30 頑張りました
よろしくお願いいたします。
「おはようございます、お嬢様」
「…おはよう、ミリー」
この会話も2回目なのでそうは慌てない。仕事に慣れてきた感じがして嬉しいような、嬉しくないような…。
とにかくだ、あの後もエラとフィンが一緒に過ごそうと別荘や避暑地に誘っても行かなかったことや一人だけ見すぼらしい服で人前に出てしまったことなど、もう考えたくもないような記憶が次々と夢で戻り、いつもとは違う意味でも頭痛がする朝を迎えた。
「今日のドレスはいかがなさいますか」
「昨日のように、ミリーが良さそうなものを選んでくれる?」
「もちろんですっ!昨日は体調が優れませんでしたから、今日もあまり締め付けが強くないものにいたしましょう。お出かけの予定もありませんし…エンパイヤワンピースなんてどうかしら…」
嬉々として私を磨くミリーを見ながら『ドレスが仕上がったら、とにかく私に婚約を申し込んだ商家の息子に断罪劇をおこさせないように、私が幸せなことをわかってもらわなくてはならないわね』と決心した。
その後は一週間後の土曜日に控えたエラたち結婚式の準備で休みだというのに家の中は大忙しだった。
でもドレスも完成したし、ミリーに可愛らしくしてもらうことにも慣れ、食事時の家族との会話も自然になってきたところで、ある作戦を思い立って自分用のドレスも作ってみようという気になった私は在宅だったミヒャエルにお願いしてみることにした。
「あの、お兄様」
「…」
「…ミヒャエルお兄様」
「なんだい?」
倒れた日以来、名前でないと返事をしてくれないミヒャエルはその端正な顔で微笑んだ。眩しい…。
「私、街でドレス用の生地を見たいのだけれど、一緒に行っていただけませんか?」
ミヒャエルは想像通り輝く笑顔で承知してくれた。しかもこれからすぐに出かけようとまで言ってくれた。
「え、でもお忙しいのでは?」
「レナーテが僕に頼み事をするなんてこと今までなかったのに、この機会をのがすわけないよね?」
「…(僕って言ったわ、この人。これまで私だったよね…)ありがとうございます」
ミリーに出かけることを伝えると、まあまあと驚きつつも嬉しそうに大急ぎで着替えさせてくれた。先程の緩やかなワンピースからちょっとファンシーなワンピース姿になった私が扉を開けるとミヒャエルは部屋の外で待っていた。
「お、お待たせしました?」
「いいや、僕が待ちきれなくてここにいただけだから。ああ、その服もいいね、似合っている」
「ミリーが…」
「ミリーもようやくレナーテの世話ができるようになって喜んでいるだろうな。これまでは君がなんでも一人でしてしまうどころか自分に構わないせいで仕事がなかったからね」
「…はぃ」
ニコニコしているミヒャエルに弱々しく返事をしながら、下手をしたらミリーもレナーテの世話をきちんとしていなかったというので断罪される可能性があるのかもしれないと考えた。
やはりここは私が尊重されていることを世間に知らせる必要があるだろう。
自分をかばって命を落としたクラウスの娘を引き取ったはいいけれど扱いに困って虐待していたなんて悪評がシュライバー家に立っているかもしれないなんて、どう考えても許されるものではない。
こんな状況を作った才能あふれる、でも周りの状況を全く見ていなかったレナーテに腹を立てつつ、私達は馬車に乗って街へと出かけた。
到着したのは王都の中心から少し離れた場所で、政治や経済の中心ではないがお店は様々あるといった感じだった。お茶が飲めるようなお店や金物などを扱っているお店もあったが、私たちは真っ先に布を扱うお店に向かった。
「わぁっ…素敵な布がたくさんある!」
色とりどりの布や糸、リボンやボタンなど様々な材料を見て胸が高鳴る。これはレナーテの心もはずんでいるということなのだろう。
これくらい家族に対しても心を動かしてくれていたら…と思ったが、これから私が努力すればいいのだと布を見るのに専念する。既に秋冬ものの品揃えに替わっているが、まだ今の季節に合ったものもある。私は自分の栗色の髪に似合う薄いクリーム色の生地を2種類、刺繍用の糸やリボンをたくさん選び、ミヒャエルに買ってもらった。
「この前倒れたばかりなのに、また何か無理して作るつもりかな?」
素敵なカフェでフルーツが添えられたおいしいクレープシュゼットとお茶を楽しんでいるとミヒャエルが眉をひそめて聞いてきた。
彼は最初は紅茶だけを頼んだのだが、私がお願いしたのでチェリーが入ったフランが乗せられたお皿を前にしている。このスイーツ類を見るに、物語を作ったのはどこの国の人なのか…まあ多分日本の人だろうけど、なんにせよ、そちらも食べなくてはならないので少しペースアップしたほうがいいだろうか?
