39 重なる世界と告白
よろしくお願いします。少し長くなりました。
「あの役所での面接の時、私は君も理不尽な役柄なのだと気付いたんだ。でも、あの時は自分の仕事を全うしなくてはならなくて、そのための準備で君をフォローすることは無理だと判断した。でも少しでも時間を稼げれば、その後でなんとかできるかもと思ってああいうことに」
「ちょっ…え、君もって?」
「僕も転生者としての仕事をする時があるんだ。今回はこの多田に入っていて、数々の嫌がらせに対抗しているところ。前任者がギブアップしたせいでね、僕に回ってきたってわけ。ここに来て三ヶ月だから長い方だ。多田の不運のことは先週佐々木が言っていただろう」
驚いた。私が面接してもらったからそのイメージで転生先の『課長さん』がこの顔だったのだろうと思っていたけれど、本当に外も中も本人だった。
最初に会った時に本人なのではと考えたけれど、それならどうしてこの世界にいたのだろうと不思議だった。それがこの人も理不尽な脇役に入っている最中だったなんて。
そう言えば飲み会でそんな話をしていた。ここでの多田さんはこの課長さんが入るくらい理不尽な状況だったということ?それってどんな物語なのか。考えていると多田さんが先回りしたように言った。
「あー主人公のこととか聞かないでくれ、不運か〜とかどんな立ち位置か〜とかも。もう説明するのも嫌だから」
状況が気になるのと課長さんのムッとした顔、いつにない不機嫌そうな口調に、自分の怒りが少し弱まるのを感じた。
「は…あ、あの…」
「とにかく、あの役所の面接の時に僕は君に気付いた。この子も同じ世界観のシリーズの不幸な役割の子なんだって。全く、この調子じゃあ同じ世界線に不幸な奴がいっぱいいそうだ。ホントおかしいよこんなの」
私が静かになったせいか、課長さんがもう一つあった椅子にどっかり腰掛けて話し始めた。
「しかも殆どが途中で放り出されている。理不尽さも酷くて、本当に作者を恨みたくなるくらいだ…それでも僕の話は一応完結してるから、影響がない範囲で不運なこの多田の人生を改善している途中だった。幸いにも主人公に会うことはもうないから、本来ならあと少し、君たちの仕事が軌道に乗ったら僕の立場も持ち直すはずで、それでおしまいのつもりだった」
「おしまい…って?え?私達の仕事…って先週の会議のこと…ですか?」
「そう、頑張って話についてきてね。そういう訳で、本当は来週あたり撤退の予定だった。でも、僕は君をここに呼んでしまったから…もう少し残ってなんとかしようと思っている」
「残って…なんとか…」
「…君の方の話はさ、まだ途中もいいところなのに放置されているせいで進まなくて、このままだと君はずっとあの家に縛られることになる。
ヒロインを結婚させたところで完結させておけばよかったのに、主人公の配偶者を事故死させたものだからにっちもさっちもいかなくなったんだろう、作者は他の物語を始めてしまってね、君たちは宙ぶらりん。
でも同じ世界観のこの中での多田と佐々木の関係に、君が入ってきた。元の物語の中で仕事を探していた君がこっちで募集していた人員に合致したってことだ。
面接で僕が君に会って採用が決まってしまって、そこで僕が君に気付いて、ああ、こんなに不幸そうな子何かあるなって思って、調べた。
それでこのままいけば、君たちの物語では次は優秀な佐々木が君の妹の相手になるんだなと。
いくらシリーズって言ったって佐々木がそっちの世界に出張るなんて無理矢理感は否めないけど…本編に書かれていない生活はそれぞれにあって、その中でこんなことが起きた…作者のなかでは世界が繋がっているんだろうからこういうこともなくはないんだろう。でも、そんなこと許せなかった」
違う話だけど登場人物が被る…連作ならありそうな話だ。でも理不尽な状況の二人が会うことなんてあるんだろうか?
