第15話 試用期間は3か月。年末年始休暇。
新年が明けた。
元の職場や実家から、いろいろと言ってきたが、取り敢えず、新年の挨拶だけしておいた。どうなるかはわからないしね。まだ。
何を思ったのか、母親がウェディングドレスのカタログを送ってきた。
いやいや、まだ手も握っていない。それどころか、エーデリンデにとって、僕の就職活動に対しての認識がきちんとなされているのかどうかも怪しい。気長に、と思ったが二人の距離が近づいている気はしない。
クリスマス休暇以降は、年明けまで農業試験場は休みになる。独身寮にいる人たちは生まれ故郷に帰ったり、親戚の家に行ったりして、静かになる。社宅の人は家族と過ごしたり、やはり帰ってしまったり。研究員のゲルトだけは、管理棟に泊まり込んで試験所にある温室の温度管理なんかをやるらしい。
エイクが実家に帰らないと言った僕のことを心配してくれたが、なんと!エーデリンデの屋敷に呼ばれることになった。エーデリンデは例年だと一人で決算資料を作って年を越していたようだが、今年はほんの少し余裕が出たので。
「誰もいなくなるので、食事も困るでしょうし。よろしかったら。」
僕はのんびり、試験場の研究論文を読んで暮らしてもいいかとは思っていたんだけど。嬉しい。
彼女の屋敷は、試験場から15分ほど馬車に乗ったところにあった。普段は歩いてくるらしい。
マルデ侯爵家は歴史があるので、屋敷も大きく古めかしいものだ。管理するのが大変そう。エーデリンデと馬車を降りた僕を迎えてくれた使用人の皆さんの顔が明るい。妙ににこにこだ。ん?
「新しい事務官殿?そうですか!」
「独身寮にお入りで?屋敷から通われればいいのに!」
「ゆっくり休んでくださいね。いやあ、良かった!」
ティールームでお茶を頂いていたら、彼女のおじいさまが挨拶に来てくれた。
中庭が見渡せ、明るく陽が入る。杖をついて入ってきたその人は、白髪を綺麗になでつけている。
「先日はお世話になりました。前当主のランドルフでございます。」
深々と礼をされてしまったので、
立ち上がって、右手を差し出す。
「こちらこそ。お世話になっております。今はこちらの公社の従業員見習のエリックです。普通にお話しください。」
「それにしても、いいお仕事をされていたのに、なにか?」
まあ、そう思うよね。
軽く握手したあと、お互いにソファーに座る。女中がお茶を出して下がったタイミングで話し出す。
「ええ。人間関係に疲れたのもあります。こちらの広々とした景色を見ていると、癒されますよね。」
「気に入ってくれたならいいんだが。何もないだろう?都会の人間は退屈しないか?」
「いえ。やることがたくさんありそうで、ワクワクしています。今はまだ試用期間ですがね。」
「そう言ってくれるとありがたいな。あいつは何でもかんでも一人でやろうとしているから、いい片腕と呼ばれる人材がいればと思っていたんだ。長くいてくれると嬉しいな。」
そう言って、紅茶を飲んだ。
「そうですね。僕としては永久就職を目指しています。」
おじいさまが、ぼほっと紅茶にむせる。
ハンカチを差し出して、背中をさする。大丈夫ですか?
