次の場所
水路の事故から、二週間ほどが過ぎた。
町は、ほとんどいつもの姿に戻っていた。
壊れた水路の支えは新しくなり、倉庫の前に積まれていた土袋も少しずつ片づけられている。
レオの右足も、普段歩く分には気にならなくなった。
《加速》も、祝紋院で確認しながら少しずつ使い始めている。
ただし。
「一回」
レオが言う。
シオンが見る。
「何が?」
「今のところ、一回使ったら休む」
「決めたんだ」
「決めた」
少し得意そうだった。
「どれくらい休むの?」
「……そこまではまだ」
シオンは少し考える。
「決まってないじゃん」
「そこはこれから」
隣を歩いていたノアが小さく笑った。
「前よりはまし」
「何だよ」
「前は何も決めてなかった」
レオが何か言い返そうとした時、祝紋院の建物が見えてきた。
今日は三人とも呼ばれていた。
◇
部屋に入ると、エルナが待っていた。
机の上には、一枚の紙と見慣れない地図が置かれている。
「三人とも来たね」
「何?」
レオがすぐに聞く。
「また確認?」
「今日は違うよ」
エルナが地図を広げる。
アルネアから少し離れた場所に、丸がついていた。
「ここで、近隣の祝紋保持者を集めた合同実習があるの」
レオが身を乗り出す。
「何するの?」
「物を運んだり、決められた場所を通ったり、何人かで一つの課題をやったり」
シオンが地図を見る。
「何人来るの?」
「参加する子どもは、全部で十人」
エルナが答える。
「アルネアから三人。学院から二人。残りは近くの地方院から」
ノアが顔を上げた。
「学院の人も?」
「うん」
レオが少し考える。
「十人だけ?」
「祝紋を持ってる子は、そんなに多くないからね」
シオンは地図を見る。
町をいくつもまたいで集めて、十人。
「俺たちも行くの?」
レオが聞く。
「最後の確認で問題がなければね」
レオが自分の右足を見る。
「足?」
「そこも見るよ。でも、今のところは問題なさそう」
「じゃあ行ける?」
「たぶんね」
レオは少しだけ笑った。
ノアは地図を見たまま聞く。
「学院の人って、十二歳?」
「一年ならね。学院は原則十二歳からだから」
ノアは小さく頷いた。
少し前なら、学院の話を聞いても気にしなかったかもしれない。
今は地図から目を離さなかった。
◇
エルナが紙を見る。
「実習では、三つの班に分かれる予定」
「何人ずつ?」
シオンが聞く。
「三人、三人、四人」
レオが言う。
「四人のとこだけ多い」
「能力の性質や経験を見て調整するから」
「俺たちは?」
「三人とも同じ班。そこに学院生が一人入る予定」
ノアが少し顔を上げる。
「どんな能力?」
「それは向こうで本人に聞いて」
レオは少し不満そうだったが、それ以上は聞かなかった。
その時、扉が開いた。
ティアだった。
ガルドも一緒にいる。
今日はティアの定期確認の日だった。
「兄ちゃん」
「なに?」
ティアが机の地図を見る。
「どっか行くの?」
「たぶん」
「どこ?」
エルナが答える。
「町の外にある演習場」
ティアがすぐに聞く。
「わたしも?」
「今回は行かないよ」
ティアの眉が下がる。
「なんで?」
「ティアちゃんは、今の確認を続ける方が大事だから」
「つまんない」
「遊びに行くんじゃないよ」
レオが言う。
ティアがレオを見る。
「レオは遊びそう」
「遊ばない」
「ほんと?」
「……たぶん」
「ほら」
ノアが少し笑った。
ガルドが地図を見る。
「泊まりですか?」
「予定では二泊です」
エルナが答える。
「私も同行します」
レオがエルナを見る。
「俺のせい?」
「それも少し」
「少しか」
「仕事だからね」
ティアが言う。
「エルナさんも行くの?」
「うん」
「じゃあ、わたしは?」
「別の担当の人と確認」
ティアの顔がさらに嫌そうになる。
「行きたい」
シオンが言う。
「今回は無理」
「次は?」
「分からない」
「またそれ」
レオが笑う。
「シオンに聞くとだいたいそれだな」
「分からないから」
「知ってる」
◇
数日後。
参加が正式に決まった。
出発の日。
祝紋院の前には、荷車が二台止まっていた。
荷物と食料。
毛布。
実習で使う道具。
シオンたちはその間を歩く。
ティアとガルドも見送りに来ていた。
