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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第三章 今ある力

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流れ

ガルドが男たちへ振り返る。


 「舟を出せ!」


その声で、大人たちが一斉に動いた。


 「二人は下流へ! 橋の方も見ろ!」


シオンはその隙に、水路の先を見る。


もう、レオたちの姿はない。


水路は建物の間を曲がりながら、町の下へ続いている。


さらに先には川がある。


そこまで流されたら、もっと助けにくくなる。


シオンは走った。


 「シオン!」


ガルドの声が飛ぶ。


シオンは振り返らない。


水路沿いの通路を下へ走る。


雨で石が滑る。


何度か足を取られそうになりながら、曲がり角を抜けた。


少し先。


水路の幅が広がったところに、大きな流木が引っかかっていた。


その周りに石や泥、枝が溜まり、小さな中洲のようになっている。


そこに、人影があった。


 「レオ!」


返事はない。


レオは流木に身体を預けるようにして、片腕でノアを抱えていた。


二人とも全身が濡れ、ほとんど動いていない。


顔だけは水の上に出ている。


まだ流されてはいない。


けれど、流木は水を受けるたびに大きく揺れていた。


シオンは周囲を見る。


ここからそのまま入るのは無理だった。


岸の近くまで流れが強い。


上流では、大人たちが舟を出そうとしている。


でも、ここへ来るまでには時間がかかる。


シオンは辺りを見回した。


近くの倉庫脇に、壊した木箱の板が何枚か積まれている。


その中から、小さな板を一枚取る。


水際へ行き、流した。


板はすぐに岸から離れ、中央へ引かれる。


少し先で向きを変え、そのまま流れていった。


二枚目。


今度は少し上流側から流す。


最初の板とは違う方向へ進んだ。


大きな石の手前で向きが変わり、流木の方へ寄る。


だが、中洲には届かない。


途中で横へ押し流された。


三枚目。


場所を少し変える。


流す。


シオンは目で追った。


石。


流木。


水路の壁。


板は何度も向きを変える。


同じ水路なのに、全部が同じように流れているわけではない。


シオンは目を細めた。


板の左側から押している水。


右側から押している水。


今、その板を押している力。


《比較解析》。


左側から受けている力の方が大きい。


シオンの動きが止まった。


もう一枚。


流す。


板が石へ近づく。


今度は、


右側。


左側。


《比較解析》。


右側から受ける力の方が大きい。


板が左へ向きを変えた。


シオンはその動きを見る。


速さじゃない。


押している力だ。


水そのものではない。


板に、今かかっている力。


それなら比べられる。


もう一枚流す。


さらにもう一枚。


場所を少しずつ変える。


中洲へ寄る板。


中央へ持っていかれる板。


途中で横へ押し出される板。


石の陰へ入ると、動きが鈍る。


流木の手前では、大きく向きが変わる。


シオンは一つずつ見る。


右側から受ける力。


左側から受ける力。


前へ押す力。


横へ押す力。


《比較解析》。


一つ。


もう一つ。


さらにもう一つ。


頭の奥が熱くなる。


目も痛い。


それでも止めない。


ばらばらに見えていた板の動きが、少しずつつながっていく。


岸から、大きな石の横へ。


そこから流木の手前。


さらに、その先。


中洲の左側へ寄っていく流れ。


この先も同じとは限らない。


安全だとも分からない。


でも。


今、この瞬間。


中洲の方へ板を押している場所はある。


シオンは最後に一枚、板を流した。


板は大きな石の横を抜ける。


少し中央へ寄る。


流木の手前で向きを変える。


そのまま、中洲の端へぶつかった。


シオンは息を吐いた。


近くにあった、少し大きな板を持つ。


身体を乗せられるほどではない。


けれど、胸の前に抱えて浮くためには使えそうだった。


板を抱えたまま、水際へ入る。


すぐに足元が取られた。


シオンは無理に立とうとせず、板へ身体を預ける。


冷たい水が身体を包む。


流れが、板ごとシオンを押した。


さっきまで見ていた板の動きを思い出す。