「いや、あなたもご存じの通り、あの子は一度結婚に失敗しておりまして…。」
「はい。存じ上げております。そんなことでもなければ、僕が彼女と知り合う機会もなかったと思います。前の旦那さんのおかげ、とは言いたくはないですが、運命ですかね?」
「う、運命、とまで?」
「僕も貴族の端くれですが、あ、次男坊なので。早々に文官になりまして。兄がもう跡を継いでおりますし。」
「・・・・・」
「社交にもしかたなく出ていた時期もありましたが、縁がなく、仕事に追われているうちにこんな年になってしまいまして。」
「いや、君なら引く手あまただろう?」
「うーん…この人だ!と思ったのはエーデリンデさんだった、というところです。前回のことがあるからこそ、彼女に僕のことをよく知ってもらって、僕の身分など関係ないくらい、好きになってほしいと思っております。」
「身分は申し分ないがなあ。好き…あいつは、鈍いぞ?」
「頑張ります。」
「うむむ。」
「おじいさまにも認めて頂けるように、頑張りますよ?」
「いや…しかし、あなただったら、こんな回りくどいことをしなくても、書類一枚で婿入りも可能でしょうに?」
「そんなことをしたら、前の旦那と同じみたいで嫌なんですよ。」
思わず微笑むと、おじいさまの頬がぽっと赤らむ。
「では、早速ですが、おじいさまの仕事を手伝いますよ?」
効率のいい仕事は、整理整頓からだと僕は思っている。
おじいさまの執務室も年配の事務官と一緒に片づける。執務用の机をピカピカに磨き上げた頃、夕食に呼ばれた。
上着を羽織って、おじいさまと長い廊下を話しながら歩く。公爵夫人の話で盛り上がる。やはり幼い頃からある意味真っすぐな人だったらしい。
夕食の席は、おじいさまの隣の席に案内される。向かいにエーデリンデ。その隣に小さい妹たち。次女は幸いなことに、婚約者の家で過ごしているらしい。春には挙式だそうだ。
目を真ん丸にして僕のことを見ていた小さい妹たちは、二人で頭をくっつけて何やら話している。くすくす笑いが聞こえる。歓迎されているようだね。
食後におじいさまにお酒を誘われて、席を移動していると、小さいレディ達がやって来て耳うちする。
「お兄様、来てくださったのね?」
「ずっといて下さるんでしょう?」
「明日は私たち、屋敷をご案内しますからね?」
「とっておきのお菓子も出しますからね?」
交互に耳元で話すので、身もだえするほどくすぐったい。
「それでは、また明日!」
エーデリンデと侍女に呼ばれて、戻って行った。可愛いな。
次の日の午前中は小さいレディ達の歓迎を受け、午後はエーデリンデが領地の見回りに行くというので付いていくことにする。
「エリックさんは馬は乗れますか?」
「ええ。問題ありません。」
馬に乗り、広大な農地を横切り、いくつかの集落を見て回る。
領民たちは、領主の運営する公社で働いている者もいれば、自分の畑を耕している者もいる。どこに行ってもエーデリンデは歓迎されているようだ。途中で野菜や果物を貰ったりした。僕のことを新しい夫だと思い込む人もいて、
「お似合いです!」
と、褒められる。悪い気はしない。
「違うのよ。新しく事務官に来てくれた方で、エリックさんよ。私の夫だなんて言ったら失礼よ?」
そんなこともないんだけど。
年末を迎えるにあたって、薪は充分にあるのか、生活に困っている人はいないか、何か問題は起きていないか聞いて回った。
町にも行った。領内で、まともな買い物ができるのはここだけなの、と、恥ずかしそうにエーデリンデが言ったが、なかなか充実している。必要なものは賄えるだろう。教会、郵便局、貴金属店や洋服屋、食品店、八百屋、雑貨屋、食堂、宿屋、町はずれには大きな市が立っていた。
馬を繋いで、二人で町を歩く。
「年末で人が多いのよ。王都に働きに行っている人たちが帰ってきているし。」
なるほどね。なかなかにぎやかだ。出店や屋台も出ている。
エーデリンデを見かけた店主が、串焼きの肉を勧めてくる。2本買って、通りのはずれのベンチで食べる。
「すみません、ごちそうになってしまって。」
「いえ。温かいうちに食べましょう。」
焼肉から上がる湯気が見える。
嬉しそうに肉をほおばるエーデリンデも可愛い。
こんなふうに、午前中は小さなレディ達と。午後はエーデリンデと領地の見回り。夜はおじいさまの秘書をして、休暇が終わった。充実した休暇だった。




