正しい答え、間違った問い
机の上が、草だらけになった。
古いルーメ草。
新しいルーメ草。
ドランの店に残っていたもの。
リーメル商店の在庫。
西通りの薬屋から祝紋院が預かってきたもの。
束になっているものもあれば、葉だけに分けられたものもある。
シオンは、その真ん中に座っていた。
「多すぎない?」
ティアが店の奥から顔を出す。
「多い」
「捨てるの?」
「捨てない」
「食べるの?」
「食べない」
「じゃあ何するの?」
シオンは少し考えた。
「調べる」
ティアはしばらく草を見たあと、
「ふーん」
と言って奥へ戻っていった。
たぶん分かっていない。
シオンも、まだ分かっていなかった。
⸻
ノートに一本、線を引く。
左側には、これまで問題のなかった草。
右側には、最近入ってきた草。
それぞれに番号をつけた。
前の草、一。
前の草、二。
新しい草、一。
新しい草、二。
本当はもっと分かりやすい名前にしたかったが、途中で面倒になった。
「これで何が分かる?」
横からドランが覗き込む。
「まだ分からない」
「そうか」
「でも、昨日は二つだけ見てたから」
シオンは鉛筆の先で草を指した。
「たまたま違っただけかもしれない」
ドランが少しだけ目を細める。
「なるほどな」
それ以上は言わなかった。
シオンは一組目を見る。
水分。
《比較解析》。
古い草の方が多い。
ノートに書く。
二組目。
今度は、新しい草の方が多い。
三組目。
また古い草の方が多かった。
「水じゃない」
次は重さ。
ばらばら。
葉の厚さ。
これも揃わない。
茎の硬さには少し傾向があったが、全部ではなかった。
魔力も同じだった。
シオンは鉛筆を置く。
「……何も揃わない」
エルナは壁際の椅子に座り、紙へ記録を書いていた。
「それも結果でしょ」
シオンが見る。
「結果?」
「少なくとも、それだけじゃ決められないって分かった」
「でも、原因は分からない」
「一日で全部分かったら、私たちの仕事がなくなるわ」
ドランが鼻で笑う。
「こいつなら、本気でなくしそうだけどな」
「なくさない」
シオンはすぐに答える。
少し考えて付け足した。
「たぶん」
エルナが笑った。
⸻
昼過ぎ。
レオがやってきた。
店に入った瞬間、顔をしかめる。
「うわ。くさ」
「薬草だからな」
ガルドが奥から答える。
「それにしても多すぎだろ」
レオは草の山を避けながら、シオンのところまで来た。
「何してんの?」
「調べてる」
「まだ?」
「まだ」
昨日から同じ会話を何度かしている気がした。
レオは空いている椅子に座る。
「何が違うか分かった?」
「分からない」
「全部同じなんじゃないの?」
「でも、薬は違った」
「じゃあ違うんだろ」
「だから何が違うのか調べてる」
レオは一束つまんで、匂いを嗅ぐ。
「同じ匂いするけど」
「匂いの強さは比べにくい」
「なんで?」
「どれくらい強いか、ちゃんと決められないから」
「鼻で分かるじゃん」
「それはレオがそう思ってるだけだろ」
「シオンも嗅げば?」
「そういう話じゃない」
「めんどくさ」
レオは草を元の場所へ戻した。
シオンは何も言わず、ノートの次のページを開いた。
⸻
少しして、ドランが一束の草を細かく砕き始めた。
乾いた葉が、指の間で音を立てる。
「何してるの?」
シオンが聞く。
「薬にする準備だ」
「今?」
「患者が待ってる」
ドランは当然のように答えた。
問題があるからといって、すべてのルーメ草が使えないわけではない。
古い在庫なら、まだ使える。
「どうやって薬にするの?」
「見たいか?」
シオンは頷いた。
ドランは小さなすり鉢に葉を入れ、細かく砕く。
それから湯を用意した。
「これだけ?」
「傷薬なら、ここから他の材料も入れる」
「ルーメ草は?」
「まず煮出す」
「なんで?」
ドランの手が止まる。
「なんでって……」
少し考える。
「そのまま傷に葉っぱを乗せても、効きが悪いからだ」
