24 ここで生きていけるから
よろしくお願いします。子ども部分もようやく終わりです。
やっと到着した無骨な雰囲気の屋敷では、夢で何度も会った叔父が待っていた。
「ようこそ、兄さん」
「…これを連れてきた。これから先はこれを使えるように教育しろ」
「承知しました。ダニエル、よく来たね、疲れただろう」
僕はうつむいて返事をしなかった。頭上でラーシュは嘲笑した。
「はっ、これにも嫌われているか、お前らしいな…いい気味だ。さて、午後まで休んだら一周りして私は戻る」
ラーシュはさっさと部屋へ移動することにしたようで靴音高く歩いて行った。その場には僕と叔父のステファンが残された。足音が聞こえなくなったので顔をあげ、彼に挨拶をする。
「お父様の機嫌を損ねたくなくてご挨拶もせず申し訳ありませんでした。お久しぶりです、叔父上。それともお父様とお呼びしたほうが?」
輝くような美貌と素晴らしい体躯のステファンが目を見開き、息をのむ。しかしすぐに息を大きく吐くと
「…自分で気付いたのか?それとも誰かに聞いたのか?」
と落ち着いた声で尋ねてきた。
なるほど、こういう人物なのかと安堵して僕は答えた。8歳児のいきなりの発言を、自分にとって不都合な話を真面目に聞いてくれる、しかも冷静に答えることができる、そんな大人はなかなかいないだろう。
「ええと、話すと長くなりそうですので、どこか場所を移しても?できれば座らせてもらえるとありがたいのですが」
ステファンは、一瞬おやという顔をしたが、すぐにもちろんだと言って厨房から続くほどほどの広さの部屋に連れて行ってくれた。
「ここなら兄がくることはないからな。まあ、何にせよあの様子なら俺たちに会わずにそのまま領地を見回って帰るだろうが。ほら、お茶だ」
「ありがとうございます」
僕はカップから温かい紅茶を飲み、一息ついて話し始めた。
階段から落ちて記憶がなくなり、その代わりにいろいろなことが思い浮かぶようになったこと、本を読めば内容がわかること、そのうちに記憶が徐々に蘇り、周囲の人々の行動や話をつなぎ合わせたところ自分の立場が理解できるようになったこと。
さすがに転生のことは話せなかったが。
「僕の母親はオルガさん、だけど父親はラーシュじゃない。ステファン叔父、あなただ。
ラーシュがエドガーの母親を失って、腹立ち紛れにあなたからオルガを奪った。あなたと婚約していたオルガを」
「おい、ダニエル」
「ああ、すみません。まだなんとなく他人事なところがあって、そのうち馴染むと思うので許してください」
「…まあいい、続けて」
苦い顔のステファンさんに追い打ちをかける。
「妊娠期間について、ラーシュがベアトリスの生前からオルガと付き合っていたんじゃなくて良かったと思っていたけれど、結婚してすぐに妊娠したんじゃなくて、妊娠したオルガがあなたから奪われたんですね…全然よくなかった…」
「…おい、勘弁してくれよ…お前は一体いくつなんだ…」
大きなため息をついて両手で顔を覆うステファンさん、中身は29歳女性ですとも言えずちょっと申し訳ないながらも続ける。
「トレイさんは僕の目は祖父譲りだと言ったけれど、夢で見るあなたと、あなたに関連した記憶で僕があなたの子であることが理解できた。
だから僕はあの家を出られるのは…ここに来られるのは、大きなチャンスだと思ったんです。逆に今出られなければこの先の僕の人生は辛いままになると思った。だから」
僕は立ち上がってステファンに頭を下げて頼んだ
「どうか、ここに置いてください。必ず役に立つと誓います」
「なっ、何を。そんなの当然だ、いや役に立つことじゃなく、ここにいるってことだが、いいからほらっ、頭を上げろ!」