最初の石。


板の右側。


左側。


《比較解析》。


左側から受ける力の方が大きい。


身体と板の向きを少し右へ変える。


水が板を押す。


岸から離れていく。


次。


前から受ける力。


右側から受ける力。


《比較解析》。


右側の方が大きい。


少し左へ向ける。


流れに逆らわない。


押されながら、向きだけを変える。


大きな石が近づく。


板を少し傾ける。


石の横を抜けた。


その瞬間、水の押し方が変わる。


シオンはすぐに比べる。


前から受ける力。


横から受ける力。


《比較解析》。


横から受ける方が小さい。


そちらへ身体を寄せる。


石の陰へ入る。


板の揺れが少し小さくなった。


また次。


流木の手前。


水の音が大きい。


正面から受ける力。


左側から受ける力。


《比較解析》。


左側から受ける方が小さい。


シオンは板を抱えたまま、身体を左へ向ける。


流れが板を押す。


その力に乗りながら、少しずつ中洲へ近づく。


レオの顔が見えた。


 「レオ!」


反応はない。


あと少し。


だが、中洲の手前で流れがまた変わった。


板が横へ持っていかれる。


シオンは歯を食いしばる。


右。


左。


前。


一つずつ比べる。


《比較解析》。


向きを変える。


もう一度。


流木のすぐ横。


その向こう。


《比較解析》。


流木の陰で受ける力の方が小さい。


シオンは板の向きを変えた。


水に押される。


そのまま流木の横へ入る。


急に、板の揺れが小さくなった。


シオンは手を伸ばす。


流木をつかんだ。


そのまま身体を引き寄せ、中洲へ上がる。


 「レオ!」


すぐに駆け寄る。


肩に触れる。


息はある。


次にノアを見る。


顔を横へ向ける。


こちらも息をしている。


 「よかった……」


声が漏れた。


でも、まだ終わっていない。


中洲は狭い。


流木も完全に止まっているわけではなく、水を受けるたびにわずかに動いている。


シオンはまずノアを引いた。


腕を肩に回し、少しずつ高いところへ移す。


濡れた服が重い。


次にレオ。


腕をつかんで引く。


途中で、レオが咳き込んだ。


 「レオ!」


ゆっくり目が開く。


 「……シオン?」


 「うん」


レオが顔を動かす。


すぐにノアを見る。


 「ノアは?」


 「いる」


 「生きてる?」


 「息してる」


レオが目を閉じた。


 「……よかった」


シオンは何も言わない。


レオがもう一度目を開く。


 「……そんな顔すんなよ」


 「誰のせいだと思ってるの」


レオが少し笑おうとして、咳き込んだ。


その声に反応したのか、ノアが動く。


 「……う」


シオンがそちらへ行く。


 「ノア」


ゆっくり目が開く。


 「……助かった?」


シオンは水路を見る。


まだ流れは強い。


流木も、中洲も、水を受け続けている。


 「まだ」


ノアがシオンを見る。


 「帰るまで」


上流から声が聞こえた。


 「シオン!」


ガルドだった。


水路沿いに何人かの大人が走ってくる。


その後ろから、舟も見えた。


 「そこにいろ!」


ガルドが叫ぶ。


シオンは立ち上がる。


 「二人ともいる!」


 「分かった!」


男たちが岸から縄を投げる。


一度目は手前に落ち、水に取られて流れた。


すぐに引き戻す。


 「もう一回!」


二度目。


縄が中洲の端へ落ちる。


シオンがつかむ。


 「取った!」


 「流木に回せ!」


シオンは縄を流木へ回す。


男たちが岸から張る。


舟がその縄を頼りに、少しずつ中洲へ近づいてくる。


先にノア。


次にレオ。


大人たちが一人ずつ舟へ乗せる。


最後にシオンが乗った。


岸へ戻る間、シオンは水面を見ていた。


さっきまでとは違って見える。


水が流れている。


それだけじゃない。


石にぶつかる。


板を押す。


流木を揺らす。


向きを変える。


力が、物から物へ伝わっていく。


岸へ着く。


ガルドがシオンの肩をつかんだ。


何か言おうとして、やめる。


その代わり、強く抱き寄せた。


シオンはガルドの肩越しに水路を見る。


水はまだ、流れ続けていた。

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