「煮ると効く?」
「効くものを出す」
「何が出るの?」
「細かいことは知らん」
シオンが目を丸くする。
「知らないの?」
「薬師は何でも知ってると思ってるだろ」
「ちょっと」
「知らんもんは知らん」
ドランは平然としていた。
「ただ、昔からそうやってきた。湯の色や匂い、煮る時間。それを見て作る」
シオンは、すり鉢の中を見る。
草。
砕かれた草。
そこから作られる薬。
同じものから作る。
でも、同じものではない。
昨日から引っかかっていたものが、少しだけ近づいた気がした。
「砕いたら比べられるかな」
シオンが呟く。
「やってみれば?」
エルナが言った。
⸻
古い草と新しい草から、同じくらいの大きさの葉を選ぶ。
同じ回数だけ、すり鉢で砕く。
粉に近くなったものを二つ並べた。
シオンが見る。
重さ。
《比較解析》。
違う。
けれど、最初から葉の大きさが完全に同じだったわけではない。
「これじゃ駄目だ」
やり直す。
今度は先に秤を使い、同じ重さに揃えた。
「秤使うんだ」
レオが言う。
「使えるものは使う」
「能力あるのに?」
「能力で重さの数字は出ないから」
「不便だな」
「知ってる」
同じように砕く。
並べる。
水分。
魔力。
硬さ。
何度か比べる。
違いは出る。
けれど、やはり原因につながるものは見つからなかった。
シオンは机に額をつける。
「分からない」
「珍しいな」
レオが言う。
「何が?」
「シオンが分からないって言うの」
「いつも言ってる」
「言ってるけど、そのあとすぐ何か始めるじゃん」
今日は、すぐには始められなかった。
シオンは机に伏せたまま、二つの粉を見る。
能力は間違えない。
聞けば答える。
でも、重さを聞けば重さ。
魔力を聞けば魔力。
硬さを聞けば硬さ。
分かるのは、それだけだった。
知りたいのは、なぜ薬が効かないのか。
でも、その問いには答えてくれない。
「役に立たないな」
ぽつりと口から出た。
誰に言ったわけでもない。
近くにいたガルドも、エルナも、ドランも何も言わなかった。
少しして、レオだけが答える。
「じゃあ普通に薬にすれば?」
シオンが顔を上げる。
「え?」
レオは机の上の粉を指す。
「草のまま分かんないんだろ?」
「うん」
「薬が効かないんだろ?」
「うん」
「じゃあ薬にして比べればいいじゃん」
シオンは黙った。
レオは言い終わると、店の棚に置かれていた干し肉へ目を向ける。
「これ食っていい?」
「駄目だ」
ガルドが即答する。
レオが何か言い返している。
その声が、少し遠く聞こえた。
シオンは机の上を見る。
草。
砕いた草。
まだ、草だ。
ドランが言っていた。
煮て、効くものを出す。
昨日も言っていた。
――今そこにあるのは草だ。
シオンは立ち上がった。
勢いで椅子が後ろへ倒れる。
「うおっ」
レオが振り返る。
シオンはドランを見る。
「薬にしたら、同じにできる?」
「何をだ」
「作り方」
ドランの眉が動く。
「同じ量の草を使って、同じ水で、同じくらい熱くして、同じ時間煮る」
ドランは答えない。
「全部同じにして、前の草と新しい草で作ったら」
シオンはそこで言葉を止めた。
まだ、何を比べればいいのかまでは分からない。
でも、今までとは違う気がした。
エルナが記録していた紙を伏せる。
「やってみる?」
シオンは頷いた。
ドランは二つの草束を見る。
しばらくして、小さく息を吐く。
「店じゃ狭いな」
「どこでやるの?」
「俺の工房」
そう言って歩き出す。
シオンもノートをつかんだ。
レオが干し肉を棚へ戻しながら聞く。
「俺も行っていい?」
「別に」
「何か手伝う?」
シオンは少し考える。
「火、見てて」
「地味!」
それでもレオはついてきた。
店を出る前。
シオンは一度だけ、机に残った二つの草を振り返る。
比べても、分からなかった。
なら、そのまま比べる必要はないのかもしれない。
初めて、そんなことを思った。




