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異世界派遣物語  作者: 青木薫


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27/40

27 まさかの人物

よろしくお願いします。

 夕食が終わってからも私は花を作った。今後の予定を聞いたところもう少し頑張っておかないと何か不足の事態がおきた時に間に合わないと思ったのだ。


 とにかくマレーネさんのドレスの分は、と頑張ったおかげで深夜を過ぎてしまったが、一着分のお花はできあがったので、針や糸、裁縫道具を片付けて休むことにした。


 夕食の後に教えてもらっていた通り、階段を上がり、2階の廊下をそっと歩いて自室へ向かった。


 一番奥の部屋、多分日当たりもそこそこの不便な場所だろう、それでもあるだけマシだ。ミヒャエルは親切で私のことを思いやってくれているのがわかるし、両親も兄妹も普通で、ジーノの時のような悲惨さは今のところ感じられない。


 課長さんも少しは考えてくれているのかもしれないななんて思った。部屋に入るとそれなりに整えられた部屋でベッドはふかふかだし、作り付けのクローゼットとテーブル、椅子は材質が揃えられていて明るい色に塗られている。


 カーテンとベッドカバーも同じデイジーの刺繍が施されており、若い娘の部屋としては十分だ。首をひねりたくなったが、疲れていた私は考えるのは明日以降にして、ベッドに潜りこんだのだった。


 夜中、頭痛で目が覚めた私は横になっているのも辛くて身体を起こした。


 ベッドの上で枕を腰にあてて座り俯く。下を向きすぎると頭に血が集まって痛みが増すので丁度いい角度を探してようやく少し我慢ができる体勢を見つける。


 二日酔いがなくてもこの頭痛はおきるのかと恨めしく思うが仕方がない。浅く呼吸をしながらじっとしているとようやく動けるくらいになったので水でも飲もうかとそっとベッドを抜け出した。


 長い廊下をゆっくりと進んでいると、階段の近くの部屋から声が聞こえた。丁度いいくらいの扉の隙間なんて都合良すぎない?どういうことなのだろう?私に聞かせようということかしら?なんて訝しんでいる間にも部屋の中の人物たちは話し始めていた。


「ねぇ、あなた、なぜレナーテはあんなに自分に構わないのかしら。あの子だって十分可愛らしいし、性格だっていい、裁縫の腕はこの王都で一番と言っていいくらいよ。


 なのになぜあの子は他の人の役に立つことばかりしようとするのかしら。


 なぜあの子は自分を大事にしないの?どうして他のお嬢さん方のように自分を磨こうとしないの?なぜ奇妙なことにばかり興味をもってしまうの?今日だって夕食の時に『お米』とか『稲』とかわからないことを」


「リナ、落ち着きなさい。君がレナーテを大切にしていることはわかっている。兄妹だってみんなレナーテが好きだ。そりゃあ少しばかり便利に使っているところもあるが、いきすぎないようにミヒャエルがよく見ている。


 エラとフィンだってレナーテには甘えているが感謝もしている。この前出かけた時にはお土産だとレナーテが喜びそうなレースやボタン、リボンを買っていただろう?


 まあ、それもレナーテが裁縫に使いたがるだろうからで彼女自身を飾るためではないけれど、まあ喜ぶことにかわりはない。


 レナーテは…そうあれはなんて言うか…そういう『気質』なんだろうよ。夕食の時のあれは、聞いただろう、植物をモチーフにするために調べたって」


「でも、私はあの子にも幸せになってほしいのに…あれでは…あんなに献身的では…あんなに風変わりでは…どうしてあの子は私達の話を聞いてくれないのかしら。やっぱりあの子が…」


「そんなことを言うものではない!…大丈夫だよ、リナ。


 そうだ、ほら、ブラウ家の息子もレナーテに婚約の打診をしてきたじゃないか。さすがにこれまでとは違ってあれを無視する訳にはいかないさ。立派な商家だからね。受けるにしても断るにしても一度はきちんとした席を設ける必要がある。


 あの子だってそのためには少しはきれいな服を着るだろう。大丈夫、嫌だと言っても私が準備するさ。さあ、元気を出して」


「…ええ、ええ、そうね…レナーテにも縁談がきたのだったわね…そうよ、あの子のいいところを見てくれている人は私達以外にもいるのよね。それはそうよね、素晴らしい子だもの。


 でも、私、あの子に意地悪をしていると思われることもあって…どうしたらいいのか…本当に幸せになってほしいと思っているのに…」


「大丈夫だよ、リナ、さあベッドへ入るといい」


 扉の前からそっと離れて階段まで進み、一番上の段に腰掛けて今の話をよく考えてみる。


 レナーテ、この私が転生した娘は今聞いた両親の話からすると、思っていたよりもずっと家族から大切にされているようだ。私が転生するのは理不尽な扱いを受けている人物のはずなのにこれは一体どういうことだろうか。


