第23話 きれいな緑。
3月になった。
おじいさまもよっぽどよくなってきたように思うが、まだ無理は出来ない。と、いうか、《《もう》》無理は出来ない。
「いつ王都に帰るんだ?」
「議会が始まりますからね。明日には出発します。他にもいろいろとやることがあるので。そろそろ新しい事務官もスカウトできると思いますよ。」
「そうか。体に気を付けてな。」
「あははっ、随分弱気になっていらっしゃいますね?どうしました?丁度、ガルト嬢の結婚式もあるし、僕がいないのも、いいタイミングですかね。」
「その節は、すまなかったな。」
「大丈夫ですよ。同じように育てても、一人一人は違う人間ですからね。その下の妹さんたちは素直に育っているしね。」
「あれは何かと、昔からリンデをライバル視してなあ…勉強でも何でも比べられて、あれはあれで大変だったんだとは思うが…まさかなあ。」
「解決したことです。お気になさらず。」
領の仕事は綺麗に片づけておいた。しばらくは溜まらないだろう。
自分が使っていた執務用の机を磨く。
借りていた客間に戻って荷造りの続きをしていると、小さなお客様方が控えめにドアをノックする。
「どうぞお入りください。お嬢様方。」
笑いながらドアを開ける。
二人共、手に手に荷物を持っている。なんだろうね?
「あの、お兄様、これ。私たち作ったの。」
包みを開けてみると、ウサギのぬいぐるみ。瞳が紫だね。上手にできたね。
もう一つも開けて見る。ウサギのぬいぐるみ。瞳が…綺麗な緑色だね。
「ありがとう。可愛いね。」
「あの、お兄様?帰って来てね?」
「王都にはきれいな人がたくさんいるんでしょう?ガルド姉様が言ってた。でも、帰って来てね。」
小さいレディがしがみついて泣くので、二人の頭を撫でる。
翌朝、早い時間に独身寮に置いた荷物も取りに行く。前に頂いた酒が出てきたので、エイクの家に届ける。
「おお、帰んのか?」
「ああ。」
「気を付けてな。試験場には寄んねえのが?」
「ああ、もう出るよ。」
「そっか。」
乗合馬車の乗り場までぶらぶら歩く。
「おまえ、今日、仕事はいいのか?」
「まあ、たまにはなあ。親友の旅立ちだし。」
「変な言い方するな。」
がははっ。と笑いながらエイクが付いてきてくれた。
「まあ、世の中、思ったようにいがねえこどもあんべ。」
「やだ。慰められてる?僕?」
3月になったら、急に背が伸びだした麦が風に揺れている。きれいな緑だ。
どうしても、議会には出なければならないから、王都に一時帰って、また帰ってくるつもりだった。最初は。
今回は少し時間がかかりそうだったから、試用期間が終わってしまう。だから、エーデリンデと話をしたかった。今後のことを。
朝、試験場に出掛けていくエーデリンデに並んで歩いた。相変わらず、ブラウスに黒いリボン。
「僕はしばらく王城に帰らなければいけないんですが。」
「はい。おじいさまに聞きました。」
「長引きそうなので、その間にここの試用期間が終わってしまいそうなんです。ねえ、エーデリンデさん?僕は、できれば君のもとに帰ってきたい。君のことが好きなんです。」
「・・・・・」
「僕は一応は貴族ですが次男坊です。領地も財産も持っていません。あなたが望んでくれなければ…僕は自分の生活のために前職に復帰します。すみません。無職になるわけにもいかないので。」
「・・・・・」
「ご返事は…いただけませんか?」
「・・・・・」
静かだなあ。
さく、さくっと二人分の足音。
遠くで雲雀の鳴く声がする。
春になるんだな…
「おじいさまに許可を頂いていますので、屋敷の事務官は僕が手配します。信用に値する人物です。当主への報告が遅れてすみません。」
「・・・・・」
「当面の事務仕事は終わらせてありますから。ランドルフ様もエーデリンデ様も、御無理なさいませんように。」
「・・・いつ?」
「明日にはお暇致します。短い間でしたが、お世話になりました。」
「・・・・・」
深々と頭を下げると、もう彼女の顔を見ることが出来なかった。急いで屋敷に帰る。
荷造りをしながら、今まで僕に告白してくれた女の子たちもつらかったのかな、と、初めて考えた。そんなこと、考えたこともなかった。
もっとよく話を聞くべきだったのかな。
胸が重い。