「うーん…無理はしないから」
「でも」
「お姉様たちの結婚式に着る服を作るつもりなの」
「え、自分のかい?」
「そう、私が自分で着るためのドレス」
「それは…とてもいいことだね。でも」
「大丈夫よ、本当に無理はしないから」
「…」
まだ心配そうなミヒャエルに、もぐもぐとクレープを頬張りながら説明する。
「お姉様がお茶会で見初められたのには私のドレスも一役買ったのでしょう?今回の結婚式ではお客様もたくさんいらっしゃるし、私のこともどなたか目に留めてくださるかもしれないから、いつもよりはきちんとしようと思っているの。
いつまでも裁縫に夢中な引きこもりの娘では家族にも迷惑がかかってしまうし…って、ミヒャエルお兄様?」
気がつくとミヒャエルは盛大に顔を顰めていた。
「あ…ごめんなさい、こんなに急いで食べるなんて、お行儀が悪かったわね…」
だって急がないとお腹がいっぱいになってしまってフランまで辿り着かないかもしれないと心配だったのだ。反省してフォークとナイフを置こうとしたら遮られた。
「いや、いいんだ。こちらも食べたいから急いでいたのだろう?お前はすぐにお腹がいっぱいになってしまうからな。途中でもクレープはしまいにしてこちらを食べるといい」
ミヒャエルは渋い顔はしながらも自分と私のお皿をそっと取り替えてくれた。
「ご、めんなさい」
食いしん坊に呆れられたと思ったが、そうではなかった。遠慮しながらフランを口に運んでいたら、
「レナーテ、お前がドレスを着てくれるのは嬉しいが、誰かに見初められたいという気持ちであるというのなら、僕は…いや俺は…」
(え、待って、一人称が『僕』から『俺』になりましたよ?)フランをすくったスプーンが一瞬宙でとまったが、動揺を隠してそっと口へ…
「お前は俺の気持ちを知っているだろう。レナーテ、俺ではダメなのか?」
「ゴホッ!」
私はむせた。
家に戻って荷物をほどくと、すぐに結婚式にふさわしいドレスの型紙を出し、布に置いていく。
上はスッキリと体に沿い、ウエストから下はAラインでスレンダーに。可愛らしさも感じられるようにスカート部分にはシフォンを重ねる。緑色で蔓草を刺繍しよう。時間があったら小花も散らして色を足そう。
頭の中ではドレスの完成が浮かんでいて、手も勝手に動いていく。なのに心臓はドキドキしていて先程のカフェでの出来事が思い出されてならない。
ミヒャエルはむせた私にお水を飲ませ、背中をさすってくれた。話そうとする私に無理をして話そうとするなと声をかけ、落ち着くまで黙って待ってくれた。
ようやく普通に息ができるようになった私にミヒャエルは眉をハの字にして言ったのだった。
「すまなかった。だが俺の気持ちは1年前に伝えたあの時から変わっていない。お前と一生を共にしたいと願っている。これまではお前に結婚や恋愛の意志が無いようだから黙っていたが、令嬢らしく結婚を視野に入れて社交に目を向けるというのならば俺も本気を出す。
今回ブラウ家からの縁談も、お前は興味がなさそうだったから放っておいたが、こうなれば話は別だ。俺はお前を幸せにしたいが、それは俺がお前を愛しているからだ。決して同情や家族愛ではない。覚悟してくれ」
私がまだ話せないのをよいことに、ミヒャエルは一気にきた。夢で見たプロポーズは本当だったようだ。物語では大きな商会であるブラウ家の息子と結婚することになっていたレナーテだが、今回私が転生してレナーテの行動が変わったことでミヒャエルにも可能性が生まれたということなのだろうか。
課長さんは完結しないまま長く放置された物語ならば、介入することで主人公の未来が変わる可能性があると言っていた。長くってどれくらいなんだろう。もし作者が思い直して再開したらどうなるの?その時はレナーテはまた他の人を不幸にしてしまうのだろうか?
