31 心置きなく
どうぞよろしくお願いいたします。
夜、エラとフィンが本当にいなくなった家はちょっと寂しかったが、私とお父様とお母様、そしてミヒャエルの4人でゆっくりとお茶を飲み、話す時間は楽しかった。
「レナーテ、ドレス作りお疲れ様、素晴らしかったわ!ありがとう」
「本当に、素晴らしかったよ。それに、お前のドレスもな。随分とご令嬢方に囲まれていたそうじゃないか」
「ありがとうございます…ええ、そうですね、褒められて嬉しかったです。私のドレスも、皆様から作って欲しいとお願いされて」
「これまでは私にお願いがきていたけれど。レナーテに直接お願いするお嬢さんたちが増えればお友達も増えそうで嬉しいわ」
お母様を通じてのお願いは、結果的に継子に無理やり服を作らせているという噂に繋がっていたのかもしれない。
今回は私がお願いされて受けたものだし、ミヒャエルが心配していたこともあってそんな話にはならないだろう。作る時には私と令嬢がサイズや色、柄のことでやり取りをするから、レナーテの人柄についても伝わる。
今日のパーティでご令嬢方と話している時、褒められて自分たちにも作って欲しいと請われている時、レナーテの高揚感が私にも伝わってきた。これまではただ裁縫に打ち込んできたレナーテだけれど、きっとこれからは「相手」の気持ちに目を向けられるだろう。そしてそのことでレナーテ自身も幸せを感じるようになると思う。
主人公として「役割」を果たすことから自分の人生を楽しむことができる人間として生きていってほしいと思う。
「はい。今日はお姉様方のお友達にお会いできて本当に良かったです。これからはもう少し社交もがんばってみます…あの、これまで、自分のことしか見えていなくて…ごめんなさい。シュライバー家の者として、お父様やお母様に迷惑をかけないようにしていきます」
両親はティーカップを持ったままでポカンとしている。
それはそうだろう、ついこの間まで世間体など知らぬ顔の、自分をちっとも顧みない困った娘だったのだ。しかも実子ではない。私はこれまで以上に感謝の気持ちを感じた。
「…なので、ええと…これからもどうぞよろしくお願いします」
照れくささを感じながらも正直にそう言った私は、その後涙を流す両親に抱きしめられた。ミヒャエルは私達を微笑みながら見つめていた。
自分の部屋で、ミニテーブルセットにグラスを置き、こっそりとくすねてきたワインのボトル2本を両手に考えていたら、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「こんばんは」
予想していた通り、課長さんだった。
「えーと、そんな酒瓶を手にしたまま招き入れるなんて、相手がミヒャエルかもとは思わなかったの?」
「うーん、彼はそんなに即日で動くほど焦っているようには見えないので」
「なるほど、よく見ているね。で、どうするつもりですか?それを飲んで戻る?もう達成した感がありますか?」
課長さんが聞いてくるのも当然だろう。
この後レナーテが本当にご令嬢方とうまくやっていけるかわからないし、ブラウ家の息子となんて会ってもいない。その人と出会ったら、ミヒャエルとレナーテの関係はどうなるのだろうか。そして今は正直、レナーテを想うミヒャエルの気持ちは嬉しく感じられる。
「…このまま残って、ミヒャエルと結婚してこの世界に定着する、そんな未来もありますよ?」
黙ったままの私に課長さんが言った。
そう、その選択は自分も考えた。初めての女性の体であんな素敵な男性にプロポーズされて、嫌な感情や身体的な反応は生まれなかった。
でも、それが正解なのか?より良い、またはマシ(何と比べて?)選択なのか?それは、レナーテにとって、私にとって?
