26 この人物の立ち位置は
長めです。よろしくお願いいたします。
「…」
「…おい、レナーテ、どうしたんだ?」
まずい、これが素面で転生するということか、と焦る私の気持ちなんて考えもしない様子…当たり前だけど…の美しい男性が怪訝な顔をしている。
金髪、青い瞳、長身、海外の話だろうか。私の手は相手に伸ばされていて、ほっそりとした指の感じから女性だと思われる。それを見て、なんと、初めて女性に転生じゃない?とちょっと気持ちが浮き立ったけれど、相手の不服そうな表情から、これは何か言わなくてはと思った私は、すっとぼけることにした。
「…あー、ええと、何の話をしていたのでしょう?」
「エラの結婚式のドレスにつける花の飾りのことだろ?大丈夫か?そんなにぼうっとして、具合でも悪い?
ああ、もう、頑張りすぎなんじゃないか?やっぱり無理だったんだよ、お前がどうしてもって言うしエラもマレーネもねだるから承諾したけど…
お前が病気になるほど頑張る必要なんて。まあ二人の気持ちもわかるけどさ…。なあ、おい、僕の頭に何かついているのか?」
そう言われてブツブツ言っていた相手の頭を見ると、なるほど糸くずがくっついている。
「あ、ええ、そうなの、糸がついてるから、取ろうと思って。じっとしていてね」
私は相手の頭のてっぺんにうまい具合に乗っている糸くずを手を伸ばして取った。
「はい、取れました」
「っは…相変わらず呑気だな、レナーテ。とにかく無理はしないでほしいけど、もしやるって言い張るんなら早めにエラのドレスを仕上げてマレーネのほうにも取り掛かってくれよ。あと10日しかないんだ。協力はするからさ。悪いけど、頼むよ…もう本当にマレーネ…あいつらどれだけレナーテのドレスを…」
困った様子で部屋を出ていくその人は良い服を着ていて、話の流れでは彼はもうすぐ結婚するのだろう。そしてもう一人結婚の予定の人物がいて、それはエラという女性。
私はその人たちのドレスにつける花飾りを作っているようだ。服飾の仕事をしているということだろうか?それにしては先程の私の言葉遣い、咄嗟に出たが雇い主へのものだとしたら失礼だけど何も言われなかった。もう少し近い間柄ということだろうか。家族?それにしては彼は輝くような金髪で、私は、と見下ろすと柔らかな栗色が目に入る。目の色はどうなのだろうか?
「レナーテ…と私を呼んでいた。エラ、のドレスの花。マレーネという人も花嫁?」
忘れてしまわないように声に出してみる。どうせこの部屋の中は私一人だ。周りを見渡すと既に出来上がっているたくさんの花飾りと作りかけの花々、そして切り抜かれたおびただしい量の花びらがきっちりと種類別に箱に仕分けられている。
なるほど、このレナーテは優秀なようだ。転生してすぐではあるが、様々な色や厚さのシルクの花びら…お金持ちなのかしら…でウェディングドレスにつける花を作らねばならないようだ。
ドニのパン作りと一緒で始めれば身体が覚えているだろうから、と、箱の脇に置かれていた紐で綴じられた帳面を開くと、良かった、デザイン画があった。流石に今すぐデザインを考えるのはこの急いでいる場面では無理だからと思いながら針と作りかけの花を持つ。
出来上がっている花を見て、あと外側に数枚縫い付ければ完成だなと思う。大きく息を吸って「よし」と始めたその後は自分でも驚くほどの集中力だったようで、気がつくとこんもりと花の山ができ、窓の外は暗くなっていたのだった。
「はー疲れた…ような気がするけどそうでもないかも。この子すごいな。でもだいぶできたし、ちょっと部屋から出てみようかな。お腹はすいているし…」
大きく伸びをしてわざわざ声を出し、立ち上がった私はひょいと窓の外を見た。何ということはない庭があり、きれいな花が咲いている。スイセン、ミモザ、チューリップ、春なんだなと思った。
明日、明るい時に庭に出て見よう、そんなことを考えていたら、コンコンと音がして扉が開かれた。
「レナーテ、そろそろ夕飯にしよう」
姿を表したのはこれまた美しい金髪の持ち主だった。先程の男性と似ているので兄弟だろうがこちらが兄だろう。より背が高く体つきもがっしりしている。
何の仕事をしている人なのだろう。恋愛ものだったら騎士だったりするのかもしれない。そして一体レナーテとこの人はどういう関係なのか。
「レナーテ?」
「…あ、ごめんなさい、少しぼんやりしてしまって…夕飯の時間、ですか?」
「え?…ああ、レナーテはドレス作りで忙しいからしばらくは無理だろうと思って、新しく料理人を雇ったんだ」
「…ありがとうございます」
今の話だとこれまではこの子が家族の食事を作っていたということだろうか。やっぱり使用人なのか、などと考えていたら、心配そうに聞かれた。
「えーと…どうかしたのか?機嫌が悪い?」
「え?なぜですか?」
「いや、その、さっきからいつも以上に敬語だから、何かあったのかと思ってさ」
