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異世界派遣物語  作者: 青木薫


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16/40

16 子どもとして

ここからしばらく子どもが辛い目に遭いますのでご注意ください。

「うう…っう…」


「…ル様、…ニエル様っ、ご無事ですかっ?」


「…っ?」


「ああっ、ダニエル様。よかった、どこか痛みますか?」


「…?」


「ダニエル様?やはりどこか?」


「…え、いえ、大丈夫、です…」


 自分を抱き起こしている上品な…強そうな、紳士?を見上げながら私は応える。そっと身体のあちこちに力を込めるが骨折をしているような痛みは感じられない。どちらかと言えば二日酔いが残っているような感じが不快だが、これまでと違いそれほどのダメージはない。


「…あの、ここは?」


「っっ…ダニエル様、階段から落ちたのですよ、覚えていらっしゃらない?」


「あ…うん、ごめんなさい…そうか、階段から…」


 頭を巡らすと確かに自分は階段の踊り場でいろいろな布にまみれて倒れていたようだ。これを運んでいたのだろうか?それならば足が布に絡まったのだろう。自分の身体を見下ろすと小さい。


 これは、まさか。手の平を見ると小さく、まだ柔らかそうだが皮膚はカサついている。使用人の子どもか?でもさっきダニエル様って…


「あの、やっぱりちょっと脚が痛いかも…しれないのでちょっと休んでもいいですか?」


「…もちろんですよ、さあ、では参りましょう。エイダ、エイダ!ここにあるリネンやタオルを運びなさい。さ、ダニエル様、このトレイにお掴まりください」


 トレイと名乗るその人は私をヒョイと抱き上げるとさっさと歩き始めた。後に残された布類はエイダと声をかけられた女性、メイドの服を着ている、が駆け寄り集め始めた。


「…トレイ、さん…ごめんなさい…」


「そんな、ダニエル様が謝られるようなことは何もないのですよ。そもそも…いえ、とにかく今はお部屋に」


 トレイさんはちょっと困ったような微妙な表情を私に向けたが、すぐに冷静な顔になった。抱きかかえられたまま連れて行かれたのは建物の端の方に位置していたがそれなりの大きさの部屋で子供用のベッドや家具が置かれていたが、カーテンは半分引かれたままで薄暗く、クロゼットもチェストもドアや引出しがきちんと閉じていなかった。


『ここが、この子の部屋…』


 それなりの家の子で『様』をつけて呼ばれる身分、でも大切にされていないのは明らかだ。埃っぽく薄暗く放って置かれた子どもの匂いがする。でもそれは私がここに着いたばかりだから気付いたことで、きっとすぐに慣れてしまう、そんな気がした。


 トレイさんはクタクタのクマのぬいぐるみが置かれているベッドに私をそっと下ろすと部屋を一瞥し一瞬顔を曇らせた後、何事もなかったかのようにカーテンに手をかけ


「ダニエル様、カーテンはどうしますか?お休みになられるなら明るくないほうがいいかもしれません」


と私に聞いてきた。


 確かに、ちょっと休みたいと言ってここに連れてきてもらったのでそうかもしれないが、この子のこの部屋の状態はなんとかしなくてはならないと強く感じたので


「開けて行ってください。それから…どれくらい休んでいいですか?」


とお願いと質問の両方をしてみた。


 トレイさんはまた少し困った顔をしたが、何時間休んでもいいのだと、夕食の時間になったら呼びにきますと言ってくれたのでお礼を言ってベッドに潜り込んだ。トレイさんは何か言いたげだったが、私がジッとしているのをしばらく見つめてその後は黙って部屋を出て行った。


 彼が出て行ってから1〜2分して、私はそっとベッドから抜け出し、入り口の扉の内側から廊下の様子をうかがった。


 人の話し声も物音もない。先程の階段からは少し離れた場所にあったし、この部屋の様子では多分この子の世話をしようという大人はここにはいないのだろう。そっと内鍵をかけて部屋をゆっくりと眺める。


 ベッドやチェストの可愛らしさや椅子の背に無造作に掛けられている服の大きさからするとおそらくこの子は10歳にはなっていないだろう。


 窓辺に寄ると外が見えた。2階なのかそう高さがあるようには感じない。樹木と芝、と素っ気ない庭だが整えられており、遠くに門が見える。これだけの建物なら使用人も多いだろうに、この子は面倒をみてもらっていないのだなと切なくなった。


『この子が自分で自分のことをできるようになったら…嫌がる人がいるだろうか?』


 大人の中には自分の嫌いな相手が幸せになることを望まない者もいる。


 私がこの子として生きていく力を発揮した時に危害を加えられてはいけない。私が去った後にこの子がツラい目に遭うことは避けなくてはならないのだ。


 判断材料を探すべく私はクローゼットの半開きの扉を開けてみた。扉の内側には鏡が貼られていた。鏡がある世界か…と思う間もなく息をのむ。赤みの強い巻毛と白い肌、緑色の瞳、各パーツがバランスよく配置されている。


 でもその表情は乏しく、顔の周りを覆う巻毛は長くもつれ絡まり合っている。ああ…。私はこの子が自分の面倒をみることができるように、自立して生きていけるように、力をつけなくてはならない。それがここでの仕事だとわかった。

お読みくださり、どうもありがとうございます。


我ながら暗い話ですが、お付き合いいただけると幸いです。

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