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よろしくお願いします。
ちょっと会話が多くなりました。
「…、…ぃ、…おい、大丈夫か?聞こえているか?」
「…うう…あ…はぃ…」
「ああ、よかった。あんな無茶をして」
「へ?あ…あー…」
やっと目を薄く開けると課長さんが覗き込んでいた。
「ああ、課長さん…僕…私、戻って来られたんですね」
「もう少しかかるかと思っていたのに急に戻ってきたから驚いた」
「…はは…ええ、あの父親のところでならもうダニエルは大丈夫だと思ったんで」
「それにしてもだな。どうやって二日酔いになったんだ?」
「父親が、ステファンが寝る前に飲んでいたお酒をちょっと…」
「あんな子どもに酒そのものを飲ませるなんて」
「すみません、どのくらい飲んでいいのかわからなくて」
「まあ、無事で良かったよ」
「本当にすみません」
「次は気をつけてもらいたい。子どもなんだからアルコール入りのお菓子とかで試してみればよかっただろうに」
「はい…すみません。ところで、あの…」
「何かな?」
「そのぅ…ダニエルの世界の主人公は一体誰だったんですか?」
「あー…それは、だな」
課長さんはちょっと悩むような素振りを見せたが、まぁいいかという表情になり
「オルガだよ」
と言った。
私はびっくりした。オルガって、ダニエルの母親の?どのあたりが主人公なの?だって主人公っぽさなかったよね?
おそらく相当驚いた顔をしていたんだろう私に課長さんが苦笑して説明してくれた。
「オルガは愛していたステファンの子どもを身ごもっていたのに無理矢理引き離されたんだぞ?大恋愛物だよ」
「あー…そういう…」
それは子どもにはわからなくても無理はないなと思った。ステファンみたいな人と別れさせられたなら、それは辛い物語ではあるだろう。そうか、そんなに身近なところに主人公がいる場合もあるのかと思っていたら
「でも本来の物語と大きく変わってしまったからな…これは途中で作者が放り投げてそのまま完結しなかったケースなんだ。作者はいいところまで連載していたのに終盤になって放り出してアカウントを作品ごと運営に譲り渡した。切りの良いところまで書籍化されたけど、この先は絶対に書かれない」
「そんなことがあるんですか?」
「まあね、たまに。ほら、お水、飲んで。びっくりして酔いも覚めたみたいだけど」
「あ、どうも、ありがとうございます」
私は渡されたグラスから水をゴクゴクと飲むと空になったそれを課長さんに返した。課長さんはさっとグラスを消すと話を続けた。
「本来ならダニエルは…その…なんだ、あー…」
口ごもる課長さんをじっと見ていたら、観念したようだ。
「ダニエルは、辺境に行く前に殺されるはずだったんだ」
「…っやっぱり?」
「悪かったよ、詳しく話さなくて。でも、たとえダニエルが亡くなっても君まで命を落とすことはないから言わなかったんだ。でもフェアじゃなかった。すまない」
「…それは…詳しく聞きたいところですけれど、あの、なぜダニエルは?やっぱり辺境に向かう途中に盗賊に?」
「その通りだよ。でも君がラーシュに好条件の取引を持ちかけて流れた」
「ああ、ええ、そうですね。でも危なかったです」
「そうだね、でも必要な事件だった。なぜならダニエルが無事だと物語が進まないから」
「どういうことですか?」
「ダニエルが殺されたことでオルガは絶望するんだ。そしてステファンもね。二人はダニエルの死をきっかけにまた思いを募らせて、再会して、いろいろあって結ばれるってわけだ。
でもまあ書籍化されたのはオルガとステファンとの別離のところまでだからその先はどうなってもいいんだよ」
「そんな…」
「酷い話だろう?ダニエルはオルガの恋を実らせるためだけの存在だった。放って置かれて、辺境に送られて、途中で殺されて、おしまい」
「酷すぎる…」
「そうだよ、だから君に行ってもらったんだ。ほんの少しの期間でも自分らしく生きられるように、少し時間をずらしてね」
「でもっ!結局命を奪われるなら、それさえも!」
