振り子
朝食を終えると、シオンたちは昨日とは別の建物へ向かった。
ロディスとエルナも一緒だった。
石造りの建物は、水路のあった場所からそれほど離れていない。
身体を守る装具をつけ、ロディスのあとについて中へ入る。
細い通路を抜けたところで、レオが足を止めた。
「うわ」
シオンも、その先を見た。
広い空間だった。
奥まで続く石の足場。その周囲には、いくつもの振り子が並んでいる。
丸いものもあれば、横に長いものもある。大きさも、吊られている高さも違っていた。
そして、足場の下には水が流れている。
「あれ?」
レオが縁から下を覗き込んだ。
「この水、昨日のやつじゃない?」
シオンも隣から下を見る。
石壁の奥から流れ込んだ水が、足場の下を通り、反対側へ抜けている。
昨日の水路があった方向を思い出す。
「方向は合ってる」
「じゃあ、昨日の水ってここに流れてたのか」
昨日は分からなかった水の行き先が、一つだけ分かった。
ただ、水はここからさらに先へ流れている。
ミレイアが、並んだ振り子を見た。
「これが全部動くんですか?」
「ああ」
ロディスは入口近くにある杭へ手を置いた。
「これを動かすと始まる。奥まで進んで、向こうの杭を動かせば終了だ」
かなり先に、同じような杭が見える。
「避けてもいい。受けてもいい。祝紋を使ってもいい。ただし、下へ落ちるか、壁まで飛ばされたらやり直しだ」
レオが笑った。
「昨日より分かりやすいな。避けて進めばいいんだろ?」
入口付近の足場は広いが、その先には細い場所や、石の足場が離れて並んでいる場所もある。
「大丈夫だって。こういうのなら得意だわ」
昨日の課題を一度で最後まで抜けたばかりだ。
それに、走ったり、跳んだり、動くものを避けたりするのは、もともとレオの得意な方だった。
ロディスが杭を動かした。
ごとん、とどこかで音がした。
一つ目の振り子が動き、少し遅れて二つ目、その奥の振り子も次々と揺れ始める。
小さなものは速く、大きなものはゆっくりと揺れる。同じ大きさに見えるものでも、振れる幅が違っていた。
レオが一歩前へ出た。
「じゃ、行ってくる」
「待って。一緒に――」
シオンが言い終えるより早く、レオは走り出した。
最初の振り子を身体を沈めてかわし、次は目の前を通過させてから前へ出る。
「ほら!」
振り返る余裕まであった。
そのまま次の足場へ跳び、さらに一つ、二つと抜けていく。
「本当に得意なんだ」
ノアが感心したように言った。
レオは細くなった足場まで進んだ。
前から来た大きな振り子を引きつけ、目の前を横切った直後にその背後へ入り込む。
「よし!」
その直後だった。
大きな振り子の陰から、小さな振り子が戻ってきた。
「レオ!」
レオが振り向き、身体を捻る。
振り子の端が肩に当たった。
「うおっ」
足がずれる。
細い足場では立て直せなかった。
ばしゃん、と大きな水音が響いた。
シオンはすぐに足場の縁まで走った。
「レオ!」
水面からレオの頭が出てくる。
「冷てえ!」
声はいつも通りだった。
レオはそのまま側面の梯子まで泳ぎ、上がってくる。
「大丈夫?」
「全然。ちょっと当たっただけ」
レオは肩を回してみせた。
普通に動いている。
身体に当たる程度なら、装具もあるし、大きな怪我にはなりにくそうだった。
それでも、頭の近くは気をつけた方がいい。
「くそ。あれ見えてなかった」
「一つ目だけ見てたから」
レオは濡れた服の裾をつまんだ。
「重っ」
「落ち続けたら攻略が厳しくなるぞ」
ロディスが言った。
「もう落ちねえよ」
レオは濡れた服のまま戻ってきた。
シオンは振り子を見る。
レオは速かった。避けるのも上手かった。
それでも、一つだけを見ていたから落ちた。
その次。
さらに、その次。
足場も一緒に見なければならない。
「今度は一緒に行こう」
「……分かった」
二度目は、四人で進んだ。
最初の振り子が右から迫る。
レオは一歩下がってかわした。ノアも少し遅れて避ける。
シオンは、その場に残った。
振り子が近づいてくる。
身体に当たる直前、半歩だけ前へ出た。
振り子が背中のすぐ後ろを通り過ぎる。
「近くない?」
ノアが言った。
