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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第一章 比較する少年

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効かない薬

「薬が効かなかった」


ドランは、もう一度そう言った。


店の奥で、ガルドが帳簿を閉じる。


シオンは台の上に置かれたルーメ草を見ていた。


乾いた細い葉。


薄い緑色。


少し独特な匂い。


何度も見たことがある草だった。


 「効かなかったって、ぜんぜん?」


シオンが聞く。


 「ぜんぜんじゃねえ」


ドランは腕を組む。


 「傷口に使った。痛みは引いたし、血も止まった」


 「じゃあ効いてる」


 「いつもより弱かった」


 「どれくらい?」


 「それが簡単に分かりゃ苦労しねえよ」


ドランは少し苛立ったように言ったが、シオンに怒っているわけではなさそうだった。


 「傷が悪かったんじゃないのか?」


ガルドが聞く。


 「最初はそう思った」


ドランが答える。


 「冒険者の腕の傷だ。深くはなかったが、汚れてた。腫れがなかなか引かなかった」


 「薬を間違えたとか」


 「だから俺もそう思った」


ドランは鼻を鳴らす。


 「調合をやり直した」


 「同じ草で?」


 「ああ」


 「それも効かなかった?」


 「別の客に使った。そっちも弱かった」


シオンはルーメ草を見る。


 「前の草は?」


 「残ってたやつで作ったら、いつも通りだった」


ガルドの顔が少し変わる。


 「つまり、うちから入れた分か」


 「そうとはまだ言ってねえ」


ドランが言う。


 「だから確かめに来た」



店の台に、二つのルーメ草が並べられた。


片方はドランのところに残っていた古いもの。


もう片方は、最近リーメル商店から仕入れたものだった。


見た目はほとんど変わらない。


 「やってみるか?」


ガルドが言う。


シオンは頷いた。


最近は、こういう時に父の方から先に聞いてくるようになった。


六歳で祝紋が出てから三年。


《比較解析》で何が比べられて、何が比べられないのか。


まだ分からないことの方が多い。


それでも、試せることは増えていた。


シオンは二つを見る。


重さ。


《比較解析》。


新しい方が重い。


 「こっちの方が重い」


 「どれくらいだ?」


ドランが聞く。


 「それは分からない」


 「相変わらず面倒な能力だな」


 「知ってる」


次は、水分。


《比較解析》。


古い方が多い。


 「前の草の方が、水が多い」


 「乾燥が甘い?」


ガルドが聞く。


ドランが両方の草を指で折る。


乾いた音がした。


 「いや。どっちも十分乾いてる」


シオンはもう一度見る。


今度は魔力。


《比較解析》。


古い方が多い。


 「前の草の方が、魔力が多い」


ドランの目が少し細くなる。


 「それか?」


シオンも一瞬そう思った。


けれど、すぐに首を振る。


 「他のも見たい」


 「何でだ?」


 「これだけじゃ分からないから」


ドランは持っていた袋から、別のルーメ草を取り出した。


古いものと、新しいもの。


もう一組並べる。


魔力。


《比較解析》。


今度は新しい方が多い。


シオンは黙った。


 「違ったか」


ガルドが言う。


 「たぶん」


 「たぶん?」


 「魔力が原因なら、新しい方が毎回少なくないと変だから」


 「今回は逆だった」


 「うん」


ドランが鼻を鳴らす。


 「簡単にはいかねえな」


シオンは少しだけ嬉しかった。


簡単に分からない方が、気になる。



昼を過ぎた頃、店の扉が開いた。


 「失礼します」


聞き覚えのある声だった。


入ってきた女性を見て、シオンは少し考える。


栗色の髪。


白と紺の制服。


向こうはすぐに気づいた。


 「あら」


 「……エルナ?」


 「覚えてたのね」


 「前に会った」


 「三年前だけど」


エルナ・ヴァイス。


シオンの祝紋を最初に調べた、祝紋院の職員だった。


ガルドが首を傾げる。


 「なんで祝紋院が?」


エルナは店の中へ入り、ドランにも軽く頭を下げた。


 「西通りの薬屋でも、似た報告があったの」


ドランの顔が変わる。


 「同じルーメ草か?」