「うん、そうだね、楽しさを知ってからのほうが残酷かもしれない。でも、彼を大切に思っていた人たちの存在を知って、おいしいと思える物を食べて、きれいな花を見て…そんな生活を少しでも送る権利が彼にはあったと思わないか?」
「それは…そうです。だって」
「子どもだからね」
「っ…そうです…」
「そして結果彼はそういう生活を続けることができるようになった。先の物語は破綻してしまったけれど、このほうがもっと面白くなるに違いないよね」
「どういうことですか?」
「きっとこの先ダニエルはステファンと領地を豊かにしていく。温泉だって磁石だって玩具だって、君からの知識と記憶をもとにダニエルは上手くやるだろう。
ステファンはダニエルの話をきちんと聞いてくれるだろうからね。そうなればラーシュは面白くないからなんとかしようと動くだろう。その途中でオルガとステファンは再会するだろうけど、ダニエルは前みたいにオルガには懐かないだろうから」
「ダニエルがオルガに?」
ダニエルがオルガを母親として慕う気持ちなどあっただろうか、と思い返すが見当もつかない。すると課長さんが笑った。
「ダニエルは君が入る前はあのぬいぐるみを離さなかった。あれだけが母親から贈られたものだったから。
物語では辺境へ旅立つ前にエドガーにぬいぐるみを寄越せと言われた時に、ダニエルは激しく泣いて抵抗した。その姿を見てオルガには母親としての愛情が生まれ、そのこともあってステファンと上手くいくんだ。
でも、今回ダニエルはぬいぐるみを簡単に手放した。君が入ってからしばらく記憶がなくて、その間にぬいぐるみがなくても平気になってしまっていたからね」
「そういう…」
「うん。だからこの後はダニエルにとっては恋愛物じゃなくてダニエルの成長物語、しかも父親と一緒に、って話になっていくんじゃなかな。
元父親と兄、母親を相手に戦っていくなんて、元の話より面白そうだ。オルガはオルガでツラい物語になりそうだけど、まあ仕方がないさ」
「アリなんですか?」
「アリ、というか、そうなっちゃったんだから仕方ないよね。そういう時間線だって有り得る」
「…私としては、ダニエルが幸せになるなら、そのほうがいいです」
「今回思ったんだが、君は情報が少なくて必死な方がうまくいくのかもしれないね」
「…大変なことに代わりはないんですけど」
「そうだね、申し訳ない。それで、どうする?これからも続けてもらえるのかな」
「はい、それは、続けます。今回のように物語が変わることがあるのはちょっと不安ですけれど」
「そう?メインストーリーが変わっても、君の仕事は理不尽な目に遭っている人を助けるのが仕事だから同じじゃないかな?」
「それはそう…ですけど。なんだかだいそれたことのような気がしなくもないと言うか…」
「誰だって本当は自分の人生の主人公であるべきだよね、なんてどこかで聞いたようなセリフだけど」
「…意外と…」
「何?」
意外とロマンチストなんだなと思ったけどなんとなく言わないほうがいい気がしたのでやめた。
「何でもないです。次はいつ出発ですか?」
「ダニエルが子どもだったせいか少しの量で二日酔いだったっぽいね、大人の体の君はもう平気そうだ。うーん、素面で転生か。でもまあいいか…」
「あのぅ、なぜ二日酔いで転生、なんでしょうか?」
「素面だといきなりの転生に驚くから、かな。二日酔いで辛いとそっちに気が逸れるというか、具合の悪さに対応するので精一杯になるから。ダニエルの時は階段から落ちて動転しているからちょっと変わった様子でも不審がられなかったよね。その前も」
「ああ、そういう…」
確かに普通に転生していたらその世界について冷静に観察してしまいそうだ…。
「…って、いや、そのほうがよくないですか?」
「…」
「課長さん?」
「じゃあ今回は素面で行ってみることにしますよ?よろしくお願いしますね」
「えっ、そんな急に?あの、課長さんっ?」
課長さんの笑顔に手を伸ばした、次の瞬間、私はそのポーズのまま転生してしまったのだった。
およみくださりありがとうございます。これから後半戦です。よろしくお願いいたします。
それにしても、自分にはまだこんな長いの無理だったなと思いつつ完結させることだけを考えてがんばったことを思い出しました。




