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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第四章 合同実習

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一度で

黒い球が、最後の門へ向かって流れていく。


ノアが走る。


三つ目の門も、すでに下がり始めていた。


球との距離。


閉じていく門。


ほんの少しだけ、間に合わない。


レオの腹に祝紋が浮かんだ。


《加速》。


一瞬でノアの後ろへ追いつく。


 「行け!」


背中を押す。


ノアの身体が前へ出た。


レオはすぐに《加速》を解く。


ノアが門へ飛び込むように手を伸ばした。


背中の祝紋が光る。


 「《固定》」


門が途中で止まる。


黒い球が迫る。


ごろっ。


残った隙間を抜けた。


ノアが息を吐く。


 「間に合った」


レオが笑う。


 「俺のおかげ」


 「ちょっとだけ」


 「押さなかったら間に合ってなかっただろ」


 「ちょっとだけ」


 「そこは認めろよ」


ミレイアが先を見る。


 「まだ終わってないよ」


球はもう、水路の先へ進んでいた。


     ◇


三つの門を抜けると、水路は大きく曲がった。


その先。


水路が上っている。


短いが、はっきりとした坂だった。


黒い球が水に押され、その坂へ入る。


少し上がる。


速度が落ちる。


止まった。


そして、


ごろ。


下へ戻ってきた。


レオが眉を寄せる。


 「これ、上らないじゃん」


ノアが周囲を見る。


水路の横に、長い棒が二本置かれていた。


先端には幅の広い板がついている。


レオが一本持ち上げる。


 「これで水を押すのか?」


水へ入れる。


そのまま前へ押し出した。


ばしゃっ。


流れが一瞬強くなる。


黒い球が再び坂へ入った。


さっきより高く上がる。


でも、頂上までは届かない。


また戻ってきた。


 「足りない」


ノアが言う。


レオは手にした棒を見る。


坂。


水。


黒い球。


少し考えた。


 「じゃあ、ここだな」


シオンが見る。


 「《加速》?」


 「これなら使う意味あるだろ」


球がもう一度、水に押されて坂へ向かう。


レオが棒を構えた。


腹の祝紋が光る。


《加速》。


一瞬。


棒が水を強く押し出す。


ばしゃっ。


水が一気に坂へ流れ込んだ。


黒い球が前へ出る。


坂を上る。


半分。


その先。


まだ上がる。


レオがもう一度、棒を押し込んだ。


球が頂上へ届く。


一瞬だけ止まりかける。


そのまま、


ごろっ。


向こう側へ越えた。


 「行った!」


レオが叫ぶ。


四人が球を追う。


     ◇


坂の向こうは、しばらく下りだった。


球が勢いをつけて進んでいく。


やがて、水路が再び二つに分かれた。


レオが言う。


 「また分かれた」


シオンは左右を見る。


どちらにも水が流れている。


黒い球は止まらない。


さっきの分岐を思い出す。


見た目の勢いだけでは分からない。


左。


右。


今、球を先へ押している力。


《比較解析》。


線が傾く。


 「右!」


ミレイアはすぐに左手を上げた。


手首の祝紋が淡く光る。


《偏向》。


球の軌道がわずかに変わり、右の水路へ入った。


その先。


今度は三つに分かれる。


 「三つ?」


ノアが言う。


一度に三つは比べられない。


なら、二つずつ比べればいい。


左と真ん中。


《比較解析》。


真ん中。


真ん中と右。


《比較解析》。


真ん中。


 「真ん中!」


ミレイアがすぐに合わせる。


黒い球が中央の水路へ入った。


曲がる。


落ちない。


そのまま先へ進む。


次は四つ。


レオが目を見開く。


 「増えてるじゃん」


シオンは四つの流れを見る。


最初の分岐から、何度か見てきた。


見た目の勢いだけでは決められない。


見る。


比べる。


残す。


次と比べる。


《比較解析》。


《比較解析》。


《比較解析》。


 「右から二つ目!」


 「分かった!」


ミレイアが球の進む方向を変える。


黒い球が指定した水路へ入った。


そのまま曲がりを抜ける。


シオンはすぐに先を見る。


五つ。


今までで一番多い。


五本の水路から流れる水の音が重なる。


球はもう近づいている。


一つずつ迷っている時間はない。


シオンの視線が、五つの流れを素早く追う。


細い線が、何度も現れては消える。


 「一番右!」


 「分かった!」


ミレイアの祝紋が光る。


球の軌道が変わる。


一番右の水路へ入った。


水に押されて進む。


四人も追う。


曲がり角を一つ抜けた。


その先には、もう分岐はなかった。


丸い石の受け皿が見える。


レオが叫ぶ。


 「ゴール!」


黒い球が水に押されて進む。


最後の曲がりを抜ける。


ごろごろと音を立て、


ごとん。


受け皿の中央へ収まった。


水だけが、その脇から流れ落ちていく。


四人はしばらく球を見ていた。


誰も動かない。


レオが最初に口を開く。


 「……終わった?」


ミレイアも受け皿を見る。


 「たぶん」


ノアがロディスを見る。


少し離れた場所に立っていたロディスは、何も言わなかった。


 「ロディスさん?」