「あー…いやその、ちょっと疲れちゃったみたいな?」
「そうか、じゃあなおさら早く食べないと。さ、行こう」
開かれた扉を通って部屋を出ると廊下を挟んで扉がいくつかあり、それなりの人数が暮らしているようだった。怪しまれない程度に辺りをうかがいながらついていくと、食堂についた。
「遅かったじゃないか」
「…」
「どうしたんだ、早く座りなさいレナーテ。大方ドレスづくりに夢中になっていたのだろうが根を詰めすぎるのは身体に悪いぞ」
「はい…」
先程会った美しい男性と、彼によく似た美しい女性、そしておそらく私の両親なのだろう男女がテーブルについていた。
先程から私に声をかけている父親らしき人は、このレナーテ、つまり私にそれほど気をつかっていないながらもそこそこ心配していることが感じられる。
やれやれ意外と関係する人物が多いな、主人公は一体誰なのか…と考えていると、一緒に来た男性が椅子を引いてくれた。
「ほら、レナーテ、かけるといい。フィンもエラも自分たちの結婚式の準備をレナーテにさせておいて感謝が足りないのではないかな?」
「お兄様、私達そんなつもりは」
「そうですよミヒャエル兄様、レナーテには感謝しています」
「そうかい、それならいいけど、感謝の気持ちは言葉にしなければ伝わらないものだよ」
「…レナーテ、ありがとう、その…私のドレスを作ってくれて…感謝しているわ」
「僕だって。レナーテが作るドレスは素晴らしいからね。感謝しているし、マレーネも完成をとても楽しみにしているんだ。さっきも言ったけど、身体を壊すほどの無理はしないでくれよ?」
私を迎えに来てくれた人は長兄でミヒャエルという名前であることがわかった。そして彼は公正な人物で兄妹に対しても分け隔てない態度のようだ。いや、どちらかと言うとレナーテ、私に対してのほうが優しい感じがするくらいで。そのためだろうか、ちょっと気まずそうな美しい兄妹に私は明るく答えた。
「そう、それなら私も頑張りがいがあるわ。遅くなってごめんなさい、みんなをお待たせしてしまったのね」
「…まあ、二人の結婚式に間に合わせるためにお前が頑張ってくれているのはみんな十分わかっている。ご苦労だったな。さあ、食事にしよう」
ゴホンと咳払いをした父親が私へのねぎらいの言葉を発し、使用人だろう女性に合図をした。女性とその他2名が食事を運んできた。
なるほど食事の準備などは人を雇ってさせることができるくらいの家のようだ。まあ食事をするための部屋があるくらいだし、みんなそこそこいい服を着ているし…と自分の服を見下ろしておやと思う。
私、レナーテの服は他の人に比べると些か粗末で古ぼけた感じがする。食事を始めた家族の様子をもう一度見ると美しい二人…どうも双子のようだ…は濃い目の紫色の柔らかく着心地の良さそうな、それでいて形はスッキリとした服を着ている。
男女の違いはあるが袖口や襟の形、刺繍がお揃いで二人によく似合っている。ミヒャエルの服は二人のものとは違い濃い臙脂色で厚手の布地に金色の刺繍が映えて美しい。しっかりとした身体にぴったりと合っていて動きやすそうだ。両親の着ているものも
…ああ、こういうところでさり気なくないがしろにされているってことだろうか、そんなことを考えていたら、
「レナーテ、どうした?食べないのか?」
いつの間にかしっかり見つめていたらしい私に、ミヒャエルが声をかけた。
「あ、はい、いいえ、あの、みんなの服を見ていて…」
「ああ、お前が作ってくれた服だな。どこへ行っても羨ましがられるよ」
「本当に、レナーテは裁縫の腕前は評判だよな。マレーネなんて俺よりもレナーテのほうが好きなんじゃないかって思うくらい褒めちぎってる」
「友達に『娘にも一枚作ってもらえないか』って頼まれているのよ、今度お茶会があるらしくて素敵な出会いにつながるんじゃないかって思っているみたい。ほら、フィンとエラが正しくそうだったでしょう?」
「そうだな、あの初めてのお茶会でもエラとフィンは輝いていた。その姿にたくさんの縁談の申込みがきたんだ。あれは驚きだった。
レナーテ、お前も自分用に少しは作ってはどうだ、せっかくの腕だ、自分を輝かせることにも生かすべきだ。布がもったいないとか時間がとか言っている場合ではないぞ」
急にみんなが私を褒めだしたので何と言っていいのかわからなくなり、微妙だろう笑顔を作ってパンをちぎって口に入れた。と、
「…おいしい!」
思わず声に出してしまった私を見てみんなはおやという顔をした。行儀が悪かったのだろうか?とミヒャエルを見ると彼はにっこりしていた。
「めずらしいね、レナーテが食事の感想を言うなんて。そんなに気に入る味だったのかな。どれ」
と彼もパンを口にした。そして目を丸くした。
「本当だ、これはいい味だな。ミリー、これは?」
ミヒャエルが声をかけると先程の使用人が
「新しく入ったコック兼庭師のブリッツが作りました」