とにかく情報量が多くて混乱しているけれど、どうも本当に物語上でも佐々木さんとちなみはまだ出会っておらず、でも多分そうなるから課長さんはなんとかしようとしたということのようだ。何をどう言ったらいいのかわからず、話の中で唯一はっきりしている疑問を口にした。
「あの…どうして、私が死んでしまうと?」
「はっ、君、あの時の自分の状態わかってなかったの?顔色は悪いし、フラフラだったよ。大方妹の子どもの面倒から家事から全てやって、その上仕事も探してたんでしょ?
さっきわかったふうに恋愛に関してのこと言っていたけど、問題はそんなんじゃない、恋愛だけじゃなくて全部だよ、全部。君の生活の全て。
なのにここまできても気付いていないなんて…これだから転生して救済っていう仕事が必要なんだ」
最後のほうは独り言みたいだけど、怒りは滲み出ていてさっきよりも寒々しい。
「実際、君、出勤初日に道で倒れたんだからね。まあ、そのお陰であっちの仕事に呼ぶことができたんだけど。それだって僕は仕事しながらの調整だったから正直大変だった」
「あ…そうだったん…ですね」
「僕が勝手にしたことだからいいんだけど…そう、だからあの後病院に運ばれて回復して、また無理して、さっき君が話していたようにあのまま生活していたら、大変なことになっていたわけだよ。体調だけじゃなくて…ほら、そのこうなってから…佐々木を獲られていたら」
「…あ」
ここで佐々木さんのことを思い出してまた泣きそうになる。そうだった、多田さんのことや自分の状況は理解できたけど、佐々木さんとのことはこれからどうなるかわからないし、今の話だとやっぱり彼はちなみと出会って恋をするのだろう。
「ちょっとぉ、しっかりしてくださいよ!せっかく持ち直したのに」
「すみません…でも、私…やっぱり無理です、ここで頑張るの、できないと思います」
「ふーん…じゃあ、どうしますか?他の人に入ってもらう?」
「えっ、できるんですか?」
思わず顔を上げると課長さんが私を見つめていた。
「できますよ、僕だって前任者の後始末でここにいるんだし。本気で君がそうしたいならなんとかできなくはない」
「じゃあ…」
お願いしますと言おうとしたが遮られた。
「でもさ、この後、佐々木が君の妹さんと海外に行ったら、その先は君の恋愛と妹が絡むことはないと思うけど?」
「え?」
「僕はね、さっきも言ったけど、本当にあの時は君があのままだったら二人がくっついて海外行った後に死んじゃうって思った。君がこっちで死んじゃっても元の物語では主人公が幸せになる話にはそこまで関係ないからね。
姉が死んだなんて物語上ではちょっとしたスパイスでしかない。でもそうしたら君のことは救済できないから、それはどうしても嫌だった、というか癪だったって感じかな。
自分が多田に入っていたことでこの話があんまりだってことがよくわかっていたから、君が可哀想すぎると思ったんだ。
今考えれば感傷的で笑っちゃうけど、その時は自分も参ってて…ちょっと面談しただけの縁ではあったけれど…だからしばらく修行させたんだよ。同じところで二人の転生者なんて、本当はイレギュラーでそんなことダメだってわかっていたけど」
苦々しい顔で課長さんがルール違反の話をしている。意外と熱血な人なのか。そういえば前にロマンチストだなと感じたことがあったっけ…
「少しでも時間が稼げれば、多田のことを解決した後の僕の滞在を伸ばしてなんとかなるかなって思ったわけ。
その間、君には別なところに行ってもらって仕事をしてもらいながらこの世界での行動の癖も抜いてもらった…何でもそこそこできてもういいやって考えるところや大事な場面で妹に譲ってしまうところ、ね?」
思い当たる自分の性格と行動に苦い気持ちになる。
「その結果、今の君ならどうかな。だいぶ変わったよね、そう思わない?だからさ、全力出してみたら?全部わかってて挑んでそれでもダメなら単なる失恋で済むんじゃない?」
