習性
リグナが地面を蹴った。
大きく後ろへ跳び、レオとの距離を一気に広げる。
着地すると、背中の杭が持ち上がった。
「レオ、右!」
シオンの声に、レオが跳ぶ。
直後、杭が石床を砕いた。
「くっそ……!」
転がるように着地したレオが、すぐに立ち上がる。
けれど、その動きが少しだけ遅かった。
右足。
ほんのわずかに、踏み込みが浅い。
長く動き続けている。
《加速》も何度か使った。
このまま続けるのはまずい。
シオンはリグナを見る。
攻撃は避けられるようになった。
けれど、こちらの攻撃は通らない。
レオの拳でも駄目だった。
ロディスは動けない。
ノアはそのそばを離れられない。
ミレイアも、飛んでくる杭を逸らすので手いっぱいだ。
何かないのか。
シオンの視線が地面を走る。
砕けた石。
壊れた振り子。
壁に突き刺さった杭。
そして、ノアたちの近くにも何本か転がっている。
「レオ!」
「なんだ!」
「そこに落ちてる杭!」
レオが視線を落とした。
少し離れた場所に、リグナが撃った杭が一本転がっている。
レオが駆け寄り、片手で掴んだ。
持ち上げた瞬間、その眉が上がる。
「……軽い」
もう一度、持ち直す。
「見た目より、全然」
長さはレオの腕ほどある。
石壁に深く突き刺さったものと同じ杭なのに、片手でも振れる。
レオがリグナを見た。
「これなら投げられる!」
「レオ、待っ――」
腕が振られた。
杭が飛ぶ。
リグナが身体をずらす。
先端が外殻をかすめ、そのまま後方へ飛んでいった。
乾いた音がした。
リグナが止まる。
外殻に、細い傷が残っていた。
「……傷ついた」
ミレイアが呟く。
シオンも見ていた。
レオの拳では傷一つつかなかった。
けれど、あの杭なら。
浅くても、外殻を傷つけられる。
リグナが低く身を沈めた。
シオンはその脚を見る。
左右。
今、どちらに力がかかっている。
「左!」
三人が動く。
リグナが飛び出し、すぐに向きを変えた。
背中の杭が持ち上がる。
シオンはその姿を見た。
さっき。
レオが近づいた時、撃たなかった。
大きく後ろへ跳んだ。
距離を取ってから、撃った。
偶然かもしれない。
確かめる。
「シオン?」
ミレイアがこちらを見る。
「試したいことがある」
「何を?」
シオンはリグナから目を離さなかった。
「僕が近づく」
「は?」
レオが振り返る。
「お前、何言ってんだよ」
「確かめたい」
「だからって――」
背中の杭が動いた。
シオンは走った。
「シオン!」
リグナへ向かって、真っ直ぐに。
距離が縮まる。
リグナの背中で、杭が止まった。
撃たない。
前脚が沈む。
後ろへ力が移る。
リグナが地面を蹴った。
速い。
シオンが思っていたよりも、一気に距離が開く。
着地した瞬間、背中の杭が持ち上がった。
「っ!」
シオンが横へ跳ぶ。
直後、さっきまで立っていた場所に杭が突き刺さった。
石片が足元まで飛んでくる。
危なかった。
離れることまでは読めても、その速さまでは分からない。
「シオン!」
レオが駆け寄ってくる。
「いきなりやるなよ!」
「ごめん」
「ごめんじゃねえ!」
怒鳴りながらも、レオはシオンの前に立った。
シオンはその肩越しにリグナを見る。
二度目。
杭を撃つ直前に近づいた。
そして、また撃たずに離れた。
偶然ではなさそうだった。
「レオ」
「今度はなんだよ」
シオンは地面に落ちている別の杭を指した。
「それ、持って」
「また投げんのか?」
「今度は投げない」
レオが杭を拾う。
「じゃあどうすんだ?」
シオンはリグナの脚を見た。
「刺す」
レオが杭を見る。
それから、リグナを見る。
「……近づけってこと?」
「僕が近づく」
「またかよ」
「たぶん、あいつは離れる」
シオンは続けた。
「どっちに跳ぶか見る。レオはそこを狙って」
レオの表情が変わる。
「着地するところか」
「少し横で待って。真下は危ない」
「分かった」
レオが杭を握り直す。
ミレイアが二人を見る。
「私も行く」
「ミレイアは杭を見てて」
「でも――」
「飛んできたらお願い」
ミレイアは一瞬だけ黙り、頷いた。
「……分かった」
シオンが前へ出る。
リグナの頭が動いた。
こちらを見る。
一歩。
もう一歩。
背中の杭が持ち上がる。
まだ。
シオンは走る。
距離が縮まった。
リグナの前脚が沈む。
後ろへ。
けれど、真後ろではない。
左右を比べる。
今、強く地面を押しているのは――。
「レオ、右!」
リグナが跳んだ。
斜め後方へ。
その先に、レオがいる。
真正面ではない。
着地点から少し外れた場所。
リグナの身体が落ちてくる。
「《加速》!」
レオが踏み込んだ。
一瞬で距離を詰める。
両手で握った杭を、外殻の隙間へ突き出した。
硬い音。
次の瞬間、杭の先端が食い込んだ。
「っ!」
レオの腕が押し戻される。
それでも離さない。
着地しようとするリグナの身体が、杭へ重なる。
さらに先端が沈んだ。
甲高い声が響く。
リグナが身体を振った。
「レオ、離れて!」
レオが杭から手を放し、横へ跳ぶ。
リグナの脚が石床を抉った。
杭が刺さっている。
深くはない。
けれど、外殻の内側まで届いている。
初めてだった。
リグナが明確に傷を負った。
「いける……!」
レオが笑う。
その瞬間、リグナが吠えた。
空気が震える。
背中の杭が動く。
一本。
間を置かず、もう一本。
「伏せて!」
シオンが叫ぶ。
「《偏向》!」
ミレイアが腕を振る。
一つが逸れ、壁を叩く。
もう一つが石床を砕いた。
さらに、背中で次の杭が持ち上がる。
「こいつ……さっきより速くねえか!」
レオが走る。
右足が、一瞬だけ遅れた。
シオンは見逃さなかった。
レオも気づいたのか、顔をしかめる。
もう長くは続けられない。
もう一度、同じ形を作る。
シオンが前へ出ようとした。
その前に、杭が放たれた。
「っ!」
横へ跳ぶ。
杭が背後の石壁へ突き刺さった。
次が持ち上がる。
近づく時間がない。
さっきまでとは違う。
傷を負ってから、攻撃の間が短くなっている。
「シオン!」
ミレイアが叫ぶ。
また杭が来る。
シオンは避ける。
レオも動く。
ミレイアが逸らす。
その向こう。
石壁の陰で、エルナがロディスの傷を押さえている。
ノアの手は、その上から離れていない。
《固定》。
血は広がっていない。
けれど、ノアの指が震えていた。
それでも離さない。
シオンはリグナを見る。
レオを見る。
ミレイアを見る。
そして、ノアを見る。
三人だけでは足りない。
避けるだけでも。
傷をつけるだけでも。
倒せない。
シオンは息を吸った。
必要なのは、もう一人だった。




