今ある力
水路の事故から、八日が過ぎた。
祝紋院の裏庭。
地面には、長い板が斜めに置かれていた。
その先には、厚い木の板。
板の後ろには、左右に一本ずつ木の支えが置かれている。
近くには、小さな石がいくつか並んでいた。
シオンは坂の上から下を見る。
隣にはノア。
少し離れたところでは、レオが右足を確かめている。
「ほんとに使っていいんだよな?」
エルナが見る。
「今日は二回まで」
「二回?」
「一回使ったら休む。違和感が出たら、その時点で終わり」
「分かってる」
レオの右足は、普通に歩く分にはほとんど気にならなくなっていた。
それでも、まだ自由に《加速》を使っていいわけではない。
今日は状態を確認しながら、短く二回だけ。
そう決まっていた。
ノアが坂を見る。
「何するの?」
シオンは石を二つ取った。
重さ。
《比較解析》。
同じ。
硬さ。
《比較解析》。
これも同じ。
「これを転がす」
「板に当てる?」
「うん」
まず一つ目。
ノアは何もしない。
シオンが坂の同じ位置へ石を置く。
手を離す。
石が転がる。
ごっ。
板へ当たり、少し後ろへ動いた。
石は跳ねて地面へ落ちる。
割れてはいない。
次。
もう一つの石。
同じ場所。
今度はノアが板へ手を置く。
背中の祝紋が光る。
《固定》。
「いくよ」
手を離す。
石が転がる。
がっ。
板は動かない。
その直後。
ぱき。
石の端が割れた。
小さな欠片が地面へ転がる。
レオが目を見開く。
「割れた」
ノアも板から手を離す。
「板は?」
三人で見る。
小さな傷がついているだけだった。
レオが言う。
「《固定》したら、板が強くなる?」
シオンはすぐには答えなかった。
一回目。
板が動いた。
二回目。
動かなかった。
代わりに、石が割れた。
「強くなったとは限らない」
「じゃあ何?」
ノアが聞く。
「固定した時は、板が動かなかった」
レオが眉を寄せる。
「それだけ?」
「今分かったのは、それだけ」
シオンは割れた石を見る。
「固定したことが関係してるかもしれない。でも、一回だけじゃ決められない」
ノアも板を見る。
水路。
止めた支え。
少し離れたところで割れた木材。
シオンも同じことを思い出していた。
◇
レオが石を一つ拾う。
「じゃあ俺もやる」
エルナが言う。
「まず普通に」
「分かってる」
レオは板から少し離れた。
石を投げる。
こん。
板へ当たり、少し後ろへ動く。
次の石。
シオンが重さを比べる。
《比較解析》。
同じ。
「次、《加速》」
レオが構える。
腹のあたりに祝紋が浮かぶ。
《加速》。
一瞬。
腕が振られた。
石が飛ぶ。
ごんっ。
さっきより大きな音がして、板が後ろへ大きく動いた。
レオが《加速》を解く。
エルナがすぐに聞く。
「足は?」
レオが右足を動かす。
「平気」
「じゃあ休憩」
レオは少し不満そうだったが、素直に座った。
ノアが飛んでいった石を見る。
「石にも《加速》ついてた?」
レオが言う。
「速かっただろ」
シオンは少し考える。
「それだけじゃ分からない」
「どうする?」
ノアが聞く。
シオンはレオを見る。
「石を持ったまま《加速》する」
「うん」
「でも、その時は投げない」
レオが首を傾げる。
「じゃあ?」
「一回止まる」
「止まってから投げる?」
「うん」
少し休んだあと。
エルナがレオの足を確認する。
「もう一回だけ」
「分かった」
レオが石を持つ。
《加速》。
一歩だけ動く。
すぐに止まる。
祝紋が消える。
一瞬だけ置いて、そのまま石を投げた。
こん。
最初の投球と大きく変わらない。
レオが眉を寄せる。
「石には残ってない?」
シオンが答える。
「たぶん」
「じゃあ、さっき速かったのは?」
ノアが聞く。
「レオが速く投げたから」
レオが自分の腕を見る。
「俺が速いから、石も速くなった?」
「今のところは、そう見える」
レオは少し笑った。
