知らない
翌日。
雨はまだ降っていなかったが、空は曇っていた。
シオンとレオは、昨日と同じ倉庫へ向かっていた。
水路の水は、いつもと変わらず流れている。
倉庫の前では、ノアが縄をまとめていた。
「ノア」
ノアが顔を上げる。
「また来た」
「聞きたいことある」
シオンが言う。
ノアは少しだけ首を傾げた。
「昨日の《固定》」
「うん」
「何を固定してるの?」
ノアは黙った。
少し考えてから答える。
「……知らない」
レオが言う。
「自分の能力なのに?」
「うん」
「物を動かなくするんじゃないの?」
「たぶん」
シオンは昨日のことを思い出す。
ずれかけた木箱。
ノアが握っていた縄。
動かなくなった積み荷。
「祝紋院では何て言われたの?」
「触れた物の動きを止める能力じゃないかって」
「じゃないか?」
「まだ、ちゃんとは分かってないって」
ノアは縄を足元へ置く。
「小さい箱とか、石とかしか試してない」
「重い物は?」
「止まらないこともある」
「どれくらいから?」
「知らない」
「動いてる物は?」
「少しなら」
シオンが顔を上げる。
「試したことあるの?」
「転がした石とか」
「速いのは?」
「ない」
「縄越しは?」
「昨日が初めて」
シオンは少し黙った。
知らないことが多い。
でも、ノア自身は困っていない。
「祝紋院には行ってる?」
「たまに」
「何するの?」
「変わったことないか聞かれる」
ノアが自分の手を見る。
「使いすぎてないかとか」
「訓練は?」
「してない」
レオが驚いた顔をする。
「なんで?」
ノアが見る。
「困ってないから」
昨日と同じ答えだった。
「学院に行ったら、もっと分かるの?」
シオンが聞く。
「行けば詳しく調べたり、使い方を教えてもらったりできるって」
「行くつもりある?」
「今のところは別に」
レオが言う。
「もったいなくない?」
「何が?」
「祝紋あるのに」
ノアは少し考える。
「使わなくても困らない」
レオは納得していない顔をした。
シオンはノアを見る。
「祝紋、どこ?」
「背中」
「見せてもらっていい?」
ノアは少し迷ってから、後ろを向いた。
襟を少し下げる。
首のすぐ下。
背中の上の方に、祝紋があった。
いくつかの線が中心から外へ伸び、その周りを途切れた輪のような紋様が囲んでいる。
シオンには、それが何を表しているのかは分からなかった。
レオが横から覗く。
「なんか強そう」
ノアが襟を戻す。
「そう?」
「封印とかできそう」
「できない」
「分かんないだろ」
「できないと思う」
レオが笑った。
シオンは少し考える。
「試してみない?」
ノアが見る。
「何を?」
「どこまでできるのか」
「今?」
「嫌ならいいけど」
ノアはすぐには答えなかった。
倉庫の脇には、空の木箱や木の棒、縄が置かれている。
風が吹くたび、雨除けの布が小さく揺れていた。
ノアはそれらを見てから答える。
「……別にいい」
レオが笑う。
「じゃあやろうぜ」
ノアは倉庫の脇に置いてあった縄を一本取った。
シオンも、その先を見る。
何から試せばいいか。
どこまでなら、同じ条件にできるか。
頭の中で一つずつ並べ始める。
空はまだ暗い。
風が、少しだけ強くなっていた。




