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第13話 よろしくお願いいたします。

着替えをカバンに詰め込んで、乗合馬車を乗り継いで東に向かう。

雪はほとんど降らないと聞いていたが、コートは持ってきた。

2日ほどかかるが、途中から小麦畑だ。この時期はまだ丈も短く青々している。

それにしても広いなあ…


3日目の昼過ぎに面接会場の農業試験場の管理棟にある事務所に着く。


「ああ、今日面接のエリックさんですね?副場長のハンスです。」

「はい。よろしくお願いいたします。」

「・・・あの、どこかでお会いしましたか?」


取り敢えず、にっこり笑っておく。

不思議そうな顔をしたハンスさんに案内されて、場長のいる事務所に入る。


「ああ、ハンス?12月の麦踏の行程表なんだけどね?ここんとこ、あ?」

「場長、今日、事務職で面接の方がお見えです。」

「ああ、今日だったわね。」


そう言って席から立ち上がった女性は、相変わらず質素な恰好だった。

スラックスに腰まで隠れる上着。ブラウスに黒のリボン。


「場長のエーデリンデです。お座りください。」

「はい。失礼します。」


ガサガサと積み上げた書類の中から、僕の経歴書を探し出したようだ。


「えーと、エリックさん、27歳。王城の文官をなさっていた。」

「はい。」

「そのような方が、どうしてこんなところに?」

「はい。とても興味があったものですから。長年、環境が変わらないと、単調になってきますから。ここで事務職を募集していると聞きましたので、心機一転、頑張ろうかと。」

「まあ!興味がおありで?」

「はい。とても興味深いですね。」


話をしながら、エーデリンデが紅茶を出してくれた。本当に、何から何まで一人でやっているんだな。そっと置かれたカップ。仕草も綺麗だ。


「では、とりあえず明日からでも仕事をして頂いても?お給料は先に提示した金額でよろしいんですか?」

「はい。」

「お休みは週に1日。宿舎は独身寮がありますので。寮に隣接して休憩室と食堂がありますので、そこで3食食べられます。」

「はい。」

「事務職での採用は初めてなので、制服は無いんですが…必要ならのちほど準備します。」

「はい。」

「試用期間は3か月でよろしいですか?そののち本採用になればまた条件を決めなおしましょう。」

「はい。お願いいたします。」

「あなたの机は…すみません、こちらなんですが、書類が片付ききらなくて。見られて困る書類はありませんので、明日から片づけて頂いてもいいでしょうか?」


申し訳なさそうに、エーデリンデがちらりと見た机には、空いたところがないほど書類が積み上げられている。なるほどね。


立ち上がって、自分の使う机に向かうと、話しながら書類を分類し始めてみる。


「もっと、人に頼ってみてもよろしかったのでは?一人で出来ることには限界がありますからね。」

「ええ、本当にそうですね。両親が早くに流行病で亡くなって、祖父と一緒になんとか切り盛りしてきたんですが、もちろんその頃は祖父の事務官も何人かいましたし。一人、また一人と引退されてからもやってみたら、なんとか一人でやれたもので。つい。」


エーデリンデは自分のカップを握りしめるように暖を取っている。

この部屋、寒いよね?


「あの…人違いならすみませんが、あなたは検察官をされていらっしゃいましたか?」


「はい。思い出していただけました?」

「ああ、気が付くのが遅れて申し訳ございません。その節は…」

「いえ。僕はもうただのエリックですから。仕事の話も、話せないことが多いので、すみません。一つだけ、マーカスさんの事件の犯人は捕まりましたから。」

「そうですか。良かったです。」

「それで、あなたのその黒いリボンは?ひょっとして?」

「え?ああ、あの事情聴取があってから考えてたんですけどね。薄情ですみません。一日だけとはいえ、夫と呼ぶべき人が亡くなったというのに、正直、何の感慨もなくて。喪に服そうかな、と、思いまして。何の感慨もない方と、結婚までした自分への反省ですかね?」

「ふーーん」


そうじゃないかと思ったけど、その黒いリボン。ちょっと複雑な気分だね。


「では、今度はお相手をお互いよく知った上での、納得できる結婚をしましょうね。」


「え?ああ、そうですね。そんな機会があれば、ですが。妹が、私が独り身でいるのがそんなに負担になっていたとも考えずに…ダメな姉ですよね?しかも、失敗してしまって。」


「大丈夫ですよ。今度は。」


「まあ、ありがとうございます。」


「さて、自分の机は片付きました。次は何をしましょうか?」



副場長のハンスに農業試験場と農業法人の畑を案内してもらって、独身寮の部屋に案内される。

大して広くもないが、ベットと机、タンス、小さい暖炉。掃除も済んでいて、すぐに住めるようになっている。もう、夕暮れになってしまっていたが、カーテンを開けると、一面に広がる小麦畑。

夕食の時間に、聞いていた食堂に行ってみると、大男に声を掛けられた。

「エリックさんじゃねえか?ああ、新しい事務官が来るって言ってたなあ!ここに仕事に来たのか?うんうん。俺は良いと思うぞ。ここはいいとこだ。」

「はい。」

「こんで、場長も休み取れんべえ。うん。」

「がんばります。」

「ここの晩飯は俺の嫁さんが作ってんだ。うまいぞ、こっち来て座れ。」


素朴だが、美味い飯だった。仕事柄、大盛だ。


食後に、大男のエイクの社宅に呼ばれて、酒をご馳走になった。


帰り道、見上げると、まさに満天の星空。空が広い。


明日から、頑張ろう。そう思う。











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