と答えて隣になっていた男性を紹介する。紹介したのがミリー、頭を下げた男性がブリッツだろう。
「はあ、あ、あの、お褒めいただきありがとうございます…」
ブリッツはちょっと緊張しているのか身体を揺らしながら顔を赤くしている。それにしてもコック兼庭師とはなんだろうか。いや、それよりも。
「このパンは小麦粉以外にも別の穀物の粉を使っているわね」
「あ、それは…はい…」
パン職人のドニだった時の経験と前世の経験を舐めてもらっては困る。このしっとり感、まろやかさ、これは。
「お米の粉ね」
「っ!はい、そうです。東の国から来た米というものを引いた粉を混ぜております!」
「おいしいわ!本当においしい!満点よ、ブリッツさん!」
「ありがとうございます、お嬢様!」
「素晴らしいわ!そしてお米があるなら他のお料理にも使えるはず、今度試してみましょう。そうね、最初は何がいいかしら」
「お嬢様、まずは基本の『ご飯』はいかがでしょうか」
「あら、そう、そうよね!まずは『ご飯』よね。ブリッツさん、早速明日にでも!」
「はい!もちろんでございます。それにしてもここで『お米』を知っている方にお会いするなんて…」
「そう言えばなぜブリッツさんは『お米』を知っているの?なぜここに『お米』があるの?」
私達の会話を呆然としながら聞いていた家族はここで我に返ったようだった。父親が咳払いをして割り込んできた。
「これ、レナーテ、食事中なのにそんなに大きな声を出すものではない。ブリッツといったか、君は働き始めたばかりのようだが、どこから来たのかな」
私もブリッツさんもハッとして身を縮めた。
「は…はい、あの、これまでは絹織物や香辛料などを扱う商家で仕入れを行ってきました。私は主に東の国を相手にしてきたのですが、長旅が堪えるようになってきましたもので、一つのところで腰を落ち着けて働こうと思ったものでございます」
「ほう…それで料理人とは」
「仕入れの旅の最中は自分たちで料理をすることも多く、また仕入れた香辛料を使って売り込み方を考えたりしましたので、自然と料理ができるようになりました。そのうちに料理自体が楽しくなってしまいまして」
「ふむ、面白い経歴だ。それにこのパンは本当にいい味だ。これからの料理が楽しみだ、よろしく頼むよ」
「っはい、ありがとうございます!」
嬉しそうなブリッツさんの様子に私も嬉しくなる。そして香辛料、東の国、なんて言葉で私の期待も膨らむ。
『これってもしかしてアジア料理が食べられるんじゃない?転生してからはジーノの時もダニエルの時もご飯を食べていなかったし、楽しみ!どうしよう、カオマンガイとか作れちゃったりして?』
などと妄想していたら。
「して、レナーテ、お前はなぜそんなことに気付いたんだ?どこかで食べたなどということも考えにくいが」
父親の鋭いつっこみに、ウグっと喉から変な音が出てしまった。慌ててグラスのお水を飲み、飲みながら答えをひねり出す。
「その…書物で。東の国の植物を刺繍のモチーフにしようと思って探していた時にお米のことも書かれていたもので。
お米は食べる部分で、植物としては『稲』というそうです。茎や葉の部分は編んで靴などを作ることもできるとありました。それで面白そうだなと。
『お米』の粉が入るとパンはしっとりと甘くなるとありましたので食べてみたいと思っていたのです。そう言えば『稲』は…」
「ああ、もういい、十分だ。まったく、今日のお前はいつも以上に奇天烈だ」
「まあまあ、父さん、きっと疲れすぎて発散が必要なんだろう、ほらレナーテ、パン以外のものもおいしいよ、説明はそれくらいにして、お食べ」
私の長々とした説明にうんざりしたり苦笑したりの家族の顔に、心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもない。
その後の会話でもうすぐ結婚式のエラとフィンは思ったとおり双子、レナーテは末娘、父親はここシュライバー家の当主でエミール、母親はリナだとわかった。
エミールは文官というか公務員のようなもので、田舎にある領地から税金が入るため仕事はしなくてもいいようなものだが、子どもたちの教育のために、また少しでも豊かな生活が送れるよう働いているらしい。
でもそれって双子が生まれる前から働いているなら順番が逆じゃない?と思ったが、そこが物語ゆえ、なのかもしれない。おそらくはこの美しい双子のための世界だろう。
それならこのレナーテ、私は?お茶会で双子が見初められるほどの装いを準備したレナーテ、母親が友達からドレスを作って欲しいとお願いされるほどの裁縫の腕前の持ち主、フィンの婚約者のマレーネが夢中な私、この少しばかり他の人とは差のついた感じの服を着ているけれども他の人たちがこの子を虐めているような感じはしない人物。ねえ、レナーテ、あなたはここでの生活をどう感じていたの?
お読みくださりありがとうございました。