「課長さんも飲みませんか?」
「え?それは戻るということですか?」
「…本当に達成感がなければ、ただ飲んで酔うだけでは戻れないと言っていましたよね?なので、これが達成感なのかどうなのか、飲んで確かめてみようと思います」
「…はぁ…君って…」
呆れた顔で向かいの椅子に座った課長さんは
「だからグラスが2つですか。いいでしょう、付き合いますよ」
と私からワインのボトルを受け取ると栓を抜いた。
「で、何が心残りですか?」
無言でグラスの半分ほどの量を飲んだところで質問タイムとなったようだ。まあ長い時間ここに課長さんがいて、万が一ミヒャエルが来たりしたら大変だしね。こちらもさっさと答えよう。
「ええと、まずはレナーテがこれから社交に取り組めるだろうか、ということです。今日の感じだと大丈夫かなと思うのですが、もしできなかった場合、全部が元の木阿弥というか…なのでそこが心配です」
「そう?もしレナーテがまた引きこもったら、ということ?」
「そうです。でも…そうですね、今日の感じだとレナーテが引きこもってもあのご令嬢方なら、この家まで来て注文してくれるかもしれません。そうなれば心配はないか、な…」
「では次の心残りは?」
私が空けたグラスに課長さんがワインを注ぐ。
「えーと…ブラウ家の息子さんと会っていないので、会った時に何が起きるのかなとは思います。今は正直…あの…」
「ミヒャエルが気に入ったから、ブラウと会うのが怖い、とか?」
顔が熱くなる。そう、私はミヒャエルのことを好ましい人物だと感じている。
だけど、ブラウの息子と会ってレナーテがミヒャエルよりもその人を好きになったら?引きこもりで変わっている彼女のことを大事にしていたミヒャエル。なんとかレナーテを幸せにしようと動いていたミヒャエル。
ブラウ家の息子にレナーテが惹かれたらミヒャエルは…そこまで考えて気付いた。
私はグラスの中のワインをいっきに半分ほど飲んだ。
「だ、大丈夫ですか?そんなに」
「大丈夫です」
ぎょっとした課長さんを他所に残りもゴクゴクと飲む。
「ちょっ…」
「ミヒャエルが振られたら可哀想だなって思っているんです、私。こんなにヘンテコなレナーテをずっと見てきたミヒャエルが、見守ってなんとかしようと頑張ってきたミヒャエルが振られたら、可哀想だなって」
「…ああ、そういう」
「はい、ミヒャエルは今の私が入ったレナーテだけでなく、これまでずっとレナーテが好きだった。そんな彼がどうなるんだろうって。そう、私が心配していたのは、ブラウに会った時の私の気持ちではなくミヒャエルの行く末でした。でも、それって、私が決めることではないですね。それはレナーテ自身が決めることです」
「…続けてくれる?」
ワインが注がれる。私はグラスに口をつける。
「レナーテはもう自分で生きていくための選択ができるでしょう。もしそれでミヒャエルが振られても、断罪はされないでしょう。一番心配だったことは起きない。恋愛関係がレナーテやミヒャエルにとって辛いものになったとしても、それは彼らの選択です。だから、私が心配することではないんだなと、今、わかりました」
「…君はミヒャエルが好きなのではありませんか?」
「うーん、そうですね。好みかどうかを聞かれたら好みです。いつでも輝く笑顔で私を守ろうと行動してくれているのですから、もちろん嫌いにはなれないですけど…でもそれは私がレナーテだからで、『相田ゆかり』を好きなわけではないですからね」
それでも少し胸が痛んで、またゴクゴクと飲んでしまう。すかさず注がれるワインに苦笑してしまった。
「そんな、椀子蕎麦みたいに注がなくても」
「…今の話からすると、君はこの仕事をしている限り『相田ゆかり』ではないのだからどこかに定着することはないということにならないだろうか?」
「えー、そんなことありませんよ。今回は私が入る前からのレナーテを愛していたミヒャエルですけど、どこかに『私が入ってからの人物』を好きになってくれる人がいるかもしれないじゃないですか。そうなれば私だって、その人と一緒にいようって思えるかもしれません」
「ああ、そうか…」
「まあ、一番の心配は、この物語の作者が思い出して続きを書いた時に、また元のレナーテになってしまうことなんですけど、今こうして課長さんと話していたら、なんとなく、このままレナーテが頑張ってくれたら、作者が書こうとしてもみんなが抵抗してくれそうだなと思えるようになってきました。なんて、都合がいいですけど」
「君は強いんだな」
「そんなふうに思ったことはありませんけど、まあ、できることをしていくしかないかなとは…あ、でもそうか、そんなこと言っても、私ってこんなことになっている時点で…」
自分が転生したことを思い出して苦笑いしながらグラスを空ける。
「…こうしていろんな人の人生を共に生きていると、自分ももっと周りを見て一生懸命できたことがあったかもしれない、とは思いますね。なんとなくできることをして生活していたけれど、もっとガムシャラになれることを見つける努力をしても良かったのかも…なんて、今更ですけどね」
さらに注がれたグラスを見つめ、深呼吸をした私は課長さんに
「私、この世界とはこれでお別れできると思います」
と告げて目を瞑ってワインを飲み干した。
お読みくださりありがとうございました。
少しずつ話が動きます。