「いや、確かにそうかもしれませんけど…でも主人公補正とかで多分」
「うまくいかない?そうかもね。でもさ、君が佐々木を意識したのって、いつ?」
「…それは…」
「ここ2、3日でしょ」
「う…はい…」
「自分の状況に衝撃を受けたのはわかるけど、実のところ恋愛的にはそんなにダメージないんじゃないの?」
「…」
課長さんの言葉によく考えてみると、その通りだった。金曜日に映画に誘われてドキドキして昨日映画に行って告白されて、今日…実質3日だ。
「そう、でした」
「ここに来てまだそう時間が経ってないのに、恋愛小説だからなのか、随分とみんな簡単に恋に落ちるねぇ。さっきだって、転生してた時の君からは考えられないような狼狽えっぷりだったよ」
ものすごい皮肉を薄笑いで言われてムッときたが事実でもある。
「だって、これまでそんな風に言われたことなんてなかったし…嬉しかったんですよ。自分が頑張ってるのを見て、そこがいいって言ってもらえて、自分の価値があるって思えて」
「ふぅ…ん」
「何ですか、その顔」
「いや、君の価値については僕も随分と伝えてきたつもりだったんだけどと思って」
「え?」
「最初のドニの時から褒めてたよね。次のジーノの時だって慰めたし」
「それは…」
「困ったときには助けにも行った。薬も届けたし。僕だって多田の件で暇じゃなかったけど君が心配で無理をした。このままの姿で移動したし。君のために仕事上のルールも少しばかり破ったし。ここでだって君たちの話を聞きながら僕ができることは裏であれこれやってフォローしてた」
「あの?」
「だから!君が努力しているのを見て認める人は佐々木だけじゃないってこと。現に僕は…」
なんだろう、課長さんの顔が赤いような気がする。
「…」
「いや、だからね、今みたいに全力出して頑張っていればこの先他にもたくさんの人が君の傍で応援してくれるはずだから…」
「…」
「その…何も佐々木に執着しなくてもいいんじゃあないですかっていうか…」
「ええと?」
「…佐々木よりずっと前から僕は君の努力を見ていたし、頑張ってるねって伝えてきたじゃないか。なのにどうしてそんなに簡単に佐々木を好きになっちゃうかな」
「あの、もしかして…それって」
「…そうだよ、最初の面接の時に気付いて、異世界に送って、訳がわからないはずなのに一生懸命頑張ってる君を見て…」
「…課長?」
「ああっ、もう!だから、頑張ってる君を見て、心配で、世話をしているうちにいいなって思うようになってた。この世界にいて恋愛馬鹿に染まってるだけかもしれないけどっ」
課長さんは本当に悔しそうな、恥ずかしそうな顔をして、プイッと横を向くと、
「それから、課長っていうのはやめてって言いましたよね」
とモゴモゴ言った。
もう口調がめちゃくちゃですよ?どれが本当の課長さんなんだろうか。
「…それは職場以外のところではって話じゃありませんでしたか?」
「とにかく、課長呼びはやめて多田で呼んでほしい。いつまでこの仕事に就いているかなんてわからないし。それから…」
「はい」
多田さんは私をじっと見ている。まだ何かすごい告白があるのだろうか。
「…もう、大丈夫?落ち着いた?」
何を言われるのかと思ったら普通に心配された。なんだかちょっと前から拍子抜けしてた感じだったけど、さらに力が抜けたのが自覚できた。
「あ…はい、そうですね。ええっと…さっきはすみません…コントロールできなくて」
「いや、当然だよ。荒療治すぎた、すまない」
多田さんはホッとした表情で、でも辛そうで。
「いいえ、最初から説明されていたらきっと仕事で全力なんて出せなかったですし」
「うん」
驚いたことで『転生して仕事をしている最中だ』と自覚もできた。が、
「鼻を噛まれたのは正直どうかと思ってますけど」
「ああ、うん、それはごめん…」