「もし私がミヒャエルを選んだとして…」
物語が再開したら、やっぱり何かしらの理由でミヒャエルは断罪されてしまうかもしれない。無理やりレナーテを妻にした、なんてことになったら…その可能性に私は身震いした。
「そんなこと、絶対に許せない」
ミヒャエルはずっとレナーテ、私に、親切にしてくれた。だからそんな痛ましい結果にさせるわけにはいかない。結婚云々は後で考えることにして、なんとかここで私が幸せであることを知らしめなくてはと決心し、ドレスづくりに取り掛かった。
結婚式当日は素晴らしい晴天で、エラもフィンも幸せいっぱいの笑顔を見せてくれた。教会で二組の美しい夫婦が誕生し、その後のガーデンパーティでは参列者はその姿にどれだけ感動したかを語り合っていた。
特に新婦二人のウェディングドレスは絶賛された。このレナーテが全身全霊で作り上げたのだから当然だが、やはり嬉しそうな兄姉、その配偶者の姿にホッとした。もちろんそれだけではない。
「レナーテ様のドレスも素晴らしいですね!」
「本当、このシフォンのおかげでドレスの雰囲気がとても柔らかくなるのね」
「刺繍が可愛らしいわ〜」
いつもはみすぼらしい服装と輪から離れてぼんやりと過ごしていたことで遠巻きにされていた私は、今日は兄姉の友人たち、主に女性に囲まれて穴のあくほどドレスを見つめられていた。私はここぞとばかりに作戦を開始する。
「このシフォンのオーバー部分なんですけど、リボンでつけているので外すことができるんです。ほら」
「キャー!なんてこと!まさか!」
「ええ、こうすれば他のドレスやスカートの上に巻いて元の印象を変えることができます」
ウエストで結んでいた大きめのリボンを解き、一人の令嬢のドレスの上から巻いて見せると、令嬢は頬を紅潮させ「なんて素敵なの…」と絶句した。
彼女のドレスは桃色で、クリーム色のシフォンを重ねることでアプリコットのような色合いが生まれた。色とりどりの小花の刺繍が効いてまるで別なドレスのように見える。
「レナーテ様、こ、このシフォンの部分だけ作っていただくことはできませんの?」
「できますよ、これはクリーム色ですけれど、お持ちのドレスの色に合わせてお作りします」
「まっ、ちょっと、私だってお願いしたいと思っていたのに!」
「そんな、それなら私も!」
我も我もとグイグイくるお姉様方にタジタジとなっていると頭上から声が降ってくる。
「おやおや、お嬢様方、盛り上がっているね」
「ミヒャエル様!」
「あの、レナーテ様のドレスのアイディアが素晴らしくて、私達…」
「ああ、いいんだよ。レナーテの腕前を認めてくれてありがとう。レナーテ、ご令嬢方のお願いをきいてあげるかどうかは任せるけれど、決して無理はしちゃダメだよ?」
「ええ、ミヒャエルお兄様。いつも私を気遣ってくださってありがとうございます」
ここでお姉様方はおやという顔をする。いつも一人だけ家族の輪に入らずにいた私を気遣うミヒャエルの態度と「いつも私を気遣ってくださって」という私の返事に、巷で広がっているシュライバー家でレナーテが大事にされていないという噂と違うと感じたのだろう。
「…ミヒャエル様はレナーテ様の腕前をかっていらっしゃるのですね」
オーバースカートを巻いたままの令嬢がおずおずと尋ねると、ミヒャエルは一瞬キョトンとした顔をしたが、
「ええ、もちろんですとも。自慢の妹です。エラたちのウェディングドレスだって、ほら、見事なものでしょう。まあ途中で頑張りすぎて体調を崩した時には家族みんなで心配しましたが…」
「お、お兄様、あれは…私がどうしてもお姉様達に最高のドレスを着ていただきたくて…少しばかり無理を…」
「わかっているさ、いつもお前はそうだ。でも私達にとってはドレスよりもお前の体のほうが大切なんだ。いや、ドレスだけではない、何よりも、なんだ。忘れないでおくれよ?」
「はい…」
大変甘い雰囲気だがご令嬢方は美しい「家族愛」だとため息をつきながら私達を見つめているのがわかった。
ミヒャエルの洗練された物腰に騙されているのではないかとも思うが、この人は本当に親切で美しくて優秀なので仕方がない。そしてこの会話でシュライバー家がレナーテを大切にしていることはあっという間に社交界で広がるだろう。断罪が少しでも遠ざかるようにと願っている私にとって、またとない機会だった。
「レナーテ!」
「エラお姉様!」
そこへやってきたのは輝く美しさのエラとフィンのカップル、本日の主役だ。
美しい花嫁二人は私の手をそれぞれ取ると、涙を浮かべて感謝の言葉を伝えてくれた。そしてなんと両側から私の頬にキスをしたのだ。その柔らかさたるや!
私は驚いて固まってしまったが、ご令嬢方が感動して拍手を送ってくれたので、ドギマギしながら礼をした。ミヒャエルもお父様もお母様も、微笑んでいた。そこにいたみんなが幸せな気持ちになったように感じられた。
お読みくださりありがとうございました。