打って変わってアタフタするステファンさんの様子に想像通りだと思いながらもホッとして笑顔になれた。
「ありがとうございます、どうぞよろしくお願いします」
「…仕方のないやつだな。そんなに気を張ったりいろいろ策を巡らせたりしなくていいんだ、お前は子どもなんだから。黙ってここでのんびり暮らせ。好きなように遊んで、ゆっくり育て。そのうちできるようになってもらわなきゃいけないことは教えるから」
そう言ってステファンさんは僕の頭を撫でた。この世界に来てから、初めて本当に僕をただの子どもとして扱う大人に会えた、と思った途端に涙が溢れた。
「お、叔父上…」
「なんだ、久しぶりの再会であんなにびっくりさせたくせに。そこはほら、お父様…だろ?いや、まあ、そのうちでいいが…」
ちょっとすねたような照れたような口調に、僕の涙はますます止まらなくなった。
しばらく『まったく、いつ伝えようか悩んでいたっていうのに…まぁありがたいのだが…』などとブツブツ言っているステファンさんに抱っこされてダニエルとしてのくすぐったいような気分を味わい、お茶をもう一杯もらい、落ち着いてから僕のだという部屋に案内された。ステファンさんの部屋の隣のそこは日当たりのよい気持ちのいい空間で僕は幸せな気持ちになった。
その後はラーシュの書きつけ(万華鏡のことだった、最後まで嫌なやつだ)を読んで、おそらくこの先の人生で二度と会うことはないだろうなとぼんやり感じた。でも嫌な目に遭わされるのはごめんなので、万華鏡のことはなんとかしよう、約束してしまったし。
他のことについてはステファンさんと相談していこうと思う。いつかお父さんと自然に呼べるようになるだろう。
「俺は何故か昔から兄さんに嫌われていた。兄さんはこの領地と俺を憎んでいる。この領地があるからこそ兄さんたちは都で楽しく暮らせているのに、どうしてなんだろうな」
夕食時にポツリとステファンが溢した一言には寂しさが込められていて切なかった。
僕は
『それはおおらかで優秀すぎる弟をもった長男の嫉妬ですよ。領地の経営が上手くいって評価されているのはラーシュの能力のおかげじゃない、ステファンさん、あなたのおかげだ。
しかも見た目も素晴らしいし、こんなの兄のラーシュとしては惨めで屈辱的でしょ。あいつのことは全くもって許せないけど物語とはいえ酷な設定ですよ。
母親のオルガだってそりゃあラーシュよりあなたのほうが良かったでしょう、ところでもうオルガのことはなんとも思っていないんですか?』
とは言えず、黙って立ち上がって彼の隣まで行って膝に乗った。
「なんだダニエル、甘えん坊か?」
「…はい」
「そうか…」
しばらくステファンに抱きしめられていたが、その後は甘やかされてパンや果物を口に入れられた。こうしてここで生きていくんだなと思って心の底からダニエルによかったねと言えた。
「お休みなさい…ええと、お父さん…?」
「…ああ、お休み、ダニエル。今日は疲れただろう。一緒に寝てもいいんだぞ?」
隣のステファンの部屋に行って就寝の挨拶をしたら、寝る前の一杯を飲んでいた彼にそんなことを言われた。嬉しそうな、でも断られたらどうしようと思っているのか少しだけ不安も滲ませた顔だった。
「…じゃあ、その、一緒に…」
そう答えるとステファンはパっと顔を輝かせた。
「そうか、じゃあお前の枕を持って来よう!待っててくれ」
ステファンが立ち上がっていそいそと隣の部屋へ行ったすきに、大急ぎで彼が飲んでいたお酒のグラスを持ち上げ、一気にあおった。燃えるように強いお酒だった。
「っっ…!!」
本当はもう少し助けになりたかったけれど、ステファンが一緒ならダニエルは大丈夫、そう思った僕の暴挙だったかもしれない…僕はそのまま気を失った。
お読みくださり、ありがとうございました。




