四人
必要なのは、もう一人だった。
シオンはノアを見る。
石壁の陰で、ノアはロディスの脇腹に手を当てたまま動いていない。
その指は、わずかに震えていた。
「ノア!」
ノアが顔を上げる。
「こっちに来て!」
「でも……」
ノアがロディスを見る。
エルナがすぐに布を重ね、その脇腹へ手を添えた。
「私が押さえる。ゆっくり離して」
ノアの手が離れる。
布に、じわりと赤が滲んだ。
「長くは無理よ」
ロディスが顔をしかめる。
「俺はいいから、やれ」
ノアが立ち上がった。
リグナの背中で、杭が持ち上がる。
「来る!」
杭が放たれた。
「右!」
レオが跳ぶ。
シオンも反対へ走る。
杭が二人の間を抜け、石壁へ突き刺さった。
間を置かず、次が持ち上がる。
「《偏向》!」
ミレイアが腕を振る。
杭が逸れ、石床を砕いた。
その身体がわずかによろめく。
レオの右足も、もう長くはもたない。
ノアの手も震えている。
シオンは周囲を見る。
地面に転がるリグナの杭。
壊れた訓練設備。
そのそばに、折れずに残った操作棒が一本あった。
シオンはノアを見る。
次に、レオを見る。
「……一回だけなら、いけるかもしれない」
「何すんだ?」
シオンは地面の杭を指した。
「ノア。それ、空中で止められる?」
ノアが杭を見る。
「横向きに?」
「うん」
ノアは近くに落ちていた細い木材を拾った。
その先をリグナの杭へ当てる。
「《固定》」
杭が地面と平行に止まった。
「レオ、あの棒」
レオが操作棒を拾う。
「これでどうすんだ?」
シオンは止まっている杭を見る。
「打って」
レオが黙る。
操作棒を見る。
杭を見る。
もう一度、操作棒を見る。
「……なるほど」
口元が上がった。
「それなら分かりやすい」
ミレイアが二人を見る。
「でも、真っ直ぐ飛ばしても避けられる」
「うん」
シオンはリグナを見る。
「だから、僕が近づく」
「またかよ」
「レオは準備してて」
レオは何か言いかけて、やめた。
操作棒を両手で握る。
「分かった」
シオンはミレイアを見る。
「飛んだら、僕が言った方に曲げて」
ミレイアの視線が、固定された杭へ向く。
「これを?」
「少しでいい」
一瞬だけ間があった。
「……分かった」
シオンが走った。
リグナの頭がこちらを向く。
背中の杭が持ち上がる。
それでも止まらない。
距離を詰める。
リグナが地面を蹴った。
大きく後ろへ跳ぶ。
「レオ、左!」
レオが位置を変える。
リグナが着地した。
背中の杭が、シオンへ向く。
レオが操作棒を構えた。
ノアを見る。
ノアもレオを見る。
小さく頷く。
レオが踏み込んだ。
操作棒を振り抜く。
「《加速》!」
ノアの手が離れた。
次の瞬間、操作棒がリグナの杭の後端を捉えた。
破裂するような音が響く。
木片が弾け飛んだ。
操作棒が砕ける。
レオの手に残ったのは、折れた柄だけだった。
杭が消えた。
リグナが跳ぶ。
「ミレイア、右!」
「《偏向》!」
ミレイアが左腕を振り抜いた。
飛んでいた杭の軌道が曲がる。
ほんのわずかに。
避けたリグナの身体へ、杭が吸い込まれた。
硬い音が響く。
先端が外殻に当たる。
そのまま、隙間へ突き刺さった。
深く。
リグナの身体が大きく跳ねた。
甲高い声が響く。
脚が石床を掻く。
それでも背中の杭が持ち上がる。
「まだ――!」
シオンが身構える。
杭は飛ばなかった。
リグナの身体が傾く。
前脚が崩れる。
巨体が石床へ倒れ込んだ。
重い音が響いた。
誰も動かなかった。
「……やった?」
ノアが呟く。
レオが荒い息を吐く。
「これで立ったら、もう無理だぞ……」
折れた操作棒を落とす。
右足を着いた瞬間、顔が歪んだ。
「いって……」
その横で、ミレイアがよろめいた。
「ミレイア?」
一歩。
もう一歩。
足元を探すように身体が揺れる。
「……なに、これ」
ミレイアが額を押さえた。
「地面が……動いてる」
膝が崩れる。
シオンが駆け寄り、その腕を掴んだ。
「大丈夫?」
「……たぶん、無理」
その場に座り込み、目を閉じる。
ノアも自分の手を見ていた。
握ろうとしても、指がうまく閉じない。
「シオン!」
エルナの声が飛ぶ。
振り返る。
ロディスの脇腹を押さえている布が、赤く染まっていた。
「ノア、戻って!」
「うん!」
ノアが走る。
シオンも立ち上がる。
レオは右足を押さえている。
ミレイアはまだ立てない。
倒れたリグナの身体からは、杭が突き出していた。
勝った。
けれど、まだ終わっていない。
その時だった。
遠くで、何かが崩れる音がした。
シオンが顔を上げる。
塞がれていた通路の向こうから、声が聞こえる。
「中にいるか!」
一人じゃない。
いくつもの足音が近づいてくる。
エルナが大きく息を吐いた。
「……やっと来た」
シオンはもう一度、倒れたリグナを見る。
今度こそ、終わった。