ミレイアが呼ぶ。


ロディスがゆっくり近づいてくる。


受け皿。


黒い球。


それから、四人を見る。


 「落としてないな?」


レオが眉を寄せる。


 「見てただろ」


 「一回も?」


 「一回も」


ロディスは少し黙った。


エルナも近くまで来ていた。


彼女も、いつもより少し驚いた顔をしている。


 「何?」


レオが聞く。


ロディスは黒い球を持ち上げた。


 「この課題は、最初から成功することを想定してない」


レオが首を傾げる。


 「そうなの?」


 「ああ。普通はどこかで落とす」


ロディスは水路を見る。


 「分岐を間違える。途切れたところで落とす。門で間に合わない。坂を越えられない」


ノアが聞く。


 「それでもいいの?」


 「それが訓練だからな」


ロディスは球を手の中で転がす。


 「失敗した場所を覚える。何が悪かったか考える。次はやり方を変える」


シオンは来た道を見る。


最初の分岐。


途切れた水路。


三つの門。


上り坂。


最後の連続した分岐。


ロディスが続ける。


 「最初の分岐で左へ入ると、その先で流れが一気に強くなる。曲がりきれずに落とす班が多い」


レオがシオンを見る。


 「やっぱ右で合ってたんじゃん」


 「今だから分かる」


 「最初から言ってたけどな」


シオンは答えなかった。


あの時に分かったのは、右の方が球を先へ押す力が大きいことだけだ。


左へ行ったら落ちるなんて、分かってはいなかった。


ミレイアが聞く。


 「最後の分岐は?」


 「あそこは落ちるとは限らない」


ロディスが答える。


 「ただ、外れを選ぶと遠回りする。何度も間違えれば、それだけ時間を使う」


レオが最後の水路を振り返る。


 「じゃあ、シオン全部当てた?」


ロディスもシオンを見る。


 「そうなるな」


シオンは少し考える。


当てた、という感じはしなかった。


見て。


比べて。


選んだだけだ。


 「最後まで行く人は?」


ミレイアが聞く。


 「少ない」


レオの顔が明るくなる。


 「じゃあ俺たち、結構すごい?」


 「そうだな」


ロディスは頷いた。


 「ただ」


四人が見る。


 「一度も落とさず、初めてで最後まで行った班は、俺の知る限りいない」


レオの笑顔が止まった。


 「……一回も?」


 「ああ」


 「今まで?」


 「残ってる記録にはない」


少し離れたところで、別の班の参加者たちもこちらを見ていた。


水路の途中では、最初からやり直している班がいる。


黒い球が槽へ落ちる音がした。


レオが小さく言う。


 「一発?」


ノアも受け皿を見る。


 「一発」


ミレイアは笑わなかった。


シオンを見ている。


 「最初も、最後も」


 「何?」


 「あなたがいなかったら無理だった」


シオンは首を傾げる。


 「ミレイアがいなかったら、途切れたところで落ちてた」


 「そういうことじゃなくて」


 「ノアがいなかったら門で落ちてたし、レオがいなかったら坂も越えられなかった」


レオが笑う。


 「また自分抜いてる」


ノアも頷いた。


 「最後、ずっとシオンが決めてた」


 「みんながその通り動いたから」


ミレイアが少し息を吐いた。


 「……昨日、使いにくそうって言ったの、訂正する」


シオンが見る。


 「使いにくいのは合ってるよ」


一瞬。


ミレイアが黙る。


レオが吹き出した。


ノアも小さく笑った。


 「何?」


シオンだけ、理由が分からなかった。


     ◇


昼の休憩に入っても、水路からは何度も音が聞こえていた。


球が落ちる。


戻す。


また始める。


別の班では、最初の分岐の前で長く相談している。


レオはパンを食べながら水路を見る。


 「ほんとに一発で行ったんだな」


ミレイアが答える。


 「四人でね」


 「俺、最後かなり活躍しただろ」


 「門ではノアを押しただけ」


 「あれ大事だっただろ」


ノアが言う。


 「ちょっとだけ」


 「お前まで言うのかよ」


シオンは三人の会話を聞きながら、水路を見る。


一人だったら。


最初の分岐は選べても、途切れた場所を越えられない。


ミレイア一人なら。


球を曲げられても、門は止められない。


ノア一人なら。


門は止められても、坂を越えられない。


レオ一人なら。


速く動けても、進む先までは分からない。


四人だったから届いた。


ロディスがこちらへ歩いてくる。


 「午後は軽い確認だけにする」


レオが顔を上げる。


 「もう終わり?」


 「明日に備えろ」


 「明日?」


ロディスは四人を見る。


 「予定を変える」


ミレイアが姿勢を正した。


 「何をするんですか?」


 「本来、お前たちにやらせる予定じゃなかった課題だ」


レオの顔が明るくなる。


 「難しいやつ?」


 「かなりな」


ロディスは演習場の奥へ目を向けた。


石造りの建物。


そのさらに奥。


外からは中の様子が見えない区画がある。


 「今日の結果と、この班の能力なら試せる」


少し間を置く。


 「ただし、明日は防具を着けてもらう」


レオの笑顔が少しだけ消えた。


 「そんな危ないの?」


 「だから本来は、もっと上の訓練で使う」


シオンも奥を見る。


何をするのかは、まだ分からない。


ただ、防具が必要になる理由だけは気になった。

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