23 子どもだし地味に切り抜ける
よろしくお願いします。
次の日、出発は早朝だった。夢見はよくなかったけれど気にしてもしょうがないし、朝食をしっかり取って、馬車の中で食べるおやつや果物も準備してもらって、僕は昨日よりもだいぶリラックスして馬車の旅を楽しんでいた。
あと3日もこれが続くのだ、緊張していたらもたない。外の景色を見たり、トレイさんに領地の様子を聞いたり、時々昼寝をしたりしながらゆっくりとすごした。そして毎晩夢を見て、昼寝と合わせて徐々にダニエルの記憶が蘇り、『僕』としての統合が進んでいった。
旅の最終日、いよいよ明朝は領地に着くというので、みんな少しばかり浮き立った様子で出発した。今夜は強行軍で宿には泊まらず夜通し進むというのだ。
僕は活気が感じられる大人たちを横目にこれからのことを考えていた。ダニエルの記憶は既に僕の記憶になっている。ダニエルが8歳ながらに見聞きし体験したことは僕のものになっており、子どものダニエルにはわからなかったいろいろなことが理解できてしまっている。
『私』がいなくなってから、ダニエルは『僕』として生きていけるだろうか。理解しないままのほうが幸せだったのではないだろうかと思わないではいられなかった。しかしそれは言っても仕方がない。もうダニエルは解ってしまったのだから。
それに、もし僕の考えが正しければ…ダニエルは幸せどころか、このままではこの先、無事ではいられない。
おそらく今夜ラーシュはダニエルを、僕を事故に見せかけて殺すつもりだろう。もしくは二度と治らないような怪我を負わせるか…そのくらいラーシュは僕を激しく憎んでいる。果たしてなんとかできる機会は訪れてくれるのか、鬱々とした気持ちで馬車に揺られた。
「ダニエル様、休憩ですよ。飲み物をお持ちしました」
「あ、ありがとう、トレイさん」
午後もだいぶ過ぎ、夕方には少し早いかという時に休憩だと馬車が停まった。外に簡単な椅子を出して座り、今日2度目の休憩だ。ラーシュはお昼前の休憩では僕達の馬車から離れたところで休んでいたが、今回は僕達の近くへやってきた。
「ひ弱なお前のことだ、さぞ参っているだろうが、今夜は横になって寝ることはできないからな、覚悟しておけ」
わざわざ近づいてきて一言目がそれか、全く大人気ないと呆れる。そして、この男がこうして来たのだから何かあると身構えた。
「返事をしないか」
「…すみません、疲れてしまって…」
「ふん、全く仕方のないやつだ。まあいい、明日にはこうしたことも終わりだからな」
そう言ってラーシュが顎を撫でながらニヤリと僕を見つめた。
なるほど、明日で最後だと気分が高揚して子どもの僕を甚振りに来たというわけか。チャンスはもう今しかないと感じた僕はこれまでと態度を大きく変えて話し始めた。
「ところで領地ですが、トレイさんに用意してもらった本で調べたところ、だいぶ資源が豊富なようですね。例えば温泉、これはそう不便でもない場所から湧いているのですぐにでも収入に結びつく事業が始められるでしょう。それから鉱石も採掘できそうです。なぜこれまで手をつけてこなかったのか理解できませんが、これもそう遠くない将来、採算が取れる事業、いや産業になると考えています」
「おまえ…何を言っている?」
「え?何って、領地の収入を増やす計画です。何もないと聞いていましたが調べたら随分と儲かりそうな土地ですから、先々お父様やお兄様のお役に立つこと間違いなしです。これまでの恩返しをするつもりで、僕はがんばりますよ」
「何を…お前は…」
ラーシュは恐ろしいものを見たかのように後ずさった。それはそうだろう、8歳の子どもがいきなり土地の利用と金儲けの話を始めたのだから。でもここでやめるわけにはいかない。
「僕、先日階段から落ちたんですけど、その時から何か変なんです。頭の中にいろいろなことが浮かんできて、勉強の本も読めばなんだかわかるようになって。それでですね、先程の話ですが、どうも資料にある鉱石というのは磁石と言って…」
「うるさいっ!なんなんだ、お前は!おい、トレイ、こいつの話は本当なのか?」
「あ、は、はい、本当です。ダニエル様は階段から落ちて、その後なんだか難しい本を読んだり難しい話をなさるようになられて…あ、それでこのようなものを作られたり」
トレイさんは手に持っていた袋から僕が遊びで作った手作り万華鏡を出してラーシュに見せ、遊び方を説明した。そんなものを、と苦笑したが、ラーシュは万華鏡を覗いて驚愕していた。どうもこの世界の人にとっては驚くような玩具のようだ。だからトレイさんもわざわざ持っていたのだろう。確かにきれいなものではあるけれど。
「これは…お前が?」
「ああ、はいそうです。この他にもいろんなことが浮かんでくるんです。どうでしょう、こういう考えを形にしたら商売になりますか?お父様たちの役に立つでしょうか?」
ラーシュはしばらく万華鏡と僕を見比べていたが、やがて大きく息を吐くと言った。
「いいだろう、とりあえずこれはもらっていく。もっときちんとしたものを作ることができるんだろうな?実際に売れるようなものだぞ」
「はい、もちろんです!」
僕は心の中でガッツポーズを取る。そして子供らしい笑顔を作って、ダメ押しの一言を放つ。
「僕はこれから先、必ずみんなの役に立ってみせます。お父様、お兄様の」
ラーシュはしばらく僕を見ていたが、
「気味の悪いやつだ…いいだろう、その言葉を忘れるなよ」
と言って僕の返事を待たずに踵を返した。
「ダニエル様…」
ラーシュに声が届かない距離になったことを確かめてトレイさんは口を開いた。
「トレイさん、あの万華鏡、よく持って来ていましたね」
「え?あ、ああ、ええ、本当に綺麗で不思議なものでしたので」
「ふふ、おかげで助かりました。ありがとうございました。今度、もっと丁寧に作ったらプレゼントさせてください」
「えっ、そのような…」
「いいんです。あれは父親も興味を持ったようです。お金になるとふんだかな。これで…」
「ダニエル様?」
「ねえ、トレイさん、僕はもしかしたら明日領地にはたどり着けないかもしれないと思っていたんです」
「っっ…!」
「ふふ、意味はわかりますよね。あの父親は相当僕が嫌いなようだ。理由は…まあ言っても仕方ないけれど。そしてもし今夜何か事故があったら、トレイさんは命がけで僕を守ってくれるつもりだったでしょう?」
「…ダニエル様」
「うーん、僕は本当にどうにかなってしまったみたいで、いろんなことがわかっちゃうんだ。だからさっき父親に、ラーシュに釘をさした。僕のことは生かしておいたほうが得だよって。大嫌いな僕から搾取できるとふめば殺すことはしないだろうって思ったからね」
トレイさんは黙って僕を見つめていた。
「大丈夫です、僕は傷ついていません。以前のダニエルは…傷ついているかもしれませんが、もう後戻りはできないので、納得して生きていくしかないんです。理解しないと」
「ダニエル様、あの、何を?」
「ああ、ごめんなさい。なんでもないんです。さあ、明日には領地に到着だ。間に合って良かった」
その夜は何事もなく、明け方すぎに僕達は無事に領地に着いたのだった。
誤字報告ありがとうございます。なぜか見えないところもあり、直せずにいることろもありますが、ご容赦ください。こんな地味な話を読んでくださる皆様に感謝です。




