できるから
次の日も、空は曇っていた。
雨はまだ降っていない。
シオンとレオは、町の中を歩いていた。
途中で、店先の男に呼び止められる。
「レオ、悪い。これ向こうまで持ってってくれないか?」
小さな包みだった。
レオはすぐに受け取る。
「いいよ」
腹のあたりに祝紋が浮かぶ。
《加速》。
少しして戻ってくる。
「助かった」
「別に」
レオは笑った。
また歩き出す。
今度は、別の店。
「レオ、ちょっといいか?」
「何?」
「これ届けてくれ」
「いいよ」
また《加速》。
そのあとも、荷物や伝言、小さな用事を頼まれた。
誰も無理を言っているわけではない。
レオも嫌そうではなかった。
むしろ、頼まれるたびにすぐ動く。
シオンは途中から回数を数えていた。
五回を過ぎたところで、やめた。
回数だけでは、何も分からない。
どれくらい走ったのか。
どれくらい速くしたのか。
間にどれくらい休んだのか。
同じ一回でも、全部違う。
レオはまだ普通に笑っていた。
◇
途中、リーメル商店へ一度戻る。
店の奥からティアの声がした。
「兄ちゃん」
「なに?」
ティアがエルナと一緒に出てくる。
「今日、早く終わった」
「何かあった?」
「何もなかった」
エルナが笑う。
「今日は《共有》も出なかったから、確認だけで終わり」
ティアが少し得意そうに言う。
「何も起きなかった」
「それも記録?」
「うん」
少し前なら、不満そうに言っていた言葉だった。
今は違う。
シオンが頷く。
エルナがレオを見る。
「二人はどこ行くの?」
「ノアのとこ」
レオが答える。
「また《固定》?」
「うん」
シオンが言う。
エルナは少し考えてから、シオンを見る。
「本人が嫌がってないならいいけど、無理はさせないでね」
「分かってる」
「レオも」
「俺?」
「試す方も、使う方も」
レオが首を傾げる。
「分かってるって」
ティアがそのやり取りを見て言う。
「レオ、今日もういっぱい使ってるよ」
シオンがティアを見る。
「なんで分かるの?」
「さっき外で何回も走ってたから」
「見てたの?」
「店の前通ったじゃん」
レオが笑う。
「町狭いな」
エルナは何も言わず、一度だけレオの足元を見た。
シオンも同じところを見る。
レオはもう歩き出していた。
「行こうぜ」
◇
倉庫街へ着く。
ノアは、昨日使った木箱を片づけていた。
「また来た」
「暇だったから」
レオが言う。
ノアがシオンを見る。
「今日も試す?」
「少しなら」
シオンが答える。
ノアは頷いた。
その時、倉庫の奥から男が声をかける。
「ノア、これ持ってってくれ」
小さな木箱だった。
ノアが受け取る。
普通に歩いて運ぶ。
レオが見ている。
「《固定》使えば?」
ノアが振り返る。
「なんで?」
「落とさないだろ」
「落とさないし」
「でも使えるじゃん」
ノアは箱を置く。
「俺じゃなくてもできるなら、俺じゃなくていい」
レオが少し眉を寄せる。
「でも、できるならやればいいじゃん」
「やる必要ないならやらない」
レオは納得していない。
シオンは二人を見る。
「シオンは?」
レオが聞く。
「何が?」
「できるなら使うだろ?」
シオンは少し考える。
「何が違うか分かってから決めたい」
「面倒だな」
「うん」
ノアが少しだけ笑った。
◇
倉庫を出る。
帰り道。
レオはいつも通り前を歩いている。
石段を上る途中。
一度だけ、右足を気にするように足元を見た。
そのまま何事もなかったように上っていく。
シオンが声をかける。
「レオ」
「何?」
「右足」
レオが自分の足を見る。
「別に」
「さっき見てた」
「ちょっと重いだけ」
「いつから?」
レオが少し考える。
「知らない」
それから、
「前からじゃない?」
シオンは黙る。
前から。
たまに気にしていた。
でも今日は、朝から何度も《加速》を使っている。
それが関係あるのかは、まだ分からない。
レオはまた歩き出した。
少し先。
道具屋の前から声がする。
「レオ!」
振り返る。
店の男が手を上げていた。
「悪い、これ届けてくれないか?」
レオは一度だけシオンを見る。
それから、
「いいよ!」
包みを受け取る。
腹のあたりに祝紋が浮かぶ。
シオンは、レオの右足を見た。




