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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第四章 合同実習

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流れを読む

翌朝。


演習場の中庭には、十人の参加者が集まっていた。


昨日は何もなかった広場の奥から、水の音が聞こえている。


シオンはそちらを見た。


石で作られた長い水路。


地面より少し高い位置を走り、途中で曲がり、二つに分かれ、また一つに戻っている。


遠くには、水路を横切る細い門のようなものも見えた。


一番上では、石壁の穴から水が流れ出している。


けれど、その向こうに川も大きな水槽もない。


レオも気づいたらしい。


 「この水、どっから来てんの?」


ロディスが答える。


 「分からん」


 「分からないの?」


 「ああ」


ロディスは水路の横にある古い取っ手を下げた。


流れが弱くなる。


元へ戻すと、また水量が増えた。


 「動かし方と止め方は分かってる」


 「それだけ?」


 「それだけで何十年も使ってる」


レオは水路を見る。


 「大丈夫なの、それ」


ノアが小さく笑った。


シオンは石壁から流れ出る水を見る。


どこから来るのか。


どうして流れ続けるのか。


気になる。


けれど、ロディスが手を叩いた。


 「集まれ」


     ◇


ロディスの手には、握り拳より少し大きな黒い球があった。


表面は滑らかで、石に見える。


 「今日やるのは、昔からここで使われている課題だ」


黒い球を水路の始点へ置く。


まだ手は離さない。


 「学院へ入る前後に、一度は経験する者が多い」


参加者たちを見回す。


 「見るのは、力の強さじゃない。その場で何を見るか、どう判断するか、自分の祝紋をいつ使うかだ」


レオが水路の先を見る。


ずっと向こうに、丸い石の受け皿がある。


 「あそこまで運べばいい?」


 「そうだ」


ロディスが球を軽く叩く。


 「球には直接触るな。設備には触っていい。祝紋も自由に使え」


ノアが聞く。


 「落としたら?」


 「最初からやり直し」


 「何回でも?」


 「時間の許す限りはな」


ロディスは水路を見る。


 「失敗したなら、何が悪かったか考えろ。それも訓練だ」


シオンも水路を見る。


最初から最後までは見通せない。


角を曲がった先に何があるのかも分からない。


全部調べてから始める課題ではないらしい。


 「まず班の中で、できることだけ確認しろ」


三つの班が分かれた。


     ◇


シオンたち四人は水路の脇へ移動した。


最初に口を開いたのはミレイアだった。


 「昨日は名前だけだったから、ちゃんと確認しておこう」


左手を上げる。


手首に祝紋が浮かんだ。


二本の曲線が重なった、ハートに少し似た形。


けれど下の先端はきれいには閉じず、交差した線がそれぞれ別の方向へ流れている。


 「私は《偏向》。動いているものにかかる力の向きを変えられる」


レオが聞く。


 「止めたりもできる?」


 「できない。向きを変えるだけ」


 「何でも?」


 「重すぎたり、速すぎたりすると難しいし、大きく曲げるほど負担も増える」


祝紋が消える。


ミレイアがレオを見る。


 「《加速》は?」


 「俺自身を速くできる」


 「物は?」


 「直接は無理」


少し前なら、そこまではっきり答えられなかった。


次にノア。


 「《固定》。触ってるものを動かなくする」


 「手を離したら?」


 「終わり」


 「重いものは?」


 「限界がある」


最後に三人の視線がシオンへ向く。


 「《比較解析》」


ミレイアが聞く。


 「二つを比べるんだよね」


 「うん」


 「何でも?」


 「一つの基準で比べられるものだけ」


 「数字は?」


 「分からない」


 「理由は?」


 「それも」


ミレイアが少し考える。


 「じゃあ、どっちが重いとか?」


 「それなら分かる」


 「どっちが強い、は?」


 「強いだけだと無理」


 「……使いにくそう」


レオがミレイアを見る。


シオンは先に答えた。


 「うん。何を比べるか決めないと使えない」


ミレイアは四人を見た。


三人の班が二つ。


自分たちだけ四人。


何を考えたのか、何となく分かった。


でも、シオンは気にしなかった。


まだ何もしていない。


     ◇


 「準備は?」


ロディスが少し離れたところから聞く。


 「大丈夫です」


ミレイアが答えた。


四人が水路の始点へ集まる。


