29 いい人たち
どうぞよろしくお願いします。
その後のドレス作りは順調で、2日で残りと予備の花飾りもでき、街のアトリエに頼んでいた仮縫いのドレスも数日中には家に運ばれてくることになった。
この後はしゃかりきになって取り組まなくても大丈夫だろう、と思ったら疲れが出たのか、その日の夕食はあまり食べることができず、食事の後、テーブルから立つことができなくなってしまった。家族はみな心配して、やはり無理をさせすぎたのかとエラは涙まで浮かべて謝ってきた。
「エラ、エラ、泣かないで。私が勝手に頑張ってしまっただけなの。私どうしてもエラお姉様に素敵なドレスを着てほしくて。だって私、お姉様のことが大好きだから」
「レナーテ…」
私の言葉にエラはワンワン泣いてしまった。家族だけでなくブリッツやミリーまでもらい泣きをしていた。ごめん…。
力が入らない私はミヒャエルに抱きかかえられて部屋まで運ばれた。ミヒャエルは口を引き結んで本当に心配しているようだった。こんなに心配をかけてしまって申し訳ないのと、家族が無理をさせたせいで私が倒れたなどという噂が立ったらどうしようという考えで私はミヒャエルに声をかけることができなかった。
部屋に入ると寝台にそっと置かれた。ミヒャエルは心配そうに私の様子を見ながらミリーに指示を出す。
「ではミリー、レナーテが休めるように頼むよ」
「はいミヒャエル様」
ミリーはテキパキと私が寝られるように身体を拭くお湯やタオル、寝間着の準備を始めた。なんだか小瓶もいろいろ持って来たがあれはなんだろうか。
「レナーテ、やっぱり無理をさせてしまったな…ごめんよ」
「いいえ、私が勝手に…」
「レナーテ…身体を大事にしてほしい。僕は、本当に君に…自分を大切にしてほしいんだ…」
そう言ってミヒャエルは突然肩にかかっていた私の髪を一房手に取るとそれに口づけた。
「うぃえっ?お兄様?」
「…レナーテ、今日はゆっくり休むんだよ?」
「…は、はい…?」
急な出来事にそう返事をするしかできなかった私に微笑みかけるとミヒャエルは部屋を出て行った。『今の…何?』と呆然とする私の心情には気付かないのか、ミリーはいたって普通の顔で
「さ、レナーテ様、お着替えですよ」
と温かいタオルであちこち拭いてくれた。
小瓶の中身はどうやらエッセンシャルオイルのようなものだったようで、ミリーはいくつかの香りを確かめさせてくれた。私が気に入った一つをお湯に混ぜてくれて、それはとてもいい香りがした。
「ありがとう、ミリー。こんなに良くしてもらって」
「こちらこそ、レナーテ様がこうして私にお世話をさせてくれて私は嬉しいですよ」
「…そうなの?」
そう言えばドレスを着て髪を結ってもらった時もなんとなく目がキラキラしていたような気がする。
「ええ、これまでは私がドレスを選んでも、動きにくいとかフリルが多すぎるとかいろいろな理由でエラ様のお下がりからあれこれ外してしまったような質素なものばかりをお選びに。
本当はもっともっと可愛らしい、色だってレナーテ様に合ったものを着ていただきたかったのです。髪だってそうですよ。だから先日来こうしてお世話できるのがとても嬉しいのです」
「それは…申し訳なかったわね…」
使用人にまでそんな気を使わせていたことを知り、改めてレナーテの鈍感さに呆れる。これが物語の主人公で、そのために周りの人たちが断罪されるなんて、酷い話だ。
「レナーテ様の髪は本当に豊かで。今日はお疲れのようで無理ですけれど、明日きれいに洗って香油をつければきっと輝くような美しさでしょう」
「そうかしら。そんなに…いえ、そうね、ありがとう。楽しみにしているわ」
そんなにしてもらうのは申し訳ないと思ったけれど、そうだ、そういうところが問題だったと思い出し、明日のお世話を頼んだ。そして笑顔のミリーにブラッシングされている髪を見てふと気づいて疑問を口にした。
「ミリー、お父様もお母様も、お兄様方もみんな金髪なのに、私は栗色ね」
その途端、ミリーの動きが止まった。あれ、と思ったが、ブラッシングはすぐに再開された。
「そうですね、レナーテ様はクラウス様に似ていらっしゃいますから」
何事もない様子でそう答えたミリーは逆に不自然で、心の中では『誰?クラウスって誰?まだ登場してませんよね?まさか出生の秘密もちということ?』と疑問が渦巻いていたが聞くのもまずいような気がしたので
「…そう、ね」
と曖昧に返事をしてしまった。そのうち、
「さ、お支度ができましたよ、今日は頑張ってお休みになってください。夜中に起き出してお裁縫をするのは厳禁ですよ。みなさん心配なさいますからね」
さっぱりしてサラリとした寝間着を着せられた私はベッドに横になり、柔らかな布団を掛けられた。
「ありがとう、ミリー。お休みなさい」
「はい、レナーテ様、ゆっくりお休みください」
部屋から下がったミリーの先程の話を思い出し、考えたら眠れないのではないかと思ったが、流石に立てないくらいの体調だったので問題なく眠れたようだ。
*****
「これは、夢だわね」
鏡の中の私、レナーテはまだ幼く、10歳くらいだろうか、髪は肩につくくらいで緩やかにウェーブし先がクルリと丸まっている。緑色の目は丸く、小さな鼻が愛らしい。