 「可能性はある」


 「それで祝紋院が出てくるのか?」


 「その薬草、《鑑定》を通して流通してるでしょう」


ガルドが頷く。


 「仕入れの時に、ベルクが記録を見せてたな」


 「《鑑定》済みの品で問題が続いたなら、確認は必要よ」


エルナは台の上の草を見る。


 「見落としている違いがあるのか。《鑑定》では拾えないものなのか。それとも、能力とは関係ないのか」


シオンはその言葉を聞いていた。


《鑑定》では拾えない違い。


そんなものがあるのか。



エルナは古いルーメ草を手に取った。


瞳の奥に、淡い光が浮かぶ。


 「ルーメ草。乾燥済み。腐敗なし。異物なし」


次に、新しい方を見る。


 「ルーメ草。乾燥済み。腐敗なし。異物なし」


ドランが眉を寄せる。


 「それだけか?」


 「今分かる範囲では」


 「薬としては?」


エルナはもう一度、少し長く草を見る。


 「薬用として扱われるルーメ草。傷薬の材料になる」


 「問題なし?」


 「《鑑定》で分かる範囲ではね」


その言い方が、シオンは気になった。


 「鑑定って、分からないことあるの?」


エルナがシオンを見る。


 「あるわよ」


 「でも、物のこと分かるんじゃないの?」


 「分かることが分かる能力なの」


シオンは眉を寄せる。


 「分かりにくい」


 「私も今そう思った」


ドランが笑う。


エルナは少し考えてから、言い直した。


 「何でも知ってるわけじゃないってこと」


 「じゃあ、間違う?」


 「出た情報そのものは、基本的には間違わない」


 「じゃあ?」


 「出てこない情報がある」


シオンは二つの草を見る。


本物。


乾いている。


腐っていない。


どちらも正しい。


でも、作った薬には違いがあった。



 「やってみて」


エルナが言う。


 「何を?」


 「あなたの《比較解析》」


シオンは少し驚く。


 「覚えてるの?」


 「珍しかったから」


 「強くないのに?」


 「珍しいことと強いことは同じじゃないって言ったでしょう」


三年前と同じことを言った。


シオンは少しだけ笑う。


それから、草を見る。


重さ。


《比較解析》。


差がある。


水分。


差がある。


魔力。


組み合わせによって変わる。


茎の硬さ。


差はある。


葉の厚さ。


これも違う。


けれど、古い方が厚い時もあれば、新しい方が厚い時もある。


何組か繰り返してみても、決まった違いは見つからなかった。


 「何かある?」


ガルドが聞く。


 「違いはいっぱいある」


 「じゃあ分かるのか?」


 「分からない」


ガルドが少し困った顔をする。


シオンも困っていた。


違うところはある。


でも、その中のどれが薬の効き方に関係しているのか分からない。


だから、別の聞き方を試す。


薬として強い方。


何も起きない。


効く方。


何もない。


傷が治る方。


やはり何も起きない。


シオンは草を睨む。


 「なんで」


ドランが横から言った。


 「そりゃ草だからじゃねえのか」


シオンが振り向く。


 「草だから?」


 「薬になってねえだろ、それ」


 「でも、薬になる」


 「なるな」


 「じゃあ比べられるんじゃない?」


 「知らん」


ドランは肩をすくめる。


 「今そこにあるのは草だ」


シオンは黙った。


草。


薬。


同じではない。


シオンはもう一度、二つを見る。


効く方。


何もない。


治る方。


何もない。


能力は答えない。


他のことなら答える。


壊れているわけではない。


なら、間違っているのは能力ではないのかもしれない。


シオンは自分のノートを開いた。


何も書かず、しばらく考える。


エルナが横から覗き込む。


 「何か分かった?」


 「ううん」


 「そう」


 「でも」


シオンは二つの草を見る。


 「聞き方が違うのかも」


エルナは何も言わず、続きを待った。


シオンはノートに短く書く。


『こたえが出ない』


少し間を空け、その下に続ける。


『草と薬は同じ?』


そこで手が止まった。


能力が正しいことと、自分の聞き方が正しいことは、たぶん同じではない。


シオンは二つのルーメ草を見ながら、初めてそんなことを考えた。

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