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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第四章 合同実習

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救助

崩れた入口の向こうから、石を踏む音が近づいてきた。


一人ではない。


いくつもの足音が重なっている。


 「中にいるか!」


さっきより近い声だった。


 「こっちです!」


エルナが声を返す。


やがて崩れた石の隙間から人影が現れた。


一人、二人。


その後ろからも続いてくる。


合同実習に同行していた大人たちと、施設の職員だった。


先頭の男が周囲を見回す。


倒れたミレイア。


壁際に座り込んでいるレオ。


右手を押さえたノア。


そして、脇腹を押さえたまま横たわるロディス。


男の表情が変わった。


 「救護を!」


後ろにいた二人がすぐに駆け寄る。


最初に向かったのはロディスだった。


脇腹に当てられていた布を外し、傷を確認する。


 「出血してる。新しい布を」


エルナが押さえていた手をゆっくり離した。


別の職員がその場所を引き継ぐ。


 「意識は?」


 「ある」


ロディスが短く答えた。


声は弱いが、はっきりしている。


 「子供を先に見ろ」


 「順番はこちらで決めます」


即座に返され、ロディスが目を閉じた。


少し離れたところでは、別の職員がミレイアの前に膝をついていた。


 「立てる?」


ミレイアが身体を起こそうとする。


すぐに顔をしかめた。


 「……まだ、目が回ってます」


 「そのままでいい」


肩を支えられ、ミレイアが再び座る。


レオのところにも人が来た。


 「どこか痛む?」


 「右足。でも、歩ける」


そう言って立とうとしたレオの膝がわずかに揺れた。


 「歩かなくていい」


 「いや、でも」


 「いいから座ってろ」


レオが不満そうな顔をしながら座り直す。


シオンは少しだけ笑いそうになった。


いつものレオだった。


そのことに、少し安心した。


ノアは右手を見てもらっていた。


職員が指を一本ずつ確認する。


 「動かせる?」


ノアがゆっくり指を曲げる。


途中で止まった。


 「……動かしにくい」


 「痛みは?」


 「痺れてる方が強い」


職員が頷いた。


 「しばらく使わないこと」


ノアが自分の右手を見る。


 「……うん」


最後にシオンのところにも職員が来た。


腕や脚を確認される。


大きな傷はない。


細かな擦り傷と、疲労。


それだけだった。


そう思ったところで、急に身体が重くなった。


もう走らなくていい。


もう避けなくていい。


そう分かった途端、足から力が抜けた。


シオンはその場に座り込んだ。


 「大丈夫?」


 「はい」


答えてから、自分の声が思ったより小さいことに気づいた。


周囲ではまだ人が動いている。


布や水が運ばれ、簡単な担架が用意されていく。


崩れた入口の状態を確認する者もいる。


そのうち、一人の男が奥へ向かった。


足が止まった。


 「……なんだ、これ」


視線の先には、黒い身体がある。


六本の脚を地面に投げ出したまま、動かない。


男がゆっくり近づく。


その後ろから来た別の職員も、同じものを見た。


表情が固まった。


 「……アラクス?」


聞いたことのない名前だった。


もう一人が黒い身体を見つめる。


 「針蜘蛛が、どうしてこんなところに……」


シオンは顔を上げた。


アラクス。


針蜘蛛。


どちらも知らない。


エルナが言っていた名前とは違う。


 「リグナじゃないんですか?」


男がシオンを見る。


 「リグナだよ」


それから、倒れた黒い身体へ視線を戻した。


 「リグナっていうのは、古代生物の総称だ。これはその一種で、アラクス」


六本の脚。


硬い外殻。


背中から伸びた杭。


確かに、蜘蛛と言われればそう見えなくもない。


 「針蜘蛛っていうのは、見たままの呼び方だけどな」


男がさらに近づく。


すぐには触れず、少し離れたところから身体を確認していく。


やがて、その視線が止まった。


外殻の隙間。


そこには一本の杭が深く突き刺さっている。


 「……待て」


別の職員も近づいた。


 「これ、アラクスの杭だよな」


 「ああ」


二人が杭を見る。


次に、その周囲を見る。


床には折れた木材が散らばっている。


砕けた操作棒。


壁や地面に刺さった何本もの杭。


そして、四人。


 「これをやったのは?」


少しの沈黙があった。


シオンはレオを見る。


レオもこちらを見た。


ノアが顔を上げる。


ミレイアは座ったまま、ゆっくり息を吐いていた。


レオが答えた。


 「四人で」


男が何かを言いかけた。


だが、すぐには言葉が出なかった。


視線が四人の間を動く。


それから、もう一度アラクスを見る。


 「……そうか」


それだけだった。


男はしゃがみ込むと、今度は慎重にアラクスの状態を調べ始めた。


別の職員も加わる。


しばらくして、短い声が聞こえた。


 「動かない」


さらに確認が続く。


 「死亡を確認」


その言葉を聞いて、シオンは息を吐いた。


自分が息を止めていたことに、その時初めて気づいた。


レオも壁に背中を預けた。


ノアは目を閉じた。


ミレイアの肩からも力が抜ける。


本当に終わった。


今度こそ。


救護の準備が整い、ロディスが先に運ばれていく。


ミレイアも肩を借りて立ち上がった。


レオは歩こうとして止められ、結局支えられる。


ノアも右手を庇いながら続く。


シオンも立ち上がった。


入口へ向かう途中で、一度だけ振り返る。


倒れたアラクスの周囲には、もう何人もの大人がいた。


誰も不用意には近づかない。


杭にも、外殻にも、直接触れようとはしていなかった。


さっきまで四人だけで向き合っていたものを、大人たちが慎重に囲んでいる。


アラクス。


古代生物、リグナの一種。


シオンはその名前を頭の中でもう一度繰り返した。


そして、外殻に刺さった一本の杭を見る。


あれがなければ、倒せなかった。


シオンが見ている間に、職員の一人が杭のそばへしゃがみ込んだ。


それでも触れず、まず状態を確かめている。


 「シオン」


エルナに呼ばれた。


 「今は出よう」


 「……はい」


シオンは前を向いた。


崩れた入口の向こうから、外の光が差し込んでいた。

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