「これで十分だから」
次の振り子は肩を引くだけで通した。
さらに一つ。
半歩だけ軌道から外れ、そのまま前へ出る。
大きく避けていたレオとの距離が、少しずつ縮まっていく。
次の振り子を抜けたところで、シオンはレオの隣に並んだ。
レオが横を見る。
「なんで俺よりゆっくりなのに、もうそこにいんだよ」
「レオが動きすぎなんじゃない?」
「お前が動かなすぎなんだよ」
シオンは少し笑った。
その先では、石の足場が離れて並んでいた。
一つ目、二つ目と跳び、その先でシオンは止まった。
次の足場までは少し遠い。
しかも着地点を振り子が横切っている。
シオンは近づいてくる振り子と、その先の足場を交互に見る。
避けなくてもいい。
横から来た振り子が身体のそばを通る瞬間、シオンは手を添えた。
押し返さず、その動きに合わせて踏み出す。
身体が引かれる。
その勢いに合わせて足場を蹴った。
振り子から手を離し、水の上を越える。
向こうの石へ着地すると、膝を曲げて勢いを殺した。
「それありなの?」
レオが言った。
「避けろとは言われてないよ」
レオがロディスを見る。
「受けてもいいとは言ったな」
「そういう意味だったのか?」
「好きに考えろ」
レオは助走をつけ、普通に飛び越えてきた。
さらに進むと、二つの振り子が違う速さで同じ場所を横切っていた。
レオが前へ出ようとする。
「まだ」
一つ目が通る。
「まだ」
二つ目が逆方向へ戻っていく。
二本の間に空間ができた。
「今」
四人が走り抜ける。
その先では、大きな振り子が細い足場を塞ぐように動いていた。
さらに奥にも、もう一つある。
シオンは二つを交互に見た。
一つ目が戻る。
二本の位置が離れる。
「今」
走る。
一つ目を抜けたところで、二つ目が戻ってきた。
「ノア!」
「うん!」
ノアが振り子に触れる。
「《固定》」
振り子が止まった。
シオン、ミレイア、レオが横を抜け、最後にノアが手を離して追いついてくる。
振り返ると、止められていた振り子はまだその場にあった。
だが、少しするとゆっくり動き始める。
振れ幅が少しずつ大きくなり、やがて元と同じように往復を始めた。
「勝手に戻るんだ」
ノアが言った。
どういう仕組みなのかは分からない。
その先では、振り子の軌道が次の足場への道を塞いでいた。
ミレイアが前へ出る。
左手首に二本の曲線が浮かんだ。
「少しずらす」
振り子が迫る。
「《偏向》」
進む方向が外側へずれた。
「今!」
四人が次々に渡る。
シオンは着地してから振り返った。
《偏向》された振り子は、元の軌道には戻っていなかった。
斜めに振れたあと、次は少し違う場所を通る。
揺れるたびに軌道がわずかに変わっている。
ロディスも動きを確認してから、先へ進むよう合図した。
そこからは、四人で少しずつ進んだ。
避けられるものは避ける。
待てるものは待つ。
必要なところだけ祝紋を使う。
レオも、もう一人で先へ行こうとはしなかった。
「シオン、次は?」
シオンは振り子を見る。
「……まだ」
レオは動かない。
一つが通り過ぎ、その次が戻っていく。
「今」
今度は迷わず走った。
やがて、足場が再び広くなった。
振り子も途切れる。
「終わり?」
レオが奥を見る。
「いや」
ミレイアが答えた。
少し先で、石の壁が左右へ大きく開いていた。
その向こうには、これまでとは違う空間がある。
広い一本道。
飛び石も、細い足場もない。
ただ、その道を塞ぐように、巨大な振り子がいくつも揺れていた。
どれも、ここまでのものより大きい。
振れる速さも、幅も違う。
右から来るもの。
左から来るもの。
ゆっくり大きく横切るもの。
その隙間を速く通り抜けるもの。
動く順番も揃っていない。
そして、そのずっと向こう。
道の終わりに、一本の杭が立っていた。
レオがしばらく黙って眺める。
今度は、すぐには走り出さなかった。
「……あれ抜けんの?」
一つの振り子が通る。
まだ戻りきらないうちに、次が反対側から入ってくる。
さらに奥では、別の振り子が動き始めていた。
一つずつなら、避けられる。
でも、一つずつ来るわけじゃない。
シオンは揺れ続ける振り子を見つめた。