ロディスが黒い球を置く。


水がその周囲を流れていく。


 「始めるぞ」


手を離した。


球が動いた。


ゆっくりと、水に押されて進んでいく。


四人も水路に沿って歩く。


最初は真っすぐだった。


 「これだけ?」


レオが言う。


 「そんなわけないでしょ」


ミレイアが返す。


その直後。


水路が二つに分かれた。


左。


右。


左側の水は激しく波打っている。


右側は、それより穏やかだった。


球は止まらない。


レオが左右を見る。


 「左っぽくない?」


ノアも頷く。


 「流れ、強そう」


ミレイアも左を見る。


 「私もそう見える」


シオンは分岐を見る。


確かに、左の方が水の勢いは強く見える。


水面は大きく波打ち、石の縁にぶつかった水が激しく跳ねている。


でも。


見たいのは、水がどれだけ激しく見えるかじゃない。


今、球を先へ押している力。


左。


右。


《比較解析》。


細い線が浮かぶ。


傾いた。


右。


 「右」


三人がシオンを見る。


レオが聞く。


 「右?」


 「今、球を先に押してる力は右の方が大きい」


 「左の方がすごそうだけど」


 「見た目は」


球が分岐へ近づく。


シオンは右を見る。


 「でも、比べたら右」


ミレイアが一瞬だけ迷う。


それから球を見る。


 「分かった」


まだ《偏向》は使わない。


球が分岐へ入った。


中央で一度揺れる。


そのまま右側の流れへ乗った。


レオが振り返る。


 「ほんとに右行った」


 「今の力を比べただけ」


ミレイアは左側の荒い流れを一度見た。


その先は大きく曲がり、ここからでは見えなくなっている。


 「左だったらどうなってたんだろ」


 「分からない」


シオンも左を見る。


行っていない方の先は、比べられない。


今分かるのは、右へ進んだ球がまだ水路の中にあることだけだった。


     ◇


右側の水路は少し細かった。


球の速度が上がる。


四人も歩く速度を上げた。


水路が大きく曲がる。


先を行っていたミレイアが角を回り、その足を止めた。


 「え」


シオンたちも追いつく。


水路が途中で途切れている。


一歩分ほど先に、続きがある。


間には何もない。


下には浅い石槽。


黒い球はもう近い。


 「落ちる!」


レオが動く。


 「触ったら最初から」


ミレイアが前へ出た。


球が水路の端へ届く。


そのまま飛び出した。


左手首に祝紋が浮かぶ。


二重の曲線が淡く光った。


 「《偏向》」


落ちるはずだった球の軌道が変わる。


わずかに前へ。


ごとっ。


向こう側の水路へ落ちた。


一度跳ねたあと、再び水に押されて進んでいく。


レオが目を見開く。


 「今のが《偏向》?」


 「そう」


ミレイアは左手を下ろした。


 「進む向きを変えただけ」


シオンは球を見る。


速度を消したわけではない。


落ちる方向を、先へ進む方向へずらした。


 「どれくらい曲げられるの?」


 「だから、相手によるって」


 「今の球なら?」


ミレイアがシオンを見る。


 「まだ余裕」


 「なるほど」


 「……ほんとに何でも比べるの好きなんだね」


 「気になるから」


 「行くよ」


球はもう先へ進んでいる。


四人も追った。


     ◇


次に見えてきたのは、水路を横切る細い門だった。


木と鉄で作られている。


一つ。


その先に二つ目。


さらに三つ目。


最初の門がゆっくり下りた。


水路を塞ぐ。


少しすると上がる。


今度は二つ目が下がり始める。


順番に開いたり閉じたりしているらしい。


レオが言う。


 「当たったらどうなる?」


ミレイアが門の横を見る。


その部分だけ水路の縁が低い。


 「たぶん弾かれて落ちる」


球は止まらない。


一つ目の門が上がった。


その下を通過する。


二つ目。


ゆっくり下がり始めた。


ノアが前へ走った。


 「行く」


球が近づく。


ノアも門へ近づく。


間に合う。


ノアが手を伸ばした。


背中の祝紋が光る。


 「《固定》」


門が途中で止まった。


黒い球が迫る。


ごろっ。


残った隙間を抜ける。


ノアはすぐに門から手を離した。


《固定》が解ける。


その先。


三つ目の門が、ゆっくり下がり始めていた。


球は止まらない。


ノアが走る。


レオがその背中を見る。


三つ目の門。


近づいていく球。


閉じていく隙間。


黒い球が、最後の門へ向かって流れていった。


挿絵(By みてみん)


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