「それでも使えるじゃん」
「今日はもう終わり」
エルナが言う。
「分かってるって」
◇
最後に、坂をもう一度使った。
今度は高い位置から石を転がす。
まず、ノアは板を固定しない。
シオンが石を置く。
手を離す。
石が勢いをつけて坂を下る。
ごんっ。
板が大きく後ろへ動いた。
次。
ノアが板へ手を置く。
《固定》。
シオンは別の石を取る。
さっきのものと重さを比べる。
《比較解析》。
同じ。
「いくよ」
手を離す。
石が坂を下る。
がんっ。
板は動かない。
その瞬間。
板の後ろで、
がた。
右側の支えが動いた。
ノアが驚いて《固定》を解く。
「今、後ろ動いた」
レオも見る。
「板は止まってたのに」
シオンは右の支えを見る。
さっきの衝突は、もう終わっている。
今からでは比べられない。
「もう一回」
エルナが確認する。
「同じ条件で?」
「うん」
シオンは次の石を取る。
重さ。
《比較解析》。
同じ。
ノアがもう一度板を固定する。
シオンは目を細めた。
右の支え。
左の支え。
石を置く。
手を離す。
転がる。
近づく。
当たる。
その瞬間。
今、板から受けている力。
右。
左。
《比較解析》。
線が傾いた。
右。
「右の方が大きい」
石が跳ねる。
右の支えが、またわずかに動いた。
ノアが板から手を離す。
三人でそこを見る。
「止めたのに」
ノアが言う。
「板は」
シオンが答える。
ノアが右の支えを見る。
「板が動かなかった分、こっちが受けたのかな」
シオンは少し考える。
「かもしれない」
「水路も?」
「それは分からない」
ノアが見る。
「あの時なら?」
「比べられたかもしれない」
「じゃあ、壊れるところも?」
「それは分からない」
レオが言う。
「右の方が大きいんだろ?」
「うん」
「じゃあ右が壊れそうじゃん」
「大きい力がかかってることと、壊れやすいことは別」
シオンは二本の支えを見る。
太さ。
傷。
古さ。
中の状態。
同じとは限らない。
「力が大きくても、丈夫なら壊れないかもしれない」
ノアが聞く。
「あとどれくらい持つかは?」
シオンは試す。
右の支え。
左の支え。
どちらが長く持つか。
《比較解析》。
線は出ない。
「分からない」
「安全かどうかは?」
もう一度。
何も出ない。
「それも分からない」
ノアが少し笑った。
「分かること増えたのに」
「うん」
シオンも板を見る。
「分からないことも増えた」
◇
片づけながら、シオンは帳面を開いた。
『物が今受けている力は比べられる』
その下。
『止めても、力がなくなるとは限らない』
少し考える。
『どこが壊れるかは分からない』
『いつ壊れるかも分からない』
『安全かどうかも分からない』
最後に、
『分かるのは、今』
ノアが横から見る。
「それ、水路の時と同じ?」
「うん」
エルナが聞く。
「《比較解析》が変わった感じはする?」
シオンは少し考える。
二つを選ぶ。
条件を決める。
比べる。
やっていることは、ずっと同じだった。
「変わってないと思う」
「じゃあ、前からできた?」
「たぶん」
「使わなかっただけ?」
シオンは板を見る。
割れた石。
動いた支え。
「比べられると思ってなかった」
エルナは少しだけ笑った。
「六歳の頃と、能力は同じなのにね」
「うん」
レオが言う。
「俺も石に《加速》つけられなかったしな」
ノアが見る。
「でも、速く投げられた」
「それはできた」
レオは少し満足そうだった。
ノアも自分の手を見る。
「俺も、板を強くしたわけじゃなかった」
シオンが頷く。
「動かなくしただけ」
ノアがすぐに聞く。
「次、何試す?」
レオが笑う。
「お前、完全にハマってるじゃん」
「別に」
「前は困ってないからって言ってただろ」
ノアは少し黙る。
「……今は気になる」
シオンは帳面を閉じた。
力は見えない。
それでも。
今そこにあるなら。
比べられるものもある。