 彼らの話では、周りは大切にしているのにこの娘はそれを無視して服や容姿に無頓着に過ごしているらしい。そのせいで母親のリナは娘に辛くあたっていると誤解を受けているとは。痛む頭で自分の転生は間違いなのではないか、と思い始めた時だった。


「頭痛はどう?」


「っ!!!」


「しーっ…」


「…か、課長さん?」


「驚かせたようだね、すまない。落ちなくて良かった」


「…どうしてここに?それに、こ、こんなこと、できたんですか?」


「うん、まあ説明はあとにして部屋に戻ろうか」


「は、はぁ…」


 しゃがみこんだ課長さんに後ろから声をかけられ慌てた私は階段から落ちそうになり、捕まえられた。大声を出さなかった私は偉いと思う。そのまま部屋へ戻ると課長さんは薬をくれた。


「はい、頭痛薬。水無しで飲める。2錠噛んで」


「ありがとうございます…」


 薬はありがたかったので素直にボトルを受け取り蓋を開け、『この世界で元の世界のプラスティックの包装シート入りの薬を見ると違和感がすごいな』と思いながらも2錠を口に入れる。


 ムグムグと噛んでいる私を課長さんはなんとも言えない表情で見ていた。


「…飲みました。ありがとうございました」


「いや、これまでと違う状態での転生だったからね、少し心配で」


「そうなんですね、驚きました。ええと…それでは、これでお帰りに?」


「ああ…いや、その…」


 口ごもる課長さんに怪しいものを感じた私は先程の疑問をぶつけることにした。


「あの、この子、レナーテなんですけど、あまり理不尽な扱いを受けているようには思えなくて。もしかしたらこの転生、間違っていませんか?」


 課長さんはちょっと目を見開いたがすぐに


「どうしてそう思ったのかな?」


と聞いてきた。


 そこで両親や兄妹の態度やこの部屋の調度などについて気になったこと、そして両親の話していた内容を伝えた。


「そんなに悪い扱いじゃないんですよね。大事にされているというか普通の家族らしいというか…うーん…この子が変わっているのをみんな心配してくれているんじゃないかと思ったくらいでして。なんか違う?みたいな」


「そうか…」


「だから困っているのが両親なら私は間違えてこの子に入っちゃったのかなって。本当は母親のリナにでもなるべきだったのかなって思ってしまいました。でもそんなわけないですよね…」


と言いつつこんなところに姿を表した課長さんをチラリと見上げた。


 課長さんは黙っていたが、私が目を逸らさないことに根負けしたのか大きくため息をついた。そして


「…そうだよ、本当は理不尽な目に遭っているのは家族の方だ。この物語の主人公はレナーテ、君だ」

「ええっ!?この子っ?て、私が主人公?」


 予想をこえた回答に驚いて大きな声を出した私の口を慌てて押さえた課長さんは今までで一番人間らしい顔をしていた。こんな顔もできるんだと思っていたら、自分のしていることに気付いたらしい課長さんは渋い顔をして手を離した。


「大きな声は勘弁してくれ。バレるとこの後の処理が大変になる。…説明していいかな?」


 私が頷くと課長さんも頷き返して目を細めた。


「レナーテは才能溢れる子で勉強もできるし裁縫の腕も素晴らしい。だが家族に虐げられ、その裁縫の腕を搾取されて家に閉じこもっている、それがこの物語だ。君が感じたことに繋がるかな?」


「あー、はい、この子の裁縫の腕はすごいです。それにずっと縫っていても疲れないというか…とにかく指が勝手に動く感じで。なんとなく作業をやめたくないくらいです」


「そう、そのため家族が着ているものはすべてレナーテが作っているし、それは家族にとってもレナーテにとってもいいことなんだが、レナーテ本人は自分に無頓着で自分の服は作らないから他人から見ると家族がレナーテを虐めているようにみえるんだ」


「でも家族はみんなレナーテに、私に親切でした。それはまあ家族の気安さはありましたけど普通でした。虐められているなんて」


「だが物語ではレナーテが否定しても本人の服が見すぼらしいことや社交界に出て来ないことから家族は冷ややかに見られていた。


 そしてこの後決まる結婚相手の大きな商家であるブラウ家と婚約者のノアから断罪されてシュライバー家の人たちは苦しい人生を強いられることになるんだ。


 しかも、この物語は完結していないから、このままでは不幸な人々の状態が長く、もしかしたら長いこと…続くかもしれない」


「そんな!」


「…まあ出来がそれほどでもない話は少なくないけれど、それは仕方がない。でも今回は理不尽な目に遭う人物が多すぎるし、家族の誰かに入ってもレナーテ本人が変わらなければ状況は改善されないから、君に転生してもらったんだ。


