12 癒えぬ心
よろしくお願いします。
リーナの診療所は街の中心部の教会の中にあって、外部の人も町中の市民もわけ隔てなく診ているということだった。
優しくて腕のいいリーナは街に入ってから教会に着くまで、多くの人たちから声を掛けられていた。笑顔で挨拶を返す彼女に、若いのに本当によく頑張っているんだなと感心しながら一緒に歩いていたが、教会の近くで彼女が立ち止まり俯いたので何事かと辺りを見回すと、いきなり心臓がギュッと掴まれるような気持ちがした。背中に汗が流れる。なんだ?何が起きた?
激しくなる動悸を堪えながら、リーナが背を向けるように見える方向に無理矢理目をやると馬車が停まっていて、中に男性が乗っているのが見えた。あれは…夢で見た…でも思い出さないように抑え込んでいた苦しい記憶、それが一瞬で溢れた。フラッシュバックだ。
*****
僕は引き取られた貴族の家でエミリアという女性に出会った。彼女は聖女の1人で、大きな魔力をもっていた。彼女は僕に熱烈に恋をしたと言って婚約までさせられたが、結局は彼女の立場をより強くするためには僕ではダメだと言われ、別れるしかなかった。
そして僕の代わりにエミリアと結婚することになったのが19歳の若者のディエゴ、馬車にのっている彼だ。横柄で傲慢で、この世の全ては自分のものだとでも考えているような人物。
エミリアは涙を流しながら僕に謝罪したが、決定は覆らなかった。彼女は言った。これが自分への試練なのだと。その時は悲しみと衝撃で理解できなかったが、今は違う。聖女の成長に使われた僕。クソくらえだ。
私がディエゴだと理解する前に反応したジーノの身体。私が考えていたよりも、ずっとずっと、ジーノにとっては辛い出来事だったことが感じられた。そうだ、なぜそんなに簡単に癒えると考えていたのか。
11年間自分の人生を奪い、大量の勉強や作法を押し付け、努力を強いたくせに、最後にはあっさりと全てを奪った。
僕の、どこが悪かったのだろうか。もっと努力していたら、変わっていたのだろうか。そんなことを考えたものだが、僕に原因なんてなかった。
そうとも知らず、思い出すのも辛くて、記憶に蓋をして、なかったことにしていた。
だって、僕は…エミリアを愛していた。きっかけはエミリアの一目惚れで聖女になんて言い寄られて困惑したけれど、一緒にいるうちに彼女のひたむきさに、眩しさに、恋をした。愛を伝え合い、共に幸せになろうと誓い合った。なのに。
ああ…僕達の記憶が混ざり合う。
そのエミリアを奪ったのがディエゴだ。身体が震え、額からは汗が流れ落ちる。でもリーナに悟られるのは嫌だ。平静を装ってリーナの肩に手を置いて尋ねる。
「リーナ?どうしたんだい、何かあった?さあ、早く…」
「おい、リーナ!」
私がリーナを呼ぶ声に被せるようにディエゴがリーナの名を呼びながら馬車を降り、こちらへ近づいてきた。リーナは俯いたままだ。僕の心臓は早鐘のように打っている。私とジーノのどちらが苦しんでいるのか、わからない。僕が、苦しい。このまま走って逃げてしまいたい気持ちを必死に抑える。
「呼んでいるのに、聞こえないのか!」
だが、ディエゴの手が彼女の肩にかかりそうになった時、私は咄嗟にその手を掴んでいた。
「っ!おい、お前っ!」
ディエゴは私の顔を睨みつけてきたが、相手が僕、ジーノだとわかると一瞬目を見開き、その後目を細めてニヤリと笑った。
「なんだ、お前か。その手はなんだ、離せ。僕はその女に用があるんだ。リーナ、今日こそ付き合ってもらうぞ。一緒に来い。おい、お前、早く手を離せ」
喚いているディエゴに、昏い怒りと悲しみ、その他全ての負の感情を抱きながら返事をする。
「ディエゴ、リーナはこれから仕事だ。教会の仕事なのだから勝手に連れ出すことは許されない」
「うるさい、平民のくせに、貴族の俺に指図をするな」
「ディエゴ、僕は平民だけど迷惑料として放って置いてもらえる権利をもらっている。わかっているよね?原因を作ったのはのは誰だい?」
「っっ!」
ディエゴの顔にサッと朱が差す。
「うるさいっ、リーナ、早く来い!」
「…どうして…たった一度行った大聖堂で怪我を治しただけなのに、どうしてこんなに私に構うんですか?もう、やめてください…」
リーナが絞り出すように言い返す。貴族相手に自分の考えを話すのは勇気が必要なのだ。この前彼女が話していた『困った人』というのがまさかディエゴだったとは。つくづく僕と悪縁があるようだが、とにかく今はリーナを安心させなくては。
「聞こえなかったのか、ディエゴ。リーナの雇い主は教会だ。連れていきたいなら教会の許可をもらってくるんだ」
「…はっ、何が教会だ。あいつらなんて…」
「ディエゴ、僕は君と争う気はないんだ。だけど君がそうやって無理を言うならこちらも少々態度を変えなくてはならない。君がそうしたいなら、だけど。どうする?」
ディエゴの手首を握る力を強める。ディエゴは怯みつつも虚勢を張る。
「ううっ、痛っ、なんだお前、また俺に女を取られるのが悔しいのか?そりゃあそうだよな、エミリアだって俺を選んだ!お前なんていらないんだよ!はっ、そんな女。いらない物同士仲良くやればいいさ」
最初に感じた胸が締めつけられるような苦しさが膨れ上がる。そして、僕は彼の腕を捻り上げた。
「ディエゴ、これが最後だ。どうする?君が決めろ」
「…っクソっ!離せっ、どいつもこいつも勝手を言いやがって!女なんて!」
彼のついた悪態の中に焦りと怒り、そして悲しみが見える。まさか…ある1つの考えが浮かぶ。
「ディエゴ、君、もしかして、エミリアとうまくいってないのか?」
「っ!」
ディエゴが息をのみ、口を引き結ぶ。ああ、そうか、彼もなのか。彼もまたこの世界の、エミリアの踏み台なのだろう。エミリアとの思い出がまた蘇る。
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