵夫人だから。」
「はい。」
「またあいつのことだから、おまえに縁談とか持ってくるかもしれないが、嫌なら断れ。」
「あ、はい。」
「もちろん、お前の判断でいいからな。」
おじいさまはもう、エリックさんのことは言わなくなった。
忙しいみたいで急いで帰ったぞ、と、エイクさんに聞いた。独身寮から試験場なんて歩いてほんの3分くらいなのに。
あの日、家に帰ると、妹たちが泣きはらした目をしていた。私には何も言ってこなかったけど。おやすみなさい、と、早々に部屋にこもってしまった。
ガルトの結婚式を終えて帰ってくると、新しい事務官が着任していた。
何やら訳アリらしいが、真面目そうな方だ。トラウハードさん。挨拶したら、緊張したのか汗を拭いていた。仕事は早い。
彼の奥さんのマーサさんは侍女服を着て、なんだかんだと世話を焼いてくれる。
着換えもなにもかも一人でやっていたので、少し恥ずかしい。
「まあ、当主様がそれではいけませんよ?任せてくださいね。」
気さくな方だ。妹たちはもうなついている。
「だって、お兄様がね、良い人が来るからねっておっしゃっていたから。」
「ブルグ!」
「あ…ごめんなさい。」
試験場でも、農場でも、誰もエリックさんの名前を出さない。
一時期…あんなにうるさかったのに。
「場長、この書類なんですが?」
「ああ、それはエ…あ、そこに置いておいて。」
試作したパンを従業員用の休憩室に届けに行くと、少し大きな子が本を修理しているところだった。隣ではその子の弟が絵本を開いている。
「あら、本の修理が出来るのね?」
「うん。こうやって大事に使おうねって、教えてもらったから。」
誰に?
「場長様あ、この本面白いんだよ。何度も読んでもらったから、僕もう覚えちゃったの。本が読めるくらい勉強するんだ。」
そうなの。
「なんだ、場長、珍しいな。」
「あらエイク、パンを届けにね。」
「お、新しいパン粉か?どれどれ。」
そう、あの日だって、焼きあがったら食べさせてあげようと思っていたのに。
「な、何泣いてんだ?な?」
「・・・・・」
パンをくわえたまま、エイクがおろおろしている。
何泣かせてんだい!と、台所から出てきた奥さんに頭を叩かれている。
いいなあ。
「まあ、よ、場長、今なら間に合うんじゃねえのか?
んでもな…みんなのためだの、領のためだのの理由だったら、追わねえでやってくれ。」
「・・・・・」
「奴はよお、なんだか知らねえが、あんなんで意外と純情なんだ。」
なによ。それ。
パンを籠ごとエイクに渡して、走った。