「二泊だけだよね?」
ティアが聞く。
「予定では」
「予定では、いらない」
「二泊」
「うん」
ティアは満足そうに頷いた。
エルナが荷車の確認を終える。
「そろそろ行くよ」
シオンたちは荷台へ乗った。
レオが一番奥。
ノアがその隣。
シオンも座る。
「行ってらっしゃい」
ガルドが言う。
「うん」
ティアが手を振る。
「兄ちゃん!」
「なに?」
「変なことしないでね!」
シオンは少し考える。
「変なこと?」
「調べすぎるやつ」
レオが吹き出した。
「それは無理だろ」
「なんで」
ノアも少し笑う。
荷車が動き出した。
町の道を抜ける。
家が減り、畑が増える。
それから何度か休憩を挟みながら、さらに進んだ。
◇
演習場へ着いた頃には、空が少し赤くなり始めていた。
石の壁。
広い中庭。
その周りに、いくつかの建物が並んでいる。
新しく見える木造の建物もあれば、長く使われていそうな石造りの建物もあった。
広場には、すでに何人か集まっている。
シオンは人数を数えた。
自分たちを入れて、十人。
エルナの言った通りだった。
そのうち二人だけ、同じ形の服を着ている。
学院生だろう。
指導役らしい男が前へ出た。
「まず、学院生を代表して挨拶してもらう」
その言葉に、一人の少女が前へ出る。
年はシオンたちより少し上。
姿勢がまっすぐで、前へ出る動きにも迷いがない。
「学院一年、ミレイアです。《偏向》を使います」
一度、集まった全員を見る。
「今回の実習では、学院で学んできたことを活かしながら、
皆さんと協力して課題を達成したいと思います。
よろしくお願いします」
きれいに頭を下げる。
レオが小さな声で言った。
「ちゃんとしてるな」
ノアも小さく頷く。
ミレイアは元の位置へ戻った。
続いて、男が前へ出る。
「ロディスだ。今回の実習を担当する」
年は三十代半ばくらいに見えた。
大柄ではないが、声はよく通る。
参加者たちを見回す。
「まず、班を発表する」
名前が呼ばれていく。
三人。
三人。
最後。
「ミレイア、シオン、レオ、ノア」
レオが小さく言う。
「やっぱ四人だ」
ミレイアがこちらを見る。
シオン。
レオ。
ノア。
順番に視線が動く。
「四人?」
「そうだ」
ロディスが答える。
「班ごとの能力の性質と経験を見て調整している」
ミレイアはそれ以上何も言わなかった。
◇
班ごとに集まる。
最初に口を開いたのはミレイアだった。
「能力、聞いてもいい?」
レオが答える。
「《加速》」
ノア。
「《固定》」
ミレイアが二人を見る。
それからシオン。
「あなたは?」
「《比較解析》」
「何ができるの?」
「二つを比べる」
少し間があった。
「……それだけ?」
「今は」
ミレイアはシオンをもう一度見る。
それから、四人いる班を見る。
何も言わなかった。
でも。
シオンには、少しだけ分かった。
期待されてはいない。
別に嫌ではなかった。
まだ何もしていないから。
◇
その日の予定は、顔合わせと場所の確認だけだった。
寝泊まりする建物。
食事をする部屋。
明日使う中庭。
立ち入りを控える場所。
ロディスの説明を聞きながら、一通り演習場を回る。
夕食は大きな食堂で取った。
パン。
野菜の煮込み。
薄く切った肉。
レオは向かいに座ったミレイアを何度か見ていたが、話しかけることはなかった。
ノアも静かだった。
学院生が近くにいることを、少し意識しているように見える。
食事を終えると、明日に備えて早めに休むよう言われた。
シオンたちに割り当てられた部屋には、簡素な寝台が並んでいる。
レオが横になる。
「明日、何やるんだろ」
ノアが隣の寝台へ座る。
「能力見せるって言ってた」
「ミレイアの《偏向》って何だと思う?」
「知らない」
「シオンは?」
二人が見る。
シオンは少し考える。
名前から想像はできる。
でも。
「分からない」
レオが笑った。
「やっぱそれか」
灯りが消される。
しばらくして、隣からレオの寝息が聞こえ始めた。
シオンは目を閉じる。
《加速》。
《固定》。
《偏向》。
《比較解析》。
四つ。
一緒に使えば、何ができるのか。
まだ分からない。
でも。
明日になれば、試せる。