 君がここで過ごすことで状況が変わればもしかしたら、この捨て置かれた物語の先に変化が生まれるかもしれないと私達は考えている。まあそれは希望的観測でしかないのだけれど…」


 課長さんはそこで言葉を切ると何やら考え込んでいる様子だったが、私が見つめていることに気がつくと、少しばかり顔を赤らめて


「失礼、ちょっと考えを整理していたら…その、内容は理解できた?」


と続けた。


「は…い。これまでは理不尽な目に遭っている脇役でしたが、完結していないならば主人公に成り代わって物語自体を変えることができるかもしれないと考えていらっしゃるということですかね。


 それで今回は実験的に、私が原因で断罪される家族を助けてみるということですね。とは言っても…ええと私ができることは、レナーテが状況に合った暮らしや待遇をきちんと享受して幸せであることが世間にわかるようにすることくらい、でしょうか?」


「正解。気の向くままに暮らしていたら家族が不幸になるから、頑張って多少贅沢するくらいでお願いするよ」


「そんなことが仕事になるなんて…なんだか申し訳ないですね」


「そう?幸せな生活を楽しむのってそれなりに気をつかうと思うけど」


「そうですか?課長さんはそうなんですか?」


「あ、ええと…いや…うん、まあ僕はそうかも…少し苦労があるほうが張り合いがあるというか…」


「へえ…」


 課長さんが自分のことを話すのは初めてなので興味深く聞いていたら


「ぼ、僕のことはどうでもいいだろう、とにかく、頑張ってくれ」


とちょっと不機嫌そうになったので、もしかしてテレているのかと思ったが


「それから、今回は女性だけど、男性とそういう関係になったらこの世界に定着するのは変わりがないから、その覚悟をもっておくこと。最初に言ったけれど、確認させてもらうよ」


と言われたのでギョッとする。


「それ、って、その…」


「男女の仲ってことは、身体の関係ができたらということ。理解できた?」


「は…」


「今回君には婚約の申込みがきていて物語ではその相手と結婚することになっている。それに他にも…」


「え?」


「いや、今後君が行動を変えて社交を始めたら、それ以外にも別なそういう相手が現れるかもしれないだろう?もしこの世界が気に入ってここで生きていこうと思えれば、僕にはそれもまた止めることはできないから」


「そういうことって、他にもあったんですか?」


「えっ?」


 これまでにこの仕事をしていてそういうことになったケースがあったのだろうかと思い聞いてみた。そうだ、それどころか、聞いておかなくてはいけないことがたくさんある。


「ええと、私は急にこの仕事に就いたので、元の世界の自分がどうなったのか、今後戻れるのかどうかわかりません。


 そうだ、もし元の世界に戻ることができないのなら、ずっとこの仕事を続けなくてはなりませんよね?歳をとったり病気になったりしたら?怪我をしたら?この仕事、福利厚生はどうなっているのでしょうか。引退というか定年のようなものはあるのでしょうか。年齢制限はありますか?」


「え、いや、ちょっと…急だね?」


「だって、いつも有無を言わさず転生で仕事に入らせられますから、今しかチャンスがないかもしれないと思って。また二日酔いで会ったら聞けそうにないし。


 それで、どうなんでしょうか。労働条件によっては早めに住みやすい世界に定着して退職したほうがいいかもしれない、とか?他にそういう人はいましたか?」


 課長さんは私の質問に多少たじろいだ様子だったけれどすぐに持ち直して答えた。


「これまでに転生先に定着した人はいるよ。そのままその世界で仕事をして、結婚はしたりしなかったりだが…それでも自分で選んだ人生だから。


 そして、君が言う通り、どこかで決心しなければずっと転生を続けることになる。転生中は元のご自身の状態はとまるから原理としてはいつまでもできる仕事というわけだ。まあそんなに就いている人数が多いわけではないから事例も少ないし、この後どうなるかも言いづらいけど」


「そう、なんですね…」


「質問は終わりかな?では明日からもよろしくお願いしますよ。薬は…置いていこう」


「ありがとうございます」


 課長さんは部屋の扉を開けて出ていった。


「扉から帰るんだ…変なの」


 話し合っているうちに薬が効いたのか頭痛も治まったので、私はその後すぐに布団に包まって寝てしまった。

お読みくださりありがとうございました。

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