「ふうん、よく見ると可愛らしいわ。家族が美しすぎて気付かなかっただけなのねぇ。そしてここは…」
現実の家よりもやや新しく明るく感じるのは昔の出来事だからだろうか。それでも眠りについた自分の部屋にかわりはない。可愛らしいカーテンや寝具は、今のものに替える前なのかやや子どもっぽい小花柄だ。クローゼットから洋服を選んでいると部屋の扉が開いて母親のリナが入ってきた。
「レナーテ、もう起きていたの?早起きね。エラたちにも見習ってほしいものだわ。着替えたらお庭にお散歩に行きましょう。薔薇がきれいよ」
「はい、奥様」
勝手に口から『奥様』という言葉が出て驚く。
「そんな、お母様って呼んでちょうだい」
「…お母様…」
「ええ、そうよ、お母様よ。私たちはここで暮らしていくの。仲良くしましょうね」
現在よりも若いリナが優しく微笑む。その笑顔で実の母親を思い出す。父親のクラウスが時折寂しそうに話していたこと、また祖母が苦々しく口にしていたこと。
母さまはもういない。私が小さい時に行方知れずになってしまった。
ぼんやりしていたせいか記憶の統合がおきているせいなのか、リナの横を歩いていた私の身体がグラリと揺れる。夢のはずなのに…転びそうになった私をリナが抱きとめる。
「大丈夫?早起きしすぎたのかしら、もう少し寝ていてもいいのよ?」
「いえ、大丈夫…です。ちょっと躓いてしまって」
「そう?じゃあゆっくり行きましょうか。お外は気持ちがいいわよ」
庭は薔薇が咲き誇り、その美しさに、陽の眩しさに、涙が滲む。
ああそうだ、騎士だった私の実の父親のクラウスは、文官であるエミール、ミヒャエルたちの父親が隣国へ視察に行った際、盗賊に襲われたのをかばって亡くなってしまった。
父親のクラウスと一緒に私を育ててくれた祖母は息子を失った悲しみで臥せり、そのまま回復することなく亡くなってしまった。こうして私は一人ぼっちになってしまって、このシュライバー家に引き取られる事になったのだ。
夢としてレナーテの中から世界を見ている私は考える。
『騎士の護衛の仕事で命を落としたからって、助けてもらった文官がその子どもを引き取ったりしないわよね。普通なら養護施設だったり孤児院的なところに引き取られるでしょうに。シュライバー家の人たちはお人好しね』
いや、そういう物語なのだからシュライバー家のせいではないか…何だかわからない話だなぁ、と思いながら庭の薔薇を見つめ続ける。記憶はゆっくりと自分のものになっていく。
「レナーテ、泣いているの?」
涙を滲ませる私を見てリナが心配そうにのぞき込む。夢のせいか私は自分で身体を動かすことはできない。するとリナは私をふんわりと優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫、これからは私達と一緒よ」
抱きしめられたレナーテは目を閉じた。
*****
そして次に目を開けると、抱きしめていたのは先程のリナではなかった。ふんわりドレスではない厚手の臙脂色の生地、しっかりした体つき。これって…
「レナーテ、お前も来年は16歳だ。そうなれば結婚もできる。お前はいつも自分に構わず人のためにばかり動いているが、私はお前にも幸せになってほしいんだ。だから、私との結婚を本気で考えてほしい」
この声はミヒャエルのものだ。そしてミヒャエルは15歳のレナーテに結婚を申し込んでいたということか。なんたる!それは、許されるのか?この世界では!
「あの…お兄様、その…」
「ミヒャエルと…」
いや、そんなの無理です。レナーテだって戸惑ってるよね。でもこれっていつから?一生懸命に記憶を探る。
11歳…刺繍を始めたところ才能があることがわかり、家族の衣服にいろいろ刺しまくった…
12歳…刺繍だけではなく、洋服そのものを作る、裁縫にも取り組むようになった。
13歳…家の中で着る服はほとんど作るようになって家事全般もするように…
14歳の誕生日には自分でケーキを焼いたのだったわ。当然大して美味しくもなかったけれど。それは料理人に任せなさいよ…
呆れた私は、『レナーテ、あなた、どれだけメイドっぽいの』と考える。そんなこの子にミヒャエルは…
記憶の中のミヒャエルはともすれば裁縫や家事に夢中になって他が疎かになるレナーテに食事を摂らせ、自分の服は作らないレナーテのドレスを注文し、嫌がるレナーテを街に連れ出して他の貴族に自分の大切な人であることをアピールしていた。
何この人、めっちゃ親切!なのにレナーテはそんな気遣いには全く気付かず家に引きこもり好きなことだけしていた。いや、それどころか嫌々連れ出されている雰囲気を醸し出していて、それはレナーテが嫌がらせをされていると誤解する向きもあったことだろう。
『酷いわねぇ…』
目の前のミヒャエルの真剣な顔を見ていると、転生してからの彼の親切な行いを思い出して感謝の念が湧く。
おそらくミヒャエルは本当に兄以上の気持ちでレナーテに接してきたのだろう。なのにこのままでは嫌がるレナーテを連れ回していた男というレッテルを貼られるのか。このぼんやりした娘のせいでこの家族が辛い目に遭うなんて、やっぱり割に合わないと思った。
お読みくださり、ありがとうございました。主人公って…。