「状況から把握して、自分がすべきことを考えて、転生先の人物の生活を改善させることができた、と思います」
「うん」
「もし、佐々木さんがちなみと恋人同士になっても…大丈夫な気がします。や、もちろん辛いですけど、なんか、それって自分が幸せになれないことについての辛さで、佐々木さんに失恋するからかって言われるとなんか違うかなって…」
そこで多田さんが先程の表情をガラリと変え、片眉をあげてしれっと聞いてきた。
「あのさ、君たち、付き合ってるの?」
「え?」
「佐々木に付き合ってほしいとか告白とかそういうこと言われたのかって聞いてる」
「い、いえ、いや、あの、好きだ、とは言われましたけど」
「…」
「あと、海外に行く時には一緒にって…」
課長さんの、いや多田さんの目が怖い。おかしい、どうして私がこんな後ろ暗い気持ちにならなければいけないのだろうか。
「あの…」
「で…返事はしたの?」
「え?いいえ、特には」
「はっ、じゃあ佐々木と君の妹が付き合うのも問題ないじゃないか」
「え?どういうことですか?」
「返事をしていないならまだ付き合ってないということでしょ。明日佐々木に『ごめんなさい、気持ちには応えられません、海外には一緒に行けません』って断ればいい。そうすれば失恋するのは君じゃなくて佐々木だ」
「あ!確かに。え?でも」
「デートに誘われて、好きだって言われて嬉しくて舞い上がってただけなら、付き合ってやる必要もないだろう。そして君のこの後の恋愛の相手が佐々木でなきゃいけない理由もないね。そりゃあ佐々木はいいヤツで仕事もできる。そもそもそういう人物なんだし。ここのところの仕事で君があいつを好ましいと感じたことがあることも理解できる。でも、変更可能だろう?」
「いや、でも。あの…あの、何を言っているんですか?」
「君の良さは僕はずっと前から知っている。転生先でものすごく頑張ってたことも、ここでの不幸のバイアスが抜けた時の君の性格が案外タフで根性があることも」
「あ、ありがとうございます?」
「でもね、佐々木より多田のほうが仕事ができる。あれだけあいつが僕を尊敬してるんだからわかるよね。それで、できるゆえの理不尽な状況も今回のことでおそらく改善される。それを成し遂げたのはこの僕で、うん、だから僕はできる多田よりもさらに仕事ができるってことだよね」
「ええと…なんの話でしょうか?」
「そんなできる僕が認めているんだから、君はすごい人だよ」
「あ…え…そうかな?」
そんな論法あるかと思ったが、励ますためか、随分と熱弁を奮ってくれる多田さんはいつもより子どもっぽく見えて、ちょっと可愛いな、ありがたいなと思って見ていたら、多田さんはムッとしたように黙った後、大きく息を吸ってから言い放った。
「失礼なことを考えているみたいだけど、よく聞いて答えてもらうよ。さっきはなんだか流されたからね、もう一度言う。僕はそんな頑張っている君が好きだ。本気ですごい人だって思ってる。これまでのこと、転生した時のことがあって言ってるんだ。ねえ、僕と付き合ってほしい。恋愛の対象は僕だっていいはずだ」
ああ、さっきの話、当然だけど終わっていなかった。仕方がない、答えるしかない。
「あ…すみません…課、多田さんをそんな風に思ったことがないので、すぐの返事は…」
「っなんだよ…押しに弱いはずのくせに、これにこんだけ冷静に返事できるのか…なのになんで佐々木にはっ…」
ガバっと顔を両手で覆って俯く多田さんに
「すみません…」
と言えば、
「…これから意識してくれればいい」
と顔を覆ったままで呟く多田さん。
「この先、ここに滞在する許可をもぎ取るから。いや、良い返事をもらえるまでずっといる」
「っそんなの」
すると多田さんはパッと顔をあげてニヤっと笑って言った。
「ずるくて結構。あまり時間がないからね」
「え?どういう意味ですか?」
お読みくださりありがとうございました。次回で完結です。




