救助
崩れた入口の向こうから、石を踏む音が近づいてきた。
一人ではない。
いくつもの足音が重なっている。
「中にいるか!」
さっきより近い声だった。
「こっちです!」
エルナが声を返す。
やがて崩れた石の隙間から人影が現れた。
一人、二人。
その後ろからも続いてくる。
合同実習に同行していた大人たちと、施設の職員だった。
先頭の男が周囲を見回す。
倒れたミレイア。
壁際に座り込んでいるレオ。
右手を押さえたノア。
そして、脇腹を押さえたまま横たわるロディス。
男の表情が変わった。
「救護を!」
後ろにいた二人がすぐに駆け寄る。
最初に向かったのはロディスだった。
脇腹に当てられていた布を外し、傷を確認する。
「出血してる。新しい布を」
エルナが押さえていた手をゆっくり離した。
別の職員がその場所を引き継ぐ。
「意識は?」
「ある」
ロディスが短く答えた。
声は弱いが、はっきりしている。
「子供を先に見ろ」
「順番はこちらで決めます」
即座に返され、ロディスが目を閉じた。
少し離れたところでは、別の職員がミレイアの前に膝をついていた。
「立てる?」
ミレイアが身体を起こそうとする。
すぐに顔をしかめた。
「……まだ、目が回ってます」
「そのままでいい」
肩を支えられ、ミレイアが再び座る。
レオのところにも人が来た。
「どこか痛む?」
「右足。でも、歩ける」
そう言って立とうとしたレオの膝がわずかに揺れた。
「歩かなくていい」
「いや、でも」
「いいから座ってろ」
レオが不満そうな顔をしながら座り直す。
シオンは少しだけ笑いそうになった。
いつものレオだった。
そのことに、少し安心した。
ノアは右手を見てもらっていた。
職員が指を一本ずつ確認する。
「動かせる?」
ノアがゆっくり指を曲げる。
途中で止まった。
「……動かしにくい」
「痛みは?」
「痺れてる方が強い」
職員が頷いた。
「しばらく使わないこと」
ノアが自分の右手を見る。
「……うん」
最後にシオンのところにも職員が来た。
腕や脚を確認される。
大きな傷はない。
細かな擦り傷と、疲労。
それだけだった。
そう思ったところで、急に身体が重くなった。
もう走らなくていい。
もう避けなくていい。
そう分かった途端、足から力が抜けた。
シオンはその場に座り込んだ。
「大丈夫?」
「はい」
答えてから、自分の声が思ったより小さいことに気づいた。
周囲ではまだ人が動いている。
布や水が運ばれ、簡単な担架が用意されていく。
崩れた入口の状態を確認する者もいる。
そのうち、一人の男が奥へ向かった。
足が止まった。
「……なんだ、これ」
視線の先には、黒い身体がある。
六本の脚を地面に投げ出したまま、動かない。
男がゆっくり近づく。
その後ろから来た別の職員も、同じものを見た。
表情が固まった。
「……アラクス?」
聞いたことのない名前だった。
もう一人が黒い身体を見つめる。
「針蜘蛛が、どうしてこんなところに……」
シオンは顔を上げた。
アラクス。
針蜘蛛。
どちらも知らない。
エルナが言っていた名前とは違う。
「リグナじゃないんですか?」
男がシオンを見る。
「リグナだよ」
それから、倒れた黒い身体へ視線を戻した。
「リグナっていうのは、古代生物の総称だ。これはその一種で、アラクス」
六本の脚。
硬い外殻。
背中から伸びた杭。
確かに、蜘蛛と言われればそう見えなくもない。
「針蜘蛛っていうのは、見たままの呼び方だけどな」
男がさらに近づく。
すぐには触れず、少し離れたところから身体を確認していく。
やがて、その視線が止まった。
外殻の隙間。
そこには一本の杭が深く突き刺さっている。
「……待て」
別の職員も近づいた。
「これ、アラクスの杭だよな」
「ああ」
二人が杭を見る。
次に、その周囲を見る。
床には折れた木材が散らばっている。
砕けた操作棒。
壁や地面に刺さった何本もの杭。
そして、四人。
「これをやったのは?」
少しの沈黙があった。
シオンはレオを見る。
レオもこちらを見た。
ノアが顔を上げる。
ミレイアは座ったまま、ゆっくり息を吐いていた。
レオが答えた。
「四人で」
男が何かを言いかけた。
だが、すぐには言葉が出なかった。
視線が四人の間を動く。
それから、もう一度アラクスを見る。
「……そうか」
それだけだった。
男はしゃがみ込むと、今度は慎重にアラクスの状態を調べ始めた。
別の職員も加わる。
しばらくして、短い声が聞こえた。
「動かない」
さらに確認が続く。
「死亡を確認」
その言葉を聞いて、シオンは息を吐いた。
自分が息を止めていたことに、その時初めて気づいた。
レオも壁に背中を預けた。
ノアは目を閉じた。
ミレイアの肩からも力が抜ける。
本当に終わった。
今度こそ。
救護の準備が整い、ロディスが先に運ばれていく。
ミレイアも肩を借りて立ち上がった。
レオは歩こうとして止められ、結局支えられる。
ノアも右手を庇いながら続く。
シオンも立ち上がった。
入口へ向かう途中で、一度だけ振り返る。
倒れたアラクスの周囲には、もう何人もの大人がいた。
誰も不用意には近づかない。
杭にも、外殻にも、直接触れようとはしていなかった。
さっきまで四人だけで向き合っていたものを、大人たちが慎重に囲んでいる。
アラクス。
古代生物、リグナの一種。
シオンはその名前を頭の中でもう一度繰り返した。
そして、外殻に刺さった一本の杭を見る。
あれがなければ、倒せなかった。
シオンが見ている間に、職員の一人が杭のそばへしゃがみ込んだ。
それでも触れず、まず状態を確かめている。
「シオン」
エルナに呼ばれた。
「今は出よう」
「……はい」
シオンは前を向いた。
崩れた入口の向こうから、外の光が差し込んでいた。




